いやー、さすがいろはす。書いててキャラが勝手に動いてくれます。
逆に書きにくかったのは結衣です。
考えた事が顔に出るようなアホの子ってむしろ何考えてるのかわからなくてホント難しい。
登校中、さて具体的にどう動こうかと考えては見たものの、これが全く思い浮かばなかったので、教室の机に伏せる。
雪ノ下が頑なな対応を変えない限りは奉仕部に行っても昨日同様進展はないだろう。
とは言っても奉仕部以外で俺に何か出来ることなどあるのだろうか。
何をするにも即座に方針を示し、発生するであろう問題点を先に明示する雪ノ下。
いざ行動すれば、その交友関係の広さと人当たりの良さで周りまで巻き込み、集団行動でのいざこざの緩衝材の役割も果たす由比ヶ浜。
結局の所、俺は一人では何も出来やしないのだ。
散々ぼっちだのなんだのと言っておいて、いざ一人になった途端に問題に対して手をこまねいている。
やはり俺にとって奉仕部というのは思いの外重要な居場所になっていたらしい。
「あ、八幡! おはよう」
その瞬間、先程まで考えていた事は全て消滅した。
苦悩渦巻く世界に君臨せしエンジェル・戸塚。戸塚の顔見ただけで悩みが吹っ飛ぶとかあれだな、やっぱり戸塚がいれば世界に戦争なんてなくなるんじゃないだろうか。
「おお……。おはよう、戸塚。突然だが苗字を比企谷に変える気はないか?」
「え? ど、どういうこと?八幡」
「いや、いい。忘れてくれ。ちょっと考え事してたから変なこと言っちまった」
つい気が動転して口走った台詞にキョトンと首を傾げる戸塚。マジちょーか〜わ〜い〜い〜!
と、話しているうちにふと周りを見渡すと何か違和感があった。
普段ならこんなやりとりをしていた所で、誰も俺の事など気にも留めないのだが、今日に限ってチラチラと、微妙な視線を感じる。
いや、思い返せば今日だけではなかった。ここ最近少しずつ視線を感じる事が増えていたかもしれない。
由比ヶ浜はまだ教室に来ていないようだが、葉山や海老名さんまで戸部や三浦と話しながらもこちらを気にしているのが見て取れた。
この視線には覚えがある。確かあれは文化祭直後の時期だったはずだ。
文化祭実行委員長である相模に暴言を吐いたとして、校内一の嫌われ者のレッテルを貼られていたあの時期。
噂が落ち着くまで、今のように周囲の刺すような視線と、少数の同情の視線に晒されていたのではなかったか。
「八幡? 八幡ってば! ……大丈夫?」
戸塚に呼びかけられまたしても我に帰る。いかんな、また思考の沼に嵌っていたようだ。
「ああ、大丈夫だ、戸塚。ありがとうな気にしてくれてたんだな」
多分、今声を掛けてきたのも周りの空気を感じとっての事だろう。
「ううん、大丈夫ならいいんだ。八幡も何か困った事があったら遠慮なく言ってね。僕で助けになるかわからないけど、力にはなるから!」
そう言って眩しい笑顔を向けてくる戸塚。
俺はこの笑顔を守る為に生まれてきたのかも知れない。
授業も終わり、いつもなら奉仕部に向かう時間。今日の所はとりあえず帰るかとカバンの準備をしていると、背後からコソッと声がかかった。
「ヒッキー、ゆきのんに奉仕部来ちゃダメって言われたんだよね? これからどうするの?」
周りを気にして耳元に囁く由比ヶ浜。近い、近いから!
