日常とは意外と容易く壊れてしまう物だ。
どれだけ大事に守ろうとも壊れてしまう。
だからこそ、尊むべきだと言う人もいる。
その言葉は間違ってはいない。
だが、失ってみなければその尊さに気づけないだろう。
彼もまた、
その一人であった。
----終わる生命。定まる運命----
「おでかっけ、おでかっけ~♪」
見るからにご機嫌に歌っているのは幼稚園生程の少女。
両サイドにをさくらんぼの髪留めをしており、ツインテールであどけない笑顔が見る者の心を癒してくれる。
曰く天使と。
「初春、早く着替えろよ」
注意するのは小学校低学年程の少年。
一見機嫌が悪そうでぶっきらぼうな顔をしてはいるが、内心は少女の事が可愛くて仕方ないと思っているツンデレ少年。
曰くシスコンと。
「は~い、秋終お兄ちゃん」
二人は義兄妹である。
血の繋がりこそ無いが、どこにでも居るごくごく普通のなかの良い兄妹。些細なことでケンカをするが、気がつけばすぐに仲直り。
そんな妹の初春はこんな言葉を残している、
「お兄ちゃんはかっこいい」
と。
「い、いいから早く着替えろ!」
とは兄の照れ隠し。
そんな微笑ましい二人の兄弟はこれから外出をする事になっている。両親と4人で東京タワーに行くのだ。
こういった行事は子供なら誰でもワクワクするもので、初春の機嫌が良いのも頷ける。
「母さん準備できたぞー」
顎に髭を生やし、優しそうな顔をした男性が言った。
「こっちも大丈夫よ、アナタ」
返事をしたのはこれまた優しそうな女性。
「母さん、今日も綺麗だ」
「まあ、アナタったら」
イチャイチャ・・・。
そんな擬音がぴったりの甘い雰囲気。
その息子はまたかと溜め息をつく。
お馴染みの光景と言えど、毎回やられては流石に呆れる。兄は「妹よ早く来てくれと」祈りながら、ただ待つばかりだ。
兄にとってこの両親もまた義理の親であった。
血の繋がりがあるのは両親と妹の方。兄が拾われたのは妹が産まれる前、赤ん坊の頃であり、それから今の今まで大事に育てられた。分け隔てなく愛してくれた両親に秋終は感謝していた。こんな日々が、何時までも続けばいいと思ってた。そしていつもでも続くと思っていた。
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場所は変わり、東京タワー入り口前。休日と言うこともありそれなりに混雑している。
そんな中、親子4人で仲良く歩いていた。
「おっきいー」
とは妹。
この日兄妹は初めて東京タワーを生で見た。その衝撃と言ったらなんたるや・・・。赤い鉄骨がよくわからない具合に組合さって、立っているのである。
「意味がわからない」
とは兄の言葉。
人は理解出来ない物に対して、本能的に恐怖を抱くと言われている。兄の心境はまさしくそれなのだろう。
初めて見る東京タワーに困惑しつつも兄妹と夫婦は内部へと入って行った。
中は外程人気は無く、割と閑散としている。
(以外と空いてるなー)
そのままエレベーターに入り、展望台へ上がった。
ーーーー
妙なことに人気がない。
完全な無人だ。いるのは家族4人のみ、従業員ですらどこにも見当たらない。
「わぁー、たかーい!」
無邪気に外の景色を見る妹、その姿を見て兄は唐突に胸騒ぎを覚えた。得体の知れない不安が込み上げてくるのだ。まるでこれから良くないことが起こるかの様に。
「ねえ、おそらにひとがういてる」
その言葉に兄ははっとして外の景色を見ると、確かに人が浮いていた。いや、正確には体に機械のような装甲を纏った人だ。顔にはバイザーを付けているが装甲の間から見える肌が彼らにそう認識をさせた。
「なんだあれ・・・」
そう呟いたが、すぐに気づく。
あれがきっと不安の正体なのだと。
それを理解して
「下に降りよう・・・・」
そう言おうとした瞬間、凄まじい轟音と共に兄は壁に吹き飛ばされた。
「ぐうっ」
そのまま兄は意識を手離した。
ーーーーーー
(何が・・・)
暫くして兄は目を覚ました。どのくらい時間がたっただろうか。全身に鈍い痛みが走り、意識は朦朧としている。頭に触れてみると赤い液体が付いた。
血であった。
「うっ・・・」
何とも言えない不快な感触だ。
温かく、鉄の臭いがする。
(みんなは・・・?)
