ラビットハウスのパティシエさん   作:森フォレスト

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大体ひと月とちょっと以来の更新です。
4月からはさらに忙しくなるので、今後もゆっくり更新していければなと思っています。

活動報告にコメントをくださった方、ありがとうございます。


悩める少女

「……すっかり喫茶店の店員だな」

 

 両手一杯に抱える紙袋を手にカオルはラビットハウスに向かっていた。最近は何がどの程度無くなってきたかなどがわかるようになり、コーヒー豆の仕入れはタカヒロがしているが、その他の買い出しはカオルがするようになっていた。

 

「……ん?」

 

 ラビットハウスに戻る途中、公園のベンチに座っているマヤの姿がカオルの目についた。

 

「(一人でなにしてるんだ……?)」

 

 その様子はどこか元気がないようにカオルの目に映る。声をかけようとするが、両手一杯の手荷物に気がつき、カオルは急ぎ足にラビットハウスへと戻り、再び公園へと向かった。

 

「店にはチノたちがいるし大丈夫だろ。でも、これ……」

 

 サボりだよなという言葉を飲み込み、自動販売機でオレンジジュースを購入した後、カオルはマヤの元へ行く。

 ベンチに座り、ぼーっとうさぎを眺めているマヤの頬にカオルは後ろに回り込みオレンジジュースを当てる。

 

「うひゃあ!?」

 

 突然の冷たい感覚にマヤは驚きの声をあげる。

 

「か、カオル兄!?」

 

「おう。一人でなにしてるんだ?」

 

 カオルはマヤにジュースを手渡しながら、声をかける。マヤは手渡されたジュースを受け取りながら、答える。

 

「んー、瞑想?」

 

「ずいぶんと適当な瞑想だな」

 

「私くらい極めちゃうとそうなるよね!」

 

「……はぁ」

 

「な、なにその目!?」

 

「言いたくないなら言わなくてもいい」

 

 カオルはそう言いながらマヤの隣に座り、マヤと同じようにうさぎを眺める。

 

「別に言いたくないって訳じゃないけど……」

 

「俺じゃあ、頼りにならないか?」

 

「そんなことないよ! その、兄貴と喧嘩してさ……」

 

 マヤは俯きながら話始める。

 

「よくわからないんだけど、兄貴の大事にしてたプラモデルを壊しちゃって……」

 

「で、飛び出してきたのか?」

 

「そりゃもう、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせてから出て来てやったよ!」

 

「なぜ攻撃する」

 

「でも、落ち着いたら流石にひどいこと言い過ぎたかなって思ってさ……」

 

「プラモデルには興味なしか」

 

「だから、なんて慰めようか考えてたんだ……」

 

「謝れよ。悪いと思ってるなら謝れよ」

 

 お互い無言になり、そのまま少したった後にマヤが続ける。

 

「本当は弁償しようと思ったんだけど……これ」

 

「ん?」

 

 おずおずと手を差し出すマヤの手の上には何枚かの硬貨がある。カオルはその金額を数える。

 

「所持金27円……?」

 

「こんなんじゃ、うまい棒も買えないよ!」

 

「落ち着け。うまい棒は買えるから」

 

「そこで、カオル兄。相談があるんだけど……」

 

「……なんだ」

 

「貸して?」

 

「返せるのか?」

 

 マヤは首をかしげ可愛く微笑み言うが、カオルの一言によりその表情が固まる。

 

「身体で払うよ……」

 

「10年早い」

 

「なっ! 見てもいないのにそういうこと言うのはどうかと思うよ!」

 

「それを受け入れたら犯罪者の仲間入りだ! だから服を脱ごうとするな!」

 

 上着に手をかけるマヤを必死で止めるカオル。傍から見ると犯罪者である。心なしか周りの人から見られている気がする。

 

「とりあえず場所を変えよう。な?」

 

「んん? ほほーう……」

 

 カオルの慌てぶりにマヤは周りを見渡し、そして微笑んだ。その笑みにカオルは嫌な予感がする。そして諦めたようにマヤに言った。

 

「よし、わかった。貸してやるから、妹のふりしろ。そして場所を変えるぞ」

 

「わーい、お兄ちゃん大好きー」

 

「……はぁ」

 

 カオルは自分の腕に手を絡める小悪魔に軽い胃の痛みを感じながら、マヤは満面の笑みで公園を後にするのだった。

 

 

 

「で、なんでここなの? カオル兄?」

 

「最近のマヤは目に余るからな。ここらで俺がお前より優れているということを教えてやろうと思ってな」

 

「ゲームセンターで?」

 

「おう」

 

