最近、ラビットハウスにいつも同じ時間に訪れる客がいる。夕方5時をまわったころ、その客は現れる。
「カオルさん! いつものください!」
「いらっしゃい、シャロちゃん」
そう、シャロである。シャロはここ一週間、ラビットハウスに通っている。毎回注文するのは500円のトマトスパゲッティである。注文を受け、カオルは厨房へと入っていく。
「すごいよ、シャロちゃん! 今日で一週間だよ!」
「コーヒーも飲んでくれると嬉しいです」
席についたシャロにココアとチノが声をかける。
「毎日ココアたちの顔を見てる気がするわ……リゼ先輩にも、会えるから嫌じゃないけど……コーヒーは、カフェインが……」
「わかっています。仕方ないですよね……」
「ふふん、そんな常連さんのシャロちゃんに私からのサービスだよ!」
「メ、メロンパン!」
「毎日来てくれるのは嬉しいが……その……財布の中身は大丈夫なのか?」
楽しそうに話しているシャロにリゼがコーヒーを挽きながら問いかける。
「じ、じつは、目的がありまして……」
「目的?」
「あーっ! わかったよシャロちゃん! ズバリサイドメニューの制覇だね!」
「いつも同じトマトスパゲッティ食べてるのしってるでしょ!」
「コーヒーへの挑戦ですか?」
「前にヤケコーヒー巡りしてからは自制してるの……」
「ま、まさか、スパイ活動か!?」
「スパイじゃないです! そ、その……福引券がほしくて……」
「福引券?」
「500円で一枚もらえるやつですね。ここら辺の喫茶店やお店ではみんな配ってます」
「なんだ? 欲しい景品でもあるのか?」
シャロの集めているものを聞き、不思議そうにリゼが尋ねる。
「ええ! 福引の三等が、なんと高級ティーカップなんです!」
「それってどれ位するものなの?」
「ふふっ、聞いて驚きなさい。三万よ!」
「おおー! 福引きさん、豪華だね!」
「た、高いですね……」
「三万か……」
福引きの景品にしては高価なものに、三者三様の反応をする。
「あ、それならカオルお兄ちゃんに言えば、余ってる福引券わけてくれるんじゃないかな?」
「だめよ、ココア……これは、ちゃんとした手段で手にいれるからこそ輝くティーカップなの。卑怯な手は絶対にしないわ」
「(当たらないかもしれないということは考えてないのでしょうか?)」
「よくいった、シャロ! 私も手伝うぞ!」
「せ、先輩……?」
お嬢様ポーズでそういうシャロにリゼは近くまで移動し、シャロの方に手を置いてそう言った。
「なに盛り上がってるんだ? ほら、トマトスパゲッティだ」
厨房から戻ってきたカオルはシャロの目の前にトマトスパゲッティを置く。
「カオル、私にコロンビアを!」
「あ、なら私はエスプレッソにしようかな!」
「では、私はオリジナルブレンドをください。お兄ちゃんの腕前を見てあげます」
「み、みんな……」
トマトスパゲッティを持ってきたカオルに三人が口々に注文をする。それをしっかりとメモってから、カオルは言う。
「なにがなんだかわからんが、注文は承った。だが、お前たちも仕事中だからな?」
「「「あっ……」」」
「……まあ、幸い客もいない。それに、そろそろ上がる時間だ。少しくらい早めに終わってもいいだろう」
苦笑いを浮かべながら、カオルはカウンターへと引き返した。
「……その、ココアにチノちゃん、リゼ先輩……ありがとうございます!」
「気にするな! それに、三人の合わせても福引券は三枚しかもらえないしな」
「じゅ、十分すぎます! 」
「ふっふっふっ、最近、コーヒーの味がわかるようになってきたんだよ」
「コーヒー当ては見事なまでに外しますけどね」
「それはいわないで!」
「なにもわかってないじゃないの……」
「私たちのことは気にせず、シャロは食事をしていてくれ」
「は、はい!」
リゼにそう言われ。シャロは急いでトマトスパゲッティを口へと運ぶ。
「こ、こら。そんなに急いで食べると……」
「ん、んん!?」
「ほら、詰まらせた。水だ。ゆっくり飲むといい」
「んぐっ……あ、ありがとうございまひゅ、先輩……」
喉に詰まったトマトスパゲッティを水で流し込むとシャロは恥ずかしそうにうつむいた。
「……すごいね、チノちゃん!」
「はい、あのやり取り、ドラマと小説の世界でしか見たことありませんでした……っ!」
「は、恥ずかしいからやめて!」
「ふふっ」
キラキラとした目でシャロを見つめるチノとココアをシャロは顔を赤くしながら止め、それを見ていたリゼは小さく笑った。
「ところで今は、福引券を何枚もっているんだ?」
「えーっと、十三枚ですね。今日で十四、リゼ先輩たちからいただけるもので十七枚になります」
