新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~ 作:ぬえぬえ
「っぷ」
ふと、無意識に声が漏れた。
同時に、目の奥が熱くなる。視界が上下左右無作為に揺れ、三半規管をこれでもかとかき乱されたせいで上下の感すらも危うくなってきた。
胸のあたりを締め上げられ、ここを起点に振り回されているわけだ。遠のく意識の中で制服から嫌な音が聞こえるが、それを制止する余力もない。
『助けて』
それは今まで何度も聞かされた言葉だ。
相手は誰だったか、多分
あまり、思い出したくない記憶。忘れかけていた記憶。
私ではどうしようもできなかったもの、私には荷が重すぎたもの、なのに自分から背負ったもの。言葉を選ばずに言えば、これは私にとって『理不尽』なものだ。
そして、決まってこの『理不尽』に見舞われた時。私はただただ抗議の声を絞り出すしかないのだ。
「ちょ、ま、ま……」
「お願い!!!! 私を
私の絞り出した声をかき消すように、『理不尽』を振りまく存在――――――工作艦 明石は金切り声を上げた。
どうも、こんにちは。球磨型軽巡洋艦 3番艦の北上です。
この鎮守府で軽巡洋艦をさせてもらってます。そしてつい昨日、第一改造を終えて軽巡洋艦から重雷装巡洋艦になりました。
なんか艤装の換装で、従来の倍に及ぶ潜航距離を誇るすごい魚雷と大量の魚雷搭載が可能になりました。具体的にどうなのかと言われたら、なんか空母と一緒に魚雷ぶっぱできるようになりました、はい。
とはいっても、昨日の今日なのでまだやったことはないです。まずは演習で使い方を覚えて、そこから模擬戦で試してみて、いけそうなら実践投入って流れかなぁ。まぁ、今回の演習には不参加なんだけどね。
まぁまぁ……私のスペックについてはこんなところです。では次に、今あたしが置かれている状況についてかな。
「お願い!!!! ホントに助けて!!!! あたしを過労地獄から解放してぇぇええええええええ!!!!」
今もなお、あたしの制服に縋り付きながらそう懇願する明石。
『発端』……と呼べるか怪しいんだけど、とりあえずこんな感じ。
あたしは廊下を歩いていたら、後ろから声をかけられる。振り返ったらピンク髪を振り乱して飛び掛かられました。
そして現在進行形で、明石に制服を掴まれてぶんぶん振り回されているわけです。
以上。
……いや、本当にどういうこと?
まずなんで彼女があたしに飛び掛かってきたのかも分からないし、彼女がどうすればこの奇行を辞めてくれる術も知らない。要するに、あたしだけではどうしようもなくて外部の手が必要なのだ。
だが、ここ鎮守府の廊下なのよ。普通にうちの艦娘たちも通るわけよ。そしてこの惨状を見るわけよ、見ないふりで通り過ぎていくわけよ。つまり、誰も止めに入ってくれないのだ。
誰もこの惨状を止めてくれないし、あたしも三半規管がやられて抜け出せないのよ。ただただうちの廊下で
……地獄か?
「あ、いた……何してるの?」
「
遠のきかけた意識の隅に、二つの声が聞こえた。一つは引き気味の声、もう一つは鈴のような明るい流暢な英語だ。
そして、その声にようやく明石が手を止めてくれた。ただ離してはくれなかったので、あたしは猫みたいに力なくその手から垂れ下がる。
朦朧とする意識の中で声の方を見ると、昨日工廠で会った二人が立っていた。
一人は提督のお姉ちゃんを自称する艦娘、伊勢。
もう一人は、イギリスからやってきた駆逐艦で……ジャーヴィスだったっけ?
「伊勢ぇ!!!! 彼女だよね!!!! 彼女が
「……とりあえず、いったん彼女を離して」
伊勢に向かって何かを訴えかける明石。その動きで再び揺らされ、そろそろ
「キタカミ?
