「今日も今日とて、客はそこそこ……」
「平常運転じゃな」
朝からカウンターに入り、夕方近くにチノとココア、リゼが合流し、バータイムの時間まで働き、そのあとタカヒロへと引き継ぐというルーチンワークを繰り返すこと数回、カオルが帰ってきてからちょうど1週間が経過した。
「まあ、花の金曜日だ。いつもよりは心なしか多い気も……」
「お主はリーマンか……」
「チノとココアが帰ってくるまでは客がいないとすることがなくて辛い……」
「ワシも常にカオルと話してる気がするのう」
「……じつはさ、何人かの客から会計の時、連絡先渡されてるんだよね」
「なんじゃと!? すみにおけんのう」
「それがさ、机の上に放置してたら昨日チノに見つかってさ」
「……ふむ」
「説明したんだよ。客から渡された連絡先だって」
「そうしたらどうなったんじゃ?」
「すごい冷たい笑顔で『これはいりませんよね。私の方で処分しておきます』って言って全部持ってかれてさ」
「……」
「……ふっ。誰とも連絡できなかった」
「そこかい」
特に目立つこともなく時間が進み、チノ、ココア、リゼが合流し、回転率がさらに上がり、より暇な時間が増え出したあたりで、夕方になる。
「さて、少し早いが片付けするか」
バータイムの営業に向けての簡単な清掃、食器の整理などをおこなうため、カオルは3人に声をかける。
「はーい!」
「食器は私が……」
「なら、清掃は私とココアがやるか」
「軽くやってくれれば、後は俺がやるから。今日はみんなで遊ぶんだろ?」
四六時中、集中して営業をしているわけではないので暇な時間に軽い雑談をする。その際にチノたちはみんなで集まり8000ピースのパズルをやるといっていたのだ。
「リベンジだよっ! 今回はちゃんと専用の額縁買ってきたし!」
「前にやったときは、床の上で作ってしまって、移動できなくて仕方なく壊しましたからね……」
「8000ピースともなると、1人、2人じゃやる気もおきないしな」
「よかったらカオルお兄ちゃんも一緒にどう?」
「気持ちだけ受け取っておくよ。さ、もうあがっていいぞ。あとは俺がやる」
その後、カオルが雑用を終えるのは一時間後のことであった。その間に、シャロと千夜がやって来て、2階へと上がっていった。
「おーっわり! さて、チノもココアも部屋から出てこないなら今日は暇そうだな。読書でもするか……」
2階へと上がり、タカヒロに仕事をあがったと報告し、カオルは自分の部屋へと向かう。
「長編小説がまだ途中だったんだよな。よし、一気に読むかっヴェアアアアアアア!!?」
カオルが自分の部屋に入り、電気をつけると視点の定まらないウサギのような生き物の被り物を被った人が立っていた。
「なんだ、なんだお前はァ!? こわっ! 暗闇のなかずっと立ってたの!? 怖すぎるわ!」
「うぇるかむかもーん……」
「ひぃ!? つ、つかむな! やめろぉ! ってうわっ!」
「ひゃっ!」
カオルは動揺していた。部屋の電気をつけたとたんホラーさながらな被り物を被った人が現れたのだ。軽いパニック状態にあった。そんななか、原因とも言える被り物の人物に訳のわからないことを言われ、手を捕まれたのだ。振り払おうとしてバランスを崩し、その人物へとたおれこんでしまい、押し倒す形になってしまったのも仕方のないことだ。
「(な、なんだ、やけに可愛らしい声が……あとなんか柔らかい……んん!?)」
「うぅ……」
カオルは目を疑った。パニックになり、気がつくとココアを押し倒し、彼女の胸に手を当てていた。ココアは涙目で恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「(やばいやばいやばいやばいやばい)」
カオルの頭のなかは同じ単語を延々と復唱していた。
「あー……その……なんだ……」
「か、カオルお兄ちゃんになら……私……」
「はい!?」
この状況下において軽い吊り橋効果が起こっていた。もともとココアのカオルに対する評価は低くない。信頼するチノの兄であり、また、自分の兄とも違う大人の男性。チノもカオルになついておりちょっとした憧れのようなものがあった。
そこに、今回の出来事だ。ココアは被り物を被っていたため、視界が悪く手をつかんだら身体が後ろに倒れていた、といった感じだ。ドキドキしない方がおかしい。その上気がつくと被り物がはずれてカオルの顔がどアップ。おまけにカオルの手はココアの胸の上である。精神的にも大人へと変わっていく高校生には刺激が強すぎたのだ。
「カオルお兄ちゃん……?」
「うぐっ……」
