「その、何もないところですが、どうぞ……」
「「「「おじゃまします」」」」
カレーパーティーをするためにシャロの自宅へとやってきたチノ、ココア、千夜、カオルはシャロの案内で家の中へと入った。家に入ってすぐに目に入るのは大きなベットに小さめのテーブル、タンスにその上に小物が置かれていた。
「ふむふむ、なにもないね!」
「あんた失礼じゃない!?」
ココアは部屋を見回しながらそう言い、シャロがすかさずツッコミを入れる。
「慎ましやかで、素敵です……!」
「私は見慣れちゃってるわ~」
「うぅ……」
ココアに言われたことが気になるのか、シャロはどうも落ち着かない様子で唸る。
「シャロちゃんらしくていい部屋だな。インテリアもちゃんとしてるし、シャロちゃんにとって心地よい空間が出来上がっている気がするよ」
「か、カオルひゃん……」
「ただ、問題は部屋とキッチンが一体だから料理、とくにカレーなんかを作ると家具とか壁に臭いが染み付く可能性が……」
「換気は欠かせません!」
「そのあたりは大変そうだな」
「そうなんですよ~ 本当に大変で……アロマキャンドルとかも考えたりしたんですけど-----」
部屋談義で盛り上がるシャロとカオルを横目にココア、チノ、千夜は一人暮らしをするのは大変なんだなと思うのであった。
みんなで話していると、シャロの家の扉がノックされる。シャロが返事をしてから扉を開けた。
「きたぞーってなんだ、もう全員いるのか」
「買い出しにも行っていたからな」
「そうか、とりあえず私の分を払おう」
「ああ、それなら-----」
カオルとリゼが話しながら料金の精算を行う。それが終わったのを見計らってからココアが立ち上がる。
「それじゃあ、リゼちゃんも来たことだし、カレーを作ろうよ!」
「賛成です」
「楽しみだわ」
「役割分担しながら作らないと……」
「切り刻むのは得意だぞ!」
「……なんだろうな、リゼがいうとバイオレンスに聞こえる」
「なぜだ!?」
会話もそこそこにいよいよ料理を始める。シャロの家のキッチンは二人が並んで料理をするスペースしかなく、二人ずつ交代で料理をしていくことになった。
最初はココアと千夜がキッチンに立つ。ほかの人は、テーブル近くで待機している。
「ふふふっ、にんじんは任せてよ!」
「私はおいもをきるわ~」
二人がキッチンに向かうこと十五分、あまり進んでいないのか、切る音が聞こえない。不思議に思ったリゼは二人の手元を覗き込む。
「ふふっ、リゼちゃん気になるかな? この、うさぎ型のにんじんを!」
「私の兜型のおいもは自信作よ!」
覗き込むリゼに二人はどうやって切ったのかわからない形をしたにんじんと兜型にくり抜かれったじゃがいもを見せる。
「どうやってやったんだ!? すごいけど、それじゃあ食べれないだろう!?」
「そんな、食べるのがもったいないだなんて……」
「照れるわ~」
「いや、にんじんは煮込んで混ぜるときに耳の部分とかが多分もげるし、じゃがいもは溶けてなくなる。というか、なぜ千夜はじゃがいもをくり抜いた!?」
「「はっ!」」
「ど、どうしよう千夜ちゃん……」
「どうしましょう、ココアちゃん……」
「今、気がついたのか!?」
リゼの言葉に震えるココアと千夜にリゼは驚いたようにそう言った。
「何してるのよ……」
「ココアと千夜らしいといえばらしいけどな」
「うさぎ型のにんじん……食べられそうかもです」
「(ココアのやつ、チノににんじんを食べさせるために……?)」
チノの一言にカオルはココアを見る。
「せっかくつくったのに~」
「せめて星の形とかだな……」
「…………(ないか)」
せっかくの自信作がダメになり落ち込むココアをみてカオルは苦笑いを浮かべた。
最初の一個ということもあり、その後は順調に切り終わる。そして次のチノとカオルに交代する。
「玉ねぎって切ると涙が……」
「涙がでるよりも痛みの方が辛いな。小さい時はゴーグルとかして切ってたけど意味がなくてな」
「玉ねぎは息を止めて切るといたくないんですよ?」
「そうそう、鼻からきてるんだよな、あの痛み」
