ラビットハウスのパティシエさん   作:森フォレスト

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休日の店めぐり

 一週間をのりきり、休日が訪れる。戻ってきたばかりだからだろうか、内容の濃い毎日をカオルはおくっていた。

 

「明日は休みか。こうなると、することが読書くらいしかないな。……ん?」

 

 明日の予定をたてようとしていたカオルは壁にかけてある外出用の上着のポケットから、何かが少し飛び出しているのに気がつき、それを取り出した。

 

「フルール・ド・ラパン特別優待券……そういえば、行ってなかったな。明日行ってみるか」

 

「ふっふっふっ、話しは聞かせてもらったよ、カオルお兄ちゃん……っ!」

 

「……なにしてんだ、ココア」

 

 声のする方にカオルが振り返ると、いつの間にか部屋の前にココアがいた。

 

「明日は私とチノちゃんが、カオルお兄ちゃんを千夜ちゃんのお店とシャロちゃんのお店に案内してあげるね!」

 

「せっかくの休日だし、わざわざ付き合ってくれる必要なんてないぞ?」

 

「私がついて行きたいの! あとチノちゃんも!」

 

「まあ、ココアがいいならお願いするよ」

 

「任せてよ!」

 

 

 

 しかし次の日の朝、ココアは寝坊した。

 

「……どうだった、チノ」

 

「あわてて用意してました」

 

「気長に待つか。コーヒーでも飲むか?」

 

「まったく、誘っておいて寝坊とは。本当にどうしようもないココアさんです。砂糖は3つ、ミルクは2つでお願いします」

 

「ココアもわざと寝坊したわけじゃないさ。砂糖3つにミルク2つな、了解」

 

 ココアが下に降りてきたのはコーヒーを淹れてから一時間後のことだった。

 

「ご、ごめんね、チノちゃん、カオルお兄ちゃん……」

 

「まったく、しっかりしてください。ココアさん」

 

「ごめんね、チノちゃん……これじゃあ私、お姉ちゃん失格だよね……」

 

「そ、その、失格とかそういうことではなくて……」

 

 落ち込むココアとどうしようかと困っているチノを見ながら、カオルはふと疑問に思ったことを口にした。

 

「寝坊したわりには、気合い入ってるな。いつもよりおしゃれなんじゃないか?」

 

「言われてみれば、確かにそうですね」

 

「うえっ!? そ、そんなことないよ!?」

 

 ココアの髪はきれいに整えており、服も、最近チノもカオルも見たことのないものを着ていた。

 

「そうか……?」

 

「いえ、昨日よりもおしゃれです」

 

「そ、その、えぇっと……ね、寝坊! 寝坊しちゃったし、お姉ちゃんとしてはだらしない格好をして、二度もダメなところを見せるわけにはいかないでしょ?」

 

「そのままのココアでいいと思うけどな」

 

「そうですね。ココアさんはココアさんのままが一番です。でも……」

 

「「とても似合ってる(ます)」」

 

「……あ、ありがと……」

 

 カオルとチノが同時に言い、ココアは顔は恥ずかしそうにそう言った。

 

 

 

 ココアの案内で、まずは千夜の働いている『甘兎庵』へと向かった。辺りの建物のほとんどが木組みで建てられている洋風な街並みのなか、その店は純和風な佇まいだった。

 

「ほう……素晴らしいな」

 

「お兄ちゃんは和風なものが好きでしたよね」

 

「そうなの?」

 

「ああ、この洋風な街並みの場所で育った反動なのか、和風なものが好きなんだ。千夜の働いている店は和菓子を扱っているんだな」

 

 看板の文字も右から読むようになっており、『庵兎甘 屋茶』となっていた。カオルは期待を胸にチノとココアに続いて店内へと入る。

 

「いらっしゃいませ~」

 

「やっほー千夜ちゃん。遊びに来たよー」

 

「お邪魔します」

 

「…………」

 

 店内へと入ると、千夜が出迎えてくれた。チノとココアが挨拶を交わすなか、カオルは千夜を見つめていた。

 

「お兄ちゃん?」

 

「あ、ああ……すまん、ぼーっとしていた」

 

「どうかしら、カオルさん、この制服はー」

 

「とても千夜に似合っている。キレイだ」

 

「あら~照れちゃう」

 

