ラビットハウスのパティシエさん   作:森フォレスト

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書き出して三週間が経過したのですね……


できること

「テラススペースについてですが、一日、働かせてもらった結果、デザートの提供やサイドメニューの提供はおそらく無理です。過労死します」

 

「やっぱり、二人じゃ無理かな?」

 

「せっかくのテラススペースだから、くつろいでもらえればと思ったのだけれど……」

 

 考え込むよう二人にカオルは続けて言う。

 

「可能性としては、昼ですね。すべてパンを焼き終わってから、外に出てカフェをやるっていう」

 

「片付けとかもあるから、ちょっと厳しいかも……」

 

「そうねぇ……」

 

「もうひとつはインスタントコーヒーメーカーを配置して無料でセルフコーヒーを飲めるようにしたり、カップスイーツを作ったりってところですかね」

 

「それくらいならできそう!」

 

「私たちに作れるかしら?」

 

「セルフコーヒーはモノを置くだけでいいのですぐできますね。カップスイーツも、容器があれば……作るものにもよりますが……時間をとらずに量産するとなると、プリン系統、ゼリー系統なんかがおすすめですね。生クリームとか、チョコレートとかで彩って……いずれも冷やして固める必要があるので朝にいくつか作っておいておくって感じになりますね」

 

「ふむふむ……」

 

「なるほど……」

 

「お二人が作るパンはすごく美味しくて、すぐに食べたくなるパンなので、満席にはならないまでもテラススペースは使われてます。その欲求を後押しするセルフコーヒーを置くだけで、利用者は増えると思いますよ。とりあえず実家から持ってきた簡易のコーヒーメーカーを置いておきますね」

 

「よし、カオルくん! 明日からやってみよう!」

 

「カオルくん、いろいろとありがとう」

 

「いえ、そんな……」

 

 というテラススペースの利用者を増やすための話し合いを昨晩にしたカオルは早朝四時から、昨日と同じくモカとパンを焼いていた。

 

「やっぱり釜は使うと暑いな。焼いてるのはモカさんだけど」

 

「でも釜の方が、パンを焼いてるって感じがしない?」

 

「俺はほとんどオーブンを使ってるからなあ……」

 

「それはそれ、これはこれ」

 

「そういえばモカさん、オーブンはつかえるんだな」

 

「何度も使って覚えたからね~」

 

 二人で、話しながらも手早く作業をし、次々パンを焼き上げていく。

 

「カオルくん、ゼリーは?」

 

「さっき作って、今は冷蔵庫で冷やしてる。固まるまでこのままだ」

 

「あんな感じなら、私でも作れそうだよね?」

 

「大丈夫だと思うぞ」

 

 話ながらも手は緩めず作業をこなし、開店前には余裕をもって終わらすことができた。モカが時計を見ると三十分ほどいつもより余裕がある。二人になったとは言え、作業効率が二倍になるわけではないようだ。

 

「時間に余裕が出来ちゃったね……」

 

「そうだな……開店までは時間があるし……店の前とテラススペースの清掃でもするか?」

 

「……お店のことを考えてくれるのは嬉しいけど……ちょっと複雑だなぁ」

 

「どういう意味だ?」

 

「カオルくん、女心を察せないのは罪だよ?」

 

「え、えぇ……? あ、それならなんか話でも……」

 

「はーい、残念でしたー、一度間違うとそのチャンスは消えちゃいます」

 

「……そうか、もったいないことをしたな」

 

「そ、そういうのはいいの! はい、お掃除しよう!」

 

「ははっ、わかったよ」

 

 顔を赤くしながら、店の外へと出て行くモカにカオルは笑いながら付いていった。

 

「モカもカオルくんも楽しそうで、お母さん嬉しいな~ 昔を思い出しちゃうわ」

 

 それを影で見ていたモカの母親は嬉しそうに笑いながら厨房へと入っていった。

 

 

 

 外にでたカオルは、コーヒーメーカーの設置をしていないことに気がついた。カオルはモカに断りを入れ、慌てて借りている兄弟部屋へと戻り、カバンから簡易のコーヒーメーカーを取り出し持ってきて設置をする。

 

「とりあえずこれでよし。あとは……この使い捨てのカップやらなんやらがどれくらいでなくなるかだな」

 

「そんなにいっぱいはないみたいね」

 

「個人的に時間がなくてコーヒーが飲みたくなった時の為に持ってきたものだからな。ちゃんとしたのも包んで持ってきたんだけど、そっちは普通のカップを使うし、そもそもセルフじゃ無理だから使う予定はなさそうだな……」

 

「カオルくんの入れるコーヒー、今度飲んでみたいな~」

 

「機会があれば是非。俺のことも、モカさんに知ってもらいたいからね」

 

「も、もう、なんでカオルくんはそういうことを平然というのかな!」

 

「あ、いや、すまん……」

 

「嫌じゃないけど!?」

 

「えぇ!?」

 

