原作だと八幡は結構隠喩とか回りくどい言い回しを使ったりして、直接表現を避けて話す感じがあるのですが、そういう頭のいい会話を書くのが難しいのでちょっと八幡っぽくなくなってる気がします。
今日のお勤めも終わり、時は放課後。
昨日溜まっていた書類は終わらせたし、今日こそ一色に捕まらずに早く帰れるよねっ、とルンルン気分で校舎を出る。
そうだ、小町に甘いものでも差し入れしよう。これで少しは機嫌が直るといいんだが。
マスタードーナツでドーナツをテイクアウトし、ついでにコーヒーの一杯でも飲んで一休みするかと注文したところで、遭遇したくない人ランキング一位の人物に出会ってしまった。
「比企谷くん、ひゃっはろー」
「すみません、さっきの注文キャンセルで」
すかさず逃走を図ろうとしたが、なにせタイミングが悪かった。
注文したコーヒーは既に準備されているところだったし、何より今から逃亡しようとしても、この人と目が合ってしまってはメデューサのように体が動かなくなる。まさに蛇に睨まれたカエル状態である。
「こらこら、そんなに逃げることないでしょー? お店の人にも迷惑だし」
「……何か用ですか、雪ノ下さん」
「ちょーっと君と話したい事があってね。少しいいかな?」
仕方がないのでキャンセルをキャンセルし、大人しくテーブルに着く。ここで逆らったとて、この人からは逃げられないので諦める。
知らなかったのか? 大魔王からは逃げられない!
しばらくして、雪ノ下さんも注文した飲み物を持ってやってきた。
「相席していいかな?」
「ダメって言ったら離れて座ってくれるんですかね」
「あっはは、ダーメ。もー、そんな事言っちゃうなんてお姉さん悲しいぞ!」
そう言いながら雪ノ下さんは何故かテーブルの向かいではなく隣に座った。
しまった! ぼっちの習性で奥の席に座った事が災いして、反対側は壁があるから逃げ場がない。
キレイなお姉さんが密着して隣に座っている状況を端から見るとどう見えるだろうか。さぞかしリア充に見える事だろう。
しかし今は呑み込まれるのをただただ震えて待つカエルの気分。代われるものなら代わってほしい。
「あの、こういう時って向かい側に座るものじゃないですかね」
「えー? いいじゃないのー、うりうり、お姉さんから逃げようとした罰だぞー」
暗に離れてくれと言っても、尚も距離を詰めてくる雪ノ下さん。もう密着し過ぎていい匂いがしてくるからやめてくれませんかね。
「で、話したい事って何ですかね。雪ノ下の事なら今はちょっとわからないですよ」
もう何を言っても離れてくれないので諦めて本題に入る。この人の話題は大体雪ノ下関連だから間違ってはいないだろう。
「知ってるよー。雪乃ちゃんに奉仕部追い出されちゃったんでしょ? あっはは、雪乃ちゃんも大胆な事するなー」
「……雪ノ下から聞いたんですか?」
つい一昨日の話なのにこの人は何で知ってるんだよ。
何でも知ってる羽川さんなの? 何でもは知らないよ、知ってる事だけ。
「んー、雪乃ちゃんは私にはそういう事言ってくれないかなー。今回は隼人から聞いたの」
葉山かよ。ていうかあいつも何で知ってんだよ。由比ヶ浜かな、由比ヶ浜だな。くそ、あの口の軽いおバカさんめ。
「まぁそれはいいです。で雪ノ下がそんな暴挙に及んだ経緯を聞きに来たんですか?」
「違うよ、それは大体予想出来るから。聞きたいのは、比企谷くんがこれからどうするかってこと」
大体予想出来るとな。この人は本当にどこまで把握しているのだろうか。
「どうするっても雪ノ下がいいと言うまで待つしかないでしょう。部長権限で停部にされた以上、俺が何をした所で素直に撤回してくれるような奴じゃないですし、あいつ」
「ふーん? じゃあ雪乃ちゃんが噂を止めてくれるまで見てるだけなんだ?」
「噂の事まで知ってるんですね」
「あ、うん。だって噂が流れるように仕向けたの私だし」
「………………は?」
今なんつったこの人。
「文化祭の時実行委員長やってた何とかちゃんに隼人から聞いた比企谷くんの色々な話をアレコレ吹き込んで、ついでにちょこっと思い出させてあげただけだよ」
思い出させたというのは文化祭の時の俺への不満や怒りの事だろうか。