 千夜は頬に手を当ててそう言うと、そのまま3人を席へと案内した。

 

「カオルお兄ちゃんは着物が好きなの?」

 

「和風なものが好きだがら着物も好きだが、それだけ言われると、聞こえが悪いな」

 

「ほほう……!」

 

「……嫌な予感がします」

 

「千夜ちゃーん、制服貸してー」

 

「いいわよっ!」

 

「やめてください、ココアさん」

 

「このあと、他のところもいくんだからやめとけ、ココア」

 

 ノリノリの千夜とココアをチノとカオルでなんとか止め、3人はメニューを見る。

 

『兵どもが夢の跡』

『煌めく三宝玉』

『雪原の赤宝石』

『海に映る月と星々』

『姫君の宝石箱』

 

「(……まあ、千夜だからな……)」

 

 カオルは個性的なメニュー名に困惑するも、千夜だからとよくわからない納得をして、飛ばし飛ばしにメニューを読み進めた。

 

『フローズン・エバーグリーン』

『トワイライト・オーシャン』

 

「(横文字!? 横文字が出てきたぞ!? 和菓子を扱う茶屋でなぜ横文字が!?)」

 

 唐突な横文字にカオルは心の中でつっこみを入れ、さらに読み進める。

 

『ジレンマ構成型あんみつ』

『つぶあんとねりあんの非対称性』

 

「(なんか知的に見せようとしてきた……結果的にワケわからなくなってるけど……)」

 

 軽い頭痛を感じながらも、カオルはそのまま読み進める。

 

『甘兎式心天』

『白玉炸裂』

『緑林結晶』

 

「(迷走しだしたな……どんなものなのか、まるで想像ができない。なんだこれ……)」

 

 すでに訳がわからなくなってきていたが、カオルはこのメニュー名がどこまで行き着くのか気になりだし、よくわからない方向への好奇心で最後のほうまでメニューに目を通す。

 

『みぞれ天龍降ろし』

『翡翠スノーマウンテン』

 

「(原点回帰!? いや、原点に立ち返りつつ新しい息吹を吹き込んでいる……! 千夜、一皮むけたな……)」

 

 メニューを読み終えたとき、謎の達成感がカオルを襲った。そして悟った。このメニューはドラマであると。一人の少女が試行錯誤の末にたどり着いた一つの答えであると。

 

「相変わらずのメニューですね」

 

「うーん……アイスぜんざい……白玉あんみつも捨てがたいなあ……」

 

「何がなんだかわかるのか!?」

 

「え、うん……」

 

「ココアさんの感性と千夜さんの感性は似かよったところがありますから」

 

 ココアがすべてを解読できると言うことを知り、カオルは驚くが、チノは冷静にそう分析した。

 

「よし、私は姫君の宝石箱にするよ!」

 

「では、私は雪原の赤宝石にします」

 

「なら、俺は翡翠スノーマウンテンにするか」

 

「はーい、まっててねー」

 

 千夜は注文を聞いてから厨房へと入っていく。

 

「しかし、独特的なメニュー名だったな」

 

「そうかな? かわいくて言いと思うけど……」

 

「私は、何がなんなのかわからないので、注文したものがどんなものなのかを想像しながら待つのが好きです」

 

「ああ、たしかに。他じゃこんな楽しみ方はできないよな」

 

「えーっとね、チノちゃんが注文したのは---」

 

「「ココア(さん)それは言わないでくれ(ください)!」」

 

 注文したものがどんなものなのかココアが言おうとし、二人はそれを全力で止めた。まもなくしてお盆を3つで抱えた千夜がテーブルまでやってくる。

 

「お盆三刀流~よっ、ほっ、はっ!」

 

「千夜……君は曲芸師かなにかなのか……?」

 

 両手にお盆を持ち、頭にも一つお盆を乗っけて運んでくる千夜にカオルは思わずそう言った。

 

「ココアちゃんは姫君の宝石箱ね」

 

「わー、美味しそうなみつまめ!」

 

「チノちゃんが雪原の赤宝石ね」

 

「苺大福でしたか」

 

「カオルさんは翡翠スノーマウンテンね」

 

「ほう、かき氷の上に抹茶アイス、回りにつぶあんか……ちょっとまて、なぜこれを頭にのせてきた」

 

