部室。八幡は小町に借りた少女漫画を読み、雪乃は小説、結衣は携帯、千尋もスマホ。ただダラダラしていた。すると、八幡の携帯がヴーッと震えた。LINE通知が来ていた。千尋からだ。
『白猫 激闘☆9 ブレイクスルー』
心の中で「了解」と呟くと、それに参加する。そんなことをやってると、結衣の方から「うわっ」と嫌そうな声が聞こえた。
「どうしたの?」
雪乃が声を掛けた。
「ううん。ちょっと嫌なメールが来て……」
「比企谷くん。裁判沙汰になりたくなかったら、今後そういう卑猥なメールを送るのはやめなさい」
「俺じゃねぇよ……。証拠はどこにあんだよ。証拠出せ証拠」
「うわっ……、犯人っぽい台詞。って、ホーネット。八幡任せた」
「そうね。その言葉がほとんど証拠と言っていいわね。『証拠はどこにあるんだ』『大した推理だ、君は小説家にでもなった方がいいんじゃないか』『殺人鬼と同じ部屋になんていられるか』」
「最後、むしろ被害者の台詞だろ……」
「そうだったかしら?」
指摘されて、読んでいた本をパラパラとめくる雪乃。
「いやー。ヒッキーは犯人じゃないと思うよ?」
結衣が言うと、「証拠は?」とでも言わんばかりに雪乃が聞いた。
「んー、なんちゅうかさ、内容がうちのクラスのことなんだよね。だからヒッキーは犯人じゃないと思うよ」
「いや俺も同じクラスなんだけど……」
「なるほど。では、犯人は比企谷くんではないわね」
「証拠能力認めちゃったしよ……」
げんなりする八幡。
「……ま、こういうの時々あるしさ。あんまり気にしないようにする」
言うと、結衣は携帯をしまい、んーっと後ろに伸びをする。
「……暇」
「することがないのなら勉強でもしていたら?中間試験まであまり時間もないことだし」
雪乃が言うと、結衣は少し不満そうな顔を浮かべた。
「勉強とか、意味なくない?社会に出たら使わないし……」
「出た!バカの常套句!」
あまりの予想通りの返しに、八幡は思わず声に出してしまった。
「勉強なんて意味ないってば!高校生活短いし、そういうのにかけてる時間もったいないじゃん!人生って一度きりしかないんだよ?」
「だから失敗できないんだけどな」
「超マイナス思考だ!」
「リスクヘッジと呼べ」
「あなたの場合、高校生活全部失敗してるじゃない……」
「流石に将来専業主夫とかいうのはねぇ……」
「早川、お嫁さんのお前に言われたくない。あと失敗なんてしてねぇ。ちょっと人と違うだけだ。個性だ!みんな違ってみんないいんだ!」
「そ、そう!個性!勉強が苦手なのも個性‼︎」
2人揃ってバカの常套句を聞いて、雪乃も千尋もため息をついた。
「由比ヶ浜さん。あなた、さっき勉強なんて意味ないって言っていたけれど、そんなことはないわ。むしろ自分で意味を見出すのが勉強というものよ。それこそ人それぞれ勉強する理由は違うでしょうけれど、だからと言ってそれが勉強を否定することにはならないわ」
「そうだよ。将来、どんな職業についてもまず基盤となるのは勉強なんだから。逆にどんな職業に就きたいかも、勉強で決まることだってあるんだしさ」
「その結果がお嫁さんなんだよなぁ……お前の場合」
八幡に痛いところを突っ込まれ、ジト目で睨む千尋。
「ゆきのんは頭からいいけどさ……。あたし、勉強に向いてないし……周り、誰もやってないし……」
すると、雪乃の目がキュッと細くなった。それを察して結衣は自分のフォローに入る。
「や、ちゃ、ちゃんとやるけど!そ、そういえば、ヒッキーは勉強してるの⁉︎」
「俺は勉強してる」
「裏切られたっ!ヒッキーはバカ仲間だと思ってたのに!」
「俺は国語なら学年3位だぞ……、他の文系教科も別に悪くねぇ」
