明日の更新は……ないと思います。
あっ、時系列的な乱れは大目に見てください。
ハッピーバレンタイン!
バレンタイン前日の朝。カオルは朝からラビットハウスの厨房で道具を整理していた。今日はラビットハウスは貸切となっており、明日に備えてのみんなでチョコレートを作ることになっている。そこで講師として白羽の矢が立ったのがカオルであった。
「まぁ、こんなもんか」
計量カップ、包丁、まな板、ボウル、オーブンシート、鍋、泡立て器、ティースプーン、ゴムべら、などなどの道具を一通り揃え、満足げに頷く。カオルがパティシエの時のバレンタイン時期の大変さを思い出していた。
「朝から晩まで休みがなかったからな、あれ……」
それに比べれば趣味の範囲内で時間を気にせずゆっくりと作れる今回の催しは、自分にとっても気分転換になるとカオルは考えていた。
「遅くなって済まないな、カオル」
「いやいや。どちらかといえば早いな。流石は提案者といったところか、気合が入ってるな! ちなみにココアはさっき起きたばかりで今はチノが着替えを手伝っている」
「ココアのやつ……」
今回の提案者であるリゼが一番最初にラビットハウスへとやってきた。父親にチョコを贈りたいが、せっかくなので手作りにしたいとカオルに頼ってきたのだ。それを承認したカオルはほかのメンバーにも声をかけ、今回の催しが行われることとなった。
「まぁ、そう言ってやるな。あれでいてしっかりとお姉ちゃんをしているから」
「たしかに、チノはよく懐いてるな。ココアが来てから前より明るくなった気がするよ」
「だろ? さて、ファザコンのリゼのために早くやりたいところだが、他のみんなが来るまで待機だ」
「だ、誰がファザコンだ!」
カオルの言葉に顔を赤くして否定をするリゼ。そんなリゼを見て、カオルはリゼの父親は娘に愛されてるなと微笑んだ。
それから一時間程度でメンバーが集まり、全員がエプロンをつけて厨房に立っていた。厨房にいるのはココア、リゼ、千夜、シャロ、チノ、マヤ、メグ、カオルの八人である。
「カオル兄が先生かー お菓子作りってワクワクするよね!」
「上手に作れるかな~?」
「ココアはどんなチョコを作るんだ?」
「うーんとね、トリフを作るよ!」
「ココアさん、それは三大珍味の一つです。それを言うならトリュフです」
「ココアちゃんらしいわね」
「えへへー」
「褒められてないわよ!?」
「いや、トリュフチョコ、トリフチョコ。両方呼び方は正しいぞ」
「「「「そうなの!?」」」」
談話するメンバーを指で数えながら、自分を除いて七人いることを確認したカオルはみんなに声をかける。
「よーし、それじゃあ、そろそろ始めるか」
「今日の教官はカオルだ、なんでも命令してくれ!」
「サーイエッサー!」
「マヤちゃんたのしそうだね~」
リゼとそれに乗っかるマヤに体から力が抜けるのを感じながら、カオルは催しを進める。
「今日はチョコを作るわけだが、ただ溶かして固めればいいというわけではない。作るものにもよるが、工夫やデコレーションが大事だ。見た目というのはお菓子を作る上で重要なことだ。目で見て楽しみ、味で楽しむ。それがスイーツというものだ。しかし、個人に贈る上で一番重要なのは想いを込めることだ。贈る相手を考えながら作れば二つと作れないものができる。逆に事務的に作ったものはもらう側は自然とわかるものだ」
「カオルお兄ちゃん、先生っぽいね!」
「お兄ちゃんはスイーツのことになると妥協はしません」
「その姿勢、私たちも見習わないとね、ココアちゃん!」
「うん!」
「なにしてんのよ、あんたたち……」
「まぁ、まずはやってみてって感じだな。それぞれがつくるものは決まっているか?」
カオルの問いかけに、七人が口々に作りたいものを言っていく。カオルはそれをメモにまとめていく。生チョコ、トリュフの二つに固まり、比較的簡単な部類になんとかなりそうだなと頷く。
「一応下準備なんかは似通った部分も多いから、一緒に進めて途中から個別に指導していくとにするか」
カオルの言葉に全員が返事をして、いよいよクッキングが始まった。
「まずは下準備、板チョコを細かく切り刻む-----」
