ラビットハウスのパティシエさん   作:森フォレスト

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 カオルが都会から戻ってきて数ヶ月が経過した、カオルは部屋のベットで横になりながらいままでの事を思い返していた。その記憶の多くがラビットハウスのカウンターに立っているのは社会人だから仕方ないと苦笑いを浮かべる。自分があと十年いや、八年ほど遅く生まれていれば、チノたちの輪に入り、一緒に学習し、放課後にバイトをしたり、遊んだりといった未来もあったかもしれない。そこまで考え、何を馬鹿なことを考えているのだとカオルはベットから起き上がった。

 

「最近は土日は無理矢理にでも休ませてくるからな……オヤジこそ休みがないだろうに……」

 

 何とも言えない気分になりつつ、余計なことを考えないようにやっぱり働かせてもらおうと部屋を出ようとしたとき、カオルのスマートフォンが震えた。どうやらメールを受信したらしい。

 

「ん? 千夜か……」

 

 カオルは慣れた手つきで画面を触り、メールを開く。送信者は千夜、受信者はココアとカオルとなっていた。

 

「たすけて! いま、ピンチなの! このメールも、一文字ずつ隙をみて打ってるわ。って打つのに三十分かかりました」

 

「何をしてるんだ、あいつは……? まぁ、ココアがいれば俺は別に……って、ココアは今日、学校で補習だったか? 本当に文系は壊滅的だな」

 

 補習になり気分がおちていたココアの様子を思い出し、カオルは苦笑いを浮かべる。どうせ大したことではないだろうと思いながらも万が一のことを考え、カオルはかけてあった上着を手にとり、千夜の働く甘兎庵を目指した。

 

 

 

 甘兎庵にたどり着いたカオルは一目で状況を把握した。甘兎庵は稀に見る大盛況であった。溢れかえる人、人、人。とにかくお客が多く、それは途切れそうになかった。このお客を千夜だけで捌くのは無理だろう。

 

「一応は、ライバル店なんだけどな……」

 

 カオルはそんなことを口にしながらも手は止めない。カオルは甘兎庵の厨房で和菓子を作っていた。担当するのは下準備と盛り付けだ。

 

「余計なこと言ってないで手を動かしな。じじいの孫の手だろうが借りなきゃまわらないんだよ」

 

「了解しました」

 

 そうカオルに言うのは千夜の祖母だ。甘兎庵は千夜と祖母の二人で営業をしている。本来であれば材料の下準備から調理までを祖母が担当し、千夜が盛り付け持っていくという方法をとっていたが、カオルがきたことにより、千夜はホールに専念。さらに、仕事を初めて三十分ほどで祖母がその役割を一部カオルに投げたのだ。

 

「千夜が呼んできた男だから使ってやってるということを忘れるんじゃないよ。手を抜いたら承知しないからね」

 

「ここに立つ以上、妥協も手抜きもありません」

 

「はんっ、言うじゃないかい。教えた通りにやんな」

 

「簡単にいいますけど、一回聞いただけで、おまけに感覚的な部分もあるんですからね?」

 

「いつもあたしがやってんだ。そんなこと知ってるよ。口じゃなく手を動かしな」

 

「……わかりました」

 

 こうなったら、ぐうの音も出ないほど完璧に千夜の祖母の仕込みを再現してやろうとカオルは奮起するのであった。

 提供されるものが和菓子ということもあり客の回転率は悪くない。いつしかボツボツとだが席が空くようになってくるはずだったのだが、カオルが店内を覗くとそんなことはなかった。

 

「減りませんね、お客」

 

「千夜のオーダーを取るスピードが遅い。朝からこの調子だからね。あの子も疲れてんだ」

 

「ココアがいればまた変わったんだが……ん? あれは……」

 

 この甘兎庵の大盛況が気になったのか、店内を覗き込むシャロの姿をカオルは見た。カオルはすぐさまに厨房を飛び出し、シャロを捕まえに行く。

 

「えっ? カオルさん? あ、あの、え? え? な、なんで引っ張るんですか!?」

 

「すまない、シャロちゃん少し手伝ってくれ」

 

「な、なにをですか!?」

 

 この助っ人の活躍により数時間の作業の末に、全てのお客を捌き切ることに成功するのだった。

 

「私……もうだめ……」

 