文化祭とは逆の立ち位置で体育祭の実行委員長を務めあげた事で、多少の落とし所が見つかったと思ったが、時間と共に失われてしまったようだ。
やはり人間の本質というものは、少し大変な思いをしたぐらいでは変わらないらしい。
「何でそんなことしたんですか。今回は今までと違って周りに影響を与え過ぎじゃないですかね」
今までも雪ノ下さんがちょっかいをかけてくる事はあった。しかしそれはいつも雪ノ下に関しての事であり、雪ノ下の為の事だった。
だが今回はあまりにも無関係な人を巻き込んでいる。雪ノ下との関係が薄い相模を始めとして、クラス、学年、延いては学校全体をも巻き込んでいる。
「らしくないじゃないですか。相模を使って俺の噂流す事が雪ノ下の為になるとは思えないんですけどね」
相模を利用したのは単純に適役だっただけで、俺の噂を広める事が狙いだったはずだ。
だがそれは狙いであって目的ではない。
しかしその目的が想像出来ない。俺を貶める事で雪ノ下さん、いや雪ノ下に影響があるとは思えない。
「自分の悪い噂が広まったところで雪乃ちゃんには関係ないって思ってる顔だね。君は自分が雪乃ちゃんに与えてる影響をちゃんと理解した方がいいよ」
考えている事まで読まれてる! この人の底知れなさは底なしだ。本当に人間なのかしら…。妖怪
「雪乃ちゃんへの影響はちゃんとある。そしてそれが私の目的。一応比企谷くんには悪い事しちゃったかなって思ってるんだよ? だからこそこうやって種明かししに来たんだし」
「悪いと思ってる人の態度じゃないですね。俺はともかく、誰かの陰口を聞いて不快に思う奴だっているんです。種明かしと言うなら最後まで付き合ってもらいますよ」
「いいよ、何でも聞いて。あー、でもお姉さんの3サイズは秘密だゾ!」
「ハハハハ。……で、この先何をするつもりなんですか。まさか噂流して終わりじゃないでしょう?」
「ぶー、つまんないの。この先なんてないよ。雪乃ちゃんが動いた時点で私の目的は達成。動機は今の雪乃ちゃんを見てたらわかると思うけどなー。実際、隼人はすぐに気づいて問い詰めてきたし」
葉山の野郎、そんなことまでしていたのか。教室で葉山が言っていたのは、この人に色々と話してしまっていた事だったのだろう。
なるほど、噂の中心が相模であるにしては、クリスマスイベントやマラソンの事まで詳しく知りすぎていると思っていたが、そういうルーツか。
葉山にしても、普段グループで話している分、由比ヶ浜から奉仕部の話が出ることもあるだろう。
由比ヶ浜から葉山に、葉山から雪ノ下さんに、雪ノ下さんから相模に流れていたとすれば、奉仕部で俺がしてきた事など筒抜けになっていても不思議ではない。
「今の雪ノ下、ですか。まぁ由比ヶ浜のおかげで会った頃に比べれば大分角は取れたんじゃないですかね」
「ガハマちゃんの、ね。こりゃー重症だね。よし、これは次までの課題だね。質問タイムはおしまい! 雪乃ちゃんの変化に気付いてあげること。いい?」
言うが早いか、雪ノ下さんはそのまま店から出ていってしまった。
何でもって言ったのにもう終わり? まだひとつしか聞いてない……。
予定より大分遅くなったが、小町へのお土産を提げて帰路につきながら考える。
雪ノ下の変化。それは雪ノ下に限った話ではない。
俺も、由比ヶ浜や雪ノ下本人ですらかすかに抱いていたであろう違和感。
しかし今まで他人との馴れ合いを排除してきた俺はそういうものだと思っていたのだ。
雪ノ下の優しい微笑。由比ヶ浜の空元気。そして何よりそんな違和感を感じながらも、居場所を失うのを恐れて受け入れようとする俺。
何かが間違っているとわかっている筈なのに、それでもまだ失いたくはなかったのだ。
だがそんな違和感を、きっと雪ノ下さんは見逃してはくれなかったのだろう。
お前が欲しいのはこんなこんなものなのか、と。
真犯人雪ノ下陽乃さん登場でした。
ようするに原作のバレンタインでの絡みを一月前倒しして、更に攻撃的になった感じです。
相模本人は前会ったことある人にたまたま会ったから世間話した程度にしか思っていません。なので大事になっても責任は全て相模で、陽乃は痛くも痒くもありません。
どういう話術を使えばそうなるのかとは思いますが、そこは陽乃さんクオリティということで。