うるんだ瞳に上目遣いでカオルを見つめるココア。カオルの心が揺れ動く。
「(な、なんだ、このココアは……妙な色気が……というか、こっちまで心臓が高鳴ってきた。だ、だが、相手は高校生……それに、これは事故だし……し、しかし、据え膳食わぬは……いやいやいや、落ち着け、落ち着け、俺!)」
カオルは動かない頭をフル回転させ、ひとつの答えに行き着く。
「(インパクトでごまかそう)」
彼も混乱していた。一瞬無表情になり、
「そぉい!」ゴンッ
「ヴェアアアアアアア!!? か、カオルお兄ちゃん!?」
何を思ったか、勢いよく頭を床に叩きつけた。それに驚いたココアはさらにパニックに陥る。
「カオルお兄ちゃん、額から、ち、血が出てるよ!」
「あー……大丈夫大丈夫」
「全然大丈夫じゃないよ!? 一口食べたジャムパンみたいになってるよ!?」
「ははっ、ココアは独特的な例えをするなあ。よしよし」
「え、えへへ……じゃ、じゃないよ! 止血! 止血しなきゃ!」
額から血を流しながらココアの頭をなでるカオル。騒ぎを聞き付けたチノや、タカヒロたちの手によりなんとか場は収まったのであった。
「で、なにがあったんだ?」
ココアの部屋に集まり話を聞かれる。
「え、えーと……何て言ったらいいんだろう……?」
「(頭うって覚えてないことにしてもいいけど、あまりにも不誠実だよなあ……)」
リゼの質問に答えかねているココアとカオル。
「まあ、ちょっとした事故だよ。部屋に入ったらこの被り物被ったココアがいてな……恥ずかしながら驚いて足がもつれて頭から転んだ」
「う、うん! そうなの! もう、ホントに驚いたんだよっ!」
ため息混じりに語るカオルとそれに同調するココア。そんな二人に疑いの目を向けながらも、一同は、一応は納得した。
「で、何でココアは俺の部屋に?」
「は、はひっ!?」
「……いや、だから何で俺の部屋にいたんだ?」
「あ、や、別にやましいことはなにもなくてね!? ただ、一緒にパズルやってくれないかなって……思って……」
「そうか……」
「「「「(絶対に何か(あったな、あったわね、あったのね、ありましたね)……)」」」」
出来事が出来事なだけにかくしとおすことはつらそうだが、周りは何かを察して、今後たずねることをしないようにしようとおもった。チノを除いて。
「とにかく! もう、パズルやっちゃいましょう。まだ半分よ?」
「それもそうだな」
「私も頑張るわ」
「私はココアさんとお兄ちゃんが気になるのですが……」
シャロが強引に話を戻し、リゼと千夜が同意する。チノは二人が気になって仕方ないといった感じではあるがパズルに向き合った。
作業途中、同じピースをとろうとし、ココアとカオルの手がふれあう。
「……あ、悪いな」
「ぜ、全然だよ!?」
「「…………」」
「なあ、シャロ、なんかあそこだけ空気が違うぞ」
「ラブコメのにおいがしますね、先輩!」
「うふふーなんか面白そうねー」
「うむむ……胸の辺りがムカムカします」
そんな感じではあるが作業は少しずつ進みついに完成を迎える。
「……完成です」
「「「「「おぉー!」」」」」
全員が感嘆の声をあげる。ウサギが描かれた大きな絵が完成した。
「なかなかいいじゃないか」
「頑張っただけに達成感もひとしおだな」
「ですね!」
「私、ほとんど役立たずだったわ……」
「ネガティブになるの止めなさいよ!」
「って、あぁー! もうこんな時間!」
ココアが時計を見ると、時刻はすでに10時をまわっていた。
「夢中になりすぎたな」
「今日は泊まっていくといいよ!」
「えぇ!? でもいきなりなんてめいわくじゃ……」
「わーい、お泊まりー」
「あんたねぇ!」
ココアの提案により、一同は泊まっていくことになった。この頃になると、ココアとカオルの距離感もいつものものとなり、ぎこちなさもなくなっていた。
「さて、お泊まり会の邪魔をしても悪いし、俺は部屋に戻るな」
「なにをいっているんだ! トランプをやるぞ!」
「あ、私はウノがいいです!」
「麻雀なんてどうかしら?」
「私はチェスをやりたいです」
「うえっ!? じゃ、じゃあ、私は人生ゲーム!」
「夜更かしする気満々だな……とりあえず、風呂に入ってからだ」
入浴後、一通りやりおえるころには2時をまわっており、一同はあわてて布団の用意をするのだった。このお泊まり会以降、ココアのカオルを見る眼差しに変化があったとかなかったとか……
タカヒロ「考え事か?」
カオル「ちょっとな……」
タカヒロ「お父さん、相談ならいつでものるぞ」
カオル「ああ、助かるよ、親父」
タカヒロ「ふっ……」
カオル「年下、か……」
タカヒロ「!?」