「お前、いつからそこで停滞している?」
とイネアさんはフィーネに問いた。
もしかして、フィーネもフェバルなのか?俺の頭の中は休息なき展開に正直グチャグチャだ。
フィーネの方に目をやると尻尾を掴まれた猫みたいに大きく体をビクつかせていた。マジか。
しばらく静寂が場を支配する。
フィーネは何を考えているのだろうか?
そんな事を考えているとフィーネの頬はニッと上に持ち上がった。
「秘密だよ、ヒ・ミ・ツいくら先生のイネアさんでも友達のユウにも教えてあげられない乙女の秘密!」
そこはかとなく明るい声で彼女はそう言った。
だが、なぜか俺は心のどこかに違和感を覚えた。喉に刺さった魚の骨のような嫌な突っ掛かりを。
しかし、そんな違和感を感じていないイネアさんは言葉通り挑発と取ったようで少しムッとしてフィーネに言う。
「あまりナメるなよ?私も真剣なんだ」
初対面の時のような迫力。自分に言われてるワケではないと分かっていても思わず身を震わせてしまう。
それに困るような表情を浮かべながらフィーネは軽やかな足取りでイネアさんの元へと歩みを寄せる。
「ーーーーーー」
そしてイネアさんの耳元で俺に聞こえないぐらい小さな声で何かを呟いた。
刹那、イネアさんからヒシヒシと闘志が漏れ出していた。
「ほう、なかなか言うじゃないか?にわかには信じ難いことだがな」
「そうかな?まぁ、そっか。それなら仕方ないや」
手をヒラヒラさせながらフィーネがそう言う。
「まぁ、待て。信じないと言ったわけではない。ちょっと証明して見せてくれ」
さっきよりもキリリと締まった声音。場の空気が一気に張り詰める。覚えのない闘気に肌が強張る。
「あはは、面白いじゃん!いいよ!」
フィーネも完全にバトルモードだ。こっちも気迫では劣らない。
言葉を交わした二人は俺の事なんか忘れたかのように間合いを取り始めた。完全に蚊帳の外だ。
「ほら、これを使え」
イネアさんがフィーネの方へ木刀を投げ付ける。
「イネアさんは使わないの?」
「私は気剣術科の講師だと言っただろ?」
ニッと笑いながらイネアさんは徒手で素振りをする。素人目に見てもそこに剣が見えるような洗練された動作だ。
その瞬間、俺は自分の常識を疑うような光景を目の当たりにした。
白色のオーラの様なものかイネアさんの体を包んだかと思うとそれは次の瞬間には転じて剣に変わった。彼女の右腕に現れたのは荘厳華麗な、力強くかつ美しい刀身だった。
これも魔法なのか?
いや、気剣術と言っていたっけ。
“気”か。
昔、漫画やアニメで見た気という概念に近しいものなのだろうか。波とか飛ばせるのかな。
非常識な現状をイメージで補填しながら二人の様子を眺める。
「あぁ、なるほど!気剣術ってそういう事なんだ!面白いね。少し真似しちゃおッ!」
フィーネが目を輝かせてそういう。
「そう簡単に出来るモノではないぞ、コレは。更にお前はその体だと満足に気は使えまい」
「うーん、だから私なりにね!魔素操作《形状・状態変化》」
そう呟くとフィーネの元へと光の粒が集まり始める。これも丸で昔見たアニメか何かの必殺技のシーンみたいだった。波動砲とか打てそうだ。
「えーっと、指定状態は固体で形状は剣!溢れるエネルギーは体に取り込んでっと。どうだッ!」
するとフィーネの手の中にも細身の片手剣が存在していた。イネアさんの剣と比べると刀身は緩やかに反っていて剣というより刀の様な形で色は薄緑色で透き通っていて、エメラルドの様に美しいものだった。
「よし、いい感じに出来た!うーん気剣に対抗してこっちは魔法剣で!」
フィーネが楽観的にそう呟く。
チート集団とは分かっていたけどフィーネもやっぱりフェバルなのか。もう地球の常識じゃいられないのかもしれない。そうか彼女と同じ土俵に上がってしまったのか俺は。緩んでいた危機感が一気に煽られる。このままじゃいけない。ウィルの件もある。旅が続くなら地球レベルじゃ前途多難だ。
それにこのままだとフィーネにも付いて行けなくなる。
俺は改めて決意を固めた。強くなろう、と。
「なるほどな、確かに常人というわけでもないらしい」
