夜。八幡はベッドの中に入った。明日も学校なので、寝ようとしたからだ。だが、ヴーッと携帯が震えた。
「! 早川か」
ちーちゃん『ホラー映画見て眠れなくなった』23:18
「いや知らねーよ……」
そう思ったので、そのまんま返した。
比企谷『いや知らねーよ』23:19
ちーちゃん『眠れるまで相手して』23:19
比企谷『なんで俺なんだよ』23:19
ちーちゃん『結衣も雪乃も寝てるっぽい』23:19
比企谷『ざけんな。俺もこれから寝るんだよ』23:19
ちーちゃん『ええー……けちんぼ』23:20
比企谷『あざとい』23:20
ちーちゃん『あざとい?』23:20
比企谷『なんでもない。おやすみ』23:30
チーちゃん『あーそうですかわかりましたよー。今からメチャクチャLINE送り付けて嫌でも眠れなくしてやる』23:30
八幡は通知をオフにして寝た。
×××
翌日の放課後。奉仕部室。
「ふむん……。闇の時間が、始まるか……」
部室の真ん中で材木座は1人呟いた。
「封印を、外すときが来たようだな……」
そうは言うものの、奉仕部メンバーは反応しない。完全に黙殺して読書を続ける雪乃、「え、えっと……」と戸惑う結衣、少女漫画を読む八幡、机の上で気持ちよさそうにいびきをかいてる千尋。
八幡は仕方なさそうにため息をついた。
「何か用か?材木座」
「ああ、いやすまんな。つい良いフレーズが出てきてしまったものだから、その五感とリズムを確かめるために無意識に口に出していたようだ。ふっ、やはり我は骨の髄まで作家というのかな……。寝ても覚めても小説のことを考えてしまう。作家とは因果なものだ……」
うへぇ、と嫌そうな顔をする結衣と八幡。すると、髪を払いながら雪乃が顔を上げた。
「作家って何かを作り出す人だと思っていたけれど……。何か作ったのかしら?」
「んがっぐぐっ!」
こうかはバツグンだ。って感じで、材木座は大きく体を仰け反らせた。
「……ほむん、そう言っていられるのも今のうちだけだ……。我はついに手にしたのだよ。エル・ドラドへの道をな!」
「なんだよ。受賞でもしたのか」
「いや、それはまだだ。だが、完成すればそれも時間の問題だろうな!聞いて驚け、此度の職場見学で出版社へと赴くことにしたのだ!つまり、コネクションを得たということだ!」
「おい、幸せ回路すぎるだろ、その頭……。お前それ、不良の先輩が知り合いにいることを自慢する中学2年生以下のレベルだぞ」
八幡に指摘されるも、材木座は何やらぶつぶつと「スタジオは……キャスティングは……」などと呟いている。その聴覚情報を八幡は遮断して少女漫画に目を落とした。
「む〜……うるさぁい……」
すると、千尋がお目覚めのようだ。材木座の演技のかかった奇声に目が覚めてしまったようだ。
「おはよう、ちーちゃん」
「んっ……」
「早川さん、この部室は仮眠室ではないのよ」
「だってしょーがないじゃん……。ホラー映画のせいで昨日の夜眠れなかったんだもん……」
眠たげに目をこする千尋。
「そういえば、ちーちゃんは職場見学どうするの?」
「どうって……平塚先生の家だけど?」
「や、それはもうないから」
手を胸前で振る結衣。
「……あんまり言いたくないんだよね」
「へ?なんで?」
「あまり者同士組まされたからさ……」
遠い目をする千尋。それを見て八幡は察した。
「………あー」
「も、もしかして、前に苛めてきた人達と同じになっちゃったの?」
結衣が恐る恐る聞いた。が、千尋は首を横に振る。
「職場見学の日は剣豪将軍とデートだよ……」
「…………」
結衣どころか雪乃までもが気の毒そうな顔をした。当の本人である材木座は未だに声優云々とブツブツ言ってる。
「じ、じゃあヒッキーは⁉︎」
「自宅」
「や、だからないってば」
「んー、まぁ同じグループの奴が行きたいとこ行くんじゃねぇか」
「なんなん、その人任せ感」
「いや、昔からそうなんだが、余り者で入れられちゃうから発言権ねぇんだよ」
「なーるほ、あ、ああー。や、ごめん」
さらに空気は重くなった。
「では由比ヶ浜さんは?もう決めたの?」
雪乃が聞いた。
「うん。一番近いところへ行く」
「発想が比企谷くんレベルね……」
「おい、一緒にすんな。俺は崇高なる信念のもとに自宅を希望したんだぞ。っつーか、お前はどこ行くんだよ。警察?裁判所?それとも監獄?」
「はずれ。あなたが私をどう思っているのかよくわかったわ」
「真面目な所、検察官とかじゃない?ほら、久利生検事と性格は正反対だけど目指してるものは同じ、みたいな」
「興味ないことはないけど違うわ。シンクタンクか、研究開発職かしら。これから選ぶわ」
すると、結衣が千尋の袖を引っ張った。
「どしたの?」
聞くと、千尋の耳元に結衣は近付いた。
「しんくたんくって何?タンクの会社?」
「私も詳しくは知らないけど、何かしらの専門家とかが集まって調査とか研究する政策研究機関、だったと思うよ?」
「せ、せーさく……?」
「早川さん、その説明では由比ヶ浜さんでは理解出来ないわ」
「なんか馬鹿にされてない⁉︎」
結衣が悲痛な声を上げるが、それを無視して雪乃はシンクタンクの説明を始める。
八幡は時計を見た。そろそろ部活は終わりの時間だ。千尋も同じことを考えてたようで、時計を見た後八幡に言った。
「ねぇ、そういえばこの前美味しいラーメン屋さん見つけたんだけど、行かない?」
「やっ、この後用事あるから」
誘われたら断る、それが八幡の流儀だ。すると、千尋は携帯を取り出し、ついついッと操作する。そして、耳にスマホを当てた。
「もしもし小町ちゃん?私、千尋。この後さ、八幡って予定ある?……ない?というかあるわけない?分かった、ありがと。じゃね」
ピッ、と電話を切った。
「だってよ?」
「小町ちゃん……なんで言っちゃうの?」
思わず口に出してツッコむ八幡をよそに、千尋はマイペースに言った。
「と、いうわけでラーメン屋行こっか?」
「ま、待った!」
そこに口を挟む結衣。
「あ、あたしも、行ってみたい、かも……」
「うん。いいよ。雪乃は?」
「私は遠慮しておくわ。ラーメンはあまり食べたことがないし」
「えーゆきのんも行こうよー」
などと、話が段々と広がっていう中、八幡はどうしようかため息をつく。その時だ。コンコンとノックの音が聞こえた。
「こんな時間に……」
雪乃は思わず小声でボヤいたものの、「どうぞ」と言った。爽やかな笑みとともに入って来たのは、葉山隼人だった。