再開と出会い
「カオル、戻ってきてくれないか?」
カオルの元にかかってきた、父親からの電話は実家に帰ってこないかと言う内容だった。
「親父、悪いけどな、俺はもう親父の手伝いなんかごめんだぞ。いくつ命があっても足りやしない。それに俺にはな、パティシエになるっていう夢があるんだ。ようやく、人に出しても恥じないスイーツが作れるようになったんだ。戦場で銃器を握るよりも厨房でボウルの中身を混ぜる方がいい」
「その事だがな、お父さん、あの仕事辞めたんだ」
「……えっ?」
申し出を断るカオルにそう告げる父親。カオルにとっては寝耳に水のようで、思わずすっとんきょうな声が出る。
「親父の店を継ぐことにしたんだよ。といっても、もうかなりまえのことだけどな」
「はぁ!? はじめて聞いたぞ!」
「はじめて言ったからな。夢を追いかけるカオルの邪魔はしたくなかった」
「……まあ、いいけどさ……じぃさんの店っていうと……喫茶店……? だっけ?」
「あぁ、昼は喫茶店。夜はバーになるんだ。よかったら、昼間だけでも働かないか?」
「ん……んんー……ホントにやめたのか、あの仕事」
「もちろんだ。お父さん、嘘はつかないよ」
「まあ、そういうことなら、やぶさかでもない。チノにも会いたいしな」
「18のときに出ていって以来会っていないからな……6年ぶりか。もう、チノも中学生だ」
「そうか……もう、そんなに……もうすぐ、四捨五入で30になるんだな、俺……」
「ふっ……こっちに来たら、一緒に飲むか」
「……あぁ」
そう言ってからカオルは電話を切る。ふと、視線をあげると、窓ガラスに反射して自分の姿が映る。
「……まだまだ行けるよな?」
誰に問いかけるわけでもなくつぶやくと、カオルはいま勤めている店に何て言おうかと頭を悩ませるのだった。
全てが片付いたのはそれから二ヶ月後の事だった。店長に頭を下げ、身の回りの整理などを行い、晴れて無職となったカオルは、SLに乗って故郷へとむかっていた。辺りに人工物が消えはじめ、そして、再び見えるようになる頃にはカオルの気持ちの高ぶりも最高値に達していた。
「何もかもが懐かしい。ほとんど変わってないな」
年甲斐もなく窓の外を眺め続け、気がつくとSLは駅に到着していた。スーツケースをつかむと勢いよく立ち上がりホームへと進む。
「帰ってきたか……木組みの家と石畳の街……! 相も変わらずホントに日本かよって感じの街並みだな」
辺りを見渡せば西洋風の家屋が立ち並び、ウサギが道を歩いている。それを見ながらカオルはうんうんとうなずく。
「さて、色々と見て回りたいところだが、寄り道はせずに親父の店に行くか」
父親からの送られていた地図を広げ、ラビットハウスという喫茶店を目指す。しばらく歩き、公園を通りかかったとき、一人の少女の姿がカオル目にとまる。
「(……なにしてるんだ、あの娘)」
少女は黒髪のロングヘアーで着物を着ていた。その出で立ちは洋風な回りの風景と逆でかえってその存在が目立っていた。少女は噴水の近くでしゃがみ、野良ウサギに餌を与えようとしていた。
「(あれは、羊羮……? どうみてもウサギが食べるものじゃないぞ……?)」
しかし、少女が与えようとしていた餌は羊羮だった。ウサギたちは反応は示すものの食べようとはしていない。諦めたかのように少女は立ち上がりベンチへと腰をおろした。
「(っと、こんなにガン見してたら、ただの変質者だな。不思議な娘だな)」
一部始終を見届けたカオルは、我にかえると、そのまま目的地を目指した。
「ここ……か?」
ウサギの看板にrabbit houseという文字。地図も間違いなくそこが目的地だと指し示していた。
「なんか、緊張するな……よし、入るか」
「あれ?」
「!?」
深呼吸をして、扉にてをかけた瞬間に後ろから声をかけられ、カオルの肩が跳ね上がる。高鳴る心臓の音を感じながら、振り返ると、桃色の肩までかかった髪と半分の花の髪飾りが特徴的な少女が立っていた。
「お客さんですね!」
「え? いや、俺は……」
「ささ、どうぞー」
カオルの話を最後まで聞くことなく少女は店の扉を開け、カオルを席へと案内し、メニューを広げた。
「ご注文が決まりましたら、教えてください!」
「(……はっ! い、いかん、流されるまま席に座ってしまった!?)」
少女はそのまま鼻唄交じりにカウンターの方へと行き、店員と思われる少女二人と話をはじめる。カオルはとりあえず目の前にあるメニューを睨み付けた。