「どうもこうもねぇだろ。理由は知らんが雪ノ下には拒絶されちまったんだ。帰っていいなら喜んで帰るぞ、俺は」
「あはは、ヒッキーはヒッキーだね。理由はヒッキーには言えないんだけど、あたしとゆきのんでなんとかするからもう少しだけ我慢して欲しいの」
「ああ、問題無いぞ。家には俺の帰りを待ってる小町がいるからな。むしろこうしている間にも帰りたいまである」
「やっぱりシスコンだ⁉︎ ヒッキーのバーカ!」
言うなり由比ヶ浜は教室を出て行った。これから奉仕部へ向かうのだろう。
………………俺も帰るか。
戸塚のエンジェルパワーで暗い考えこそ払拭出来たが、相変わらず具体的には考えがまとまらない。
とりあえず小町に相談しよう、そうしよう。
「あ、せんぱーい。いい所で会いましたね」
その瞬間、俺は普段の数倍もの反射神経でこの場からの撤退を試みた。
風を切り、音速を超え、光に迫るスピードで廊下を駆け抜けて昇降口へ……行こうとしたのだが、既に制服の裾を掴む悪魔の腕によって阻止されてしまった。
「ちょちょ、先輩そんな急ぐとこけちゃうじゃないですか! 廊下は走っちゃいけませんよ?」
「……出たな、妖怪アザトースめ」
「何ですか、それ? こんなに可愛い女の子に向かって妖怪って酷くないですかね」
プンプンとわざとらしく怒ってみせる我らが生徒会長である一色。相変わらずあざとい。
「だってお前、いい所でとか言ってたじゃん。また仕事押し付ける気満々だろ」
「さっすが先輩、話が早くて助かります。実はマラソン大会のせいで他の雑務が滞ってたので、先輩に手伝って頂こうかな、と」
「ヤダよ、それこそ生徒会の仕事だろ。何かしろのイベントで手が回らないとかならともかく」
あれ? ともかくって言っちゃった?
これって逆に言えばイベントなら手伝うって言ってるようなもんじゃね?
そーっと一色の顔を伺うと悪い事を考えているのが一目でわかるいい笑顔を浮かべていた。
「言質とりましたからね! 次のイベントではよろしくお願いしまーす。まぁそれはそれとして、今回も副会長達に投げだ……任せてたら仕事が溜まっていっちゃったんですよー。奉仕部が暇だったらでいいので手伝ってくれませんか?」
得意の上目遣いでお願いしてるところ悪いが、副会長達に投げ出したって言い掛けてたの聞こえてたからね?
さも他の生徒会役員が不甲斐なくて仕事が溜まったみたいに言ってるけど、多分それ本来一色がやらないといけない分だからね?
「奉仕部は今雪ノ下に停部にされたからな。大人しく家に帰るところなんだよ」
「停部? 先輩がですか? ……何しでかしたんですか?」
「なんで皆俺がなんかやったと決めつけんの? これが絶対悪ってやつなの?」
「まぁいいです。奉仕部に行かないなら暇でしょうし、尚更手伝ってもらいます」
「いや、今からアレだから。家で小町と戯れる予定だから」
「小町? あー、先輩の妹のお米でしたっけ? まぁまぁいいじゃないですか。可愛い後輩の頼み事を聞いてくれても」
「なんだよ妹のお米って、マイシスターは米じゃねえよ。っておい引っ張るな!」
で、結局生徒会室に連れてこられた訳だが……。
「なんで他の役員がいないの? お前実は生徒会でもハブにされてんの?」
生徒会室には誰も居らず、仕事を始めても一向に誰か来る気配もない。
「生徒会でもって何ですか! 確かに一部の女子に嫌われたりはしてますが、基本的には皆と良好な関係を築いてますよ。あと少なくとも先輩には言われたくないです」
「まぁお前最近は前よりあざとくないっつーか会長職だってしっかりやってるし、嫌われるキャラって感じではなくなってきたかもな」
最初会った頃は女子に嫌われる典型のような性格してたもんな、コイツ。
「な、なんですかそれ最近株が急上昇してるからって口説いてましたか調子に乗らないでくださいまだまだ好感度が足りないのでもっと仲良くなってからにして下さいごめんなさい」
「また振られ記録更新しちゃったよ。何なの? 振った回数のギネスでも狙ってんの?」
「せ、先輩が悪いんですよ。大体生徒会長だって先輩がやれって言ったんじゃないですかー。だから先輩が責任を取って手伝うのは当然なんです!」
