ラビットハウスのパティシエさん   作:森フォレスト

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お誘い

 カオルはリゼの父親から電話を受け、コーヒーゼリーを届けにリゼの自宅の前まで来ていた。配達は受け付けていないというカオルの声を無視し、一方的に電話は切られた。仕方がないのでカオルは店を父親に任せ、ここまでやって来た。

 

「……でけぇ」

 豪邸以上に大きい外見にカオルは声を漏らす。塀によって囲まれており、門の前には黒いスーツを着たガードマンが二人立っていた。

 

「お仕事お疲れ様です。親父さんから頼まれていたコーヒーゼリー持ってきました」

 

「少々お待ちを、確認します」

 

「……聞いてないんですか?」

 

「なにぶん、下っ端なものでして。申し訳ない。なにも問題なければすぐにお通しできます」

 

「わかりました (疑われてるな、これ……)」

 

 二人のガードマンがアイコンタクトをすると、片方は屋敷へと入っていく。待ってる間、手持ちぶさたとなりカオルはなんとなく残ったガードマンに話を振ってみる。

 

「コーヒーとか好きですか?」

 

「……はい?」

 

「うち、ラビットハウスっていう喫茶店やってまして。コーヒーの種類には自信があるんです。今度お暇でしたら是非いらしてください」

 

「コーヒー……はっ!? 仕事中ですので私情な話は……」

 

「コーヒー一杯無料券があるのですが、よかったらどうぞ」

 

「……では、遠慮なく」

 

 カオルが渡した無料券をガードマンが胸ポケットにしまうと、ちょうど屋敷から先程のガードマンが出てきた。

 

「確認とれました。どうぞお入りください」

 

「ご無礼をお許しください。足元にお気を付けて」

 

「ど、どうも……」

 

 先程と態度が180度変わり、深々と頭を下げるガードマンに、大変だなあと思いながらもカオルは屋敷ないのリゼの父親の部屋を目指した。

 

「よお、カオル! まさか本当に持ってくるとは思わなかったぞ」

 

「あんたな……」

 

「まあ、座れ。いい酒が入ったんだ」

 

「昼間から飲んで大丈夫なのか?」

 

「固いことを言うな。一杯だけだ。付き合えよ」

 

「はぁ……」

 

 カオルが部屋に入ると見ていた書類を机に叩きつけ、酒とグラスを手に歓迎される。入ってきたときに無造作に叩きつけた書類に「極秘!」と書かれていたようにカオルには見えた。

 

「いいのか、その書類。仕事なんだろ?」

 

「かまいやしねぇよ。それより酒だ、酒。見てくれよ、このグラスを…… 」

 

「……ガラスのワイングラスだな」

 

「これな、リゼが買ってくれたんだよ。俺の宝物よ」

 

「(完全に親バカの顔だな)」

 

 嬉しそうにグラスをながめるリゼの父親に、カオルは仕方なく一杯だけ付き合うことにした。

 

「取り出したるは秘蔵のワイン」

 

「取り出すもなにも、おもいっきり手に持ってたよな」

 

「っち、開かねぇわ!」

 

「ワインオープナー使えよ。流石に缶切りじゃ無理だろ」

 

「ふっ……さすがタカヒロの息子……いいツッコミだ」

 

「ふざけんなら帰るぞ」

 

「まてまてまて、悪かった!」

 

 促されるまま座った椅子から立ち上がるカオルをリゼの父親は全力で止める、そのままワインを開け、自分とカオルのグラスに注ぐ。

 

「さて、真面目な話をしようじゃないか」

 

「真面目な話? なんだ?」

 

「ぶっちゃけ、お前。どんな女が好みなんだ?」

 

「……はっ?」

 

 真剣な表情でそんなことを言い出すリゼの父親にカオルは何をいっているんだといった目で見る。

 

「酒の席での下世話な話題は恋愛ごとと相場が決まってんだよ。正直なとこ、うちの娘はまるで男っ気がない。となると、お前はどうなのか気になるだろう。うちのリゼはそうなるべくしてなっているがな……」

 

「あんた過保護そうだもんな」

 

「ちげぇよ! 男に囲まれて育ったから、男らしくなっちまってな……いつも女にキャーキャー言われてるんだよ……」

 

「環境が悪いな」

 

「だよなあ……で、お前は?」

 

「俺は……そうだな。出会いがあんまりないな」

 

「たくさんいるだろ、お前の周りに」

 

「手を出したら犯罪だぞ」

 

「年なんか気にしてたらなんもできねぇよ。俺とワイフは----」

 

「あんた、奥さんのことワイフっていってんのか……」

 

「なんだ、悪いか?」

 

「いや……」

 

 そんな調子で一杯だけのはずが気がつけば二人でワインを3本ほど空けていた。カオルが外の方を見ると窓から夕日が差していた。

 