「(ほう……コーヒーが豊富だな。サイドメニューは……パンばかりだな。ココア特製、パンケーキ……ココア味なのか? いや、名前か、これ。ただ座ってるのもなんだし、なにか、注文するか)」
「注文いいですか!」
カオルがその場で手を上げ店員を呼ぶと、カウンターの方から先程とは違う少女がやって来る。
「ご注文は……?」
「この、オリジナルブレンドとこの、ココア特製パンケーキを……」
注文を言いながら店員のほうを向くと、店員はカオルの顔をじっと見ていた。その事に気がついたカオルを店員の顔をよく見る。
「(あの、目元、頭のウサギ……頭のウサギ!? 何で頭にウサギが!? あと、それティッピー!)」
「……お兄ちゃん?」
「お、おう。ただいま、チノ」
自信なさげに問いかける店員。水色のロングヘアーとばつ印の髪留めが特徴的な実の妹であるチノにカオルは笑顔で答える。すると、そのままチノはカオルに抱きついた。
「お、おう!?」
「も、もう……帰ってこないのかと……!」
「い、いやぁ……」
「チノちゃんにお兄ちゃんが!?」
カオルが反応に困っていると、先ほど席に案内してくれた少女が大声を上げこちらを指差していた。
「に、賑やかだな……」
「よく帰ってきたのう」
「ど、どっかから、じぃさんの声が!?」
もはや収拾がつかなくなり、この場が落ち着くまでにいくらかの時間を要したのであった。
「もう、帰ってくるならそういってくれないと困ります」
「え? 親父には言ったけど……」
「聞いていません」
カオルはカウンター席に座り、パンケーキを食べながら、チノたちと話をする。頬を膨らませるチノに微笑み視線を他の二人へと向ける。
「えーっと、君たちはアルバイトの子だよね。たしか……ココアちゃんとリゼちゃん……だよね?」
「ココアは私だよ、お兄ちゃん!」
「リ、リゼちゃん!? い、いや、しかし、悪くない響きだ……でもやっぱり恥ずかしい!」
カオルが店の前であったのがココアで目の前でうろたえている紫のツインテールの彼女がリゼらしい。
「お兄ちゃん……?」
「チノちゃんのお兄ちゃんは私のお兄ちゃんだよ!」
元気よくしゃべるココアに押され気味に迫られ、そうなんだ、とよくわからない返しをしてから、カオルはコーヒーに口をつけた。
「あぁ、自己紹介をしてなかったね。俺はカオル。香風 薫だ。年は大きく離れてるが、チノの兄だ」
「保登 心愛です! ココアってよんでね!」
「天々座 理世だ。リゼでいい」
「ココアちゃんにリゼちゃん……よし、顔を覚えた」
「ココアってよんでよー」
「お、男の人から、ちゃ、ちゃん付けは、やはりむずかゆいというか、なんというか……あぁ、でも呼び捨ても……呼び捨てで……」
「あー……高校生だしな。たしかに、嫌か。じゃあ……うん、ココアにリゼ……でいいか? 俺もカオルってよんでくれ」
「カオルお兄ちゃん?」
「カオル……さん……お、男の人をよ、呼び捨てで呼ぶなんて……!」
「お兄ちゃんは外せないのか……リゼは……意識しすぎだな」
自己紹介を済ませ、カオルがふと視線を横にやるとチノが見ていることに気がついた。どうした? と頭を撫でながらたずねる。
「私はほったらかしでココアさんとリゼさんと楽しくお話ですか……別にいいですけど……」
「まったく、チノは可愛いな。俺、お前に会いたくて帰ってきたんだぞ?」
「でも、またいなくなります……」
「あぁ、その事なんだがな。ここで働くことにした」
「……えっ? あ、あの、お父さんからは東京のほうでパティシエやってるって……聞いていて……えと」
「やめちゃった」
「……えっ?」
「やめちゃった、パティシエ」
「えぇーっ!?」
「これが修羅場ってやつかな、リゼちゃん」
「違うと思うぞ?」
終始驚きっぱなしと笑顔のカオルを眺めながらココアがリゼにたずねる。この日からラビットハウスはいつもより少し賑やかになるのだった。
タカヒロ「よく帰ってきたな」
カオル「お菓子作り、みてくれる約束だからな」
タカヒロ「あぁ、俺の技術を全て叩き込んでやろう」
カオル「……真面目に学んでたはずなんだけどな。この味には足元にも及ばないな」
タカヒロ「ふっ……年季が違うからな」
カオル「よろしく頼むよ……父さん」
タカヒロ「……カオルっ!」
カオル「や、やめ、くっつくな気持ち悪い!」