それを言われると弱い。確かに元々やりたくなかった生徒会長職を、葉山を餌に無理矢理生徒会長にしてしまったのは俺だ。
「いや、それこそ葉山に手伝って貰えよ、今回は重い案件でも重労働でもないだろ」
「葉山先輩にはサッカー部があるじゃないですかー。ただでさえ生徒会の仕事を言い訳にサッカー部のマネージャーをお休みさせて貰ってるのに、これ以上迷惑かけられないじゃないですか」
なるほど、確かに一理ある。マネージャー仕事を無理言って休ませて貰ってるのに、その上生徒会仕事を手伝ってくれなんて言われても、普通なら頼られてる、とか思う前にめんどくさいなコイツ、となってしまうかも知れない。
「まぁ葉山の件はわかった。なら他の役員がいないのはなんでだ? 仕事を放り出して帰った訳じゃないだろ?」
「先輩じゃないんだからそんな事しませんよ……。他の役員の皆さんはマラソン大会からこっち働きづめだったのでお休みをあげました。なので今日はわたしと先輩の二人きりですよ?」
いつも通りのあざとい仕草も最近可愛く見えてきて困る! おかしいな、あざとかわいいは小町の専売特許だったはずなんだが。
「あーはいはい、いいから手を動かせ。お前さっきから全然進んでないだろ。そのペースだと外暗くなるぞ」
「いいですよ、外暗くなってたら先輩に送ってもらいますから。アフターケアまでちゃんとお願いしますね、先輩」
やれやれ、更に面倒を押し付けられてしまった。こうなった暗くなる前に仕事を終わらせるしかあるまい。
「ところで、先輩。先輩が奉仕部を停部になった理由なら一応心当たりありますよ」
仕事を進めるペースを上げようとした矢先、手の動きがピタリと止まる。
「……何か知ってるのか?」
「知ってるというか多分、て感じですけどねー。雪ノ下先輩にも確認しなきゃですけど、間違いないと思いますよ」
ワザと名言を避ける言い回しをする一色。コイツも言う気はないのか。
「心当たりの内容は話せないのか?」
「んー、そーですねー。今回は先輩は大人しくしておいた方がいいと思いますよ? 下手に先輩が動く方がややこしくなるかも知れないです」
「そうか。それだけ聞ければ充分だ。ほれ、こっちの分は終わったぞ。後は一色の分が終われば終了だ」
「え、もう終わったんですか⁉︎ ちょっ、ちょっと待って下さい。えーとこれはこっちで……」
ワタワタと慌てる一色にハァと諦めのため息を吐く。
「ほれ、残り半分貸せ。本当に暗くなっちまうぞ」
これは、奉仕部についての情報と助言をくれた礼だ。だから仕事を手伝うのは当然の対価だ。
残っている分といってももうそんなに大した量ではない。残りの書類の下から半分を持ってくると一色の動きが止まっていた。
「あ、ありがとうございます。結局殆ど手伝ってもらっちゃって」
「いいから手を動かせ、手を。さっさと終わらせるぞ」
そこからは特に会話もなく黙々と仕事をしていた為、なんとか暗くなるよりは前に終わらせる事ができた。
「あーなんとか終わりましたねー。おかげさまで一人で帰れそうです」
「おー良かったな。こっちもやる事が見えてきたから助かったわ」
「? なんの話ですか?」
「いや、こっちの話だ、気にすんな」
そう、一色の助言のお陰で大体見えてきた。
俺に浴びせられる視線、俺には言えないと言っていた由比ヶ浜や一色。
自意識過剰でなければ今回は俺の事が問題になっているのではないか。
であれば、まずは俺を奉仕部から遠ざけようとした雪ノ下の行動にも納得出来る。
校門で一色を見送った後、俺はとある番号に電話をかけた。
「もしもし、材木座か? 俺だ、少し頼みたい事がある」
というわけでいろはす登場回でした。
序盤の戸塚との会話なんて、私は別に戸塚推しでは無いんですが、八幡の思考をトレースしようと試みた結果ああなりました。
ちょろっと出てきて終わりにするつもりが思ったより長引いたので、いろはす登場まで保つか一瞬不安になりましたね。
でもいろはす登場した瞬間にその不安は消し飛んだので良かったです。明日から連休明けるので更新は少し遅れるかもです。