私の青春ラブコメも間違っている   作:アリオス@反撃

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葉山の悩みとチェーンメール

 

「こんな時間に悪い。ちょっとお願いがあってさ」

 

葉山はそうにこやかに言うと、ごく自然に「ここいいかな?」と椅子を引いて、エナメルを横に置いて座った。

 

「おーっす、葉山くん!」

 

「やぁ、千尋」

 

「どしたの?こんな時間に」

 

「奉仕部ってここでいいんだよね?平塚先生に悩みを相談するならここだって言われてきたんだけど」

 

「うん。ここだよー」

 

「結衣もみんなも、この後に予定があるからまた改めるけど、大丈夫か?」

 

「や、やー。そんな全然気を遣わなくても。隼人くん、サッカー部の次の部長だもんね。遅くなってもしょうがないよ」

 

結衣が微笑みながら言った。

 

「材木座くんもごめんな」

 

なんと、材木座にまで声をかけた。

 

「ぬっ⁉︎ふ、ふぐっ!あ、いやぼくは別にいいんで、あの、もう帰るし……」

 

そう言うと、そそくさと部室から出て行った。

 

「それと、ヒキタニくんも。遅くなっちゃってごめん」

 

「…………いや、別にいいんだけどよ」

 

「へっ?」

 

千尋が思わず声を上げた。

 

「………ヒキタニって……あれ、ヒキタニって読むの⁉︎ごめん、今まで!」

 

「いや違うから……」

 

「あれっ、ヒキタニじゃないの?」

 

そこでようやく千尋は自分のミスに気付いた。

 

「あの、ほんとごめん……」

 

「そうやって謝るな。それが一番辛いことをお前はよく知ってるはずだ」

 

その通りだった。なんとなく空気が重くなるが、それをまったくモノともせずに雪乃が言った。

 

「それで、何かご用?葉山隼人くん」

 

「ああ、それなんだけどさ」

 

葉山は言いながら携帯を取り出す。そして、その画面を雪乃に見せた。それを横から覗き込む千尋。

 

『戸部は稲毛のカラーギャングの仲間でゲーセンで西高狩りをしていた』

『大和は三股掛けてる最低の屑野郎』

『大岡は練習試合で相手校のエースを潰すためにラフプレーをした』

 

結衣の所にも来ていたみたいで、結衣は八幡に見せた。

 

「この前の……」

 

「チェーンメール、ね」

 

「懐かしいなぁ、私の所に『早川千尋はヤリマンビッチ』なんてメールが来た時は笑いが止まらなかったわー」

 

「……………」

 

全員が黙って顔を伏せた。葉山がなんとか取り繕い、言った。

 

「これが出回ってからクラスの雰囲気も良くなくてさ、それに友達のこと悪く言われれば腹も立つし。止めたいんだよね。こういうのってやっぱりあんまり気持ちがいいものでもないしさ」

 

そう言ってから、さらに明るく付け足した。

 

「あ、でも犯人を探したいわけじゃないんだ。丸く収めたいんだ。頼めるかな」

 

「つまり、事態の収拾を図ればいいのね?」

 

「うん、まぁそういうこと」

 

「なるほど、では犯人を探すしかないわね」

 

「うん。よろし……えっ⁉︎なんでそうなるの?」

 

思わず聞き返す葉山。

 

「チェーンメール……。あれは人の尊厳を踏みにじる最低の行為よ。自分の名前も顔も出さず、ただ傷つけるためだけに誹謗中傷の限りを尽くす。悪意を拡散させるのが悪意とは限らないのがまた性質が悪いのよ。好奇心や時には善意で、悪意を周囲に拡大し続ける……。止めるならその大元を根絶やしにしないと効果がないわ。ソースは私」

 

「お前の実体験かよ……」

 

八幡が呆れたように声を漏らした。

 

「まったく、人を貶める内容を撒き散らして何が楽しいのかしら。それで佐川さんや下田さんにメリットがあったとは思わないのだけれど」

 

「犯人特定済みなんだ……」

 

結衣も引き攣った笑みで言った。

 

「とにかく、そんな最低なことをする人間は確実に滅ぼすべきだわ。目には目を、歯には歯を、敵意には敵意をもって返すのが私の流儀」

 

