とある中佐の悪あがき   作:銀峰

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その名を

 

 

「出ろ」

 

白髪の男が、鉄格子の向こうから声をかけた。結構な高齢の男で、こめかみを中心に深い皺を刻み、服にはしっかりと糊がかかり、軍服を着こなしていた。その男が顎をさすりながら、こちらを見下ろしていた。背後には銃を背負った男たちがおもちゃの兵隊のように行儀良く並んでいた。

 

「……誰ですか貴方は。彼女は今眠っています。これ以上」

 

まだ幼さが残る少女が、疲れ果て寝てしまったクーディを庇うように抱きしめる。瞳は虚に男を眺めていたが、その瞳の奥には強い拒絶の意思が感じられた。

 

「君たちには今から私と共に来てもらおう」

 

「……何ですって?」

 

「地球圏の秩序を守る為に協力して貰おうか」

 

壮年の男は、自分こそが正義だと受け取れる言葉だったが、少女にとっては得体の知れない不気味さを感じた。

 

「秩序?……戦争は終ったの!このようなことをする必要は」

 

()()()()()()()()()()

 

壮年の男はゾッ、と底冷えする様な音色で少女の言葉を遮った。

 

「弾かれたものの怨念はこの宇宙にへばり付いている。停戦後だというのに、盛んに抵抗を続ける者たちが居るのがその証左だ」

 

「……」

 

「軍事技術の発展が後の世の多くの命を救う。はて、誰の言葉だったか」

 

「……っ!」

 

壮年の男はむすっとへ、の字に結ばれた口を緩めると、何かを思い出すかのように空を眺めた。

 

「フラナガン機関で養成されたニュータイプ候補生。ジオンの執念……ジオン・ダイクンの言葉を都合の良いように組み替えた男達が、産み出したモルモット。それが君だ」

 

「そんな……事は……」

 

「軍の者に優しくされたから、勘違いでもしたかね。戦時中の僚友、確か……アシュレイ大尉と言ったか、素晴らしい考えだ。軍需技術は確かに様々な事を生み出した。旧世紀の核兵器に、ロボット技術、身近なもので言うとインスタントコーヒーだって戦争の賜物だ」

 

「軽々しくアシュレイ大尉を……あの人の名前を口にしないで!」

 

少女は吠える。それは戦争で、信頼できる人を失ったペッシェに取っては触れてはいけない領域だった。男はこたえたふうもなく、硬くヘに結んだ口元を少し緩めて、続けた。

 

「それら以上に並ぶ君は、ジオン、いや地球圏の宝だ。私と共に来い。()()()()()()()()()()()

 

「私は……」

 

その言葉が、最後まで紡がれる事はなかった。懐に抱いていた少女が目を覚まし、彼女の頬を撫でたからだった。渾身の力を振り絞ってだったのだろう、ペッシェを慈しむように撫でる手は、ずるずる、と滑り、数秒後には地に落ちてしまいそうだった。肺の中に残っている空気を絞り出すように、クーディは喘ぐように言葉を紡ぐ。

 

「……だめだよ。ペッシェ……さん」

 

「……あなた」

 

「私は……さっき触れた時にあなたの中の光を見た。とても優しくて、暖かい光。……それはっ……きっとあなたの芯。あなたの心。あなたの中の可能性。とても……安心した。そんな心を伝えられる人が……それが誰にも汚すされることは……っう。あぁ」

 

それは要領を得ない言葉の羅列だった。途切れ途切れに続く言葉は、それ以外の者が聞いたら何を言ってるんだと、一笑にふすことだろう。壮年の男は、忌々しい者を見る様な目で2人を見下ろし、伸びた自身の白髭を撫でた。

 

「抽象的だな。……理解に苦しむ。強化人間とはみなこうなのか」

 

「……黙りなさい」

 

「……何だと?」

 

