ラビットハウスのパティシエさん   作:森フォレスト

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家庭の交流、街での出会い

「ど、どうだ……?」

 

「おいしいよー」

 

「美味しいと思います」

 

 帰ってきた夜にカオルはチノとココアの二人にスイーツを作っていた。

 

「ラビットハウスのイメージに合うような可愛らしいカップに、極力カロリーを押さえるため、牛乳ソフトは豆乳を使用、フレークの代わりにコーヒーゼリーと白玉を入れたミニパフェだ。なんと、カロリー25%OFFだ」

 

「えぇー!? 4杯食べたらカロリーは1杯お得なんだね!」

 

「そういう考えはなかったなあ……」

 

「人はカロリーではなく、糖質で太るんですよ」

 

「チノは物知りだなあ。さて、材料と道具を片付けるか」

 

「あ、手伝います」

 

「私も私もー」

 

 カオルが道具を洗い、ココアが水気を拭き取り、チノが棚へとしまっていく。

 

「明日は休日ですが、お兄ちゃんは何するんですか?」

 

「んー? そうだな、親父には来週から頼むって言われててな。とりあえず街を見て回ろうかなと思ってる」

 

「あ、それなら、チノちゃんが案内してあげなよ!」

 

「私は構わないですけど、お兄ちゃんは嫌じゃないですか?」

 

「嫌なわけないじゃないか。嬉しいよ。でも、言い出したココアはついてきてくれないのか?」

 

「お姉ちゃんは、やることがあるから!」

 

 そう言い、ココアはふふんと胸を張り、なぜかチノに向かって何度もウインクをする。それになぜか頷くチノ。

 

「なんだ? 二人の秘密か?」

 

「なんのことかなー?」

 

「まったく、これっぽっちもわかりません」

 

「(なんかよくわからないけど、チノとココアは仲が良さそうだ。長い間会ってなかったから心配だったけど、ココアがチノの側に居てくれるなら安心だな)」

 

 そんな二人を見て、安堵と少しの寂しさを感じながら、カオルは道具を洗っている手に力を込めた。

 

 

 次の日の朝、鳥の鳴き声で目が覚めたカオルは、部屋の窓を開け、外を眺めていた。

 

「こっちに来ると、何から何まで童話チックになるな……鳥の鳴き声で目が覚めるとか、そうそう経験できないぞ。あと、この景色。昔は毎日見てたのに今だと違和感しかない。この街から出たばかりの時、同じこと思ってたよな」

 

 何を一人で言っているのだろうと我にかえり、カオルは着替えを済ませ、一階へと降りる。階段を降りる時に、コーヒーの良い匂いが鼻をくすぐった。

 

「おはよう。……親父か?」

 

「おはよう、早いじゃないか。さ、座りなさい」

 

「チノは?」

 

「少し前に靴箱を確認していたぞ。お兄ちゃんがいなくなってないか確かめていたらしい。可愛いだろ?」

 

「……うるせぇよ」

 

「ふっ、照れてるな。俺も、カオルが帰ってきてくれて嬉しいよ」

 

「大袈裟だな」

 

 うつむきながら席へと座るカオル。目の前には朝食が並べてられており、どれも美味しそうだ。斜め向えのチノの席にはなぜか料理ではなくペットのウサギのティッピーがいた。

 

「それだけ、お前は家族にとって大切に思われているということじゃ、とうぜん、ワシにとってもな」

 

「なんか、はずかしいな……ん? え? いや……あれ!? ティッピーからじぃさんの声がするぞ!?」

 

「気がついとらんかったのか」

 

「気がつくも何もどこの世界にウサギがしゃべるっておもうやつがいるんだよ!」

 

「でも、ワシ話しとるし……」

 

「親父、なんだ、これは?」

 

「俺も、わからん。が、それは俺の親父……カオルのじいさんだ」

 

「それとはなんじゃ! それとは! だいたいお前は父親にたいする態度がなっとらん!」

 

「……あー、うん、確かにじぃさんだな……この、ティッピー」

 

「とにかく、カオルも早く朝食を食べるのじゃ。チノを待たせてはかわいそうだからの。あの子はもう食べて、部屋で用意をしとるぞ」

 

「あ、ああ……しかし……」

 

「なんじゃ?」

 

「ティッピーからじぃさんの声って、違和感しかないな」

 

「いいからとっとと食え!」

 

「ふっ……」

 

 ティッピーを観察しながら朝食を食べるカオルにティッピーが文句を言い、それをみていたタカヒロは自然と笑っていた。

 

「で、なんで俺は一人で公園に向かってるんだろうな」

 

 カオルは机の上におかれていた、チノの書き置きを手に呟いた。書き置きには、「噴水のある公園で待ってます」と、チノの字で書かれていた。

 

