ラビットハウスのパティシエさん   作:森フォレスト

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空からの落とし物

 一週間ぶりの休日にカオルは一人で外出をしていた。他店の喫茶店でコーヒーと軽食をとり、本屋にて目当ての本を購入した。そのまま公園へと向かい、人がいないことを確認するとベンチへと腰をかけ、買ってきた本を開いた。

 

「(まさか、新刊が出てるとはな……家で横になりながら読むのもいいけど、外で読むのも悪くない……というか待ちきれん)」

 

「(ああ、思い出すな。チノが小さい頃、よくこの公園につれてきて遊んだっけなあ……)」

 

「(さて、じゃあ。さっそく読もうかな------)」

 

 カオルがいざ本を読もうとしたとき、グシャっという音と共に、持っていた本は消え、変わりに王冠をかぶった黒いうさぎが鎮座していた。

 

「…………」

 

 何事かとカオルが空を見上げると、快晴の青空が広がっていた。太陽の日差しに目を細め、そのまま手元を見る。変わりなくそこに鎮座するうさぎの姿を確認できる。まるで微動だにしない。

 

「……本がうさぎになった!? いやいや、そんな馬鹿な」

 

 カオルはとりあえずうさぎを持ち上げ観察してみる。頭に王冠をかぶった動かない黒いうさぎ。カオルはこのうさぎに見覚えがあった。

 

「たしか、前に千夜の店でみたうさぎだったな。名前が……なんだっけ、チョコ?」

 

「…………」

 

「な、なんだ、その目は……名前間違ったか……? それにしても、せっかく買った本が……まあ、読めるからいいけどさ……」

 

「!」

 

 とりあえずカオルはベンチの横へとうさぎを置く。するとうさぎはなぜかカオルの腕を駆け上がり、カオルの肩で止まった。

 

「なんだ……? まあ、いいけどさ」

 

 不思議に思いながらも、拾い上げた本を再び読もうとしたカオルの耳に聞き覚えのある声が入る。

 

「おーい、あんこやーい、あんこー?」

 

「この声は……」

 

 少し待つと、公園へ着物を着た少女、千夜が入ってくる。

 

「やぁ、千夜。探し物はこのうさぎか?」

 

「……カオルさん? はっ!?」

 

 カオルに話しかけられ千夜は首をかしげる。そしてなにかに気がつき、驚きの声をあげた。

 

「ま、まさか、あんこを人質に!?」

 

「なぜそう思った?」

 

「うぅ……私はどうなってもいいの……あんこだけは……」

 

「……続けるのか」

 

「わかったわ。一発芸やります!」

 

「なんで!? なにがわかったの!?」

 

「よっ、はっ! 傘まわしーっ!」

 

「すげぇ!? どこから取り出したの、その傘と毬!」

 

「……カオルさん」

 

「なんだ……」

 

「完璧よっ!」

 

「やかましいわ!」

 

 漫才のようなやり取りをしたあと、千夜はカオルに向かって親指を立てながらいった。カオルは若干の疲れを覚えながら話を戻す。

 

「で、あんこってこいつか」

 

「そうなの、この子ほとんど動かないからよくカラスにさらわれるの」

 

「うさぎってカラスに拐われるのか……なんでまた……」

 

「うーん……食用?」

 

 少し考えて千夜は首をかしげる。

 

「千夜は時々えげつないことを言うよな」

 

「えへへ……」

 

「褒めてないから。なんで褒められたとおもったんだ」

 

「あぁ……こんなにも連続でツッコミをいれてもらえるなんて……私、クセになりそう……」

 

「千夜、その表情はいろいろな意味で危ない。そして、おそらくもう手遅れだ」

 

 恍惚とした表情で顔を赤らめる千夜にカオルは半ば諦めぎみにそう言った。

 

「それで、カオルさんは何しているの?」

 

「読書をしようとしたら、空からこいつがふってきたんだ」

 

「まぁ! 助かったわ~ 私じゃなかなか追いつけなくて……体力も……限界で……」

 

「お、おい!?」

 

「私……体力ないの……」

 

「走ってここまで来て、おまけにはしゃいでボケ倒すからだ……」

 

 カオルはその場に崩れ落ちる千夜をベンチに座らせる。千夜は自然とカオルに寄りかかる形になった。

 

「すまないねぇ、カオルさん……迷惑ばかりかけて……」

 

「それは言わない約束だよ、千夜ちゃん……ってなに言わせる」

 

「ねぇ、カオルさん。私たち、こうしてたら恋人同士に見えるのかな……」

 

「昨日のドラマの台詞だな、それ」

 