男は、信じられないとでも言う様に、自身の眉を釣り上げる。ペッシェは、自身の頬から滑り落ちる手を優しく取り、男たちを睨みつける。

 

「私はあなたたちとは行きません。あなたの様に、嫌な感じのする人達とは」

 

「愚かな選択だ」

 

「そう感じるんです」

 

「分からんな。……連れて行け」

 

壮年の男性は、呆れた様に息を吐くと、背後にいた部下に命じる。背後にいた兵士たちは「了解」と、短く空気を吐き出す様に返事をすると、カツカツ、と少女達に近寄る。ペッシェは、クーディを抱き込む様に抱えながら後ずさる。

 

「何を…!どこに連れて行くつもりですか!」

 

「北米に、それ以上の事は()()()()()()()()()()()()

 

壮年の男は興味を失ったかの様に、少女達に背を向げ、歩を進めようとして__出来なかった。1発の銃声が狭い通路に響き、男が見えない力に弾き飛ばされたからだった。

 

「ジャミトフ閣下!」

 

「お守りしろ!盾になっても」

 

少女に手を伸ばそうとしていた男達は慌てふためき、慌てて壮年の男、ジャミトフと呼ばれた男に駆け寄り、庇うように囲みんだ。懐から拳銃を取り出して、音の方向に向ける。その男達に向かって、容赦ない殺意のこもった銃撃。連続した破裂音が鳴り響く。

 

「閣下をお連れしろ!急げ!」

 

兵隊達も素人では無かったが、火力が違いすぎた。数人の男たちが応射。したが、たまらず男達は身を翻した。ほうほうの体で、ずるずる、と壮年の男性を引きずっていった。部屋の中からは見えなくなる。兵隊が発砲。乱入者の音が聞こえなくなる。兵隊が発砲を止めると、あちらからの容赦ない射撃が、男たちを襲う。奇妙な戦闘のリズム。戦場の空気。1人、また1人兵隊達が倒れ__遂には0になった。

 

「……もしかして」

 

「……どうしたのクーディ」

 

ブーツがこまめに地を蹴る音が聞こえる。クーディがのろのろと音の元に手を伸ばした。その手は、失ったものを取り戻そうと足掻く様に、定まらぬまま、空を掻いた。

 

「そんな筈……だって、彼は」

 

乱入者の足跡はどんどん近づいていき、そして、乱入者は部屋の前に立ち止まった。黒髪の青年だった。青年は少女達を見て、安堵した様に息を漏らした。

 

「助けに来たぞ。ごめんな。遅くなって」

 

青年はクーディの前に膝を付き、宙を掻いていた彼女の手を握った。

 

「うん……うんっ。……本当に、ほんとに……遅いんだからユーさん」

 

「……ごめん」

 

「ううん…… 来てくれたから、それだけで良い__いや」

 

ユーセルがたはは、と頬を掻きながら目線を逸らす。クーディはその姿を見て、あることを思いついた。にっ、と震える口元を上げると続きを声に出した。()()はちょっとした悪戯心と、多大な勇気。

 

 

「……やっぱりやだ。許して上げない」

 

握っていた手が、きつく締められる。どれほどそうしていたのだろうか、彼女は腕の力を弱めると、死刑囚のざんげのような告白を口にした。

 

「……もう子供扱いしないで、遠ざけたりしないで。一番怖いのはあなたといられなくなる事だから」

 

それは、どれほどの勇気を振り絞って言った言葉なんだろう。わかる事はできないし、容易に分かったなど言えないだろう。

 

「……それは、んっ」

 

ユーセルが苦しげな表情で告げようとした言葉は、最後まで紡がれる事は無かった。クーディが握っていた手を離し、彼の唇を塞いだからだった。

 

「今は、いい……後でね。私、いっぱい話したい事があるんだ」

 

「分かった。俺からも話したい事があるんだ。今まで言ってこなかった事」

 

「本当?聞きたいな。ユーさんの事」

 