 マヤは不思議そうにカオルに尋ねる。二人は表通りを曲がり少し奥に行った場所にあるゲームセンターに来ていた。カオル曰く学生時代はよく来ていたらしい。

 

「流石に内装は変わるよな。まだあって少し感激だ」

 

「ここらへんの建物って潰れることは少ないからね。私もたまに来るよ~」

 

「チノやメグ……ってことはないよな。一人でか?」

 

「う、その……あ、兄貴と……」

 

「仲がいいじゃないか」

 

「う、うるさい!」

 

 からかうように笑うカオルに顔を赤くしてマヤが言う。カオルはその様子を微笑ましく思いながら、続ける。

 

「さて、俺はこう見えても負けず嫌いでな。大人ぶってはいるがどっちかというと子供なんだ。なめられてばかりは癪なので、お前の得意なゲームで完膚なきまでにボコボコにしてやろう」

 

「うわっ、大人気無い!」

 

「ははっ、何とでも言うがいい。そしてまいりましたカオル様と言わせてやる!」

 

 格闘ゲーム、音楽ゲーム、クレーンゲーム、シューティングゲーム、レーシングゲームなど様々なゲームで二人は勝負した。そして……

 

「まいりました、マヤ様」

 

「カオル兄、ゲーム下手すぎじゃね?」

 

「おかしいな……こんなはずじゃ……」

 

 結果、カオルはマヤに惨敗した。まさに惨めに敗北し続けた。どうにもゲームの才能は無いようで、カオルは今後、女性とデートする機会に恵まれた場合、絶対にゲームセンターだけには行かないようにしようと心に決めた。

 

「ほんとに高校のとき来てたの?」

 

「ちゃんと来てたわ! あ、でも今思うとほとんど見てばかりだったな……」

 

「ダメじゃん!」

 

「人を指差して笑うんじゃありません」

 

 可笑しそうに笑うマヤに疲れたようにそう言いうなだれた。

 

「あ、でも、初めてカオル兄と同じ目線に立った気がしたよ?」

 

「もう後半はなりふり構ってなかったからな……」

 

「流石にレースゲームでリアルに妨害されるとは思わなかったよ~ しかもそれで私に負けるし」

 

「ぐっ……恥も外聞も捨てて挑んで負けたとき、俺の心は折れた」

 

「妨害して逆に自分の方が事故ってたからね、カオル兄」

 

「な、なに!?」

 

「私、喉渇いたな~」

 

「……はぁ、仰せのままに。お嬢様」

 

「わわっ!」

 

 精神的ダメージでボロボロのカオルはため息をついたあと、マヤの手を引き、フードコートを目指し、券売機でジュースを購入する。

 

「で、どうだった。ゲーセンは?」

 

「ん? カオル兄がみっともなかった」

 

「マヤ、そろそろ勘弁してくれ」

 

「えへへ……うん、楽しかったよ」

 

「気分転換にはなったか?」

 

「もちろん!」

 

 飲み物に口をつけながら、カオルは問いかけ、マヤは満面の笑みで答える。カオルの子供っぽい部分を見たからだろうかマヤにはいつも以上にカオルを近くに感じていた。そして、同じようによく遊んでいる自分の兄のことが頭によぎった。このままわだかまりを残したままであれば、こんなふうに兄と遊ぶことはできなくなると。

 

「やっぱり、このままじゃいけないよね。兄貴にちゃんと謝るよ。カオル兄」

 

「……そうか」

 

 そんなマヤの言葉に面食らった顔をしながら、カオルは小さくそう答える。

 

「あ、そうだ。私ってそんなに魅力無い?」

 

「……大変魅力的です」

 

 思い出したようにそう質問するマヤにカオルは苦虫を噛み潰したような表情でそう答える。

 

「ふふっ、今はそれでいいけどいつか本心からそう言わせるよ!」

 

「10年早い」

 

「ひどっ!」

 

 その後、ゲームセンターをあとにした二人は近くのデパートに寄り、カオルは軽くなった財布を、マヤは兄に渡すプラモデルをそれぞれ手に帰宅するのであった。




マヤ「兄貴、これ……壊しちゃったから、買ってきたんだけど……その、ごめん」

マヤ兄「マヤが? ありがとう。俺もプラモデル一つで怒りすぎたよ」

マヤ「じゃ、じゃあ、これで仲直りなっ!」

マヤ兄「ああ。でもわざわざマヤが買って返してくれるだなんて……ん? ……マヤ」

マヤ「なに? 兄貴?」

マヤ兄「これ、パチモンだ」

マヤ「うえっ!?」

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