次の日の昼休みは、千尋は優美子達とご飯を食べていた。八幡に「まだ関わり始めて数日なのに長期間一緒にいなくなるのはマズイ」というアドバイスで。
さらにその翌日の昼休み、いよいよラケットを持っての練習となった。
「よーっす、お待たせ〜」
千尋が少し遅れてテニスコートに来た。
「あら、今日は三浦さん達と一緒でなくていいの?」
「いやー私も奉仕部の一員だしさー、任せっきりは悪い気もするしね」
雪乃に聞かれてサラッと答える千尋。
「で、何するの?」
「私が基本的に指揮を取るから、あなたはお手伝いよ」
とのことで、雪乃と結衣と戸塚は練習開始。ボールを左右に振って投げ、それを戸塚が打ち返すという練習なのだが、結衣と雪乃で人数は足りてるため、八幡と材木座と千尋は暇そうにしていた。
八幡は蟻の観察、材木座は必殺ショットの研究、千尋は1人で壁打ちしていた。壁に石で傷を付けて、そこに向かって何回当てられるか。当てた数だけ自分に何かご褒美とか考えながら。
「……トランザムッ‼︎」
そう小声で叫ぶと、小声で叫ぶってなんだ?まぁいいや、小声で叫ぶと、強く打ち始めた。強く打った球が壁に当たり、強く跳ね返った。
「俺が、ガンダムだッ!」
フルパワーで打ち返す。当然、強く返ってくる。おデコに直撃、「うおっ!」と可愛げのない悲鳴とともに後ろに倒れた。
「親父ぃーーっ‼︎」
八幡の悲鳴も響いた。どうやら、蟻さんがボールによって掻き消されたようだ。
「ふむ、土煙を巻き起こして相手を幻惑し、その隙に玉を叩き込む。……どうやら、魔球が完成してしまったようだな。豊穣なる幻の大地『岩砂閃波』が!」
材木座の奇声も響いた。
「ちょっとー、あんたら静かにしててよー」
「お前が言うな」
八幡がもっともな返しをした。
「つか、八幡何してんの?」
「蟻の観察、もうその影すらないけどな」
「………『八幡』?」
コートにボールを投げていた結衣がピクッと反応した。
「由比ヶ浜さん、あの辺は放っておいていいから続けてくれるかしら?」
「う、うん」
その声に気付かなかったのか、八幡と千尋はそのままガンダムの議論を続けた。すると、ドサァッ!と音が響いた。
「だ、大丈夫さいちゃん⁉︎」
どうやら、戸塚が転んでしまったようだ。慌てて結衣が駆け寄るも、戸塚は笑顔で言った。
「大丈夫だから、続けて」
「まだ、やるつもりなの?」
それを聞いた雪乃が顔を顰めた。
「うん……、みんな付き合ってくれるから、もう少し頑張りたい」
「……そ。じゃあ、由比ヶ浜さん。あとは頼むわね」
そう言うと、雪乃は校舎の方へ向かった。
「な、なんか怒らせるようなこと、言っちゃった、かな?」
「いや、あいつはいつもあんなもんだ。むしろ、愚かだの低脳だの言ってないぶん、機嫌がいい可能性だってある」
「それ言われてるの八幡だけでしょ」
「ねぇ、それ。いつから下の名前で呼ぶようになったの?」
結衣が八幡と千尋に聞いた。
「え?一昨日くらいかな?」
「ああ。一緒に帰ってる時に急に早川が言い出したんだよ」
「うん。何となくね。でも八幡は中々『ちーちゃん』って呼んでくれないんだよねー」
「呼ばねっつってんだろ」
「………むー」
「それよか、早く練習続けようぜ」
八幡に言われて、結衣は仕方なさそうに続けようとした。その時だ。
「あ、テニスしてんじゃん、テニス!」
声の方には、三浦、葉山、海老名さん、戸部、大岡、大和といういつものメンバーが揃っていた。
「あ、結衣達だったんだ……」
海老名さんが小声でそう漏らした。結衣は困ったように一歩引く。
「おーい、優美子ー!」
が、千尋にはまるで不安がないのか、元気よく手を挙げた。
「あ、千尋ー。あんた何してんの?」
「部活の一貫で戸塚くんのテニスの練習に付き合ってるんだ。お昼一緒じゃなくてゴメンねー」
「別に気にしてないし」
その会話を見ながら、八幡は「スゲェな」と感心する。あの炎の女王にまったく恐れることなく接することが出来る人材はそういない。