「派手に見せたくて……」

 

「危ないから止めなさい!」

 

 ごゆっくりーと言い、千夜はカウンターのほうへと引き返していく。それを確認したあと3人は食べ始める。

 

「うーん、おいしいっ!」

 

「この苺大福も絶品です。すぐになくなりますが」

 

「なら、俺のも食べるか? 少し多い。ほら、チノ。あーん」

 

「あ、あーん……お、おいしいです……」

 

「いいなーチノちゃん、私も私もーっ!」

 

「ほら」

 

「あーんっ! おいしいね!」

 

「(あ……これ、チノとココアが間接キスしたことになるな……まあ、いいか……ん? ということはこのまま食えば俺とココアが……)」

 

「ん? どうかしたの? カオルお兄ちゃん?」

 

「いや……なんでもない」

 

 ひとしきり考えたあと、残すのはもったいないという考えに至り、カオルはそのまま食べ進めた。その時、店の真ん中のテーブルに座っているうさぎが目に入った。

 

「ところで……あいつはなんだ?」

 

「千夜ちゃんのところで飼っているうさぎの『あんこ』だよ」

 

「私が触ろうとしても逃げないよいこです……あっ」

 

「どうした? チノ?」

 

「……ティッピーを忘れました」

 

「「あっ……」」

 

 カオルとココアの声が重なり、しばしの沈黙のあと、何事もなかったかのように3人は食べるのを再開した。

 

「会計するか。支払いは俺がしよう」

 

「え、いいんですか?」

 

「いいの?」

 

「これでも社会人だからな」

 

 食べ終わり、カウンターまで移動すると千夜が怪しげに微笑んだ。

 

「ふふっ、ココアちゃん。喫茶店を運営する上で大事なことはなにかわかるかしら?」

 

「えっ? なんだろう……笑顔?」

 

「まっ、まぶしいわ……ココアちゃん……けど違うわ。そう、大事なのは時代の最先端をいくことよ!」

 

「おぉ! 流石だよ、千夜ちゃん!」

 

「ふふっ、そして甘兎庵ではついに、カード払いをできるようにしたの!」

 

「す、すごいよ、千夜ちゃん!」

 

「……最先端なんですか?」

 

「いや、全然。あ、でも、この街限定なら、そこそこかな」

 

 盛り上がる二人を見ながらチノが問いかけ、カオルが答える。会計を済ませるため、カオルはクレジットカードを千夜へ渡した。

 

「……これは、なにかしら?」

 

「クレジットカードだけど……」

 

「……?」

 

「透かしてどうするんだよ」

 

「はっ! ひょっとして、カード払いかしら!?」

 

「……他に何があるんだ?」

 

「……ごめんなさい。カード無理です」

 

「……千夜……」

 

「み、見栄を張ったの! ごめんなさい! ……こんなに早くばれちゃうなんて……」

 

「千夜ちゃん……わかるよ、その気持ち……かっこつけたくなるよね!」

 

「ココアちゃん……!」

 

「「なにしてるんだ(ですか)」」

 

 再び盛り上がる二人を見て、チノとカオルは同時につぶやいた。会計は現金払いでちゃんと払ったのだった。

 

 

 

 シャロの働いているフルール・ド・ラパンはハーブティーを主に取り扱った喫茶店である。前にもいったことがあるとチノとココアは楽しそうにカオルに話した。そうこうしているうち、目的地に到着し、3人は店内へと入った。

 

「いらっしゃいませーってカオルひゃん!?」

 

「やあ、シャロちゃん(カオルひゃん……?)」

 

「私もいるよ、シャロちゃん!」

 

「お邪魔します」

 

「ココアにチノちゃんも……あれ、ティッピーは一緒じゃないのね」

 

「……今日はお留守番です」

 

「ふーん……こちらのテーブルへどうぞー」

 

 シャロに案内されたテーブルの椅子に座り、3人はメニューに目を通す。

 

『ダンディ・ライオン』

『リンデンフラワー』

『ローズマリー』

『カモミール』

『ラベンダー』

『ギムネマ・シルベスター』

『コモンセージ』

『レモングラス』

『ジャスミン』

 

「なかなか種類が豊富だな」

 

「シャロさんのところのメニューは千夜さんのところとは違う意味で、みてもわかりません」

 