「で、なぜお兄ちゃんは玉ねぎをすりおろしているのですか?」
「すりおろした玉ねぎに肉をつけておくと肉がやわらかくなる……らしい」
「そうなのですか?」
「俺も聞いただけだからな……効果あるのかわからん」
「なんですか、それ」
仲良く調理をするチノとカオル。二人は久々に兄妹の時間を過ごしたあとにリゼとシャロと交代した。
「えーと、私たちが切るのは……豚肉だけか」
「(せ、先輩が横に……っ!)」
「よし、私が肉を切るからシャロは鍋できっているものを炒めてくれ」
「は、はい先輩!」
リゼとシャロのふたりは手際よく調理を進める。リゼが切った肉をいれ一通り炒めたあとに水いれ、水が沸騰したらあくを取っていく。
「手際がいいな、シャロ」
「い、いつも自分で料理はしているので……あとは野菜が柔らかくなるまで煮込んで、柔らかくなったらルーを淹れて十分ほど煮込めば完成です」
「おぉ! いよいよか!」
「ルーは先輩がお願いしますね」
「まかせろ!」
リゼがカレールーをいれると、カレーのいい匂いが漂ってくる。それに釣られたかのようにみんなが鍋を覗き込みに来る。
「うまそうな匂いだな」
「そうだろう!」
「(リゼ先輩とカオルさんに挟まれて……っ!)」
「あら? シャロちゃんの顔がにんじん見たく真っ赤だわ」
「う、うるさいわね!」
「本当だ! 暑いの?」
「無理はしないほうがいいです」
「うぅ……じゃあチノちゃん、変わって」
「わかりました」
シャロが横にずれて、チノが鍋の前に立つ。火を一旦止めて、ルーを溶かすように混ぜながら溶けたのを確認してから弱火に切り替える。
「隠し味に少しはちみつを……」
「最後にこれだ」
チノがはちみつをスプーンで一杯だけ入れる。それを見たリゼが箱に入った高そうなチョコレートを取り出す。
「たかそうなチョコレートね~」
「親父が部下からもらってきたものらしいけど、甘いもの苦手だからみんなで食べろって」
「わーい」
「いただきます」
「そしてこれを一粒」
リゼはそのチョコレートを一粒手に取ると、カレーの中へと入れた。
「カレーにチョコレート?」
「味に深みが出るんだ」
「さすが先輩です!」
カレーを混ぜるリゼをシャロが目を輝かせて見る。
「コーヒーを入れるっていうのもあるよな」
「ああ、聞いたことあるな」
「こ、コーヒーはちょっと……」
シャロの言葉にカオルはそうだなと微笑む。
「よし、すこし席を外すよ」
「あ、カオルさん、そっちの扉を出て突き当たりです」
「?」
「(あっ……)」
「ありがとう」
シャロに言われた扉を開けてカオルは部屋から出ていく。どういうことなのかわからないといった表情のリゼにシャロは小さな声でいう。
「と、トイレの場所です」
「あ、ああ! なるほど! う、うん……」
「な、なんか恥ずかしいわよね~」
「と、とにかく、あとは煮込むだけで……って、なんかチノ、様子がおかしくないか?」
なんとも言えない空気を断ち切るようにカレーに話を戻し、ココアとチノの方に振り返ると、チノの様子がおかしかった。顔が赤くふらふらと左右に体を揺らしていた。
「んん~」
「顔真っ赤!?」
「ブランデー入りのチョコレートだったのね」
「まったく! だらしない子ね! それでも私の妹なの!? そんなことではこのロザリオは渡せなくってよ! おほほほほ~」
「高級なチョコで性格までお嬢様に!?」
テーブルを勢いよく叩き顔を真っ赤にしながらココアはそう言った。それに驚いたチノは走って部屋を出て行ってしまう。
「はっ!? なんだか、シャロちゃんの学校に行った夢を見たよ~」
「私の学校そういうイメージ?」
「言うほど、そうでもないよな?」
「……リゼ先輩の周りは特別では?(部活のときとか熱狂的な先輩ファンの方々が常に最前列にいるし……)」
ココアの言葉になんとも言えない感じの表情をするシャロ。リゼも思い返しそう、シャロに聞くが、学校でのリゼの周りの人を思い出し、そう答える。
そんな話をしていると、チノの出て行った扉が開き、カオルがチノを抱っこして部屋に入ってきた。
「な、なにごと!?」