「まぁ、フェバルになる前から人の枠に収まってなかったのは確かかな。これだってフェバルになる以前の私の力。言えることはこれくらいかな。そして、私の能力は【守護】手の届くもの、目に見えるもの、私に感じられる、ありとあらゆる万象を守る力」
静かにフィーネが目を閉じるとイネアさんとフィーネを木漏れ日のような優しい光が包み込んだ。
「これで、お互い怪我する事も死ぬ事もないだろうから全力で来ていいよ。有効時間は7分弱ね。」
「ほう、どうなっても知らんぞ?」
「うん、私も真剣に胸を借りるよ」
一瞬の静寂。
一陣の風が吹き荒んだ。
感じたのはそれだけ。それだけの間に目で追いきれない程のスピードで2人が舞う。見えないけれどそうだと分かる。火花が飛ぶのを見ると、丸で忘れられていたかのように踏み込んだ音が響く。風を感じたかと思えば刃と刃が交わる音だけが残る。
次元が違う2人の戦いは7分もかからず凡そ、5分程で終わりを告げた。
「久々に楽しかったよ。『センクレイズ』」
「私もだよ。今更、剣は誰にも負けないつもりだったんだけどね!『サカルワルターレ』」
2人の声を聞き取るとほぼ同時、フィーネが壁に向かって思いっきりすっ飛んでいた。イネアさんの方を見るとイネアさんは剣を持っていた方の肩を押さえて倒れていた。
過程なんか一つも目で追えなかったが恐らく両者引き分けといったところなのだろう。
「痛たた。どう?これで信じてもらえた?」
「あ、あぁ…そうだな。色々すまない。正直自分の目を疑っているその華奢な体のどこにそんな筋肉が…」
「えぇ…気にするのそこ?まぁ、ほらそれ含めて乙女の秘密だよ!ちゃんとかけたつもりだったけど大丈夫?怪我してないですか?」
「あぁ、大丈夫だ。まったく不思議なものだ。これだけ打ち合ったのに怪我一つないとはな。かといって健常かと思えば体中が悲鳴を上げているが…」
「今回かけた能力は傷を負うっていう結果からしか【守護】してないからね。それに怪我しないからって本気出してくるんだもんこっちだって手を抜いちゃいられないよね」
体を起こしながらフィーネがそう言う。
「そうでもしないとお前のことが分からなそうだったからな。フィーネ、久しぶりに熱くなれた。感謝する」
「うん、私も楽しかったよ!まさか師匠以外でこんないい勝負できるなんて思いもしなかったよ」
「そうか、余程腕の立つ師だったのだな」
「いえいえ、あれは腕の立つというより人外でしたね」
そうお互いに手合わせの感想を述べると武道の締め括りらしく礼をした。
「主題が逸れていたなフィーネ。お前の体のことはもういい。野暮なことを聞いた。だが、せめてフェバルになった経緯を教えてくれないか?」
この人実はかなりお人好しなのではないだろうか。普通は、師の言葉があるにしてもここまで俺たちを気遣ってくれないだろう。
「うーん、それに関してはそこまで込み入った事情はないんだ。ただある日突然何に見初められたかフェバルになりましたってね!ほんの1週間前の事だけど」
俺と同時期だ。とてもそうは思えない。フィーネも無理矢理故郷を追われた境遇だというのに彼女の口振りはとても楽観的で楽しそうなものだった。
あのウィルやエーナの言っていたような過酷な運命を語る言葉とは真逆だ。どうして彼女はこう在れるのか。そんなことを気にしてしまう。
「そうか。まぁ、困り事がないのはいい事だ。まぁ、また何か出来たら話してくれ。力になると約束しよう」
「うん、ありがとう!」
「さて、フィーネの方は粗方片付いたが、問題はユウだな。お前、恐らく自分の能力について変身できること以外何もわからないだろう?」
唐突に話を振られてビクッとしてしまう。
言われた通り全くといっていい程理解が及んでいない。少しでも情報が欲しくて、藁にも縋る思いで首肯する。
「なんとも複雑な能力みたいだからな。まぁ、任せておけ」
そういうとイネアさんは俺の能力について分かった事を述べ始めた。
なんか書き始めたら止まらなくなりました航鳥です。ご閲覧ありがとうございました。
毎度ながら、感想、指摘、誤字報告等いつでもお待ちしておりますのでご気軽に!