ラビットハウスのパティシエさん   作:森フォレスト

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ごちうさ1期の1羽をみて、ちゃんとコーヒーを淹れてみたくなり、細かく書いたけど、文字にしたらやけに長い……




夜のひととき

 カオルは早朝からパンを焼き、朝から昼終わりまで接客、昼過ぎには配達を済ませてようやく自由な時間を取れるようになる。今までは風呂に入ると直ぐに寝ていたカオルであったが、体が慣れてきたのか今日はそのあとも起きていた。

 

「……ようやく慣れてきたのか、疲労感はあれど、あまり眠たくはないな。コーヒーでも淹れるか」

 

パン屋の朝は早い。早く休むに越したことはないが、時刻は夜の七時。まだ、モカもモカの母親も寝ていない。それならば、自分のことも知ってもらおうと思っての行動だった。

 

「本当はスイーツの方がいいんだけど、時間も道具もないからな……簡単なゼリーなんかはもう作ったし、タルトとかケーキを作りたい。このままだと腕が鈍る……ラビットハウスにいるときはちょくちょく作ってたからなぁ……でも帰ると今度はパン作りの腕が鈍りそうだ。悩ましいな……」

 

 カオルはうんうんと頷きながら、ラビットハウスから持ってきたコーヒーを淹れるための道具である、コーヒーサイフォンとアルコールランプ、豆を挽くためのコーヒーミルなどの道具を取り出す。包みを開けながらとりあえずテーブルに置く。

 

「……お湯がないな。豆は……高いブルーマウンテンにするか。翠さん、よくこれを毎日飲みに来てたよな……一杯700円だぞ。そういや、じいさんのときは500円だったよな。安すぎじゃないかと言っても頑なに値段を変えなかったのは、今思えば翠さんがいたからかもな……」

 

 昔を懐かしみながら道具一式を手にカオルはキッチンがある居間へと向かう。カオルが居間に入ると、モカの母親が食卓テーブルの椅子に座り、雑誌を読んでいた。

 

「こんばんは」

 

「あら、カオルくん。その道具は……キッチンになにか用かしら?」

 

「コーヒーを入れようかと思いまして……よかったら一杯いかがですか?」

 

「あら、お言葉に甘えましょうかしら~」

 

「是非」

 

 簡単な会話のあと、カオルはコーヒーミルでコーヒー豆を挽く。

 コーヒーサイフォンの下部分のフラスコを水洗いし、しっかりと拭き取って二杯分の水をフラスコに注ぎ、アルコールランプに火をつける。上部分の漏斗にフィルターをセットし、先ほど挽いたコーヒーの粉をコーヒースプーンで入れ、フラスコの水が沸騰したのを確認してから火を弱めて漏斗を差し込んだ。フラスコ内にあったお湯がどんどんと漏斗に上がってくる。カオルはそれを慣れた手つきで棒を使ってかき混ぜ、粉をほぐす。程度を確認しながらアルコールランプを外すと、ほどなくして漏斗に上ったお湯がフラスコへ吸引された。手早く漏斗の中でドーム状になったコーヒーの粉をフィルターごと処分する。

 カオルはその出来栄えに満足げに頷いたあとにフラスコのコーヒーをカップに注ぎ、モカの母親の元に持っていく。

 

「お待たせしました。ブルーマウンテンです」

 

「まぁ……いい香り……」

 

「一杯のコーヒーを入れるのに時間がかかりますが、味は保証しますよ。豆もいいものですし、入れ方は祖父と妹直伝ですから」

 

「ありがとう、カオルくん」

 

「いえ、冷めないうちにどうぞ」

 

「いただきます」

 

 カオルが促し、モカの母親はコーヒーに口をつける。

 

「おいしい……」

 

「よかったです」

 

「私が人生で飲んだコーヒーの中で二番目に美味しいわ」

 

「そんなに上位に食い込むのは、すこし照れますね……」

 

「今度、お店まで飲みに行っちゃおうかしら?」

 

「そこまでですか!?」

 

「ふふっ」

 

 モカの母親のベタ褒めにカオルは思わずうろたえる。嬉しさとプレッシャーの入り混じった複雑な表情をするカオルをみて、モカの母親は微笑んだ。

 

