カオルの喫茶店での立ち振舞いが板につき出した今日この頃。カオルはいつもと同じようにラビットハウスを営業していた。
「さて、そろそろチノが帰ってくる時間だな……」
「(最近、時折カオルの姿が息子とかぶりおるわい)」
カオルが時計を見ながらそう言うと、店の扉が開き、チノが帰ってくる。
「噂をすればってやつだな。お帰り、チノ」
「ただいまです。あ、あの……」
「ん?」
チノはもじもじと何かを言おうとする。カオルはそれを黙って聞いている。
「お、お友達が、来ているのですが……店内に入れてもいいですか……?」
チノは申し訳なさそうにそう言った。
「(ということかあったのが一時間前……)」
「チノーっ! このもこもこしたの可愛いな! 倒したら経験値入りそう。倒していい?」
「(ワシは倒されるのか!?)」
「だ、ダメだよマヤちゃん!」
「マヤさん、ティッピー返してください」
「……自由だな」
いつの間にかラビットハウスの制服を着て店内ではしゃぐチノのお友達のマヤとメグ見ながらカオルは呟いた。自己紹介の後、しばらくは席に座っていた二人だが、「ココアさんとリゼさん、遅いですね」というチノの言葉に手伝うと言ってくれた。お客がいないとこの調子ではあるが……
「カオル兄、どうかしたかー?」
「カオルさん、なにかお手伝いすることあるかなー?」
「あ、あの、やっぱり迷惑でしたか……?」
「ん? ……気にすることないさ (チノは部屋じゃなくて店内にって言ってたからな。うん、俺の勘違いだ。それに手伝ってくれてるわけだから……)」
マヤとメグを見ながら申し訳なさそうにチノが言う。それを否定しながらカオルはチノの頭を撫で、頭にティッピーをのせた。
「そういえば、更衣室にこんなのあったんだけどなにかな?」
「(それ、リゼのハンドガンーーーっ!) マヤちゃん、それは危ないから預かるな」
「モデルガンだよね?」
「(……本物だわ、これ) モデルガンでも鈍器になっちゃうから」
マヤからハンドガンを受け取りつつカオルは思った。この子からは絶対に目を離せないと。その後、ぽつぽつとお客が訪れる。いつもと違う雰囲気にカオルは楽しそうにコーヒーを挽いていた。
「三番テーブル、キリマンジャロとモカ・マタリだってさー モカ・マタリってなに?」
「不思議な響きだね~」
「独特な香りと優しい酸味と苦味が特徴のコーヒーです」
「「へぇー! チノ(ちゃん)詳しいな(ね)!」」
「コーヒーにはうるさいですから」
「(チノが楽しそうで、なんだか嬉しいな……)」
胸を張るチノを見てカオルは微笑む。コーヒーを入れトレイにのせてメグに手渡す。
「さ、持っていってくれ、メグちゃん」
「は、はい!」
溢さないようにゆっくりと運ぶメグを見ながらカオルはチノに話しかける。
「チノ、学校は楽しいか?」
「はい。とても……マヤさんもメグさんも、仲良くしてくれてます」
「そうか……いい友達だな」
「はい!」
「ねーねー、カオル兄。コンバットナイフがポッケに入ってたんだけど。偽物だよね? この制服の持ち主のもの? はっ! てやっ!」
「偽物でも本物でも振り回すのは止めような。あとお客さんもいるからな、万が一怪我させたら大変だ。絶対にやめなさい」
「うっ……ご、ごめんなさい……だから怖い顔しないで?」
「……マヤはもう少し落ち着きがほしいな」
「そうですね……」
チノとカオルは小さくため息をついて、苦笑いを浮かべるのだった。店内にいた最後のお客が帰ると同時にココアとリゼがやって来た。
「遅れてごめんね、チノちゃん。補習があって……」
「私は部活の助っ人に呼ばれていて……」
「あ、おかえりなさーい」
「おっかえりー」
謝りながから店内に入ってきた二人をメグとマヤが出迎えた。二人は不思議そうな顔をしたあと、顔をを見合わせた。
「り、リゼちゃん、わ、私たち、ひょっとしてクビになっちゃった!?」
「なっ! い、いや、そんなまさか……」
「違う違う。二人が遅いから手伝ってくれてるんだ。チノの友達の……」
「マヤだよ!」
「メグです~」
「……まあ、そういうことだ。制服がないからな。二人のを着てもらってる」
