翌日の昼休み。テニスコートにて、全員集まった。あとなぜか材木座もいる。
「えっと……戸塚くん、だよね?」
千尋が戸塚に声をかけた。
「う、うん」
「私、奉仕部の早川千尋。昨日は挨拶できなかったから、よろしくね」
「うん。戸塚彩加です」
と、挨拶した。それを見ながら雪乃は言った。
「では、始めましょうか」
「よ、宜しくお願いします」
それに、戸塚が礼儀正しく一礼する。
「まず、戸塚くんに致命的に足りていない筋力を上げましょう。上腕二頭筋、三角筋、大胸筋、腹筋、腹斜筋、背筋、大腿筋、これらを総合的に鍛えるために腕立て伏せ……とりあえず死ぬ一歩手前までやってみて」
「うわぁ、ゆきのん頭良さげ……え、死ぬ一歩手前?」
聞き捨てならない台詞に結衣が引っ掛かりを覚えた。
「ええ。筋肉は痛めつけた分だけそれを修復しようとするのだけれど、その修復の際に、以前よりも強く筋繊維が結びつく、これを超回復というの。つまり、死ぬ直前までやれば一気にパワーアップ、というわけよ」
「んな、サイヤ人じゃねぇんだからよ……」
「まぁ、すぐに筋肉がつくわけではないけれど、基礎代謝を上げるためにもトレーニングをしておく意味はあるわ」
「基礎代謝?」
「簡単に言うと、運動に適した身体にしていくということね。基礎代謝が上がるとカロリーを消費しやすくなるの。端的に言ってエネルギー変換効率が上がるのよ」
「カロリーを消費し易く……つまり、痩せる?」
「そうね。呼吸や消化のときにもカロリーをより消費するようになるから、生きているだけで痩せていくことになるわね」
それを聞いて結衣の目がキラキラと輝いた。
「ちーちゃん!一緒にやろ?」
「私はいいよ。……これ以上痩せたら、胸無くなるし……」
最後の方はボソッと誰にも聞こえないように言った。で、戸塚の隣に結衣も並んで腕立て伏せを始めた。
「んっ……くっ、ふぅ、はぁ」
「うぅ、くっ……んあっ、はぁはぁ、んんっ!」
押し殺した吐息が漏れてくる。辛そうな表情に、薄く汗をかき、頬は疲れで赤くなっている。そして、何より襟元から眩しい肌色がチラつく。
それを八幡と材木座はチラッと見ていた。
「八幡、なぜだろうな……。我は今、とても穏やかな気分だ……」
「奇遇だな。俺も同じ気持ちだ」
ニヤニヤしてる2人の後ろに千尋は立って言った。
「………あんたらも運動してその欲望に一直線の思考を正したら?」
「へぶっ⁉︎……ふ、ふむ。訓練を欠かさぬのは戦士の心得。どおれ、我もやるとするか!」
「だ、だな。運動不足は怖いもんな、糖尿のか痛風とか、あーあと肝硬変とかなっ!」
ガバッと土下座でもするのかという勢いで腕立て伏せを始めた。すると、雪乃はわざわざ八幡の前に立った。
「こうして見ると斬新な土下座に見えなくもないわね」
「……雪乃、流石にそれはちょっとアレだよ」
千尋が盛大に引いていた。結局、その昼休みは丸々腕立て伏せで終わってしまった。
「ふぅ…疲れたぁ……。今日でどれくらい落ちたかなぁ……」
お前、さっきの説明本当に聞いてたの?と、言われてもおかしくない結衣の台詞を流しつつ、千尋はタオルを水で濡らして戸塚の所に持って来た。
「はいっ、戸塚くん。お疲れ様」
「あ、ありがと」
「雪乃は厳しいかもしれないけど、ちゃんと戸塚くんのことを思ってやってくれてるから、頑張ろうね」
「うん」
戸塚の笑顔が眩しい。それに千尋は思わず顔を赤くした。
(………ほ、本当に男の子なのか……?)
×××
放課後。
「じゃあまたね」
「ええ」
「おう」
「ばいばーい」
奉仕部も終わり、八幡と千尋は一緒に帰宅。ここ最近、部活のある日は毎日一緒に帰っている。まぁ、一切会話しない時もあるが。
「クッソ……こりゃ明日筋肉痛だな」
「大丈夫?自転車私が押そうか?」
「そのくらい平気だ。というか漕ぐくらいは問題ない」
「ならいいけど……」
「……なぁ、早川」
「あん?」
「なんで一緒に帰ってんの?」
「……家が隣同士で、帰るタイミングも同じだから?」
「や、それは分かるんだけど……。周りの人に見られていいのか?」
「いいよ別に」
「風評被害とか気にしないのか?」
「友達いないし気にする必要ないよ。優実子とかは家別の方みたいだし」
「お、おう……」
「比企谷が迷惑だって言うなら、別々に帰るけど」
「いや、迷惑じゃない」
少し八幡は戸惑った。つい癖で相手の言葉の裏を読みたくなるのだが、結衣と千尋は変な字幕が出ない。
(本当に俺のこと友達だと思ってくれてると思っていいのだろうか)
少しだけ八幡は悩んでいた。
「別に線引きなんて考える必要ないよ」
その考えを見透かしたように千尋に言われ、八幡は少しうろたえた。
「同い年で同じ学校で同じ部活なんだから、さ」
微笑む千尋。その時、八幡は「ああ、なるほど」と千尋が虐められていた理由がなんとなく分かった。
要は、クラス内カーストなど気にしない女なのだ。誰が相手だろうと、全員等しく対応する。だから、自分が上だと思っている連中からすればよく思われなくて、虐めの標的になる。
「……なぁ、もしかして、」
「んー、なんか変なこと言っちゃったね」
八幡は聞いてみようと思ったが、千尋はノビをしながらその言葉を遮った。
「……なんか言った?」
「いや、なんでもない」
「そう?あ、それよりさ、平塚先生にいつも殴られてる比企谷のって、君でいいのかな?」
「……なんで知ってんのお前。つか何その聞き方」
「いやー前に聞いたことあるんだよね。だけどもしかしたら同じ苗字の人がいるかもしれないし、だから聞いてみた」
「あの人は何を言ってくれてんだよ……」
「私もよくアイアンクロー喰らってるからねぇ〜」
「……お前もかよ」
「平塚先生に年齢のこと言ったら怒るんだもん」
「オイ、あんま言ってやるなよ。気にしてるんだから」
「分かってるよー。てか比企谷に言われたないし」
「そうかもな」
「ねぇ、」
「ん?」
「八幡って呼んでいい?」
「…………は?」
何言ってんだこいつ、みたいな顔をする八幡。
「やーだってさ。小町ちゃんもいるじゃん?比企谷って呼ぶと二人とも振り向いちゃいそうで……」
「まぁ、構わんが……」
「私のことも千尋かちーちゃんでいいよ」
「早川でいいだろ」
「じょーだんだよ。っと、もう家着いた。またね、八幡」
「ああ。またな」
2人は別れた。