ユーセルはクーディの手を掴み、2人の視線が絡み合う。静寂の時間が流れる。そして__

 

「こほん」

 

もう1人の少女の声で中断された。

 

 

 

 

 

 

「こほん」

 

赤みががった栗色の髪の少女が口に手を当てて、わざとらしい程の咳をした。見つめ合っていた2人はびくん、と頬を朱にそめる。

 

「えーと、そのごめんなさい。でもえーとその……いけないって言うか、やってる場合じゃ無いと言いますか……」

 

真っ赤な顔で、目線を2人からそらしながらおずおず、と申し訳なさそうな表情で声をかけられた。

 

「あーそうだった。そうだった。早く脱出しないとな」

 

「……それでも手は離さないですね」

 

少女がぽつり、と言った言葉はユーセルの耳には届かなかった。

 

「悪い。聞こえなかった。もう一度__」

 

「い、いえ。何でもありません。初めまして、ペッシェ・モンターニュです」

 

「初めまして、ユーセル・ヅヴァイです。ジオンの軍人で、階級は中佐。後は」

 

「大丈夫です。()()()()()()。彼女から……教えてもらいましたから」

 

そう言って少女、ペッシェはクーディの方をチラリ、とみて微笑んだ。

 

「話してないと思うけど……あっ」

 

ペッシェの言葉を受けてクーディは、何か気づいたように口をパクパク、とさせ、頭から湯気が出るんじゃ無いかと心配するほどに顔を赤くした。何を話したんだろうか?悪口とか、言ってないといいが……

 

「まぁ、いいや。取り敢えずここから出よう」

 

「はい」

 

「……うん」

 

具合の悪そうなクーディを背負い、部屋から出て通路を駆け抜ける。ペッシェが、ユーセルに疑問をたずねた。

 

「そう言ってもどこに行くんです?」

 

「そういえば言ってなかったな。今から……伏せろ!」

 

「えっ?」

 

驚くペッシェの手を引いて、誘導する。

 

「いたぞ!こっちだ!」

 

駆けつけた連邦軍の兵士達が、通路奥から現れ容赦なく発砲する。3人は身を翻し、近くの曲がり角の壁を盾にする。通路の電球が弾け飛び、壁に無数の穴を開ける。削れた壁の破片があたりに弾けとんだ。

 

「これからどうする気ですか!?」

 

「後で話す!」

 

ペッシェが怒鳴り、疑問をぶつける。怒っているわけでは無いのだろう、そうしないと銃撃の音でまともに聞こえないのだ。壁からライフルだけを出し、弾倉の球を全て吐き出した。

 

「かはっ」

 

知らない男の悲鳴が聞こえた。ユーセルは懐から弾倉を取り出し、滑らかな動作でレバーを前後させた。

 

「悪いクーディ。ちょっと荒くなる」

 

「だ、大丈夫」

 

クーディをおんぶして、空いている手でライフルを構えると、ユーセルたちは出口へと走った。運良く、先程の兵士の他には人影は見当たらなかった。しばらく走ると、3人は建物の外に飛び出した。

 

「しめた!こっちだ」

 

「は、はい。きゃっ」

 

ライフルを首にかけ、ペッシェの手を引き、近くに止めてあったバギーに走った。

 

「乗って!」

 

2人を後部座席にのせ、エンジンをかける。すぐに発進。駆けつけて着た兵士たちが後ろから発砲を続ける。だがその頃には3人を乗せたバギーは基地の北に向けて、猛スピードで疾走していた。

 

「脱出って言っても何か策でもあるんですか!?もしかして1人で来たんですか!?」

 

「まさか!仲間が居る!それもとびきりの夢を見せてくれる奴がな!」

 

ペッシェと2人で、向かい風に負けない声で叫ぶ。

 

「夢!?なんの事ですか!」

 

 

「連邦にとっての悪夢さ!聞いたことないか、ソロモンの悪夢。アナベル・ガトーの名を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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