背負ってしまった罪は死して尚、逃れる事は出来ない。例えそれが本人の意図せず起きた事であっても。悔やみ、償い、背負い、それらを自らの魂に刻みながら生き、そして死ぬ。だが、償えぬ罪もまた在りはしない。
----彼女はセシリア----
「・・・」
白に染められた部屋。
薬品と新品のシーツの匂い。
「・・・ここは?」
見馴れぬ天井に戸惑いつつも上体を起こそうとした。
「っ!?」
体に痛みが走った。
まるで全身を何かで長時間縛られていた様な感覚。動かそうにも痺れて思うように出来ず、無理に動こうとすれば痛みが生じる。となれば、状態が良くなるまでおとなしくする他ない。動けないのであればせめて記憶の整理でもと、一先ずここに来る前の出来事を思い出す事にした。
「・・・」
「・・・」
「う~ん」
「・・・」
「ん~」
「・・・」
「んぅぅぅぅ」
「・・・コホンッ」
「・・・」
「・・・」
「ふぁっ!?」
凄まじい物音を立てながら、全身の痛みもわすれて秋終はベッドから転がり落ちた。もし此処に茜がいたらお腹を抱えて爆笑した事だろう。
「驚き過ぎですわ」
心外だと言わんばかりの表情を浮かべながら、セシリア・オルコットが其処にいた。椅子に座って。
「な、何で!?」
「・・・心配でしたから」
それはまったくの予想外であった。
焚き付けた本人がまさかそのような言葉を発しようとは。
「・・・心配?」
「ええ」
「・・・どうして」
「貴方には酷いことを申してしまいました。ご家族の事、本当に申し訳ありませんでしたわ」
これまた予想外。
今までとはうって変わった様な潮らしさ。
しかも嘘を言ってる様にも思えない。
「分からない。オルコットさんが何を考えてるのか分かりませんよ」
「そうですわね。・・・少し聞いて下さるかしら」
そう告げるとセシリアは語りだした。
「私の父は頼りない方でした。いつも母の機嫌を伺いながら生きてる人。優しくて、情けなくて・・・でも、そんな父親でも私は嫌いになる事が出来ませんでした。母がそれでも側に置いていたのですから、きっと訳があるのだと」
「その訳は分かったんですか?」
セシリアは静かに首を横に振った。
「聞く前に二人とも亡くなりましたわ」
「・・・ごめん」
まさか自身と同じ境遇だったとは。
だがそれが、自分と一体何の関係があるのか。
「いえ」
「でもそれと一体何の関係が・・・」
「貴方が・・・貴方の目が、以前の私と似ていましたの。両親を失った時の私の目と」
だから放っておけなかったとセシリアは告げた。そもそも秋終がISに乗る理由など端から持っていない事は分かっていた。そういった環境だからIS学園にいる事を強いられてるだけなのだと。だからこそ、確かめたかった。このまま絶望と言う名の倦怠の海に身を沈めるのかどうかを。
「貴方は立ち向かってきた。それがどんな理由であれ、充分ですわ
「一夏は?」
自身への理由は理解した。しかし、織斑一夏の理由が分からない。
「正直、貴方に発破を掛けるのに利用してしまいました。けれど男性の力を知れた事は良かったと思います」
そう言ったセシリアは少し嬉しそうであった。
「あとそれと・・・」
「?」
「少しだけ・・・少しだけ貴方の背中が父と似ていました。頼りなさそうな所が」
「それって褒めてないですよね?」
「ふふっ、さぁ・・・どうでしょう?」
イタズラっぽく微笑むセシリアが妙に可愛く見えた秋終であった。
----
セシリアが去った後、秋終は去り際に彼女が残した言葉の意味を考えていた。
何だかんだ楽しく談笑し、お互い名前で呼び合おうと決まった後に、先の戦いがどうなったかを尋ねたのだ。勿論、途中から記憶がない事も含めて。
すると、
「そうでしたか。勝負は秋終さんの勝ちですわ」
「俺の・・・?」
「ええ。圧倒的な物でした。まるで獣の様・・・でも意識が無かったのであれば納得出来る事もあります。アレからは何も感じませんでしたから」
「?」
「だいたいは戦っている相手の心が感じ取れます。でもそれが無かった・・・」
「随分とロマンチックな事を言うんだね」
「茶化さないで下さいまし。いいですか、
くれぐれもISに呑まれないで下さい」
自身の身体を両手で覆いながらセシリアは言った。まるで怯えるかの様に。
『貴方を不幸にしてしまうかもしれませんから』
そう言い残しセシリアは去って行った。
(不幸にする・・・か)
これ以上どう不幸になるのかと思いもしたが、先程の様子を見てしまってはその言葉を無下には出来ないとも思った。
(まぁ、心に留めておけばいいか。・・・そう言えばクラス代表はどうなったんだろう)
「クラス代表は渚、お前だ」
「ほぁっ!?」
「・・・何だ」
本日2度目のビックリタイム到来である。
「お、おおお織斑先生!?何時から・・・」
「オルコットと入れ違いだ」
先程のセシリアと同じく、心外だと言わんばかりの表情を浮かべる織斑教師。
「・・・そうですか」
そう答えた秋終の表情は幾分か陰が差している。彼自身も理由は分からないが、やはりこうして織斑教師と話をする事が苦手の様だ。
「・・・クラス代表が自分って言いました?」
驚き過ぎて思わずスルーをしたが、聞き逃してはならない言葉が聞こえた。それはもうはっきりと聞こえた。聞き間違いであってくれと願うが、
「・・・ああ」
現実は無情であった。
「どうして!?」
「それは・・・」
織斑教師の話によれば、総合的な戦績を比べて秋終に決まったそうだ。
一夏はセシリアに負け、セシリアは秋終に負けた。そして秋終が倒れた結果、一夏と対戦は行われずとの事なので一夏より強いセシリア、セシリアより強い秋終がクラス代表となったのだ。
「またアレに乗れと言うんですか?」
「そのためのIS学園だ」
沈黙が辺りを包む。
一度乗ったとは言え、吹っ切れた訳ではない。織斑千冬はそれ以上何も言わない。まるでこの話はこれで終わりだとでも言うかの様に。
「「・・・」」
居心地の悪い空間が続く。
時計の針の音がやけにうるさい。
「・・・それだけですか?」
耐えかねたかの様に秋終が口を開いた。
その言葉には刺が含まれている。
「1組の連中がお前のクラス代表就任祝いをするそうだ。顔を出しておけ」
「っ・・・そうじゃなくて!」
「・・・話は以上だ」
それだけを言い残し、織斑千冬は去って行った。どんな言葉を待っていたのか秋終自身も分からない。だがそれでも、もっと別の言葉を待っていた事だけは確かであった。
「・・・まるで子供じゃないか」
激しい自己嫌悪と言い切れぬ不安感に身を包みながら、秋終はベッド後にするのであった。
続く