動揺する二人にカオルが声をかけ、二人が自己紹介をする。それを見たココアとリゼは安堵のため息をついた。
「あ、そうだ、私としたことがアレをなくしてしまって……誰かみてないか?」
「あー、それなら……あれ? ここにおいてたのどこいった?」
カオルがリゼにかえそうとすると、おいてあったハンドガンとコンバットナイフが見当たらない
「ふっふっふっ、お探しものはこれかな?」
「マヤっ! 危ないから触るなと言っただろ!」
「ひうっ!? ご、ごめんよ、カオル兄……」
「そうだぞ。素人が扱えるものじゃない。返せ」
「(そのセリフかっこいい!)」
カオルに怒られ、マヤはリゼにハンドガンとコンバットナイフを返す。なぜか、目を輝かせながら。
「私もCQCとかできるよ!(昨日見たテレビの真似だけど……)」
「マヤちゃん、また変な影響うけてるー」
「(こいつCQCに精通しているのか……!? 年下ながら軍の関係者!?)」
「何を考えてるかわからんが、リゼの想像してることはたぶん違うぞ」
「みんなーパンが焼けたよー」
リゼが壮大な勘違いをしていると、厨房からココアがパンをもってやってくる。
「いつもチノちゃんと仲良くしてくれてありがとう。姉らしいことはできていないけど……これ、パンのおすそわけだよ!」
ココアはバスケットからパンを取りだし、マヤとメグに手渡す。
「「お、おいしいっ!?」」
「いいなーチノちゃん。こんなに優しくてお料理も上手なお姉さんがいて……」
「ココアさんはパンしかまともに作れませんよ?」
「(ココアを姉と言われたことをチノが否定しない……!)ココアの作るパンは絶品だからな」
「いやあ、照れますなあ」
「ココアのパン作りの腕は私も認めている」
周りのベタ誉めにココアは赤くなりながら、リゼの手を引き、近くのテーブルに座った。
「今日はリゼちゃんと一緒にお客さんしてるね」
「こうして見ると新鮮だな……」
「メグちゃん、コーヒー豆は生のまま食べない方がいいよ」
「あはは、しってるよー」
「え!? 常識!?」
「味を見るためにコーヒー豆は食べるけどな」
「親の影響受けると殺伐とした考えが染み付いて大変だよな、お互い」
「(あれ? 今お互いって言った?)」
「なんか勘違いしてるな、あれ」
「…………」
「チノ?」
楽しそうに話すココア、メグ、リゼ、マヤの四人を見て複雑な表情をするチノをカオルは見逃さなかった。
「どうかしたか?」
「……いえ、なんだか、おいてかれてしまったような気がして……それに、もやもやするんです。この気持ちは、なんなんでしょうか」
「……俺もな。チノをココアちゃんに取られたと思ったことがあってな。そのときは、もやもやしたよ」
「……お兄ちゃんもですか?」
「あぁ、嬉しいけど少し寂しい、そんな感じだな。そんな風にチノも感じるってことは、チノがそれだけ彼女たちを大切に思ってるってことだ。そしてそれは、向こうもきっと同じだよ」
「……よくわかりません」
「ははっ、すぐにわかるさ。それまでは、存分に悩め妹よ」
「わわっ!」
カオルは優しく微笑み、ティッピーを手に取り、チノの頭を撫でた。この日から、ちょくちょくとマヤとメグがラビットハウスに遊びに来るようになったのだった。
「お兄ちゃん、もやもやしてたのは私だけじゃなかったみたいです。それに、マヤさんとメグさんも、私の心配してくれてて……」
「言っただろ? 向こうも同じだって。いい友達だな?」
「はい!」
そんな会話を兄妹が交わすのは一週間後の出来事である。
カオル「気が付いたらたくさんの人がチノの周りに居て、なんだか嬉しいな」
ティッピー「それもこれも、あのココアのおかげじゃ」
カオル「全員が同じ場所で働いてるわけでもないのに……不思議なものだな」
ティッピー「あの娘には、不思議な魅力があるのかもしれんのう」
カオル「もうチノのお姉ちゃんって感じだもんな」
ティッピー「妹を取られて寂しいか?」
カオル「寂しくないといえば嘘になるな。でもそれ以上に、チノが楽しそうで嬉しいよ」
ティッピー「ふん、兄貴面しおって」
カオル「兄貴だからな……」