「私が一番美味しいと思ったコーヒーの味、知りたい?」

 

「その……差支えがなければ、是非」

 

「それはね、夫が入れてくれたインスタントのコーヒーよ」

 

「旦那さんが?」

 

「ええ、結婚して間もない頃の話よ。こんな場所に構える小さなパン屋だもの、お客もあまり来なかったの。小さい頃からの夢だったパン屋を経営できて嬉しかったけど、すぐに現実は甘くないって気がついたわ。ちゃんと街まで行って宣伝もしたのよ? そのうち心が弱ってきて、やめようとも考えたわ。ちょうど今見たく仕事終わりに、する気もないのに転職雑誌を読んでいたの。すると夫が何も言わずにインスタントのコーヒーを私の目の前に置いて、手を握ってくれたの……」

 

「…………」

 

 懐かしむように右手を撫でるモカの母親。その目はどこか憂いを帯びていた。その様子にカオルは息を呑む。そして恐る恐る訪ねた。

 

「あの、旦那さんは……?」

 

「え? あ、違うのよ? 夫は大学教授で家を離れて都会に住んでいるの。カオルくんに貸している部屋を使っていた長男と次男も都会に行ってるわ」

 

「ああ、良かった……」

 

「ごめんなさいね。ちょっと懐かしくなっちゃって」

 

「い、いえ、そんな!」

 

「ふふっ、カオルくんを見ていると、昔の夫を思い出しちゃうの。どこか、似ているのかも」

 

「その、絶対に代わりなんかにはなれないとは思いますが、何かあったら話してください。相談にのりますし、愚痴だっていくらでも聞きます。俺にできることなら、なんでも-----」

 

「はい、そこまで!」

 

 どこか寂しげなモカの母親のフォローをしようと必死になるカオルの口に指を押し当て、モカの母親はそれを止めた。

 

「優しいのね、カオルくん。ありがとう」

 

「そんなことは……」

 

「ふふっ、私はそろそろ寝るわね。あんまりカオルくんと話していると、夫に会いたくなっちゃう」

 

「……それも、いいかもしれませんよ? ここの仕事ハードですし、骨休めで行くのも。ちゃんと確認はとったほうがいいとは思いますが」

 

「そうね……そのときは、モカのことお願いしようかしら?」

 

「モカさんを?」

 

 少し悩んだあとに、モカの母親はカオルを見て、そうお願いした。

 

「あの子を残すわけにもいかないし、今度はモカがラビットハウスに行くの。ココアとも会いたがってるでしょう? あの子」

 

「それでしたら、俺が父親と話をつけますよ」

 

「ありがとう、カオルくん。夫と会う前だと、お母さん惚れていたかも」

 

「それは、なんというか、光栄? です」

 

「ふふっ、おやすみなさい、カオルくん」

 

「……おやすみなさい」

 

 居間を出て行く際に、モカの母親はカオルに微笑みかけた。その表情はいつも笑いかけてくれていたものとは何処か違う、そうカオル感じさせるものであった。テーブルの上に残された空のコーヒーカップを見ながら、脳裏に焼き付いているあの表情の意味を、カオルは考えずにはいられなかった。

 

 

 

 先ほどのことを考えながら、カオルは洗い物をしていた。手に伝わる水の冷たさがカオルの気分を落ち着かせる。ほとんどの道具を洗い終わり、布巾で道具を拭いていると居間のドアが開く。いつものやりなれた作業をしながら考えごとをしていたこともあり、カオルは何度も言い慣れた言葉をごく自然に発していた。

 

「いらっしゃいませ。空いている席へどうぞ」

 

「ふえっ!? は、はい!」

 

「あっ……」

 

 居間に入ってきたモカは突然のことに妙にかしこまった態度で席に座った。それを見たカオルは申し訳なさそうに頭をかいた。

 

「すまん、モカさん。つい仕事の癖でな」

 

「ちょ、ちょっとドキッとしちゃったよ……」

 

 カオルは自分で言いながらすっかりとパティシエよりも喫茶店の店員になっているなと思わず笑ってしまう。それを自分のことを笑われたと思ったのかモカは顔を赤く染めた。

 

