ラビットハウスのパティシエさん   作:森フォレスト

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一度、食レポやってみたかったんです。
カオルと絡ませたくて我慢できず、無理やりモカさんを出すことにしました。


ベーカリー保登で過ごす日々
緑に囲まれたベーカリー


 ガタンゴトンという規則的な音を聞きながら、カオルはSLに揺られていた。進むにつれて辺りの建造物はどんどんと消えていき、ついには一切なくなり、どこまでも緑が広がる。

 

「(……ここら辺って人の手がはいってるのかね……それにしても、助っ人ねぇ……)」

 

 カオルは周りの景色を眺めながら、昨晩のことを思い出していた。

 

-----

 

 父親のタカヒロに話があると呼び出されたカオルは開口一番、こう言われた。

 

「ココアくんの実家に行ってみないか」

 

「……なんでいきなり? なんかあったのか?」

 

 その話はカオルにとって寝耳に水だった。カオルはどういうことなのかを聞き返した。

 

「俺がココアくんの母親と文通しているのは知っているか?」

 

「ん? あぁ……ココアの姉の手紙と一緒に来てたのはココアの母親からの手紙だったんだな」

 

 カオルは家に届く手紙を何度かココアやタカヒロに手渡しをしたことがあり、それを思いだしながら答えた。

 

「保護者たるもの、我が子のことは気になるからな。細かなことを報告する義務が俺にはある」

 

「それで?」

 

「ココアくんの母親は事務的に報告をする方ではなくてな。向こうの状況や、取り組んでいることなんかを添えて手紙を送ってきてくれる」

 

「なんか書いてあったのか?」

 

「あぁ、ココアくんの実家はパン屋を営んでいるのは知ってるな? そこにテラスを解放しているらしいのだが、利用者が少ないらしい。そこで、飲み物や、簡単なスイーツを提供できないか、考えているらしい」

 

「ココアの実家ってそんなに人手あるのか?」

 

「母親と姉の二人しかいないようだ」

 

「無理じゃね?」

 

 カオルはいくつか方法を考えるが、人手が足りないという結論に至った。タカヒロもそれは同じようで、少し考えながら続けた。

 

「しかしどうにかしてやりたいとは思わないか?」

 

「まあ……」

 

「見てみないことにはなにができるかわからない。しかし、俺はここを離れられない」

 

「だから、俺か……」

 

「あぁ、どうだ?」

 

「わかった。とりあえず、行ってみよう」

 

「ふっ。そう言うと思って、すでに話はつけてある」

 

「まて、それはおかしいだろ」

 

 さらっといい放つタカヒロにカオルが反論する。

 

「俺が断ってたらどうしてたんだ?」

 

「カオルは断らなかっただろ?」

 

「いや、それは結果論だろう」

 

「お父さんにはわかる。親の勘ってやつだ」

 

「……まあ、いいけどさ」

 

「ふっ」

 

 なんとも納得がいかないといった感じで荷物をまとめに部屋へと戻るカオルを見ながら、タカヒロは小さく笑った。

 

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「(あっ、トンネル……)」

 

 代わり映えしない景色をずっと眺めていると、視界がいきなり暗くになる。トンネルに入ったのだ。そのまま三分ほどそれが続き、トンネルを抜けるとそこは……

 

「(……田舎だな)」

 

 広大な自然が広がっていた。先程と代わり映えしない景色にポツポツと建造物が目につく。そこは田舎であった。

 

「(ん? あれは……駅か?)」

 

 駅に近づくにつれて、建造物は増えていき、ついた頃には街と呼べるほどになっていた。そのままSLはスピードを落としながらホームへと入っていき、そして完全に停車した。

 

「(こうしてると都会から帰ってきたときを思い出すな……都会に出たときは、常に圧倒されてたしな……)」

 

 カオルは荷物を手にホームへと降り、そのまま改札を通って外に出る。木組みの街ほどではないが、どちらかというと洋風な建物がちらほらと目につく。しかし、それはどれもお店で、一般的な民家は都会でも目にしたことのあるタイプが多い。

 

「(やっぱり、木組みの街は特殊なのかもな……)」

 

 カオルは軽く街を見て回り、コーヒー豆や粉末、食品を扱っている店の場所を確認しておく。一通り見たあとに、父親から預かっていた地図を広げた。

 

「(駅から徒歩20分……近いのか遠いのかわからんな)」

 

 地図の目印を確認しながらカオルはココアの実家を目指した。街の端に進むにつれて建造物はなくなっていき、ついにはSLから見た一面、緑の景色の中にいた。

 

「……街から外れるとこうなるのか」

 

 地図を確認するとここからは道なりに5分ほど歩くと、目的地に到着するらしい。カオルはそのまま歩みを進めた。ほどなくして、パンの良い匂いがカオルの鼻をくすぐった。

 

「いい匂いだ。近いな」

 

 匂いに惹かれるように進むと、『Hot Bakery』と書かれた看板を見つける。パンと辺りに植えられた花の香りがカオルを出迎えた。看板の先を見ると、赤い屋根と煙突が目につく建物が建っていた。