「うっそ……全然知らなかった……。ちーちゃんは?」
結衣は矛先を千尋に向けた。
「いや、私転校生だし……」
「高2から進学校である総武高校に編入して来た点を考えれば、成績は良い方なのではないのかしら?」
雪乃が補足すると、結衣はガックリと項垂れた。
「うぅー。あたしだけバカキャラだなんて……」
「そんなことないわ、由比ヶ浜さん」
「ゆ、ゆきのん!」
「あなたはキャラじゃなくて真性のバカよ」
「うわーん!」
ぽかぽかと雪乃の胸を叩く結衣。
「試験の点数や順位程度で人の価値を測るのがバカだと言っているのよ。試験の成績は良くても人間として著しく劣る人もいるわ」
「おい、なんでいた俺見たんだよ。一応言っておくが俺は勉強好きでやってるんだからな?」
「へぇ……」
「勉強くらいしからすることなかったのよね」
「まぁ私も友達いないの誤魔化しすために休み時間に勉強とかよくやるし……」
「まぁな。お前らと一緒で」
「……否定はしないけれど」
「そこは否定しようよ!なんだかあたしが悲しくなってきちゃったよ!」
ヒシッと雪乃に抱きつく結衣。そして、そのままの体勢でふと口を開いた。
「でもさぁ、ヒッキーが勉強頑張ってるのってなんか意外だよね」
「いや、他の連中も進学希望ならもうこの時期勉強してるんじゃねぇの。夏休み入ったら夏期講習とか行く奴もでてくるだろうし」
「八幡は行くの?」
千尋が隣で聞いた。
「おう。俺は予備校のスカラシップ狙ってるしな」
「……すくらっぷ?」
「それなら狙わなくても今現在で十分よ。生ける産業廃棄物みたいなものじゃない、あなた」
「結衣、スカラシップだよ。言い間違い一つで八幡の心が削れるから気を付けて」
とりあえずそこを注意する千尋。
「スカラシップってのは奨学金のことだ。最近の予備校は成績がいい生徒の学費を免除してくれるんだよ。つまり、スカラシップを取って、さらに親から予備校の学費を貰えばそれがまるまる俺の金になるわけだ」
それを聞いた瞬間、女子三人は微妙な表情を浮かべた。
「詐欺じゃん………」
「結果的に授業の履修はできるわけだから、ご両親も損をしているとは言い切れないし、予備校側もスカラシップ生が入ってきているわけだから問題ないわ。絶対的に詐欺と言い切れないのがこの男の性質の悪いところよね」
「いやいや、双方が損してなければいいってわけじゃないでしょ。マジで生けるスクラップじゃん八幡」
と、三人から心を袋叩きにされ、八幡は少し傷ついた。それを無視して結衣は呟いた。
「進路、かぁ……。みんなは大学とか決めてるの?」
その問いにまず反応したのは雪乃だ。
「いえ、まだ具体的には。志望としては国公立理系だけど」
「頭いい単語がでてきた!ちーちゃんは?」
「んー、私も具体的には決まってないけど文系かなぁ」
「それならいけそう!ヒッキーは?」
「俺は私立文系だ」
「うん!それなら……」
「おい、文系は頭悪いって意味じゃねぇぞ。そもそも俺や早川とお前じゃレベルが違うだろ」
「うっ……。だ、だから頑張るんだってば!」
そういうと、雪乃から離れて結衣は高らかに宣言した。
「と、いうわけで。今週から勉強会をやります」
「………どういうわけ?」
「テスト一週間前は部活ないし、午後暇だよね?ああ、今週でも火曜日は市教研で部活ないからそこもいいかも」
と、スイスイと予定が決定していく中、八幡はどう断ろうか考えていた。
「あー……」
とりあえず何か言っとこうと思った時だ。
「ゆきのんとちーちゃんの三人でお出掛けって初めてだね!」
「そうかしら?」
「そういえばそうかも」
最初から誘われてなかった。とりあえず、絶対負けないと心に誓う八幡だった。