「さて、そろそろ帰るわ。あんたのせいで仕事ほとんどサボっちまった……」

 

「それは、お互い様だな……」

 

 二人揃っておぼつかない足取りでトイレに行き、顔を洗うとリゼの父親は部屋へ、カオルは外へと向かった。カオルが外に出ると、ガードマン二人が向かえてくれる。

 

「お相手、お疲れ様です」

 

「大変だったでしょう。押しが強い方なので……」

 

「まあ、わりと楽しんだよ」

 

「そう言っていただけると、こちらとしても助かります」

 

「それじゃ、っと!?」

 

「あ、危ない!」

 

「す、すみません……」

 

 足がもつれ、倒れそうになったカオルを片方のガードマンが支える。転ばずにすんだカオルは悪いと思いながらあやまる。

 

「ただいまっ!? (か、カオルがうちのガードマンに絡まれてる!?) 」

 

 そしてそれを最悪なタイミングでリゼに見られてしまう。

 

「そ、その男は私の知り合いだ! 離せ!」

 

「えっ? お嬢、お帰りになって----」

 

「行くぞ、カオル」

 

「はっ!? いや、まっ……は、速い! リゼ歩くの速い!」

 

 言うことだけ言い、カオルの手を掴み、ガードマンから引き離すとリゼはそのまま屋敷へとカオルを引きずりながら入っていく。

 

「お嬢は相変わらずだな……」

 

「ああいうところは父親譲りだと思う……」

 

「違いねぇ」

 

 二人のガードマンは夕日を見上げながらしみじみと話し合うのであった。

 

 

 

「な、なにもないところだが、まあ、座ってくれ」

 

「あぁ…… (……なぜこんなことに? 帰ろうとしたら逆戻りだぞ。酒のせいで、ふわっふわしてるし……)」

 

 リゼに引っ張られるまま屋敷にまた戻ってしまったカオルはリゼの部屋へとつれてこられていた。

 

「すまないな。うちのやつが迷惑かけたみたいで……」

 

「いや、迷惑なんて…… (かけてないぞ。むしろ俺が迷惑をかけた……とか言えない空気だわ、これ。しかも俺、酔っても顔が赤くならないから、なんにも察してくれそうにもないし……)」

 

「勢いで部屋にあげてしまったが、考えたらすることないな……トランプでもするか!」

 

「リゼが望むなら (取り繕うので精一杯だ。酔いを悟られるな……勘違いしたリゼが恥をかくことになる……)」

 

「や、やりたくないならそういってくれ。そういう言い方は、その……」

 

「すまん、気をつけるよ…… (な、なんだ!? なんかミスったか!? 話題だ、話題を変えろ!)」

 

「い、いや……」

 

「そういえば、わりと女の子らしい部屋なんだな。もっとエアガンとか戦車の模型とかあるもんだと思ってたよ」

 

「ああ、それなら別にコレクションルームがあるんだ」

 

「部屋単位で持ってるのか」

 

「それに、可愛いものも、好きなんだ……」

 

 恥ずかしいのか、リゼは顔を赤くして髪をいじりながら視線を反らす。

 

「…… (あー……よし、落ち着け。ふざけた発言はせずに理性的に……そうだ、話題だ……なんの話題? いやいや、だめだこれ無理なやつだ。思考がまとまらん)」

 

「な、なぜ黙る!?」

 

「やっぱり、リゼも女の子なんだなって (……まて、大丈夫か、これ)」

 

「ど、どういう意味だ!?」

 

「俺はほとんど喫茶店でバイトしてるリゼしか知らないからさ。こういう素のリゼも知ることができて嬉しいんだ (あれ……これ口説いてね? や、やばい、落ち着け。この方向で話を進めるのはまずい……)」

 

「ななな、なにを……」

 

「(ほら、ヤバいやつだ、これ。え、えぇーと……) これからもチノをよろしく頼む。リゼがいるから、安心していられる」

 

「ま、任せておけ! ……し、真意が掴めない……いったいどこまでが本気でどこまでが……か、からかわらているのか!?」

 

「……(酔ったら耳がよくなるのかな。後半の消え入るような声ですら聞き取れたんだけど……)」

 

 自己嫌悪に陥りながらカオルは回らない頭でどうするべきかを考える。そしてひとつの答えに至る。

 

「じゃあ、そろそろ帰るよ。リゼ、助かった」

 

 カオルはこれ以上傷口を広げまいと逃げることにした。

 

「待ってくれ! せっかくだから夕食を食べていかないか?」

 

「えっ? いや、流石に…… (お願いします。おうちに帰してください。このままだと明日、自己嫌悪で死んでしまいます)」

 

「わ、私と食事をするのは……いや、か?」

 

「そんなわけないだろう! (…………あれ?)」

 

 こうしてカオルは更なる泥沼へと足を踏み入れたのであった。

 

 

 