 

「今は……あんまりお客がいないな」

 

 時刻は昼過ぎで、テラススペースにはお客が見当たらなかった。カオルは朝も昼もご飯を食べていなかったため、ここのパンを食べてみることにした。店内に入ると女性がカオルを出迎えた。

 

「いらっしゃいませ~」

 

「(あの人が、ココアの姉の……モカさん? かな。パンも種類が結構あったみたいだな。ほとんど売り切れてるけど……人気なんだな)」

 

 カオルはなんとなく目についたベーコンと卵をのせて焼いた調理パンをレジへと持っていき、購入した。

 

「ありがとうございました~」

 

 店内で食べるわけにはいかないので、テラススペースへと戻り腰を掛け、カオルはパンを一口食べた。

 

「……っ!? (こ、これは!? 一口食べただけで口に伝わるパンのモチモチっとした優しい食感! そして続けざまに襲いくるベーコンのジューシーさと卵の素朴で安心する味わい! それぞれがお互いに支え合い、味を一つ上のステージへと昇華している! これはまさに、味の舞踏会! 舌の上でダンスを踊っている! これは美味しい……!)」

 

 カオルはかつてないほどに興奮していた。その味はまさに美味。一つの芸術であった。興奮が覚めないまま、カオルは再び店内に入ると、レジに立っていた女性の手を掴み告げた。

 

「あ、あら?」

 

「このパン、すごく美味しいです。美味しいという言葉だけでは表現できません。俺は、俺は人生ではじめてパンを食べて感動しました……ありがとうございます」

 

「……え、えっと」

 

 突然のことに戸惑う女性。それを目にしたカオルは急速に頭から血が引いていくのを感じた。そして、自分のしている行動の異常さに気がつき、慌てて女性の手を放す。

 

「す、すみません!」

 

「いえ……こんなこと言われたのは夫の他にはあなたが初めてで……」

 

 女性は懐かしむようにカオルに触れられていた手を逆の手で撫でた。何かを思い出しているのかもしれない。そんな女性の言葉にカオルは疑問を口にする。

 

「ん? ……夫?」

 

「? はい、私は既婚者ですよ」

 

「えっ、モカさん結婚していたんですか?」

 

「えっ? モカ?」

 

「あっ……と、私はココアさんの下宿先であるラビットハウスから来た者でして、父のタカヒロから、何か聞いていませんか?」

 

「まぁ! ならあなたがカオルくん、かしら? タカヒロさんからは聞いているわ。私はココアとモカの母親よ。わざわざこんなところまで来てもらって……」

 

「いえ! そんな、それよりすみません……完全に不審者でしたよね……通報されてもおかしくないことしてました……(は、母親だったのか……やけに見た目が若いぞ……)」

 

「ふふっ、情熱的な告白かとおもっちゃった」

 

「うぅ……」

 

 モカの母親は笑いながらカオルをからかう。カオルは顔を赤くしながら唸るが、内心では救われていた。このまま特に責められることもいじられることもなければ、少しの間とはいえ、気まずい思いをすることになっていただろう。

 

「んー……パンの残りは……あと5つ……うん、今日はもうお店を閉めましょうか」

 

「えっ? いいんですか? まだ営業時間じゃ……」

 

「個人営業だから、売っているパンがみんな売れちゃったら、今日の分は終わりでお店も閉めちゃうの。ちょっと残ってるのが多いけれど、カオルくんが来てくれたし、特別、ね?」

 

「きょ、恐縮です……」

 

「と言っても明日の仕込みとかもあるから、完全にお仕事終わりっ! てことではないけれどね」

 

「なるほど……」

 

 モカの母親はてきぱきと片付けをすると、お店の扉にかかっている『open』と書かれた木の札を裏返して『close』に変える。カオルも指示を受けながら片付けを手伝っていると店内に若い女性が入ってくる。

 

「お母さん、配達終わったよー」

 

「お帰りなさい、モカ」

 

「お帰りなさい。お邪魔してます」

 

 モカの母親が返事をしたあとにカオルも続いて挨拶をする。最初はよくわからないと言う顔をしたあとに、何かを思い出したようにモカはカオルを指差しこう言った。

 

「あなたにココアは渡さないわっ!」

 

「……はい?」

 

「あらあら」

 

 カオルは何を言われているのか、どういう意味なのか、全く理解できず、間の抜けた声をあげた。そんな二人を見ながら、モカの母親は優しく微笑むのだった。




タカヒロ「カオルのやつ上手くやれているだろうか……」

ティッピー「カオルのことじゃ。問題ないじゃろう」

タカヒロ「そうだといいが……」

ティッピー「それよりも、何も言わずにいなくなって怒っているチノとココアとリゼを宥める方法を考えんか?」

タカヒロ「カオル、出発まで部屋から出てこなかったからな……」

ティッピー「学校に行って帰ってきたらいなくなっていたとか、そりゃ怒るわい」

タカヒロ「……フォローを入れておくか」

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