「うぅ……せっかくのお休みがぁ……」

 

「ああ、この疲労感、懐かしい感覚だ……」

 

「なんだい、だらしがないね。若いもんがそんなでどうすんだい。今日はもう店じまいだよ。ほら、このモナカでも食べな」

 

 疲労困憊といった感じでテーブルに突っ伏す三人に千夜の祖母がモナカを持ってくる。

 

「ありがとうございます……」

 

「なんだい、羊羹も欲しいのかい。遠慮ってものを知らないねぇ」

 

「え? い、いや……」

 

「喉が詰まったらどうするって? だったら、茶でも飲めばいいだろう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「熱い茶には冷たいものが欲しい? じじいに似て本当に業突張りだね。かき氷でも食ってな」

 

「お、おぉう……」

 

「千夜とシャロの分もあるからね、ゆっくりしてきな」

 

「「「…………」」」

 

 三人の目の前にモナカ、羊羹、かき氷、お茶が置かれる。それを見つめながら、それが千夜の祖母の気使いだと気がつくのに少しの時間を要した。

 

「いつもより、出てくる和菓子が多いわね……食べきれるかしら……」

 

「千夜のおばあさんは素直じゃないな」

 

「カオルさん、貴方はおばあちゃんに認められたのよ……!」

 

「え?」

 

「なによ、それ?」

 

 千夜の言葉にカオルとシャロは首をかしげる。

 

「おばあちゃんは気に入った人にしか和菓子は出さないの。まさか、一回会ったその日に、そしてかき氷までもらっちゃうだなんて……!」

 

「どんな基準よ、それ」

 

「ただの差し入れじゃないのか、これ」

 

 目を輝かせてカオルを見る千夜から目をそらすように、カオルは前に座るふたりの格好を見る。甘兎庵の制服とも言える緑とオレンジ色の着物に身を包んだ二人はなかなかに絵になる。

 

「シャロちゃんが着物を着ているってのはなかなか見ることのできない光景だな」

 

「そ、そうですか!?」

 

「うふふ~」

 

「なに笑ってんのよ……」

 

「夢が叶ったなって思って」

 

「夢?」

 

「私、シャロちゃんと一緒の制服を着て、働くのが夢だったの~」

 

「な、なによそれ……」

 

「シャロちゃんに今さら『うちに来る?』なんて言いにくくて……それにあんこもいるから……」

 

「はっ!? そ、そうだ、あいつ! あいつはどこにいるの!?」

 

 千夜の言葉に、シャロは思い出したかのように辺りを見渡す。しかし、その行動は遅すぎた。

 

「あー……疲れてて気がつかなかったんだな。結構前から、シャロちゃんの頭の上で髪をかじってる」

 

「なぁああああああああーーーーーっ!?」

 

 カオルの一言に慌てて立ち上がり引き剥がそうとするシャロ。それを見ながらカオルは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「カオルさん、ありがとね?」

 

「ああ、今日はホントに大変だった」

 

「そうじゃないわ。シャロちゃんのこと」

 

「ん? それは別に……」

 

「カオルさんがいなければ、私の夢は夢のまま。いつかは叶うのかもしれないけれど、それはいつかはわからなかったもの。だから、ありがとう。カオルさん」

 

「……ただ目に付いたから引っ張ってきただけなんだが……なんか、照れるな」

 

「ふふっ」

 

「それより、助けなくていいのか?」

 

「わ、忘れてたわ! あんこを助けなきゃ!」

 

「シャロちゃんじゃないのか!?」

 

「ナイスツッコミ!」

 

「いいからコイツをどけてよっ!?」

 

 こんな時でもボケを忘れない千夜に、シャロは悲痛な叫びを上げるのだった。




カオル「千夜のおばあさんがつくる和菓子は旨いな」

千夜「そうなの、ついつい食べ過ぎちゃうって……」

シャロ「あぁ……久々の甘いもの……」

カオル「シャロちゃんは、大変そうだな」

千夜「そうだ、夕飯はみんなで一緒に食べないかしら?」

シャロ「夕飯……何も考えていなかったわ」

カオル「断る理由もないし、いいぞ。そうなると買い出しか」

千夜「いってらっしゃい~」

カオル、シャロ「「千夜もくるんだ(きなさいよ)」」

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