ラビットハウスのパティシエさん   作:森フォレスト

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ラビットハウスの常連さん

 カオルがラビットハウスで働き出して三週間が経過した。一週間のほとんどをカウンターに立っていたカオルは、今やほとんどの業務をこなすことができるようになっていた。

 

「そろそろワシが教えることもなさそうじゃの」

 

「そうか?」

 

「うむ……となると暇になるのう」

 

「基本的には俺と話してるだけだしな」

 

「客が来とるときが暇なんじゃ、ワシ、しゃべれんし」

 

「うさぎがダンディーな声で喋り出したらおかしいからな。マスコットに徹してくれ」

 

「暇じゃー……」

 

「夢が叶った弊害だな」

 

「ぐぬぬ……」

 

 洗った食器を拭きながら、カオルとティッピーが話していると、お客の来店を知らせる鐘が鳴る。

 

「いらっしゃいませー」

 

「はい、いらっしゃいました~」

 

「翠さん、今週、皆勤賞ですね」

 

「ここにくると、不思議と筆が進むんです。それに、カオルくんとも会えますし」

 

「……注文は?」

 

「ふふっ……ブルーマウンテンとコーヒーゼリーをお願いします」

 

 照れながら注文を聞くカオルに微笑みながら、青山は今週何度も注文したブルーマウンテンとコーヒーゼリーを注文をした。

 

「もう、気分に関係なくコーヒーゼリーを注文するようになりましたね……」

 

「あら、私が落ち込んでるときと、良いことがあったときにコーヒーゼリーを食べていたこと、気づかれてましたか~」

 

「……じいさんがいつもいっていたので」

 

「マスターが……」

 

 青山は昔を思い出すように小さく言うと、テーブルの上に広げた原稿用紙とペンを見つめた。それを見ていたカオルは前々から疑問に思っていたことを口にする。

 

「そう言えば、あの万年筆は使ってないんですね」

 

「……えぇ、じつはマスターにいただいた万年筆をどこかに落としてしまって……それ以来、ここ以外ではさっぱり筆が乗らなくて……スランプですね~」

 

「じいさんとの思い出があるここでなら……ってことですか?」

 

「ふふっ、それだけじゃありませんよ? カオルくんもいるから、書けるんだと思います」

 

「……俺は別になにも……」

 

「あら? カオルくん、ひょっとして照れてます?」

 

「か、からかわないでください! これ、ブルーマウンテンです!」

 

「(昔とはまた違った意味でカオルと青山を見ていると面白いのう)」

 

 カオルは誤魔化すようにからかうように微笑む青山の前にブルーマウンテンをおく。そんな二人を見ながらティッピーは心のなかで呟いた。

 

「……おいしい」

 

「……よかったです。コーヒーゼリーも持ってきますね」

 

「楽しみに待ってます~」

 

「毎日食べてて飽きませんか?」

 

「私の燃料ですから〜 もう私、カオルくんがいないと生きていけない体にされてしまいました~」

 

「人聞きの悪いことを言わないでください! というかいい加減、からかわないでください……」

 

「ふふっ……」

 

 恥ずかしさと疲れの混じった表情を浮かべ、カオルは厨房へと、コーヒーゼリーをとりに行く。

 

「ティッピーさん、ティッピーさん。カオルくんは素敵な人だと思いませんか?」

 

「(なんじゃ……?)」

 

「……カオルくんは、喫茶店で今、できることをして頑張っています。私は昔のことばかり……だから、昔のカオルくんを感じたくて、からかったりしちゃうのかもしれません。でも照れてるカオルくんは可愛いです」

 

「(……カオルが厨房のほうからこちらをのぞいておるのう。あれは、なんか出るに出れない雰囲気なんだけどどうしよう……とか思ってる顔じゃな)」

 

「小説だって、マスターからいただいたのは万年筆という後押しだったんです。でも私は、その万年筆に依存していて……」

 

「(使いなれて愛着がわいて、それ以外では書けないと思い込んでおるだけではないかのう……そもそも、青山にやった万年筆は、カフェ限定グッズを作ろうと特注で発注した試作品じゃし……結局、コストが高すぎてグッズは実現しなかったがのう……)」

 

「ダメですね、私……このままですと、失業しちゃうかもしれません……」

 

「(どうにかしてやりたいが……)」

 

「せめてマスターに、この『うさぎになったバリスタ』を読んでもらいたかったです……」

 

「(カオルと一緒に読んだわい)面白かった……が、主人公より息子の出番がおおかった」

 

「っ!? ま、マスターのお声が!?」

 

「(あっ……)」

 

 思わず心の声が漏れてしまったティッピー。それを聞き、青山が取り乱す。

 

「(なにしてんだ、じいさん!? いや、タイミング的には的確かつ完璧だけどさ!)」

 

 厨房から、覗いていたカオルは心のなかでツッコミをいれ、とりあえずコーヒーゼリーを片手に青山のところへと進む。

 

「翠さん、おまたせ。コーヒーゼリーです」

 

「か、カオルくん、今! 今、マスターのお声が!」

 

「じいさんの……?」

 

「は、はい! 『うさぎになったバリスタ』の感想を教えてくれました。これは、幻聴なんでしょうか……?」

 

「じいさん、昔からティッピーを可愛がっててさ。ひょっとしたら、翠さんのことが気になったじいさんが、ティッピーの体を借りて話したのかも……なんて」

 

 うろたえる青山に、カオルはティッピーを撫でながら、そう言った。

 

「マスター……」

 

「(……撫でられておるのに、冷や汗が……)」

 

「翠さん、よかったらこれ、使ってください」

 

「……これは……」

 

「万年筆です。じいさんの万年筆の代わりにはならないかもしれないですけど……その、俺だって翠さんのこと応援してるんです」

 

「カオルくん……ありがとうございます」

 

「……ぐっ」

 

「(カオルのやつ、照れておるの……)」

 

「カオルくんは私が小説を書いたら、一番最初の読者になってくれますか……?」

 

「感想を……ってことですよね? もちろんですよ。でも、学生の頃とは違って、翠さんはプロですし、素人の感想が役に立つかは……」

 

「(カオルのやつめ、逃げおった……)」

 

「ふふっ……」

 

「うっ……なんですか?」

 

「いえ、今日はそろそろおいとましますね」

 

「あれ、執筆はしていかないですか?」

 

「マスターから感想という励ましのお言葉をいただきましたし、それに……新しく後押しをしてもらいましたから、ね?」

 

「い、いえ、そんな……」

 

 青山はティッピーを見たあとに、カオルから受け取ったばかりの万年筆を手に取り、微笑んだ。

 

「(ほう……)」

 

「今なら、書けそうな気がするんです。また来ますね~」

 

「……はい。またのご来店、お待ちしてます」

 

 代金をテーブルにおき、荷物をまとめて店を出ていく青山をカオルとティッピーは見送った。

 

「……よい顔をしておったのう」

 

「執筆、うまくいくといいな」

 

 二人が青山が出ていった扉を見ながら、しみじみと話していると、その扉がいきよいよく開かれた。

 

「おう、カオル。コーヒーゼリー食いに来たぞ」

 

「……台無しです。リゼのお父さん」

 

「なに? なんの話だ?」

 

 気持ちを切り替えながら、厨房へと、コーヒーゼリーをとりに行くカオルにリゼの父親は不思議そう問いかけるのだった。




カオル「ところで、なんでじいさんがうさぎになったこと隠してるんだっけ……」

ティッピー「青山に知られて、騒ぎになってもこまるじゃろ?」

カオル「騒ぎに……?」

ティッピー「……想像できないのう」

カオル「……だよな」


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