「……なんでまだお前がいるんだ?」

 

「……なんでかなあ」

 

 食卓へと席についたリゼの父親がカオルを見て言ったのはそんな一言だった。それに対してカオルも返答をしかねていた。

 

「わ、私が誘ったんだ。うちのガードマンが勘違いしてカオルに迷惑かけていたから、そのお詫びに……」

 

「……リゼ。お父さんは少しカオルくんとお話しなければならない。部屋から出ていなさい」

 

「わかった……」

 

 リゼがフォローを入れるがリゼの父親は有無を言わさぬ雰囲気でリゼを退室させた。

 

「……嘘だろ、お前。あれ特別度数が高いやつで、おまけに空きっ腹で飲み続けたから、俺ですらふわっふわしてるんだぞ? なんなら今すぐ寝たいのに身体に鞭打って娘との食事にでてきてるんだぞ? なんで平然としてんの? なんでここにいるの?」

 

「俺もふわっふわしてて、もうリゼとなにを話したかわからん。忘れた」

 

「大丈夫なのか、それ……?」

 

「多分ヤバい。俺の積み上げてきたものが音をたてて崩れるのが見える」

 

「……あれだ、こうなったら酔おう」

 

「はぁ!?」

 

「この水を日本酒の瓶に移しかえる。それをリゼの前でガブガブと飲んで二人で酔いつぶれたフリをしよう。リゼからの俺たちの評価は下がること必至だが、シラフでなにかをやらかしたと思われるよりは被害も少ないだろう」

 

「すげぇな、天才かよ親父さん。マジ尊敬」

 

「ほめるな、ほめるな。よし、これでいこう」

 

「おうよ」

 

 酒が入いり、思考力が低下し、絵に描いたようなダメ人間に成り下がる二人はこのめちゃくちゃな作戦を実行に移すことにした。というよりも、無理やり理性的に振る舞うことの限界が来ていたのだ。

 リゼを呼び戻どし、楽しげに食事をしたあと、リゼの父親が日本酒の瓶をとりだし、カオルへと進めた。そしてとにかく注いだ。カオルもそれを飲み干し続けた。

 

「お、おい、親父。その辺にしてやってくれ、カオルがふらふらだ」

 

「私と娘の食事を邪魔したんだ! 多少は気にするな! さあ、飲め、カオル!」

 

「……は……い……」

 

「カオル、もういいって! それ以上は倒れるぞ!?」

 

 飲んでいるのは水なのだが、酔いを隠さなくてよくなった二人は悪ノリで演技を続け、ついには二人して泥酔した。

 

「……リゼェ、パパって呼んでくれ……」

 

「く、苦しぃ……」

 

「カオルが不憫だ……親父のやつ……」

 

 リゼの父親の悪ノリが過ぎた結果、意図せぬ形でカオルの評価は守られることとなった。

 

「誰かー!大広間に布団を引いて、二人を運んでくれ」

 

「「わかりました」」

 

リゼの呼び掛けに駆けつけた使用人が二人を大広間へと運ぶ。

 

「今日は私もここで寝る。何かあったら面倒を見てやらねば……」

 

 そんな経緯を知ってか知らずか、夜中に目が覚めたカオルは自分の現状に疑問がわかない程度に酔っていた。いまだに回らない頭でトイレへとなんとか行き、戻ってくる。そして、自分がどこで寝ていたかを忘れてしまった。

 

「……どれだっけ?」

 

 

大きい布団

▼イイにおいの布団

湿っぽい布団

 

 なんと言うことでしょう。カオルは選択肢を間違ってしまった!

 

 

 

「……(なななな、なんだこれは!? なぜカオルが私と同じ布団に!?)」

 

 早朝に起きたリゼはひどく混乱していた。目が覚めると真横でカオルが規則的な寝息をたてて眠っていたのだ。

 

「でも、苦し気ではなくて、安心した……が、意味がわからんぞこの状況は!? どこまで!? 私たちはなにをしてしまった!? 親父の横で!?」

 

 リゼはどうしようもないほどに混乱していた。この気持ちを処理しきれず動けずにいたが、我に返り転がるように布団から抜け出す。

 

「カオルが起きてから問い詰めるとしよう……でも、覚えていないだろうな……わ、私はキレイな身体のままなのか!?」

 

 リゼの葛藤は一時間ほど続いた。カオルが寝ていたであろう布団を片付ける際に、寝汗で湿っていることに気がつき、何となくの想像から平常心を取り戻すまではさらに時間を要するのだった。




カオル「リゼ、そこのやつを……」

リゼ「え、あ、あぁ……」

カオル「(やっぱりぎこちなくなるよなあ……仕方ないか……)」

リゼ「(寝汗で寝苦しいから寝ぼけて私の布団に入ってきたのだとは思うが……それでも恥ずかしくて顔が見れない……)」

カオル、リゼ「はぁ……」

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