ラビットハウスのパティシエさん   作:森フォレスト

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休日の初仕事

 カオルが朝起きるとチノとココアは一緒に出かけ、父親は材料の買い付けへと出かけおり、家にはティッピーしかいなかった。

 

「で、店どうするの?」

 

「息子はリゼを呼ぶから大丈夫だと言っておったのう」

 

「一人で回るのか? 」

 

「息子の買い付けは長いからのう、夕方まではかかるじゃろ。今日はコーヒーのみじゃな」

 

「せっかくの休日にリゼ一人というのもかわいそうだな」

 

「なら、カオルが手伝ってやるといい」

 

「まぁ、暇だからいいが。ものを作って人に提供するわけだから、半端なものは作りたくないな」

 

「どうせ、客などほとんど来ないわい。いいから手伝うのじゃ」

 

「……まぁ、じぃさんから教わりながらやればなんとかなるか。コーヒーはリゼに任せて、俺は厨房に入るとしよう。けど、自分の店にほとんど客がこないって虚しくならないか?」

 

「……うるさいわい。どれ、料理もわしが見ていてやろう」

 

「料理に毛が入るかもしれないだろ、厨房には絶対に入るなよ!」

 

「……つれないのう」

 

 仕事は休日明けの月曜日からと父親から言われていたが、特にすることもないカオルは店を手伝うことにした。厨房に入り、材料の在庫とメニューの確認、作れるものと作れないものを確かめていく。幸い、一通りはなんとかなりそうだという結論にたどり着く。

 

「あとは客次第だな。さて、準備だけしといて着替えてくるか……」

 

 道具、材料を用意し、下準備がおわると、カオルは二階の更衣室へと向かった。

 

「たしか、このあたりに……ないな。厨房からでないなら調理服を着るんだが……そもそも昼間の男用の制服なんてないのかもな……しかたない。バータイムの制服を着るか。たしかこっちのクローゼットに……」

 

 カオルが制服を取ろうとクローゼットを開けると、なぜかリゼが拳銃を片手に下着姿で隠れていた。

 

「何してんすか、リゼさん……」

 

「あ、あわわわわ……!」

 

「まってくれ、なぜ拳銃を構える。あと、それ、多分本物------」

 

 パァンという音とともに真上の天井に穴が開く。カオルはとっさに距離を詰め、リゼの両手を上に向けて固定していた。

 

「本当に撃つとは……」

 

「ほ、本当に実弾が出るとは……」

 

「しっかり安全装置まで外して何を言ってるのかな?」

 

「お、親父に護身用に持っておけと渡されていたんだ。 護身用と聞けばこう、なんか、失神させるタイプのだと思うじゃないか!」

 

「……それ、銃刀法違反じゃないかな?」

 

「……そう、だな……」

 

「肩、大丈夫か?」

 

「射撃場ではアサルトライフルを撃っているからな! 問題ないぞ!」

 

「そうか……ん? 射撃場?」

 

「ああ、敷地内にあるんだ」

 

「……どこの?」

 

「家のだ」

 

「……まぁ、そんなものがあるくらいなら許可もあるんだろう。お父さんって何してるの?」

 

「親父? わからないな……元軍の関係者ってことしか……」

 

「よし、この話はやめよう」

 

「……?」

 

 カオルはこれ以上はあらぬ火種を生みかねないと話を切り上げた。実の娘に本物の拳銃をもたせ、護身用と言うくらいだ。おまけに元軍の関係者である。簡単に人の一人や二人、いなかったことにできるのだろう。

 

「しかし、今の動きはすごいな! 気が付いたら真上に発砲していたよ!」

 

「いや、とっさの動きだからね……それに、あのままだと死んでたでしょ、俺。第六感的ななにかだと思うな」

 

「そ、その、済まないと思ってる……だ、だが、カオ……うぅ、お、お前もいけないんだぞ! 着替えを覗いたり……っ!? で、出てけ! 今すぐにだ! 5秒以内に出ていかなければ、お前を殺して私も死ぬ!」

 

「お、落ち着け! 出てくから!」

 

 涙目でその場に座り込み衣服で下着姿を隠すリゼに急かされ、慌ててカオルは更衣室を飛び出した。

 