「あれ? 数が7枚多くないかな?」
「ああ、一週間前は千夜の店に通ったのよ」
「それでしたら、なぜうちに? 千夜さんの方が近いのでは……」
「千夜のところの和菓子を一週間食べ続けたら……体重が……」
「「「それは辛い(ね、です)」」」
なんとも言えない空気になり、それと同時にカオルがトレイにコーヒーをのせてやって来た。
「これまた盛り上がり中のところすまないが、コーヒーを持ってきたぞ。リゼがコロンビア、ココアがエスプレッソ、チノがオリジナルブレンドだ。そして、シャロちゃんにディカフェコーヒーだ」
カオルは注文を確認しながらそれぞれの前にコーヒーをおく。
「あ、あの、カオルさん、私コーヒーは……」
「ああ、大丈夫。そのディカフェコーヒーっていうのは、カフェインレス・コーヒーのことだ。スイスウォーターメソッド、スイス式水抽出法を用いてカフェインを取り除いたコーヒー豆を使っている。とはいえ、完全には除去できてないから、一杯だけでやめといた方がいいな」
「あ、ありがとうごさいます!」
「よかったな、シャロ」
「はいっ!」
笑顔でコーヒーを受けとるシャロに微笑みカオルはカウンターへと戻った。
「カオルお兄ちゃん、気配り上手だね!」
「……こんな豆、うちで扱ってなかったような?」
「なんにせよ、これでシャロも気兼ねなくコーヒーが飲めるな」
「うぅ……ぐすっ……」
リゼが楽しそうに話ながら見ると、シャロはコーヒーカップを手に泣いていた。
「シャ、シャロ!?」
「どうしたの、シャロちゃん!? お腹、お腹が痛いの!?」
「あ、あわわわわ……シャ、シャロさん、落ち着いたください」
突然のことに焦る三人にシャロは途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「ち、千夜はいないけど……わ、わたし……いつかみんなと、い、一緒に、酔わないで……コーヒー、を……の、飲むのが、ゆ、夢でぇ……ほんとに、うれしくてぇ……」
「……そうか、シャロはいつも飲めなかったからな」
「よし、千夜ちゃんも呼ぼう! メールするね」
「わ、わたしもなにかを……」
みんなでシャロをなだめ、5分ほどたった頃に千夜もやって来た。
「何でもっとはやくよんでくれないのかしら!?」
「「「「早い(わね、ですね)!?」」」」
「カオルさん、私は抹茶を……」
「とりあつかってない」
「じゃあ、じゃあ、オレンジジュースを……」
「……ココアからなんてメールもらったんだ?」
「シャロちゃんがみんなでコーヒー飲みたいっていってるからよかったら来てって……」
「それなら、コーヒーを注文しろよ!?」
「やんっ、いいツッコミ」
「……千夜」
「んー、じゃあ、キリマンジャロをお願いするわ」
「わかった。席に座っててくれ」
席へと急ぐ千夜を見送り、カオルは深くため息をついた。
「あいつの考えることはよくわからん……」
「それが、千夜のよいところでもあるのじゃろ……たぶん」
コーヒー豆を挽きながら愚痴るカオルに、ティッピーが自信なさげにフォローをいれる。
「しかし、カオルも粋なことをするのう」
「……なにが?」
「あの豆、うちでは取り扱っとらん」
「やっぱりじいさんにはお見通しか」
「個人で購入したのじゃろ?」
「そんな高価なものでもないけどな」
「値段など関係ない。あの一杯のコーヒーには、カオルの思いやりが詰まっとる」
「やめろよ、恥ずかしいな……」
「ふっ……カオルも成長しているんじゃな……」
「……シャロちゃん、前にみんなでコーヒーを飲む機会があったんだが、その時は羨ましくて、寂しい……そんな顔をしていてな……」
「ふむ……」
「どうにかしてやりたいと思ってたんだ。機会がなかなか訪れなかったけどな。まあ、シャロちゃんも、なんやかんやでそのままコーヒー飲むもんだから、すぐにあの状態になってはしゃいでたけどな」
「いい話が台無しじゃな!?」
「なにはともあれ、彼女たちが楽しそうで何よりだ」
カオルはそう言い、席へと千夜のキリマンジャロを届ける。そのまま皆に誘われ、一緒に話に混ざるのだった。
リゼ「で、シャロ。福引はどうだった?」
シャロ「現実は非情です……」
千夜「最後の一組を入れ違いで別の人が当てちゃってたらしいの」
リゼ「それは辛い……」
カオル「……悪い、それ俺だ」
リゼ、シャロ、千夜「えぇ!?」
カオル「一回ぶんたまっててな。福引きしたら当たったんだ」
シャロ「うぅ……」
カオル「俺には必要ないし、シャロちゃんが使ってくれ」
シャロ「いいんですか!?」
カオル「もちろん」
シャロ「家宝にして飾りますね!」
カオル、リゼ「いや、使えよ……」
千夜「うふふ……」