「丁寧に地図まで描いて。一緒に家からいけばよかったのに……っと」

 

 人とすれ違い、一人でしゃべっていたことが急に恥ずかしく感じ、カオルは足早に公園を目指した。

 

「(よし、着いた。って、ここは昨日通った公園だな。たしか、あの辺りで……)」

 

 公園に到着したカオルは辺りを見渡し、噴水近くへと視線をやる。すると、昨日見た黒髪のロングヘアーで着物を着た少女が昨日と同じくウサギに羊羮をあげていた。

 

「(そうそう、あんな感じでウサギに羊羮を……なんで今日もいる!?)」

 

 チノと待ち合わせしているからと、噴水近くのベンチに座り、少女を観察する。少女は、ウサギの目の前で羊羮をゆっくりと振っている。

 

「食べないわねぇ……」

 

「(そりゃ、食わんだろう)」

 

「うちの子は食べるのに……」

 

「(食うのか!? ウサギが!?)」

 

「ゆーらゆーら……」

 

「(…………)」

 

「ゆーらゆーら……」

 

「(…………)」

 

「ゆーらゆーら……」

 

「(いつまでやってるつもりだ……?)」

 

「ゆーらゆーら……」

 

「……それ、羊羮?」

 

 ウサギの目の前で羊羮を振り続ける少女に、カオルは堪えられなくなり声をかけた。しかし、少なからず動揺していたのか、よくわからない不審者丸出しの声のかけ方をしてしまう。

 

「(って、何いってんだ、俺。これじゃあ、完全に怪しいやつだろ……)」

 

「あら?(ウサギじゃなくて、男の人が喰いついちゃった……)」

 

「えーと……?(なんか、酷いことを思われたような気がするぞ)」

 

「良かったら、たべる?」

 

「なぜそうなった!?」

 

 とりあえずベンチに並んで座りウサギを眺める二人。手持ち無沙汰なカオルは手渡された羊羹を口へと運ぶ。

 

「美味しいな、この、羊羮」

 

「うれしい! 私の自信作なの!」

 

「手作りしてるのか?」

 

「ええ、それは特に私の自信作……暗い夜を表現した羊羮……その名も暗夜!」

 

「まんまだな」

 

「その派生で幾千の夜を往く月……千夜月! という栗を月に見立てた栗羊羮もあるの」

 

「栗がメインだな、それ」

 

「良かったら食べて」

 

「なぜ持ち歩いてる!?」

 

「…………(いい、ツッコミ……)」

 

「な、なにかな?」

 

 少女にジーっと見つめられ、身動きがとれずにカオルも少女を見つめ返す。

 

「私は宇治松 千夜よ。よろしくね」

 

「えっ? あ、俺は香風 薫だ。よろしくたのむ」

 

「「…………」」

 

「なぜ黙る!?」

 

「うふふ……」

 

「なぜ笑う!?」

 

 千夜の独特な雰囲気にカオルのリズムが狂う。カオルにいつもの余裕がなかった。

 

「香風……ひょっとして、チノちゃんの弟さん?」

 

「なぜ弟だと思った? どうみてもチノより年下ではないだろ?」

 

「……私たち、お笑いで天下をとれるわ!」

 

「とりたくないかなあ……」

 

「チノちゃんのお兄さんだったのね……どこか、ココアちゃんに似てるかも」

 

「ココアに?」

 

「ええ、チノちゃんがなつきそうな感じがするわ」

 

「複雑な心境だ……そして、なんか、どっと疲れたよ……まだなにもしてないのに」

 

カオルはベンチの背もたれに体重を預け、空を見上げながら、消え入るように呟いた。

 

「お、お待たせしました、お兄ちゃん……っと、千夜さん、おはようございます」

 

「おはよう、チノちゃん」

 

「おはよう、チノ。なんで一緒に家を出なかったんだ?」

 

「そ、その、ココアさんを起こしたりしないといけなくて……」

 

「相変わらずチノちゃんはココアちゃんが好きなのね」

 

「ち、ちがいます! そういうのでは……」

 

「ははっ、ココアはしっかりと、チノのお姉ちゃんをしてるみたいだな。時たまどっちが姉がわからなくなってそうだけど」

 

「む、むう……」

 

 その後、三人で軽く話したあとに連絡先を交換して、チノとカオルは公園を後にした。

 

 カオルの携帯に届いた千夜からのメールはなぜかテーブルに乗った黒いウサギの写真と「これからよろしくね」という文章だった。




カオル「千夜ちゃんは、なんというか、すごい子だな」

タカヒロ「すごい?」

カオル「うん、ずっと向こうのペースだった」

タカヒロ「ココアくんとチノの回りには色々な子がいて、面白いだろう?」

カオル「……一番面白いのはティッピーかな」

ティッピー「なんでワシが面白いんじゃ!?」

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