少しキリが悪かったので分割した分、尺が短いです。
昼休み、いつものベストプレイスに行くと見知らぬ生徒たちが既に陣取っていた。
一年生らしき彼ら彼女らは俺がいつもここで昼飯を食べている事も知らないだろうし、別にわざと邪魔している訳でもないだろうからここは年上らしく場所を譲るとしよう。
せいぜいベストプレイスの居心地を味わうといいリア充共が。
さてそうなるとどこで昼飯を食べるか。
教室に戻って食べる選択肢はない。いつも昼休みにいない俺の机は、知らぬ誰かに占領されている恐れがある。
そうなると自然と行き先は限られてくる。
屋上か保健室かトイレだ。だが保健室は養護教諭が居れば飲食は禁止されるだろうし、トイレでのぼっち飯は中学のトラウマを思い出すので最後の最後の選択肢だ。
となると屋上か。この時期なら寒くて他の生徒もほとんどいないだろう。
「うぅー、さ、寒ぃ!」
他の生徒が使わないくらい寒いという事は、当然俺にとっても寒い。
流石にこの寒さの中で昼飯を食べるような訓練されたぼっちが俺以外にはいないだろうと周りを見渡す。
いた……!
長い髪を自作のシュシュでポニーテールに纏め、キツめなつり目に泣きぼくろ。
その名は……なんだっけ? 川…崎大志の姉の川崎沙希だ。大丈夫、忘れてない。
向こうも俺が来たことに気づいてこちらに近寄ってくる。しかしあいつこの寒さの中あの格好で大丈夫なのか?
流石にブレザーこそ着ているが、シャツの襟首のボタンは外され、スカートの下もストッキングなどを履いていないので生足が眩しい。
「あんたもここに来たんだ」
ぶっきらぼうにそう言うが、ドアを挟んだ反対側の壁に腰掛けたあたり、歓迎されていない訳ではなさそうだ。
てっきり、「ここはあたしの縄張りだから出てけやゴラァ」とか言われるかと思った。
「ああ、いつもの場所が占領されてたんでな。お前はいつもここで食べてんのか?」
話しながら俺は購買で買ってきたパンを開ける。川崎は弁当派のようで可愛らしい柄の弁当箱をつついている。
「寒くなってきてからは教室で食べてたんだけどね。今は変な噂とか聞こえてきて気分悪いから」
「……ご迷惑をお掛けします」
こんなところにまで噂の弊害が発生しているとは。
「別に。悪いのは知りもしないのに噂に乗せられて騒いでる奴らだからね。あんたが気にする事じゃないよ」
そっけなく言うが、その顔には噂している奴らに対してのイラつきが感じられた。
「で、どうすんの? あんたが何とかしてくれんでしょ?」
その台詞からは俺なら何とか出来るという信頼、ではなく、どうにかしてカタを付けろと命令されているようだった。
「ああ、まぁどうにかするわ。まだどう動くか考えてねぇけどな」
噂を広めているその中心に相模がいるのはほぼ間違いない。だが決定的な証拠がない以上、正面から問い詰めてもしらばっくれるのがわかりきっているし、いくつか腑に落ちない点もある。
考えている内に食べていたパンが消滅していた。
いや自分で食べただけなのだが、いつのまにか食べ終わっていたので物凄く物足りない。
もう一つ買ってこようか、でももう残ってないだろうなと考えていたら横から鋭い視線を感じた。
川崎は何か言いたそうに目を細めてこちらを睨みつけている。なんだろう、仲間にして欲しいのかな? そんなわけないか。
しばらくそうしていたが、ふぅ、とため息を一つすると、手に持っていたタッパーを持ったまま近づいてきた。
「あんた、そんなパン一つじゃ足りないでしょ。朝昼はちゃんと栄養取らないと頭も回んないよ」
そう言ってタッパーをこちらに突きつけてくる。え? 何コレ?
川崎とタッパーを交互に見て困惑していると焦れた様に声を荒げる。
「だからっ、あげるって言ってんの。あんたがちゃんと解決してくんないとあたしも落ち着いて教室で食べてらんないし。……別に、他の意味とか、……ないから」
勢いに飲まれて受け取ってしまった。後半ボソボソと何か言っていたが、難聴系主人公である俺にはよく聞こえなかった。え? なんだって?
受け取ったタッパーの中身を見る。見たところ鶏肉のようだが、周りに黒い物が混ぜて焼いてある。
川崎の事だから由比ヶ浜みたいな事にはならないだろうと思って一口齧ってみる。
「うめぇな、コレ。この黒いのはひじきか?」
「うん、ひじきの煮物作ったんだけど、それだけだと家の子たちは喜ばないから。鶏肉のミンチに混ぜてつくねにして焼くだけで大喜びで食べてくれるようになってね。その……自信作なんだ」
少し顔を赤らめてそう言う川崎の表情には、弟妹たちへの愛情が見て取れた。
「これ、川崎が自分で作ってんのか。お前マジで料理上手いよな。和食作らせたら雪ノ下とも張りあえるんじゃないか?」
「どうだろうね。家族に喜んで欲しくて作ってるだけだから、どっちが上手とか興味ないよ」
相変わらず家族想いな奴だ。しかしホントうめぇなコレ。
「あー、ちょうどパンだけじゃ足りなかったんだ。サンキュな、川崎」
素直に川崎に礼を言ったら、マジマジとこっちを見た後にフイッと顔を逸らされた。
「別に、クリスマスの時にけーちゃ……京華の面倒見てくれてたでしょ。その礼もあるから」
京華……ああ、川崎の妹か。クリスマスイベントの時、一色について近所の保育園に行った時に会って、やたらと懐かれていた覚えがある。
「ああ、けーちゃんな。礼を言われるような事はしてねぇよ。暇してたところだったからちょっと話してたら、なんか懐かれちまっただけだよ」
「それでもだよ。け……けーちゃんは家だと元気だけど、保育園だと少し人見知りするみたいで大人しくなっちゃうんだよ。だから外で初対面のあんたと楽しそうに話してるの見て嬉しかったんだ」
そう言う川崎はもはや姉というより母親のように見える。実際両親共働きで世話の殆どを任されているらしいから、その愛情もひとしおだろう。
そう言えば川崎は件のけーちゃんからなんと呼ばれていただろうか。……ああ思い出した。
「じゃあどういたしまして、だな。”さーちゃん”」
一瞬で瞬間湯沸かし器のように顔を沸騰させながらこちらを睨みつけてくる川崎。
「っ殴るよ⁉︎」
「冗談だから拳を掲げたままにじり寄ってこないで! 殴られたら八幡死んじゃう!」
川崎はしばらく掲げた拳を振り下ろそうか迷っていたが、俺のあまりのヘタレっぷりに怒りが冷めたのか、食べ終わって空になったタッパーを持って戻っていった。
「まぁいいよ、その代わり教室のウザい奴らはあんたがちゃんとケリ付けときなよ、”はーちゃん”」
「っっっっっ⁉︎」
思わず振り返ったが、そこには耳まで赤くして屋上から出て行く川崎の横顔しか見えなかった。
完全にしてやられたが、川崎の悪戯に成功した子供のような横顔は、まぁ、なんだ……年相応に可愛らしく見えた。
という訳でサキサキ回でした。
相模について思い出す為に6.5巻読んでたらサキサキのテンションが上がってしまったのでちょっと甘々になり過ぎた気がします。
アニメ版しか見てないけどこの子イイね、と思った方は文化祭の辺りから読むと良いです。