「せっかくだし、コーヒー飲んでいくか? 飲みたいって言ってたろ」

 

「うーん、それじゃあお願いしてもいい?」

 

「よしきた。せっかくだしそっちで淹れよう。コーヒーというのは挽くとき、入れるとき、入れたあとと違う香りが楽しめるんだ。そして入れているところは見ていても面白い」

 

「なるほど……奥が深いんだね! カオルくん!」

 

「じいさんの受け売りだけどな」

 

 カオルは先ほどと同じ要領でコーヒーを淹れる。その工程が進むたびにモカは目を輝かせた。その様子が可愛らしくもおかしく感じられ、カオルは思わず微笑む。

 

「どうだ? 魔法みたいだろ?」

 

「す、すごいね! 本当にその通りだよ!」

 

「俺も最初、じいさんがコーヒーを入れてるところを見たときは同じことを思ったよ」

 

 慣れた手つきでどんどんと工程が進んでいく様は何も知らなければその目に、さながら魔法のように映ることだろう。カオルがモカに問いかけたことは、カオル自身が祖父に言われたことでもあった。

 

「やっぱり、コーヒーって淹れるの難しいの?」

 

「見よう見まねで美味しく淹れれるものではなかったな。初めて見たのは高校の時だが、淹れれるようになったのは都会に出て戻ってきてからだ」

 

「すごいなぁ……カオルくん……」

 

「練習したからな。俺にすればモカさんのほうがすごいと思うけどな。こんなハードな仕事をずっと続けてるんだ」

 

「それは、うーん……慣れだよ?」

 

「俺もそうさ」

 

 人は影響を受けやすい。カオルは先ほどのモカの母親とのやり取りで、その雰囲気に当てられていた。それにより、カオルは自然と、どこか余裕のある大人のような振る舞いになっていた。例えるのであればそれは、父親のタカヒロのようであった。

 

「そ、そうなんだ……」

 

「……?」

 

 短い間とは言え一緒に働いているカオルの、そのいつもと違う雰囲気を感じ取れないモカではない。それゆえにモカはいつもよりも意識してしまい、どこかぎこちない態度になる。

 

「よし、コーヒーが入った。飲んでくれ。インスタントも美味しいが、一から自分で入れたのも美味しいぞ」

 

「い、いただきます!」

 

「そんなに気合を入れて飲むものじゃないぞ?」

 

「そ、そうだよね! あ、あはは……」

 

「どうした? モカさん、なんかおかしいぞ?」

 

「カオルくんが原因よ!?」

 

「なんでだ!?」

 

 よくわからないといった感じのカオルにモカはやきもきしながら、その思いごと飲み込むようにコーヒーに口をつけた。

 

「お、美味しい……」

 

「よかった。その言葉だけで、コーヒーを入れた甲斐がある」

 

 コーヒーを口にし笑顔になるモカを見てカオルは微笑む。いつしか、自分の淹れたコーヒーを口にし、ときおりお客がみせるその笑顔はカオルにとってお代よりも価値のあるものになっていた。それゆえのカオルの発言であった。

 

「ふえっ!? な、なーなな、何を言っているのかな、カオルくん!?」

 

「?」

 

 しかし、その発言により、モカは大きく取り乱した。今のカオルはモカの持っていたカオルの印象と一致しなかった。その差はカオルという存在をモカにより意識させる。

 

「……ご、ごちそうさま。美味しかったよ!」

 

「あ、あぁ……」

 

 なにがなんだかわからなくなったモカはコーヒーを一気に飲み干すと、カオルにお礼を言い足早に居間を出て行った。

 

「あんなに勢いよく飲んで、熱くないのか……?」

 

 まるで自覚のないカオルはそんなこを口にするのであった。




モカ「コーヒー、美味しかったなぁ……」

モカ「……うぅん、なんだろう、このモヤモヤ」

モカ「今日のカオルくん……いつもと違ったなぁ……」

モカ「なんというか見てると、ドキドキ? するような……?」

モカ「うぅ……今日はもう寝よう! うん!」

モカ「…………」

モカ「(……カフェインで目が冴えて、眠れない……)」

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