テニスウェアに着替えた優美子と千尋は、テニス部の部室裏から出てきた。
「よーっす、お待たせ〜」
千尋は元気良く挨拶した。遅れて後ろから優美子が現れる。
「……つか、当たり前のように女子枠お前になってるけど、テニスできんの?」
「んー、まぁ少しだけ?」
「お前それでよく自分からやるって言い出したな」
「うるさいなー。そもそもそう言う八幡はどうなのさ」
「体育でやったくらいだな。それと人と打ち合ったのは一回だ」
「八幡のが酷いじゃん……。よしっ、接戦で負けよう!」
「負けちゃうのかよ……」
八幡が呆れ気味に言った。で、試合開始。試合はお互いにテニスのルールがイマイチ分かってないので、ただの点取り合戦のような、バレーボール的なルールだ。で、優美子からサーブを打った。
スパシィィンッッと鋭い音を立てて、ラケットがボールを叩き付ける。
「「うおっ」」
2人とも反応できなかった。思ったより強い球が飛んで来たからだ。
「……おいおい、マジかよ」
「知らないの?優美子、中学の時に県選抜出てるんだよ?」
後ろから結衣がそう言った。「そういうことは早く言え」と2人が思ったのは言うまでもない。
「どしたー?もしかして反応できなかったん?もっとレベル落としてあげようか?」
挑発するように優美子は言うと、2球目をダムッダムッと地面に着きながら上にヒョイっと放った。
「怪我しないように、ねッ!」
2球目を放つ優美子。だが、それに千尋は追い付き、打ち返した。
「ッ!」
まさか打ち返されるとは思ってなかった優美子も葉山も反応が遅れ、1点取り返した。
「おおー!すごいちーちゃん!」
感動的な声を結衣が上げた。
「……実は、私もテニス得意だったりするんだよね」
「千尋ッ……!」
好戦的に微笑む千尋と、それをまた挑戦的にほくそ笑む優美子。
(この表現の差はなんなんだろうな……。やっぱり人間性の差なんだろうか)
八幡がそんな事を思ってると、ヒョイっと千尋の方からボールが飛んできた。
「サーブ」
「お、俺がやんの?」
「よろしこ」
「S級ランク3位のジジイかよ」
そうツッコミながら、八幡はボールを持ってサーブの準備をした。
「っ」
ボールを打った。そこそこ良い球が飛んだのだが、イケメン王子とテニスのお姫様どころか女王相手には絶好球だった。
「っらぁ!」
優美子が打ち返す。
千尋が打ち返す。
葉山が打ち返す。
千尋が打ち返す。
葉山が打ち返す。
千尋が……打ち返す。
優美子が打ち返す。
千尋が…………打ち返す。
優美子が…打ち返す。
千尋が………打ち返、す。
葉山が打ち返す。
八幡が……と見せかけて千尋が打ち返す。
優美子が打ち返す。
千尋が打ち損ねる。
「ってお前も打てよッ‼︎」
流石に八幡にキレた。
「こっちにボール来ないんだから仕方ないだろ。完全にお前狙われてんぞ」
「私だって……ギリギリ、なんだから……やめて欲しいね……」
息を切らしながら言う千尋。
「つーかお前テニス上手いのな」
「あーまぁね。中学の時とか、友達欲しくて1人でよく色んなスポーツ練習してたし……」
「…………」
理由がとても悲しかった。
まぁ、そんな一幕もあったりしたが、試合は続いた。千尋が意外と上手いことを知った葉山三浦ペアは、八幡に狙いを切り替えたが、八幡も八幡でそこそこ出来るため、ほとんど正面からの殴り合いになった。だが、善戦はしているものの負けている。
それを見て、結衣は校舎の方に走った。
「なぁ、あの子結構上手くね?」
「てか可愛くね?」
「それな。必死にボール追いかけてる所がなんかエロイ」
「お前それどこのボールだよwww」
なんて声が聞こえて来るたびに顔を赤くしながらも打ち返す千尋だった。
「どうするの八幡……。このままじゃいいとこ五分だよ」
「そう言われても、打つ手なんてねーよ。このままじゃマジで負けるぞ」
「負けたら、ここ渡すんだよね。冷静になって考えたんだけど、明日以降も、とかあるのかな」
「分からん。それこそ向こうの女王様次第だろ」
「女王って……いやなんとなくわかるけど。とにかく、こうなったらなるべく時間稼ぎしよう。授業終わりまで引きずればなんとかなるっしょ」
「その場合はその時の点数で勝敗決められちまうんじゃねぇの」
「なら、そこまで取り返すしかないよ。まだ点差は2点しかないんだし」
「本気かお前」
「本気だよ」
ニコッと微笑む千尋。すると、向こうから球が飛んで来た。それを千尋は打ち返す。そのまま、またラリーが続いた。
「ッ‼︎」
息を吐きながら八幡が打った。それが上手い具合にコートの端に落ちた。
「おお!八幡ナイス!」
千尋がそれを見て八幡にハイタッチを求めた。
「お、おう……」
かろうじて応じる八幡。そして、八幡のサーブになった。最初のサーブよりはマシな球を放ち、それを葉山が打ち返した。さらに、千尋が返す。さらに優美子が返した。その球はネットに当たり、うまい具合に千尋達のコートへ落ちた。
「っ!」
(これ以上、点差を離させるワケには……‼︎)
そう心の中で唱えると、千尋は前のボールに飛び込んだ。
「ふぬをっ‼︎」
変な叫び声とともにボールにダイブし、なんとか打ち返した。
「って、早川。大丈夫か?」
慌てて八幡は千尋の元へ駆け寄った。ちなみに打球は見事に向こうのコートの中に収まった。
「う、うん……なんとか、ね」
「って、足グロいことになってんぞ」
「このくらい平気だよ」
千尋は言いながら立ち上がろうとするが、「いてっ」とすぐに座り込んだ。
「全然平気じゃねーだろうが。もういいから休めよ」
「そうよ。休みなさい」
後ろから声がした。振り返ると、ジャージに着替えた雪乃と制服の結衣が立っていた。雪乃は片手に救急箱を抱えていた。
「あ、お前、何処行ってたの?てかさっきまで制服じゃなかった?」
「これを取りに行っていたのよ。それと、由比ヶ浜さんに大体の事情を聞いてお願いされたからよ」
「てことは何、テニスやんの?」
「早川さんと組むと思っていたのだけれど、その状態じゃできなさそうだし、非常に不本意だからあなたと組んであげるわ」
言うと、雪乃は千尋に手を差し伸べた。
「大丈夫?傷の手当は自分で出来る?」
「うん、平気。でもこれ、戸塚くんのためのものじゃ……」
「別に一人分しか用意していないわけではないわ」
ありがたく手を取る千尋。で、立たせてもらうと、結衣が大袈裟に声を出した。
「って、ちーちゃんどうしたの⁉︎うわっ、グロ!」
「結衣、もう少し声と胸のボリューム抑えて」
「胸も⁉︎って、ヒッキー何処見てんのよヘンタイ!」
「いや何処も見てないんだが」
結衣に肩を貸してもらいながらコートの外へ出た。で、雪乃は落ちてる千尋のラケットを拾い上げる。そこに優美子が声を掛けた。
「雪ノ下サン?だっけ?悪いけどあーし、手加減とかできないから。オジョウサマなんでしょ?怪我したくなかったらやめといたほうがいいと思うけど?」
「私は手加減してあげるから安心してもらっていいわ。その安いプライドを粉々にしてあげる」
その様子を見ながら、八幡はこれほど心強い味方はいないと、割と本気でそう思った。