「でさぁ、千尋。あーし達テニスしたいんだけど」
「あーどうなんだろ。ちょっと待ってて」
で、千尋は戸塚に聞いた。
「ねっ、優美子達もここ使っても平気?」
「うーん……そ、その、今までお願いしてて、この前ようやくOKが出たところだから……あまり部外者が多いと、遊んでるって思われちゃうから……」
「うーん……無理ってこと?」
「うん……」
すると、千尋はその事を優美子に説明した。が、当然顔をしかめた。
「はぁ?意味わかんないんだけど」
「だから、私や結衣達は……なんていうか、手伝ってるだけというか……」
正直、さっきの説明で分かってもらえないとなると、千尋としてはお手上げだった。どうしたもんかと考えてると、隣の葉山が声を掛けた。
「じゃあ、テニスで決めないか。部外者同士で試合して、勝ったほうが戸塚の練習に付き合う。戸塚も強い奴と練習したほうが強くなるだろ?」
完璧理論を叩きつけられて千尋は後ろを見た。八幡、材木座は目を逸らし、結衣は苦笑いし、戸塚はオロオロしていた。こいつら使えねー……と、思いつつ千尋は「それでいいよ」と答えた。
×××
葉山が試合をするということで、お前ら宗教かよってレベルでギャラリーが集まった。
「HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!」
という歓声の中、千尋は4人の元へ引き返し、説明した。
「と、いうことになってしまいました」
「ね。ヒッキー、どうすんの?」
「どうするも何も……」
「向こうは葉山くんが出て来ると思うから、男子同士の方がいいよね。てなわけで、八幡よろしく」
サラッと千尋はなすりつけた。
「おい待て。なんで俺だ。おい材木座、テニスの経験は?」
「任せておけ。全巻読破したし、ミュージカルまで見に行ったクチだ。庭球には1日の長がある」
「お前に聞いた俺がバカだった。あと、テニス言い換えたんならミュージカルも直せよ」
「では、八幡が出るほかあるまい。……おい、ミュージカルは日本語でなんというのだ?」
「そうだよな……」
はぁーよかった……と、千尋は内心ホッとしてると、ラケットを担いだ三浦がこっちに声をかけた。
「ねぇ、早くしてくんない?」
「あれ?優美子がやるの?」
千尋が汗を流しながら言った。
「はぁ?当たり前だし。あーしがテニスやりたいっつったんだけど」
「だってよ早川。お前に任せた」
仕返しのつもりで、サラッと八幡は千尋に擦りつけた。が、
「あ、じゃ、男女混合ダブルスにすればいんじゃん?うそやだあーし頭いんだけど」
と、いう優美子の声で、八幡も汗をかいた。どうやら、お互いになすりつけあった2人が組むことになりそうだ。と、千尋が思ってると、八幡が千尋とさっきから黙ってた結衣に言った。
「お前らは無理してこっちにいる必要ないんだぞ。俺と違って居場所があるんだから、そっちを守ればいい」
結衣はそれを聞いて俯いた。が、千尋はすぐにあっけらかんと返す。
「はぁ?別に無理なんてしてないよ。私もこう見えてテニスは苦手じゃないし」
「……ヤル気なのか?三浦、お前のことめっちゃガン見してんぞ」
「大丈夫だよ、このくらいで優美子は人のこと嫌いにならないって。それに、」
そこで千尋は八幡に耳打ちした。
「……葉山くんとテニス出来るって時点で、ある意味優美子の目的は達成されてるようなもんじゃん」
「お、おう……」
少し顔を赤くする八幡。女性と顔が近くなったのは初めての経験だったから、少し耐性がなかったようだ。
「千尋。あんたそっちに付くってことは、あーしとやるってことになるんだけど、そゆことでいいわけ?」
「そっちに付くとかじゃないよ。私は、どっちも大事にしたいだけだから。それは、結衣も同じだと思うよ」
微塵のテレもなく、微笑みながら言うと、結衣は驚いたように千尋の方に顔を上げ、優美子は目をパチパチさせると、「そう」と短く答えて目を逸らした。
「………お前すげーな」
「? なんで?」
八幡に感心されたが、千尋はキョトンと首を傾げた。