「(次からは自分の部屋で着替えよう……)」

 

カオルはそう心に決めたのだった。

 

 

 

 カオルが着替えを済ませ、カフェまで出ると、すでにリゼが準備をしていた。カオルは一直線にリゼへと向かって行き、深々と頭を下げた。

 

「すまなかった!」

 

「な、なんだいきなり」

 

「事故とは言え。覗きは覗きだ。殴ってくれていい!」

 

「や、やめてくれ……その、私もやりすぎた部分はあったから……」

 

「リゼは優しいんだね」

 

「なっ! いいから早く用意だ!」

 

「わかった」

 

 このような職場では人間関係が一番大事だということをカオルは知っている。どんなことでもわだかまりを放置してはいけないと思っての行動であった。とはいえ、折り合いがつかないこともあるのだが……

 

「正直、コーヒーのことはほとんどわからないんだ。教えてくれると助かるな」

 

「それは構わないが……その喋り方、やめないか?」

 

「喋り方?」

 

「その、自然体でいてくれた方が私は嬉しいかな。その話し方は、なんか距離感を感じるんだ。一歩引いてるというか……」

 

「あ、あぁー……うん、わかった。どうにも、チノと話す感じで話しちゃうんだよな……距離感を感じるのか、この話し方……」

 

「あ、いや、私がそう感じるだけで、ほかの人はわからないぞ!?」

 

「いや、確かに俺は、君たちを子供扱いしていたのかもしれない。そういうのが無意識に言葉として出ていたんだろう。というか、正直なところ、大人の余裕、みたいなのを出そうとしていた」

 

「あ、それなら思惑通りだと思うぞ。大人の余裕に溢れていた。気がする」

 

「まぁ、変なイメージがつく前に自然体に戻すか。頼れる兄貴、みたいな感じでさ」

 

「ん……? それでも年上目線なんだな」

 

「俺もな、年を取るんだ。いつまでも高校生と同じ目線には立ちたくても立てないんだ……最近じゃ高校の知り合いで結婚したやつまでいる」

 

「ん? 待ってくれ。その、か、カオルは、歳はいくつなんだ?」

 

「24だけど?」

 

「……大学生かと思っていた」

 

「高卒で就職してます。でも、若く見られるのは嬉しいな……とか感じると歳取ったなって思うよ……」

 

「難儀だな……」

 

「まぁ、そんなわけで、今後は自然体で行く事にするよ。きっかけ与えてくれてサンキューな! リゼ!」

 

「っ!」

 

 カオルの言葉にみるみると顔が赤くなるリゼ。照れを隠すかのようにリゼはせわしなく働き出すのであった。

 

 

 

「しかし、あんまり人が来なくなったな」

 

「一時間前に一人きたっきり来なくなったな」

 

 いざ、全ての準備が整い、店を開店すること数時間。昼には人が多く入ってきたが、3時ともなると客が来ず、店内は閑古鳥が鳴いていた。

 

「材料余っていたから、3時のおやつにココアのパンケーキを再現してみた。食べてみてくれ」

 

「勝手に材料使って何を作っているんだ! まぁ、もらうけど……」

 

 あまりの暇さにカオルはメニュー外の商品を作り出す始末である。リゼもどこか力が抜けていた。

 

「美味しい……!」

 

「よかった。ココアのパンケーキは焼き加減が絶妙なんだ。それがなかなかつかめなくてな」

 

 ふたりで3時のおやつと称したパンケーキを食べ終える頃、店内にカランコローンという鐘の鳴る音が聞こえる。

 

「し、失礼します!」

 

「いらっしゃいませーっと、シャロちゃんじゃないか」

 

「おぉーシャロ! 遊びに来てくれたのか?」

 

「せ、先輩!? カオルさんも……」

 

 驚きながらもシャロはカウンター席に腰掛けた。

 

「よくわからない気品に溢れてるな」

 

「そ、そんなことは……」

 

「シャロ、どんな用事できたんだ?」

 

 ふたりが会話しだしたのを確認し、その場をリゼにまかせ、カオルは厨房へとはいって行く。リゼは不思議そうにシャロに尋ねた。

 

「いえ、たまたま近くに寄ったので、覗いてみようかと……今日はお二人だけなんですか?」

 