「俺が聞きたい。チノに何をした……」
「お兄ちゃん、離しちゃイヤー」
カオルは床に下ろしても離れようとしないチノを見ながらほかのみんなに聞く。
「さっき食べたチョコがブランデー入りだったみたいで~」
「洋酒入のチョコで酔ったのか!? そんな馬鹿なことが……あぁ、あり得るか」
「カオルさん!? なぜ私を見たんですか!?」
シャロをみてカオルは急に冷静になる。それに納得がいかないといった感じでシャロが声を上げた。
「とりあえず、チノ、離れなさい」
「イ~ヤ~」
「そうだよ、チノちゃん! 私の方においで!」
「……お兄ちゃんがいい」
「グハァ!?」
「ココア!?」
チノの一言にココアは苦しげに悲鳴を上げて倒れた。そのままふらふらと立ち上がるとチョコ何個かまとめて手に取り口に放り込み言った。
「こうなったらヤケチョコだよ!」
「待ってココアちゃん! そんなにいっぺんに食べたら-----」
「ほあ~」
「酔っちゃうわよ? ……遅かったみたいね~」
「これで二度目だな」
「ん~?」
「よし、ココア。チノに乱暴をしないというのであればチノ引き剥がして抱きしめてもいいぞ!」
チノと同じような酔った状態になったココアは、ぼーっとチノとカオルを見る。不安と期待が混ざった声色でカオルはココアに提案する。
「私もだっこー!」
「なぜ俺に来る!?」
「こうなるのか」
「酔うとカオルさんはいつもより魅力的に映るのかもしれないわ!」
「あれ身動き取れないんじゃ……」
左右からがっちりロックされたカオルは身動きが取れそうになかった。
「リゼ、何とかしてくれ」
「ココアの酔い方が違うのはなぜだろうか……」
「食べたチョコに使われていた洋酒の種類では?」
「案外、食べるたびに酔い方が変わるのかも?」
「俺には興味なしか」
「男としては嬉しいのだろう、カオル」
「両手に花ね~」
「私は離れて欲しいとは思いますが、酔った経験があるだけに手が出しにくいです」
「このままじゃ何もできないだろう! あとなんか機嫌悪い?」
「そんなことはないさー はははっ」
「「「目が笑ってない(わ、です、な)」」」
カオルの言葉に対するリゼの反応に三人の心の声が重なった。
「お兄ちゃん~ 遊ぼ~?」
「カオルお兄ちゃん~ 一緒に素数を数えよう~?」
「ええい、くっつきすぎた。正気に戻れ!」
「「へぶっ!?」」
「お、おい……」
「ま、まて、そんなに強く叩いてないぞ!?」
我慢の限界が来たのか、リゼはチョコの箱の蓋で軽く二人の頭を叩いた。リゼの軽くが全く軽くなかったのか、酔っているためにココアとチノの反応が大きいだけなのか、ふたりはカオルの腕を掴んだまま崩れるように体から力を抜いた。
「「はっ!?」」
「あ、目覚めた」
「……これは、その、演技です」
「わ、私は酔って抱きついてたよ……」
「なっ! そ、そういうことは言わないんですよ、ココアさん!」
「えっ、そうなの?」
「……本当にどういう原理なのかしら?」
「んー……ショック療法?」
「この若さで人を殺めるところだった……!」
「「リゼ(先輩)大げさだ(です)」」
酔いからさめたチノとココアは二人で顔を赤くしながら話す。リゼはそんなふたりをみて安堵のため息をつき、自分の震える手をおさえていた。そのオーバーな反応にシャロとカオルはツッコミを入れるのであった。
ひと悶着の末、落ち着き、みんなでカレーを食べた。案の定カレーがあまったので、リゼがタッパーに詰めシャロに渡す。
「美味しかったな。あ、シャロ、これ余ったから小分けにしておいたぞ」
「あ、ありがとうございます! 一生かけていただきます!」
「おおげさだぞ、シャロちゃん」
「なんて力のこもっていないツッコミ……いつものカオルさんじゃないわっ!」
「千夜は俺に何を求めてる? 流石に疲れたんだよ。もう何もないことを祈る」
「す、すみません、お兄ちゃん」
「カオルお兄ちゃん、ごめんね?」
「いや、気にするな。違った一面を見れて、それはそれで嬉しかった」
「「あぅ……」」