「あ、今日世界史でやった!マグナ・カルタだよね!」

 

「ハムラビ法典よ」

 

さらりと切り返すと葉山に向き直った。

 

「私は犯人を捜すわ。一言いうだけでぱったり止むと思う。その後どうするかはあなたの裁量に任せる。それで構わないかしら?」

 

「……ああ、それでいいよ」

 

観念したように葉山が言った。雪乃も大変だったんだなぁ……と、千尋はしみじみと思った。

で、早速、詳しい話を聞くことになった。

 

「メールが送られたのはいつからかしら?」

 

「先週末からだよ。なぁ、結衣?」

 

葉山の問いに結衣は頷いた。

 

「先週末から突然始まったわけね。クラスで何かあったの?」

 

「特に、無かったと思うけどな」

 

「うん……いつも通りだったね」

 

葉山と結衣が言った。

 

「一応聞くけど、早川さんは?」

 

「えっ?そ、そう言われても……」

 

「三浦さん達とご飯を食べてたのでしょう?」

 

「特に何も無かったと思うけどなー」

 

「あなたは?」

 

「聞く順番おかしくない?」

 

そこを注意しておいて、八幡は考えた。

 

「昨日はあれだ、職場見学のグループ分けするって話があった」

 

「うわ、それだ」

 

「「え?そんなことでか?」

 

結衣のセリフに、八幡と葉山の台詞が重なった。すると、葉山はわざわざ八幡に向き直って、ニカッと笑って「ハモったな」と言った。「お、おう」と返すしかない八幡。

 

「いやーこういうイベントのグループ分けはその後の関係性に関わるからね。ナイーブになる人も、いるんだよ」

 

なるほど……と、千尋は顎に手を当てて考えた。

 

「仮にそれが合ってるとしたら、犯人ってその三人のウチの誰かって事になるね」

 

「えっ⁉︎な、なんでそうなるの?」

 

「だって、悪く言ったのって自分を職場見学のグループからあぶれさせない為に仕組んだんでしょう?」

 

「で、でもさ、三人を悪く言う内容なんだぜ?三人は違うんじゃないか?」

 

「はっ、バカかお前は。どんだけめでたい奴なんだよ、正月か。そんなの自分に疑いが掛からないようにするために決まってるだろうが。ま、俺なら誰かあえて1人を悪く言わないで、そいつに罪をなすりつけるけどな」

 

八幡がドヤ顔で言った。

 

「ヒッキーすこぶる最低だ……」

 

「知能犯と呼べ」

 

八幡が胸を張る横で、葉山は悔しそうに下唇を噛んだ。

 

「ま、まぁ葉山くん。まだ三人が犯人と決まったわけじゃないから。偶然、職場見学と時期が被ったってだけかもしれないし……」

 

「けれど、他の手がかりがない以上はその線から探すしかないわ」

 

そう言うと雪乃は葉山を見た。

 

「それでは、その三人のことを教えてもらえるかしら?」

 

「わかった。戸部は、そうだな。俺と同じサッカー部だ。金髪で見た目は悪そうに見えるけど、一番ノリのいいムードメーカーだな。文化祭とか体育祭でも積極的に動いてくれる。いい奴だよ」

 

「騒ぐだけしか能がないお調子者、ということね」

 

「……………」

 

「どうしたの?続けて」

 

「……大和はラグビー部。冷静で人の話をよく聞いてくれる。ゆったりしたマイペースさとその静かさが人を安心させてくれるっていうのかな。寡黙で慎重なんだ。いい奴だよ」

 

「反応が鈍い上に優柔不断……と」

 

「……………」

 

葉山は何も言わなかった。が、なんとか次の紹介もする。

 

「大岡は野球部だ。人懐っこくていつも誰かの味方をしてくれる気のいい性格だ。上下関係にも気を配って礼儀正しいし、いい奴だよ」

 

「人の顔色を窺う風見鶏、ね」

 

「…………………」

 

気付けば結衣も八幡も千尋も引いていた。

 

「……誰が犯人でもおかしくないわね」

 

お前が一番犯人っぽいわ、という言葉を八幡と千尋はなんとか口に出さずに呑み込んだ。

 

 


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