「ああ、チノとココアはふたりで出かけているらしい。か、カオルとは知り合いだったのか?」

 

「えっ? えぇ、その、う、ウサギに追い詰められているところを助けていただいて……」

 

「またか!?」

 

「お恥ずかしいです……」

 

「コーヒーでも、と言いたいところだが……」

 

「す、すみません」

 

「謝ることじゃないさ。見ての通り暇だしな。来てくれて嬉しいよ、シャロ」

 

「せ、先輩!」

 

「盛り上がっているところに水をさすようで悪いが、サービスのパフェの登場だ」

 

 カオルが前にチノとココアにふるまったミニパフェを手に厨房から出てくる。そのままリゼの隣にたち、シャロの前に置いた。

 

「そ、そんな、悪いですよ!」

 

「気にしないでくれ。いつもチノがお世話になってるお礼だよ」

 

「食べていいんじゃないか、シャロ」

 

「で、では、ご好意に甘えて……」

 

 シャロは遠慮がちにスプーンを手に取ると、パフェをすくって口に運ぶ。噛み締めるように目を閉じて味わうシャロに二人は注目する。

 

「す、すごくおいしいです!」

 

「「おぉ!」」

 

「いやぁ、作った甲斐があったよ」

 

「良かったな!」

 

「で、でも、いいのでしょうか。何もしてないのにこんなものまでいただいちゃって……」

 

「サービスだからね。遠慮しないで食べてくれ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

おいしそうにパフェを食べるシャロにカオルは満足そうに笑う。

 

「ところで、あのパフェは何が入っているんだ?」

 

「よくぞ聞いてくれた。あのミニパフェは極力カロリーを押さえるため、牛乳ソフトには豆乳を使用、フレークの代わりにコーヒーゼリーと白玉を入れた低カロリーミニパフェだ」

 

「おいしそうだな! ん? コーヒーゼリー?」

 

「……なにか、まずかったか?」

 

「しゃ、シャロ、そのパフェを食べるのすぐやめるんだ!」

 

「ほえ?」

 

 リゼは慌ててシャロを止めるが、すでにカップはからになっており、シャロの目はどこか定まっていなかった。

 

「お、おそかったか……」

 

「なにが? なにがだ!?」

 

「カオルさーん!」

 

「な、なんだ? なぜ、こちらに来る?」

 

「このパフェ、すっごくおいしかったです! ありがとー!」

 

「な、なんだ!? なぜ抱きつく!? というか、キャラがおかしいぞ、シャロちゃん!」

 

「うふふー、先輩もー、その制服もにあってて、いつもより素敵ですー」

 

「あ、ああ、ありがとう……」

 

 突然のシャロの変貌にどう対処すればいいか悩む二人。そんなことはいざ知らず、シャロはなぜかよりハイテンションになる。

 

「リゼ、ど、どうしたんだ、シャロちゃんは! 俺は酒も麻薬も入れてないぞ!?」

 

「シャロはカフェインで酔う特異体質なんだ……」

 

「なにそれ、すげぇ! た、対処方法は!?」

 

「酔いがさめるまで待つしかない」

 

「えぇー……」

 

「しかも、酔ってる時の記憶が残るらしい」

 

「えぇー……」

 

「もう、お二人で何話してるんですか! 私も入れて入れてーえへへー」

 

「リ、リゼ何とかしてくれ……」

 

「なぜか、いつもより激しいな」

 

「冷静に分析してる!?」

 

 シャロのカフェイン酔いはなぜかその後1時間ほど持続し、チノ、ココアが帰ってきて、シャロのコミュニケーションがさらにエスカレートするなどのひと悶着の末、なんとか収まったのだった。




カオル「シャロちゃんにカフェインは厳禁だな」

ティッピー「相変わらず強烈じゃからの」

カオル「帰り、逃げるように走って帰っていったけどな」

ティッピー「あれは家に帰ってから自己嫌悪に陥るヤツじゃな」

カオル「……悪いことしたかなぁ」

ティッピー「事故じゃろ」

タカヒロ「それより、更衣室の天井に穴があいているんだが……」

カオル「事故だよ」

タカヒロ「…………」

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