カオルの言葉に顔を赤らめ俯くチノとココア。その原因は少し前の自分の行動か、あるいはカオルの発言自体なのか、はたまた両方なのか。
「ん? チョコもなくなったな」
「ああ、結構美味しかったな。洋酒は度数が高めなのを使われてたみたいだな。酒の風味が少し強かった」
「親父がもらうだけはあるな」
「あら? そういえば、チョコにもカフェインが入っているって聞いたことが……」
「「え?」」
千夜が思い出したようにそう言い、リゼとカオルの声が重なる。恐る恐る三人がシャロの方へ振り返ると。
「はわぁ~」
「よ、酔っている……」
「時間差か……? いや、最後の一個を食べるまでシラフだったから、摂取したカフェイン量が一定値を超えると一気に酔いが回る体質なのかもしれない」
「そういえば、シャロちゃんが一番多く食べていたわよね~」
リゼがやっぱりかといった感じで言う。カオルは幾度と見てきたシャロのカフェインテンションハイを分析し、仮説を立て、千夜はカオルのに同意するようにそういった。
「かっおーるさーん!」
「ぐえっ!?」
「か、カオルーーーーーーーっ!」
「あらあら、まぁまぁ」
シャロの行動は早かった。考え事をしていたカオルをロックオンすると、その腹めがけて突っ込み、押し倒す。とっさのことにカオルも対応ができなかった。
「私のこともぉー シャロって呼び捨てにしてーっ!」
「おちつけ、シャロちゃん。後で絶対に後悔する」
「だって、私だけ呼び捨てじゃないんだもん……いや?」
「うぐっ……し、しかしだな……」
仰向けになったカオルの上に覆いかぶさるような体勢のまま上目遣いでそう言うシャロにカオルは言いよどむ。
「ち、千夜、あそこまで行くと嫉妬とか通り越してドキドキするぞ!?」
「そ、そうね! 正気に戻ったときのシャロちゃんが心配だわ!」
「……ココアさん、何も見えません」
「だ、ダメ! チノちゃんは絶対に見ちゃダメ!」
「り、リゼ、千夜、どうにかしてくれ!」
カオルはその姿勢のまま首の向きだけを横にし、リゼと千夜に訴えかける。しかしふたりは目を背け、手で顔を覆い、その指の隙間からカオルとシャロを恥ずかしそうに見ていた。
「む、むりだ、直視ができない」
「わ、私、攻めるのは好きだけど、攻められると弱いの……」
「ムッツリかっ!」
「カーオールーさーんー?」
「ああ……じゃ、じゃあ、うん。俺の上から降りてくれ、シャロ」
「はい!」
「あっ、すごく聞き分けがいい」
「リゼしぇんぱーい!」
「こ、今度は私かっ!?」
シャロはカオルの言葉に満足げに頷き、カオルの上から降りると、今度はリゼに抱きついた。
「私、もっと先輩と仲良くなりたいです~」
「ははっ……その、くっつきすぎだ、シャロ。顔が近い……」
「……あのまま放っておいたら、そのうち始めるんじゃないか?」
「それをカオルさんが言うの?」
横になったまま起き上がる気力もないカオルは、消え入るような声でそう言い、千夜が首をかしげて答えた。
正気に戻ったシャロは都合のいいことに何も覚えていなかった。千夜曰く「あれはカフェインだけじゃなくお酒でも酔っていたのね!」とのこと。二つのもので酔い、普段よりも激しい行動の末、記憶が消えたのだろうという結論に落ち着いた。その出来事も一週間もすればみんなの中でだんだんと曖昧になっていき、なんかすごかったという記憶とブランデーチョコは食べてはいけないという教訓が残り、何事もなかったかのように日々は流れていく。変わったことがあるとすればそれは……
「やぁ、シャロ。今日もバイトか?」
「そ、そうですね! よかったら今度きてくだひゃい! ……あぅ……」
ささやかな仕返しのつもりなのか、カオルのシャロに対する呼び方が変わったことぐらいだ。
シャロ「……頭が痛いわ」
千夜「二日酔い?」
シャロ「そういうことになるのかしら……?」
千夜「騒いだら寝ちゃうんだもの、驚いちゃった」
シャロ「その……迷惑かけたみたいで、ごめん……」
千夜「シャロちゃんをみてたら、私も酔えたらなーって思うの」
シャロ「……? 千夜はそのままが一番よ」
千夜「ふふっ……ありがとう」
シャロ「? どういたしまして?」