そんなわけで、ゲーセン『ムー大』に到着。千尋は自分以外の人間とゲーセンに行くなんて初めての経験なので、若干ワクワクしていた。
「わぁ、すごいね……」
戸塚がキラキラしている店内を見回して言った。
「八幡はいつも何やってるの?」
「俺は……クイズか上海だ」
「ちーちゃんは?」
「ちーちゃん……ふへへ……はっ、わ、私は格電撃クライマックスなんたらとマリカーとクレーンゲームとマキブ……はたまにしかやらないなぁ。最近はガチ勢多いし」
「ふぅーん……じゃあ、マリカーでもやろっか?」
「ああ、いいんじゃないか」
そんなわけで、三人でマリカーコーナーへ向かった。マリカーは格ゲーコーナーを一度突破しなければならない。いかにも格ゲーの強そうな連中がほぼ無表情で手元を高速で動かしながら、キャラを動かしている中で、一際大きな体を持った男が見えた。
真夏近いのにコートに指抜きグローブ、言わずもがなの剣豪将軍様だ。
「あの、八幡……あれって材も」
「別人だ」
戸塚の台詞を遮る八幡。
「そうかなぁ……材」
「ヘックチ!」
「ど、どうしたの、ちーちゃん?風邪?」
「ううん、平気だよ」
頭の中で、「加藤茶のくしゃみの練習をしておいてよかった……」と心底思いながらなんとか取り繕った。
「それよりちーちゃん。あれって材木座くんだと思わない?」
「「…………」」
無理だった。すると案の定、材木座は大げさに辺りを見回す。
「ふむん、我を呼ぶ声がする……。ななななんとっ!八幡ではないか!」
それを聞いて、八幡も千尋も額に手を当てた。
「ほら、材木座くんでしょ?」
得意げに胸を貼る戸塚に、2人も「そうじゃないんだよ…」と心の中でツッコんだ。
「まさかこんなところで会うとはな。サウザンド・ウィッヘポモッ⁉︎」
直後、千尋が掌底を突き上げるような勢いで材木座の口を塞いだ。
「……戸塚の前でその名を呼ぶな」
「……ふぉ、ふぉへんふぁふぁい」
謝られたので手を離す。離すと、材木座はそそくさと八幡の後ろに回り込んだ。
「は、八幡……やはり女は怖いな」
「お前今素だろ」
「して八幡よ。何か用でもあったのか?」
「や、適当に遊びに来ただけだ」
「なぬ⁉︎待て。それは戸塚氏も一緒にか」
くわっと目を見開いて、戸塚を見る。すると戸塚はビクッとして千尋の後ろに回り込み、千尋は千尋で戸塚の前に出て指をコキコキと鳴らした。
「う、うん……」
「ほほう、しばし待て」
ニヤリと背筋も凍る笑みを浮かべると、さっきまで一緒にいたメンバー達の元へ向かい、何か話しをする。そして、すぐに戻ってきた。
「さて、では参ろうか」
「いや、まったく誘ってないんだが……」
気が付けば一緒に行動することになっていた。
「なぁ、材木座、さっきのあれ、友達か?」
「否、あるかな勢だ」
「いや、あの人の通り名とか聞いてねぇから……」
「もふ?通り名ではないぞ。きゃつの通り名はアッシュ・THE・ハウンドドッグだ」
「だせぇ……」
「『鉄剣』で相手をフルボッコにした挙げ句、キレられて台パン・台キック・灰皿ソニックを喰らったのだが、その灰皿を見事にキャッチして余計に反感を買い、ボコボコにされたところから来ている。ムー大では古参だ。本名は知らん。みんなアッシュさんと呼ぶからな」
「あ、そう……」
八幡はどうでも良さそうな顔をしながらふと、千尋を見た。明らかに真顔だ。どうやら、完全に材木座シカト態勢に入ったようだ。
「じゃあ、あるかな勢って何?」
戸塚が聞いた。その話まだ続けるの?と千尋は思ったが、それに構わず材木座は説明を続けた。
「まぁ、同じゲームをやっている連中ということだな。タイトルにも使うし、地域にも使う。用例としては『あるかな勢の中でもとりわけ千葉勢はゴミ』といった感じだ」
「ふーん、で、友達なのか?」
「否、あるかな勢だ」
「だからそれ友達ってことじゃねぇのかよ……」