辺りを確認してみると、天井は崩れて至るところに鉄骨が刺さっていた。展望台の窓も割れていて、風が冷たい。
何が起きたかまではわからない、だが家族もこの場にいたのだ。
安否を確認するため動こうとした・・・
すると、
ーーーグニャーーー
柔らかい物を踏んだ。
「え?」
足からとても嫌な感触が伝わった。
とても柔らかい物を踏んだ感触。
足下を確認すると、そこには赤い物体が転がっていた。見事なまでに鮮やかに染まった赤い物体。
それが何なのか暫くして気づいた。
何故ならば、目の前に義両親が倒れていたからだ。
二人とも内臓を撒き散らし息絶えていたのだ。
兄の目の前で。
「義父さっ
その言葉は声にならなかった。
胃から込み上げてくる物がそれを遮った。
「うぉ"ぇぇぇぇ」
盛大に吐いた。
初めて見るその光景に、あまりのショックに耐えられなくなったのだ。無理もない、まだ小学生だ。幼すぎるその精神には刺激が強すぎた。
出すものが無くなった時、ふと声が聞こえた気がした。誰かを呼ぶ声、助けを求めるような声。
ーーーおに・・・いちゃ・・・んーーー
今度ははっきり聞こえた。消え入りそうな声ではあるが、確かに妹の初春の声だ。
「うぐっ・・・初・・・春」
朦朧とする意識を叩き起こし、痛む体に鞭を打つ。妹はまだ生きていて助けを求めている。
ーーーまだ間に合う!ーーー
その想いが、その想いだけが壊れそうな兄の心を支えていた。
妹の名を呼びながら必死に探した。
すると、鉄骨が崩れて積み重なりあった山から人の腕が見えた。
「っ!!!初春!!!」
其処には、鉄骨の下敷きになった妹がいた。
息はあるが頭から血を流しており、体の殆どが埋もれていた。横にはさくらんぼの髪留めが転がっていた。
「初春!!!」
「おに・・・ちゃ・・・ん」
「まってろ!!!助けをよんでくる!!!」
「お・・・ちゃ・・・ど・・・こ・・・?」
兄は愕然とした。
妹は目が見えていなかった・・・いや、見えていない程に重症だったのだ。目だけではない、耳も聞こえていなかった。ただずっと兄を探していた。兄の言葉は届いてすらいなかった。
「初春、大丈夫。大丈夫だから」
兄は手を握った。握り返す力すら残ってなどはいない。弱々しくて小さな手。血や涙や鼻水などでグショグショになったその手で必死に握った。
「お・・・ちゃ・・・手だ・・・」
笑っていた。
天使のような笑顔で。
見る人達を癒してくれる笑顔で。
初春は笑っていた。
「う"い"はる"!!!」
涙を堪えながら必死に答えた。
妹を安心させるために。
「え・・・へ・・・お・・・い・・・ちゃ・・・」
そして初春は目を閉じた。
笑顔のまま目を閉じたのだ。
自分に何が起きたかも満足に理解していない少女は、最後に兄の温もりを感じながら事切れた。
兄はそっとさくらんぼの髪留めを拾い上げた。
ーーーうっーーー
ーーーうっーーー
ーーーう"っーーー
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」
「くひっ」
誰かの笑い声が聞こえた気がした。
続く