ラビットハウスのパティシエさん   作:森フォレスト

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チノといっしょ

「こうして歩いていると、昔と変わってないところもあるし、変わってるところもあって面白いな」

 

「6年も経てばさすがに少しは変化します」

 

「ここにあった古本屋は……」

 

「2年前に店長さんがお店をたたみました」

 

「あれ、映画館なんてあったっけ?」

 

「4年ほど前に建てられました。私も何回か行ったことあります」

 

「新鮮だなー…しかし、どんどん施設が充実してくな、この街。」

 

 迷路のような道をふたりで会話しながら歩き。カオルは自身の記憶との相違にその都度、楽しそうに話す。チノもそんなカオルをみて嬉しそうに微笑んだ。

 

「ん? なんだ? 笑ったりして」

 

「いえ、お兄ちゃんは全然変わらないなって思いまして」

 

「いや、さすがに高校の時と比べたら変わってるだろう?」

 

「背が伸びましたね」

 

「いや、そういうことじゃなくてだね……」

 

「ふふっ」

 

 うーん、と小さく唸り、カオルはチノの頭を撫でた。チノはくすぐったそうにそれを受け入れていた。

 

「あ、今日はティッピーは連れてこなかったのか」

 

「6年ぶりにお兄ちゃんを独り占めできますから、おじいちゃんはお留守番です」

 

「正直なところ、こっち帰ってくるとき、俺、チノに忘れられてるんじゃないかと思ってたんだよ」

 

「そんなことありえません!」

 

「どうやら、思いすごしだったみたいだね」

 

「そうですよ」

 

 チノが小さいときはここまでなつかれていた記憶がないので、カオルは少し戸惑っていた。しかしそれは、チノが感情の表現があまり上手くなく、また甘えるということもよくわかっていなかったためである。歳を重ね成長し、ココアたちとの交流を通じて内面的にも成長したチノはストレートに兄であるカオルに感情をぶつけることができている。

 

「まぁ、せっかくの妹との二人きりだ。見て回るだけじゃなく少し遊ぶか」

 

「本当ですか! ど、どこに行きますか! 私、新しいボトルシップを買いたいです! あ、あと、カフェでお茶とか、映画とか……あとあと!」

 

「おちつけ、チノ。順番だ、順番にな」

 

「あっ、す、すみません……」

 

「謝ることじゃない。むしろ、嬉しいよ。兄としては妹にはたくさん頼られたいからな」

 

「は、はい……」

 

「手、繋ぐか?」

 

「こ、子ども扱いしないでください! でも、お兄ちゃんがはぐれたら困るのでつないであげます」

 

「ははっ、そうかそうか。じゃあ、お願いしようかな?」

 

「まったく、仕方ないですね」

 

 

 

 そのまま二人はいろいろなところを巡り、6年ぶりの兄妹の交流を楽しんだ。気が付くと空は赤みがかっており、時計は夕方を指していた。

 

「もう、結構いい時間だな」

 

「そうですね、たのしかったです。ボトルシップも買ってもらっちゃって…」

 

「完成したら見せてくれよ?」

 

「はい、かならず……っと、ココアさんからメールです」

 

「ココアから? なんて?」

 

 メールを食い入るように見つめるチノを不思議そうにカオルが尋ねる。

 

「え、えぇーと、お兄ちゃんは夕飯の買い出し、私は先に帰って夕飯の下準備を手伝って欲しいという内容ですね」

 

「買い出し? わかった。それなら、ここで一旦、お別れか」

 

「そう、なりますね。今日はたのしかったです」

 

「こちらこそ、楽しかったよ」

 

「あ、買ってくるのは人参とじゃがいも、豚肉だそうです」

 

「……肉じゃがかな?」

 

「かもしれませんね……」

 

 あまり遅くならないうちに帰ると言い残し、チノとは逆方向に歩き出すカオル。

 

「(ふふっ……ここまでは計画どうりです!)」

 

 そんなカオルの後ろ姿を見ながら、チノは小さく笑った。

 

 

 買い出しに行く途中、カオルは建物と建物の間にウサギが入っていくのを見た。

 

「(野良ウサギってほんと多いよな、ここ)」

 

「きゃ、きゃあぁあああああああ!」

 

「な、なんだ!?」

 

 うさぎが入っていって少しも経たずに女の子の悲鳴が聞こえ、慌ててウサギの後を追う。

 

「こ、こないで! それ以上来たら舌を噛み切るわ!」

 

 そして、カオルが見たのはじりじりとウサギに詰め寄られ、舌を噛み切ろうとしている軽くウェーブがかった金髪の女の子だった。

 