 だんだんとわけがわからなくなりつつあるモカをカオルが落ち着かせ終わる頃には、開店時間を迎えていた。慌てて二人で店内へと戻り、開店をする。

 昨日よりもハードな仕事をこなすこと数時間、時刻は一時半となり、店内のパンとカオルが作ったゼリーは一つも残ることなく売り切れていた。テラススペースの利用者は目に見えて増え、それに伴いひとりあたりの購入する数が増えたのだ。

 

「ここまで変わるとは……」

 

「すごい人気だね」

 

「パンもこんなに早くなくなったのは初めてだわ~」

 

「……どうします? 明日以降、作るパンの量を増やしますか?」

 

「業者さんから月に購入している材料は決まっていて、少なくても今月は増やせないわね……」

 

 カオルの言葉にモカの母親が答える。思いがけずできた空き時間に三人はしばし悩むこととなる。

 

「とりあえず様子見って感じですかね?」

 

「この人気もずっと続くかはわからないからね!」

 

「そうね」

 

 カオルの言葉にモカが頷き答え、モカの母親もそれに同意した。その後、モカとカオルは普段より早い配達に出かけ、モカの母親は片付けをすることとなった。

 

 

 

「で、昨日と同じくここか」

 

「私とお茶するのは嫌かな?」

 

「まさか」

 

 配達を終えた二人は、昨日と同じくカフェで紅茶を飲んでいた。

 

「ものすごく時間が余ってるぞ、今日は」

 

「いろいろ回ったけどね~」

 

「スクーターだし、見て回っただけだからな」

 

一通りの施設を教えてもらい、街を一周したあとにカフェへと入ったのだが、時間はちょうど昨日の配達に向かった時間だった。

 

「じゃあ、このアフタヌーンティーセットってやつを頼んでみる?」

 

「時間を選ばず販売しているのにアフタヌーンティーセットなのか……ということは結構ちゃんとしたやつなのかもしれないな」

 

「とりあえず注文してみよっか」

 

 そう言ってからモカは店員を呼びアフタヌーンティーセットを注文した。他愛ない話をしながら待っていると。ほどなくして店員がアフタヌーンティーセットを持ってきた。

 

「おぉー!」

 

「本格的だな」

 

 三段のティーセットに下からサンドイッチ、スコーン、ケーキの三種類がのっていて、クロテッドクリームが添えられていた。

 

「ふふ、カオルくん。このティーセットには食べる順番があるんだよ?」

 

「へー、下から順番に食べてくとか?」

 

「えーっと、確か、サンドイッチ、スコーン、ケーキの順番で……」

 

「……下から順番だな」

 

「も、もー! なんで当てるの!」

 

「これは当てたと言っていいのだろうか……?」

 

 何とも言えない空気になりそうなのを察したのか、モカが大げさにリアクションを取る。

 

「そういえば、モカさんは俺のことをくん付けで呼ぶけど、なんで?」

 

「えっ? 流れ? というか、なんというか……」

 

「呼び捨てでもいいぞ?」

 

「うえっ!? よ、呼び捨て!?」

 

「そんなに反応することか?」

 

「えっと……カオ……ル……?」

 

「なんだ、モカ」

 

「や、やっぱり無理! 絶対無理!」

 

 照れながらカオル呼び捨てにするモカをカオルも呼び捨てにするが、途端に顔をこれ以上ないというほどに赤くしてモカはそれを拒否した。

 

「いや、無理にとは言わないから、好きに呼んでくれ。俺も合わせる」

 

「え……うん。カオルくんが私を、よ、呼び捨てにするのは、私は気にしないけど……」

 

 カオルの言葉に少し残念そうに、そして消え入るようにモカはそう言った。しかし、カオルはそれを聞き取れてしまった。

 

「え? 呼び捨て? なれなれしいと思わない?」

 

「(き、聞こえてた!?) す、好きに呼んでくだひゃい!」

 

「……モカさん」

 

「……なに?」

 

「モカ」

 

「うえっ!? な、なにかな!?」

 

「(面白いなこの人)」

 

 呼び方一つでここまで対応が変わることにカオルは苦笑しながらも、呼ぶたびに取り乱していては仕事にならないからという理由で今まで通り「モカさん」と呼ぶことにした。モカは少し不満そうだった。

 

「あ、そうだ、カオルくん。今日の晩御飯は何がいいかな?」

 

「そうだな……モカさんの作るビーフシチューが食いたい」

 

「よーし、お姉ちゃんに任せなさい!」

 

「毎日見てる気がするな、それ」

 

 こちらに来てから何度か目にしているお馴染みのポーズをモカがした後、二人は夕飯の買い出しへと向かうのであった。




モカ「ビーフシチュー、ビーフシチュー♪」

カオル「なんだその歌」

モカ「にんじん、お芋に、たーまねぎー♪」

カオル「続けるのか」

モカ「大事な、牛肉、仕上げはこんにゃく!」

カオル「こんにゃく!?」

モカ「あ、カオルくんはシチューにこんにゃく入れない派?」

カオル「(食文化の違いが……)」

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