ありがとうございます。
「ふーんふーん、ふーん」
冬の真ん中、休日だというのに早朝にカオルが起きて店内に入ると、ココアが席に座って鼻歌を歌っていた。不思議そうにそれを見た後、カオルは自分の分のコーヒーとココアの分のホットココアを入れて座っているココアのもとへ行く。
「休日なのに早起きじゃないか。どうしたんだ?」
「あっ、カオルお兄ちゃん! なんと、お姉ちゃんから手紙が届いたの!」
「へぇー……ん? 俺宛てのもあるのか」
「ほえ? あ、ほんとだー」
「どれ……」
ココアに飲み物を差し出し、カオルは自分のコーヒーに口をつけてから、モカから来た手紙を読む。簡単な近況報告とこの前のお礼が書かれていた。どうやら、冬になり、お店が少し落ち着いてきたようだ。
「元気そうだな」
「ねぇねぇ、なんて書いてあるの?」
「んー……? そうだな、この前のお礼と近況報告だそうだ」
「へぇ~ 私のほうはね! ……あれ? カオルお兄ちゃんの持ってる封筒、何か入ってない?」
「ん? ほんとだ。……写真?」
ココアに指摘され、カオルは封筒を広げると中には写真が入っていた。何気なくひっくり返すと、だぼっとした緑色のセーターを着たモカの写真が入っていた。
「……なんだ、これ。似合ってるけどさ」
写真の中のモカは恥ずかしそうに、しかしどこか嬉しそうに笑っていた。
「……カオルお兄ちゃん。私のお姉ちゃんとどういう関係なの!?」
「なにをいきなり……あぁ……そういうことか……」
なにががなんだかわからないといった感じの表情のままココアが握っている緑色のセーターを見てカオルは悟った。あのセーターはモカの手作りかおそろいのセーター、あるいはその両方なのだと。
「どういう関係なの!?」
「いや、モカとは------」
「モカ!? 呼び捨てにするほどの仲なの!?」
「あ、いや……」
いつのまにか目がぐるぐるしているココアにカオルはどう反応を返せばいいのかがわからない。そしてカオルは思った。そもそもなぜこんなにうろたえているのか。もっと堂々とすればいいのではないか、と。
「ああ、そうだ」
「うぇ、ヴェァアアアアアアアアア!!」
「あ、あれ!? ココア? ココア!?」
なぜかその場に倒れるココアにカオルはひどくうろたえる。
「お姉ちゃんをカオルお兄ちゃんにとられる……? あれ? 逆? カオルお兄ちゃんがお姉ちゃんにとられる……? カオルお姉ちゃん?」
「まて、気持ちが追い付いていないのはわかるが最後のは聞き捨てならん」
「ち、チノちゃんに言っちゃうんだからぁああああああああ」
ぶつぶつとつぶやいていたココアは急に立ちあがるとそういって2階へと駆け上がっていった。丁寧にセーターをたたんで机の上にのせてから。
「……律儀ないい子だな」
カオルは思わずそうつぶやいた。
「お兄ちゃんなんてもうしりません」
「そーだそーだー」
「え、えぇー……」
朝食を作っていると、起きてきたチノに開口一番にそう言われた。後ろではココアが賛同している。そんな様子に思わずカオルは言葉をを失う。
「私に何も言わずにココアさんのお姉さんと仲良くなるとは何事ですか」
「そーだそーだ」
「い、いや、チノ、あのな-----」
「いきなりいなくなったと思ったら遠くで女の人と仲良くなっていたなんて……聞いてません。お仕事ではなかったのですか」
「そーだそーだ……あれ?」
「いや、仕事の手伝いに行って仲良くなったというか……」
「言い訳は聞きません。何年もほったらかしにされた上に戻ってきたと思ったらまたいなくなり、そして今度は女の人と……もう知らないです」
「ぐはぁ!?」
「えっ……えっ、いや、あの……チノちゃん?」
「朝ご飯はいりません。今日はメグさんとマヤさんとお出かけするので。……ひょっとしたら帰ってこないで男の人と仲良くなるかもしれません」
「ぐぼらぁあ!?」
「あ、あわわわわわわ……」
「ゴメンヨ……ゴメンヨ、チノ……」
冷たくいい放ちリビングを出ていくチノ。後に残ったのは地面に倒れこみ念仏のようにチノに謝罪し続けるカオルとこの状況を作り上げてしまいどうしたらいいのかわからずうろたえるココアだけが残った。
「おーい、来たぞー」
「今日はバイトが休みだから遊びに来たわよ」
10時頃、バイトのシフトが入っているリゼと今は内職もなくバイトも休みのシャロが店の扉を開けた。いつもとは違った匂いが店内には充満していた。
「ん、いい匂いだな」
「はわぁ~優しい香りがします~」
「さてはカオルだな。スイーツって感じでもない……」
「んー、カプチーノですかね?」
腕を組んで考えるリゼとほほに指をあてて考えるシャロ。しばしの後、考えるよりも確かめるほうが早いという結論に至り、店のカウンターの方へと視線を向ける。