「私もほとんどわからないよ、チノちゃん!」

 

「俺はいくつかはわかるな……」

 

「「えぇ、本当(ですか)!?」

 

 カオルの一言にココアとチノが驚きの声をあげる。

 

「むこうでパティシエやってたときに、同僚の女性がハーブティーにはまっていてさ。何回か貰ってたんだよ。あとは、お菓子にもハーブを使うことがあってな。ある程度は知っておかないとと思って少し調べたんだよ」

 

「「同僚の女性(ですか)……」」

 

「えっ、そこなのか!?」

 

 なんとも言えない空気がただよいだしたころ、シャロがテーブルまでやってくる。

 

「注文は決まった?」

 

「私は、前に注文したカモミールティーで……」

 

「私はねー、ダンディ・ライオン!」

 

「「あー、それはやめといた方がいい(わね)」」

 

「「えっ!?」」

 

 ココアの注文にシャロとカオルの声が重なる。

 

「あ、えっと、ダンディ・ライオンは貧血予防とか、浄血作用、肝機能改善なんかの効果があるのだけれど……」

 

「利尿作用が強くてな。ものすごくトイレがちかくなる。ヨーロッパじゃ『おねしょのハーブ』とまでいわれてるくらいだ。まあ、体内の余分な水分や塩分を排出してくれるから良い効果ではあるんだがな」

 

「か、完璧です、カオルさん!」

 

「たまたま知っていただけだけどね。フライパンで根から炒りつけると、タンポポコーヒーになるんだ。昔、じいさんがやってた」

 

「へぇー……」

 

「知りませんでした」

 

「んー……よくわからないから、この前、リゼちゃんが飲んでたラベンダーティーにするよ!」

 

「じゃあ、俺はレモングラスティーで」

 

「承りました。ちょっと待っててねー」

 

 簡単な会話のあと注文をとり、シャロは奥へと引き返していく。

 

「ダンディ・ライオンはその同僚さんに教わったんですか?」

 

「いや、昔、じいさんが飲んで夜中に漏らしたんだ……」

 

「……おじいちゃん……」

 

「これは、ナイショな?」

 

「はい。口がさけても言えません」

 

「そう言えば、シャロちゃんってカフェインで酔っちゃうけど、紅茶飲んで大丈夫なのかな?」

 

 カオルとチノが内緒話をしていると、ココアがそんな疑問を口にした。

 

「紅茶とハーブティーは別物よ。はい、これ」

 

 戻ってきたシャロがそういって、ハーブ入りのガラスの入れ物とお湯の入ったポットをテーブルに追いた。

 

「紅茶や緑茶にハーブを入れるわけじゃないから、カフェインは入ってないわ。まあ、ハーブの中にはガラナみたいなカフェインを大量に含むものもあるけれど……それでも、大抵のハーブにはカフェインは入ってないから。入ってたら酔うからわかるし……」

 

 シャロは遠い目をしながら、そう言った。もしかすると、ハーブティーでも、酔ったことがあるのかもしれない。

 

「ほえーシャロちゃんは物知りだね」

 

「そ、そうでもないわよ! あ、あとこれはサービスね、クッキーとスコーン」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう、シャロちゃん」

 

「い、いえ、そんな……ごゆっくり」

 

 そう言い、シャロはまた引き返していき、3人は見届けてからハーブティーを飲んだ。

 

「おいしいです」

 

「おいしいね!」

 

「……うまい」

 

 シャロのくれたクッキーとスコーンはハーブティーとよくあい、たっぷりと堪能したあと、3人は満足げに帰宅したのであった。




タカヒロ「今日のチノとココアくんとのお出かけはどうだった?」

カオル「楽しかったよ。千夜の店のメニューは独創的だったし、シャロちゃんの店のハーブティーはおいしかった」

タカヒロ「ほう……」

カオル「ハーブを使ってなにか新しいもの作ってみようか、独特的な名前つけてさ」

タカヒロ「……良心的なものを期待するぞ?」

カオル「作れるかわからんけどな。ところで……」

ティッピー「…………」ムスー

カオル「じいさんはなんで機嫌が悪いんだ?」

タカヒロ「置いてかれたのが気に食わないらしい」

カオル「じいさん……」

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