「キャッチボールの出来ない人だな……」
千尋が小声で毒付いた。
「む、どうだろうな。会えば話もするし、メッセでもやりとりはある。一緒に県外遠征に行ったりもするが……。だが本名も知らぬし、何をやっている人かも知らんぞ。ゲームやアニメの話しかせんからな。格ゲー仲間というのがしっくりくるな」
「格ゲー仲間か……、わかりやすくていいな。そういうの」
「であろう。つまり、我と八幡も体育ペア勢ということになる」
「え、そうなんの?」
「じゃあ、僕も八幡と体育でペア組んだから体育ペア勢だね」
「え、そ、そうなんの……?」
ショックの受け方と意味が全然違った。
「ちーちゃんは……」
続けて笑顔で戸塚は千尋の方を見たが、そこから先の言葉が出ない。体育は男女別だし、別のクラスだし、一緒になることはなかった。
「……ごめん」
謝ってしまう戸塚だった。だが、意外にも千尋は笑顔で答えた。
「大丈夫だよ。代わりに戸塚くんがお嫁に来ればいいから」
「ええっ⁉︎僕がお嫁に行くの⁉︎」
「早川、戸塚はお前にはやらん」
「八幡、そういう問題なの⁉︎」
珍しく戸塚がツッコんでいた。すると、千尋が思い出したように言った。
「そういえば、最近材木座くんはラノベ持ってきてないけど、どうしたのあれ?」
千尋はまったく成長していないものの、頭の中で勝手に編集者をやるのが楽しかった。
「ああ。あれ、やめた」
「「…………はっ?」」
あっさりと言われ、千尋だけではなく八幡まで声を出した。
「なんでまた急に……」
「むぅ、やはりラノベ作家は自由業だからな。保障もなにもないし何年も続けられるとも限らぬ。何より、書かねば金が入ってこないのは大変であろう。その点、ゲーム会社なら会社にいるだけで給料が入ってくるからな!」
「お前、気持ちのいいくらいクズだな」
「かっ!八幡には言われたくないがな」
「どっちもクズだよ」
千尋が割と本気で呆れたように言った。
「それより八幡、お主ここへ遊びに来たのだろう。ここは我のホーム故、案内してやろう。何かやりたいものはあるか?」
「あ、僕、プリクラ撮ってみたい」
隣で戸塚がプリクラコーナーを指して言った。
「八幡、プリクラ撮らない?」
「なんでだよ……。だいたい、これ女子・カップルゾーンって書いてあんじゃん」
「大丈夫だよ。ちーちゃんもいるし」
戸塚が隣の早川を見て言った。
「まぁ、確かに、な」
「じゃ、決まりだね」
にっこりと微笑みながらプリクラの方へ向かった。で、4人は機械の中へ。
「うはぁー。私、友達とプリクラとか憧れてたけど初めてだなー」
「えっそうなん?」
「え、そうじゃないと思ったの?」
「………悪い」
なんて悲しいトークをしてる間に、戸塚がプリクラを操作した。
「うん、これでいいみたい」
「お、お?なに、始まんの?これどうすりゃいうおっ!まぶしっ!」
いきなりフラッシュが焚かれた。
「うわぁ!目が、目がぁ〜‼︎」
1人でムスカごっこをやる千尋をほっといて機械は『もういっかいいくよ〜』とゆらゆらした声で写真を撮り始める。そのままバルスを数回放った後、ようやく終わって落書きも終えた。
「肌、白いね……」
「補正スゲェなこれ……」
「うむ。というか、キラキラしてる八幡がおぞましいな……これだけキラキラしてるのに目だけが濁っているとは……」
「むしろ周りがキラキラしてるから目が目立つんじゃない?」
ひどい言いようだった。で、気がつけば時間は大分経っていた。
「あ、もうこんな時間だ。そろそろ……」
「ああ、スクールか」
「頑張ってね。未元物質や心理定規さんと仲良くね」
「じゃあ、ぼくそろそろ行くね」
そのまま戸塚は走り去った。その背中を見ながら千尋は呟いた。
「……嫁にほしい」
「お前は行く方だし、お前にはやらん」
「ふむん、八幡のものでもないがな」
ダメ三人組が呟いた。