「なにしてるの、君……」

 

「う、うううううう、うさ、うさウサギが、ウサギがっ!」

 

「ウサギが怖いのか。珍しい人もいるんだね。住みにくくて仕方ないだろう?」

 

 カオルがウサギを抱き抱え、喉元をくすぐってから逆方向へと逃がすと女の子は涙目ながらに安堵のため息をついた。

 

「うぅ……助かりました……ほんと、ウサギが苦手で……でも、今までも住んできた街なので大丈夫です!」

 

「とても、そうは見えなかったけどね……」

 

「うぅ……あ、あの、お名前聞いてもよろしいですか? お礼もしたいですし……」

 

「いや、お礼をされるほどのことは何もしてないよ?」

 

「私の気がすまないんです!」

 

「あ、あぁ……俺はカオル。香風 薫だ」

 

「私は桐間 紗路といいます。香風……というと、チノちゃんのお知り合いですか?」

 

「おぉ! チノの知り合いか。チノは俺の妹だよ」

 

「チノちゃんにお兄さんがいらしたんですね!」

 

「あぁ、一応、昼間は働いているから、暇なときは顔を出してくれればサービスするよ」

 

「ありがとうございます。あと、お礼ですが、今渡せるものがなにもなくて……これ、よかったら……」

 

「え? あ、これはどうも……」

 

「(フルール・ド・ラパン、特別優待券? あ、これ、割引券か)」

 

「おい、そこで何をしている!」

 

「「はい?」」

 

 後ろから声をかけられ振り向くと警官がたっており、こちらに警戒の目線を向けていた。それは不慮の事故だった。人目につかなそうな場所で男が女の子から紙のようなものを受け取っているところをたまたま警官に見られてしまったのだ。傍から見るとカツアゲである。

 

「女性から金を巻き上げるなど、男の風上にもおけんやつだ、交番まで来い! 根性を叩き直してやる!」

 

「えっ! えぇっ!? ち、違う! カツアゲじゃない。ただ話してただけだ!」

 

「こんな人目につかないところでか!? 嘘をいうな。見苦しいぞ!」

 

「や、やめ、ひ、ひっぱらないでー!」

 

「か、カオルさーん!」

 

 

 

 シャロの必死の説明のおかげで、なんとかなり、解放されるのに少々の時間を要し、お互いの連絡先を交換し、別れ、買い物が終わる頃には日が落ちていた。カオルは足早に実家のラビットハウスへと向かった。

 

「ただいまー」

 

 パンパンパン!

 

「!?」

 

 ラビットハウスの扉を開けると一斉にクラッカーが鳴り響く。

 

「「「カオル(お兄ちゃん)おかえりー!」」」

 

「えっ、あ、あぁ……? な、なんだ、この出迎え。買い出しに行っただけだぞ?」

 

「もう! 違うよーカオルお兄ちゃんの実家におかえりパーティーだよ!」

 

「です!」

 

「ふっ、チノとココアくんの計画、実施だ。お父さんも料理を作ったんだ。今日は貸切だ」

 

「チノ……ココア……親父……ついでにティッピー……ありがとう」

 

「ついでとは何じゃ、ついでとは!」

 

 カウンターの上部分にかけられている手作り感あふれる「カオルお兄ちゃん、おかえりなさい」という垂れ幕にカオルの涙腺が少し緩んだ。

 

「でも、なぜ垂れ幕……」

 

「引っ張れば取れるからね!」

 

「セロハンテープで止めてあるんです」

 

「さぁ、ささやかなお祝いだが、料理は俺のもてる技術、材料をふんだんに使って作り上げたものだ。遠慮せずに食べてくれ。とうぜん、チノとココアくんもね」

 

 そして、あと片付けに多少苦労するのはもう少し後の話である。




カオル「まさか、こんな催しを行ってもらえるとは思ってなかったよ」

タカヒロ「カオルが喜んで、チノたちも喜んでいたよ」

カオル「親父も、ありがとな」

タカヒロ「もう、パパとはよんでくれないのか?」

カオル「よんだことねぇだろ。チノですらお父さんだぞ」

タカヒロ「じゃあ、父さんとよんでくれ」

カオル「妥協しましたみたいな感じをだすな。何も妥協じゃないから、それ」

タカヒロ「そうか……」

カオル「……ありがとな、父さん」

タカヒロ「カオルっ!」

カオル「やめろ! 抱きつくな気持ち悪い! 二度と呼ばないから、今後絶対に親父だ、親父!」

ティッピー「何をやっとるんじゃ……」

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