「ちゃんとのってくれないと~」

 

「高校生とラブロマンスはごめんだな」

 

「むー……」

 

 カオルの興味無さそうな表情に千夜は頬をふくらませる。そんな彼女をみて、カオルは苦笑いを浮かべた。

 

「私って魅力ないかしら?」

 

「そんなことはないだろう」

 

「私じゃダメ?」

 

「漫才ならやらないぞ?」

 

「オチをとるのは反則よ!」

 

「そんなことだろうとは思ったよ」

 

 カオルはため息混じりにそう言い、千夜の頭を撫でた。千夜はくすぐったそうにそれを受け入れていた。

 

「このまま髪をぐしゃぐしゃに……あれ?」

 

「ん~」

 

「……すげぇ、髪がさらさらすぎて乱れない」

 

「もうやめちゃうの? まだしててもよかったのに……」

 

「ダメだな。千夜には勝てそうにない」

 

「?」

 

 髪をぐしゃぐしゃにして軽い仕返しをするつもりだったカオルは千夜に完全に敗北したのだった。千夜は不思議そうにカオルを見た。

 

「私、頭を撫でられたのって小さい頃以来かも」

 

「ん……まあ、中学生あたりから撫でられることってなくなるよな」

 

「すごく久しぶりな感覚……」

 

「気に入ったならいつでも撫でてやるぞ。なんて----」

 

「1時間コースで!」

 

「ノリノリ!? そんなにやれるか!」

 

 カオルの冗談という言葉は千夜の声で消された。そしてカオルは悟った。千夜に仕返しをしようものなら、それは自分に返ってくると。

 

「どうも、千夜には手玉にとられてる気がするな……」

 

「え? そんなことないわよ?」

 

「……無自覚ならタチがわるいな」

 

「そんなこと言われたら、カオルさんも卑怯よ?」

 

「卑怯?」

 

「だって、いつもは大人なのに、ときどき私たちみたいな子どもになるのだもの」

 

「えぇ?」

 

「ほら、カオルさんも無自覚。私たちお揃いね」

 

 そう言って千夜はカオルに微笑みかける。そんな千夜がカオルには可愛く見えていた。

 

「……お揃いねって、お前……」

 

「私もカオルさんを困らせる。カオルさんも私を困らせる。……ね?」

 

「困らせてるのか、俺」

 

「距離感が分からなくなるの。憧れだけど、その憧れが自分の高さまで降りてきてくれる、手を伸ばすと、また上へ……カオルさんって小悪魔?」

 

「なんだ小悪魔って」

 

「ふふっ、カオルさん、また誤魔化した」

 

「ぐっ……」

 

「でも、ちゃんと想いを伝えたら、カオルさんは真面目に悩んで答えるのでしょう?」

 

「……無下にはできないだろう」

 

「だから……カオルさん……私と……」

 

 このとき、カオルは千夜の雰囲気にのまれていた。儚げで、何か諦めのようなものが混じり、それでもなお伝えられずにはいられない、そんな雰囲気に……だからこそ、カオルは覚悟を決め、千夜の言葉を待った。

 

「な、なんだ……」

 

 息のみ、そして……

 

「漫才をやらないかしら!?」

 

「…………はっ?」

 

 完全に身構えていたカオルは千夜の申し出に、気の抜けた声がでた。そしてからかわれたのだと気がつくまでに幾ばくかの間を要した。

 

「あー……待て。千夜、俺をからかったな!?」

 

「オチをとられた恨みは大きいわっ!」

 

「壮大すぎるネタ振りはやめろよ!?」

 

「ふふっ……」

 

「嫌な笑みだな……」

 

「カオルさん、女は魔性なのよ!」

 

「どこまで本気か、まるで分からないわ。でも、あの雰囲気まで演技だとは思えないんだが……」

 

「ふふっ、さあ、どうでしょう~」

 

「千夜の方が小悪魔だな……」

 

 カオルは千夜を見ながら、今日、何度目かになる深いため息をついてそう言った。




カオル「千夜の考えることはホントにわからん……」

タカヒロ「わからないから、理解しようとする。そうして仲が深まっていく……」

カオル「聞こえはいいけどさ、一応は男女なわけで」

タカヒロ「悩ましいな」

カオル「本当だよ……」

ティッピー「やめろーっ! うぉーっ!? ワシによるでない!」

あんこ「! ! !」

タカヒロ「ところで、親父にしがみついてる、あれはなんだ?」

カオル「……忘れててつれてきちゃった千夜のところのうさぎ」

タカヒロ、カオル「…………」

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