「包丁ニ刀流! ちょあーっ!」
「あほたれ!」
「あだっ!?」
「あー もうお前やんちゃすぎ! 怪我してからじゃ遅いぞ!?」
「な、殴ることないじゃんかぁ……」
「指切り落とすより全然マシだ!」
下準備の段階から両手に包丁を持ち、交互にまな板の上のチョコに叩きつけるマヤの頭をカオルは軽く叩いた。思ったよりも力が入っていたのか、マヤは涙目になりながらカオルに抗議する。
「いいか、マヤ。包丁はこうやって持って、指を切らないように慎重に、こう切るんだ」
「わわっ、カオル兄! わ、わかったからくっつかないで、なんか恥ずかしい!」
「ホントはこうやって教えるのは危ないんだけどな、マヤに一人でやらせるほうが怖い」
「こ、この方が怪我しちゃうって!」
「……もうふざけないか?」
「う、うん!」
「まぁ、なら、いいよ」
カオルはため息混じりにマヤから離れ、マヤの手ごと握っていた包丁を離した。
「(マヤの真似をすれば私も……?)」
「リゼ、何を考えているのかわからんが、やめとけよ?」
「な、何がだ!?」
うろたえるあたりよからぬことを考えていたのだろうと、カオルは苦笑いを浮かべ、ほかの人の様子を見る。
「うんしょ……うんしょ……」
「メグはすこし丁寧すぎるな。チョコを刻むというよりすりつぶしているのに近いな。もっと、こんな感じだ」
「な、なるほど~!」
このような具合にカオルは全員の工程、進み具合を確認していく。カオルがざっと見わたすと、マヤとリゼとメグ、ココアとチノ、千夜とシャロといった具合に分かれて作業していた。
「千夜と、シャロは……ガナッシュを作っているのか」
「そうなの~ シャロちゃんにお仕事止められちゃって……」
「いつまでたってもチョコを刻むのやめないから、私が止めたんじゃない!」
「仲が良さそうでなによりだ。そして、火が少し強いな。中火でいい。沸騰直前でさっき刻んだチョコレートの入ってるボウルに注ぐんだ。そして、チョコレートが完全に溶けてなめらかなクリーム状になるまで混ぜるんだ。泡立て器もあるが、自力で混ぜてもいいぞ」
「混ぜる……体力使いそう……」
「わかりました! ありがとうございます、カオルさん!」
「しかし、千夜は疲れてるな。大丈夫か?」
「結構、体力使って……」
「こんな感じなので、私、千夜と同じものを作ることにしたんです」
「友達思いだな、シャロちゃんは」
「そんな……でも付き合いも長いですし……」
「(あんなに仲良さそうに……)はっ!? カオルさんにシャロちゃんを取られちゃう……?」
「なんでそう思ったのよ!?」
「(シャロちゃんがいるとツッコミ入れる必要がないから楽だなぁ……)」
特に問題なさそうな千夜とシャロにアドバイスとやり方を教え、すこし話をしてから、カオルはチノとココアのところを覗きに行く。二人は作ったガナッシュを冷ましていた。
「あれ、やけに早いな……」
「え? そうかな?」
「ココアさんと協力してやっていただけなのですが……」
「どれ……特に問題はなさそうだな。ということはずいぶんと息が合った作業をしたということか。すっかり姉妹みたいだな。兄としては嬉しいが、ココアにチノを取られて少し嫉妬してしまうな」
「えぇー!? そ、そうだ! それならカオルお兄ちゃんも私の弟に……!」
「ココアさん、めちゃくちゃな事を言うのはやめてください」
「ふふっ、これからもチノを頼むよ、ココア」
「う、うん! お姉ちゃんに任せなさい!」
「また、それですか……」
「(……少し、モカさんに似てるな。ポーズ負けはしていない)」
「カオルお兄ちゃん……?」
「あぁ、すまん。ココアも成長しているんだと思ってな」
「え、えへへ……」
「でも、まだチノは渡さないけどな」
「それなら、私がそっちに行くよ!」
「妹が二人になるのか……」
「ココアさんはすこしズレ……独特な人なので、真っ向から言っても無駄ですよ。お兄ちゃん」
「ズレてるっていわれた!?」
「ははっ、ほんと仲がいいな」
そんなふたりを見て、何度目になるのかわからない言葉をカオルは口にした。
「よし、進み具合はどうだ?」