「いらっしゃい」
「い、いらっしゃい……ウプッ」
カウンターの奥からカオルが声をかけ、それに続いてカウンターに突っ伏したココアも二人に声をかける。
「どうした? なんか弱ってるが……」
「だ、だいじょうぶ……少し飲みすぎただけだから……」
「あんた、未成年で飲酒でもしたの!?」
「安心してくれシャロ。俺がいる限りはそういうのは見逃さないから。まぁ、落ち着いてコーヒーでも飲んでくれ。ディカフェのコーヒー豆を使って入れてる」
そういってカオルは手際よくココア、リゼ、シャロの前にコーヒーカップを置く。
「ご、ごちそうさまです!」
「なんか、すまないな。バイトに来たのにもらっちゃって」
「わ、わーい……」
「わぁ! ラテアートもできるんですね!」
コーヒーカップを除き、シャロが楽しそうに声を上げる。カオルの出したカプチーノにはそれぞれラテアートが描かれていた。
「まぁ、簡単なのしかできないけどな。猫と熊とウサギだ」
「なぜそのチョイス……まぁ、なかなかうまいじゃないか」
「あはは……ウサギさんだぁ……」
「で、なんでココアはこんな状態になってるんだ?」
「最近見た中で一番つらそうですよね」
「いや、俺が悪いんだ……ココアはただ、俺の話を聞いて俺の入れるコーヒーを飲んでくれているだけで……俺が……あぁ……」
「ああああああ! 美味しいよ! このコーヒー美味しいから二人も飲んで!」
カオルの声を遮るようにココアが大声をあげて立ち上がり、カプチーノを一気飲みする。
「お、おい、そんな一気にのんだら------」
「あっつぅ!!?」
「当たり前じゃない!」
急ににぎやかになった店内。この場が落ち着くまでにしばしの時間をゆうするのだった。その後、朝の出来事をココアが二人に伝える。
「それでこんなにカプチーノを量産してるのか……」
「でも、これ全部一つずつ種類が違いますし、温度も暑すぎないように淹れてありますね。さすがカオルさんです!」
「カプチーノはミルクやトッピングで種類が色々あって、カオルお兄ちゃんの淹れるのは美味しいから苦じゃないんだけど、さすがに飲みすぎて……」
「この間にもすでに2杯のおかわりが提供されたからな」
「わ、わたしは、これ以上飲むと酔うかも……」
席に据わりながら、カウンターでカプチーノを淹れているカオルを観ながら3人は話し合う。
「とにかく、カオルお兄ちゃんの前でチノちゃんにつながるような話はダメだよ!」
「無心でカプチーノ淹れ続けているあたりもうダメじゃないか?」
「な、なんかリゼ先輩、怒ってます?」
「そんなわけないじゃないか! よし任せろ。チノのチの字も口には出さないぞ!」
「(カオルのやつ、まえにウチに来た時にあんなことをしておいて留守の間にほかの人と仲良く……な、なんかむしゃくしゃしてしまう。ダメだ、ダメだぞリゼ! 自己をしっかりと持つんだ!)」
「な、なんか、燃えてるね!」
「はわぁ……先輩、素敵です……」
こぶしを握り燃えるリゼの元にカオルがおぼんにカプチーノをのせてやってくる。
「軽く軽食を持ってきた。コーヒーにはクロワッサンが合うんだ」
「知ってます! イタリアのとかだと朝食にカプチーノとクロワッサンを食べることが多いんですよね!」
「よく知ってるな、シャロ。向こうのほうじゃ朝食に……カプチーノ……と、……チ、チノ……」
「あわわわわ! 私のバカバカ!」
「そ、そうだ、カオル! この服をどう思う!? この前親父と買いに行ったんだ!」
目を回して自分を責めるシャロ。リゼはすぐに動き、カオルに話かける。
「ああ、親父さんと。確かに、似合ってるな。でも俺は女の子っぽい服を着てるリゼも見てみたいけどな」
「なっ! お前はまたそうやってからかって!」
「からかってないさ。今日だってそのチノパンをスカートに変えるだけでも……チノパン……? チノ……あぁ……」
「えぇ!?」
まさかの連想にリゼは驚きの声を上げ、カオルはついに膝から崩れ落ちるのだった。その様子をみたシャロとリゼの二人は全く同じことを心で思った。
「「(か、かつてないほどめんどくさい(ですね))……」」
何事もなくチノが帰宅するまでカオルのこの状態は続き、3人は一生分のカプチーノを飲んだと口を合わせて言うのだった。
ココア「って感じで大変だったんだよーしばらくはカプチーノ飲まなくてもいいかも」
チノ「お兄ちゃんがそんなことを……」
ココア「カオルお兄ちゃん、チノちゃんのことが大好きなんだね」
チノ「全く、本当にどうしようもないお兄ちゃんです」
ココア「あれ? なんかチノちゃん嬉しそう?」
チノ「そ、そんなわけないじゃないですか! まったくもう! ココアさんは……」
ココア「ふふっ」