最後の仕上げを教え終えてからしばらくが立ち、ポツポツと完成させる人が増えてきたころを見計らい、カオルは全員にそう尋ねる。
「意外と簡単だったよー!」
「うぅー 難しい……」
「……マヤとメグ、セリフが逆じゃないか?」
「そういうリゼは……うん、なかなかの出来栄えだな。マヤは……まぁ、大事なのは思いだから、うん」
「いっそヘタと言ってよ、カオル兄!」
切り方がバラバラでいびつなマヤ、シンプルかつ綺麗なメグ、顔を描くなど、ちょっとした遊び心が見え隠れするリゼの生チョコを見ながら、カオルは「おつかれ」と微笑んだ。
「私たちの生チョコはどうかしら!?」
「千夜が切り分けたんですけど、これが意外と綺麗で驚きました」
「ほう……いいじゃないか」
「そしてシャロちゃんのには、わさびを練りこんだわ!」
「「何をしてる(のよ)!?」」
誇らしげに言う千夜にシャロとカオルが声を揃えてツッコミを入れた。
「いや、まぁ生チョコのわさび味ってのはあるにはあるが……これは、どうなんだ?」
「こ、こわくてたべられまひぇん……」
シャロが涙目でそう消え入るようにいい、カオルはシャロの頭を撫でて慰めるのであった。
「で、最後にチノとココアのトリュフだが……」
「どうかな、カオルお兄ちゃん!」
「がんばって丸めました」
「おぉ……特に問題が見当たらないな。まさか一番ちゃんと作り上げるのが二人とは……」
「わーい、やったね、チノちゃん!」
「頑張りましたから」
「まぁ、多少はアレンジとかがあってもいいとは思うけどな」
「「基本が大事(です、だよ)!」」
「なるほどな……」
カオルの言葉に声を合わせて答える二人。それを聞いたカオルはなるべくしてこうなったのだと確信した。
「よし、以上でバレンタイン前日、チョコレート教室は終了だ! 各自の思いが、渡す相手に伝わることを祈っている! 解散!」
というカオルのまとめの一言で催しは無事終了したのであった。それと同時に全員が、カオルの近くにやって来る。
「ん? なんだ?」
「その、グループで分かれて、大目に一つずつカオルにチョコを作っていたんだ……そのもらってくれるか?」
「私たちも協力したんだよ、カオル兄!」
「がんばりました~」
「り、リゼ、マヤ、メグちゃん……」
「カオルさんに、愛のこもったバレンタインチョコよ~」
「あんたそれ、わさび味の方じゃない!? ち、違います、こっちです、こっち!」
「あん、シャロちゃんのい・け・ず」
「恩を仇で返すやつがどこにいるのよ!?」
「シャロちゃん……千夜……は、うん、まぁ…」
「これは、私たちからだよ、カオルお兄ちゃん!」
「その、一生懸命作りました。受け取ってください」
「ココア……チノ……」
三つのチョコを受け取り、感動しながら、カオルはみんなを見る。全員笑顔で、カオルの次の言葉を待っている。
「みんな……ありがとう。最高のバレンタイン前日だ」
「「「「(あっ……)」」」」
カオルの言葉にその場にいた全員が明日に渡せばよかったと心の中で思ったのであった。しかし、カオルは満面の笑みで実に満足そうだった。
「ああ、そうだ、チノ」
「なんですか?」
「これ、チノからってことにして、一緒に親父に渡してくれ」
「……ですが、これはお兄ちゃんが自分で渡したほうがいいのでは?」
「この歳で、親父に渡すのは流石に恥ずかしいよ。それに、男だからな、俺。チノから受け取ったほうが親父も喜ぶだろ」
「わかりました。一緒に渡しておきますね」
「頼むよ」
そんな兄妹の会話をしたあと、カオルはチノに手の中のものを手渡し、道具の片付けに勤しむのであった。
ティッピー「なんじゃ、息子よ。いつもよりも嬉しそうじゃな」
タカヒロ「子どもからの一日早いバレンタインチョコさ。嬉しくないわけがないだろう」
ティッピー「毎年チノからはもらっておるじゃろ。今年はひとつ多いが……個数が増えていつもより喜ぶやつじゃないじゃろ、お主は」
タカヒロ「おやじの分もある。食えばわかる」
ティッピー「? ……ほう。この二つ、味が違うのう。なるほどのう」
タカヒロ「わかっただろ?」
ティッピー「息子よ。お主、とんだ親バカじゃな」
タカヒロ「ふっ……」