「お、おーけーおーけー……あいむふぁいん……せんきゅー」
伊勢からあたしを受け取ったジャーヴィスがなんかよく分かんないこと言ってくる。それに対して、回らない頭のままとりあえず思いついた英語を口に出した。
ちなみに、伊勢はその場に明石を正座させてお説教中だ。
そしてここは相も変わらず廊下だ。当然周りの視線が集まり、同時に存在ごと離れていく。
もう一度言おう。
……『地獄』か?
「ごめんなさい」
「誠に申し訳ございませんでした……」
しばらくして、ようやく回復したあたしの前には二人から謝罪を受けた。
一人はきっちり頭を下げた伊勢。
もう一人はその横で、首から『私は他鎮守府の艦娘を工作艦にしようとしました』と訳の分からない懺悔文を引っ提げて土下座する明石。
……何だこの状況?
まぁ、それは置いておいて、分かったことというか明石の奇行については教えてもらった。
あたし―――北上は前の記憶で工作艦をやっていた時期があって、その知識を使ってここの医療関係を担っていた。とはいっても、
まぁ、本業は外傷よりもメンタルヘルスケアではあるんだけど……今はどうでもいいか。ともかく、医療関係にある程度の知識を持つ
そして、私が持つ『工作艦』という肩書は、正式には明石だけしか持っていないものらしい。つまり、明石はとても貴重な艦娘なわけだ。
更に、彼女が担う役目は艦娘の『改造』という戦力増強には欠かせないものであり、希少価値が高いくせに需要が半端ないわけだ。
なので、明石という艦娘は一鎮守府に所属でありながら、複数の鎮守府の『改造』に携わらなければならない。要請があれば出張という形で日々いろいろな鎮守府を走り回っているそうだ。
同時に、彼女は『酒保』の運営も任されている。
酒保というのは軍人、兵隊向けの日用品や嗜好品を売る売店のようなもので、そこでは大本営の支援では得られない様々なものを扱っているそうだ。主に戦力増強を目的としたものばかりではあるが、彼女曰く指輪なんかも取り扱っているそうだ。
そんな酒保を彼女たちが運営している理由は単純、『明石にしか商品を作れないから』だ。
彼女曰く、酒保で扱う商品は全て『明石』が作ったものばかりであり、その生産工程も彼女たちで秘匿しているようだ。
まぁ秘匿しているというか、その商品を生産する際に協力してくれる妖精さんが彼女たちの前にしか現れないらしく、公開したくてもできない状況らしい。
また先ほどの複数の鎮守府を走り回る故に、出張先で酒保も開けば人員削減できるんじゃね? という大本営の判断で、明石達に酒保の運営を
さて、ここまでこれば明石の奇行の理由が分かるだろう。
――――――そう、
彼女曰く『明石』はブラック企業もびっくりの激務で、(明石たち)みんな死屍累々の姿で働いているらしい。なので、少しでも自分たちの負担を減らすべく日々効率化を求めまくっているそうだ。
そこに降って湧いてきた、
「お前も工作艦にならないか?」
「おい」
その抑えられないものが噴出した明石に、横の伊勢が頭をぴしゃりと叩く。それに「あうッ」ってなった明石であったが、なる前の目が本気だったのを見逃さなかった。
「はぁ……まぁいいよ、別に」
「ホント!!! じゃ、じゃあ――」
「なんねーよ」
そんな二人のやり取りを、あたしはため息交じりにそういった。その言葉に伊勢は苦笑いを浮かべ、明石はぱぁっと顔をほころばせながらそう言ってきたのでバッサリ否定する。
その瞬間、明石は正座からゴロンと横になっていじけ始めた。良い大人がみっともない……
「で、あたしに何の用さ」
とりあえず、明石は放置して伊勢にそう問いかける。それに、彼女はキョトンとした顔になった。横のジャーヴィスはニコニコしているだけ。
「さっき、『居た』って言ってたでしょ? あたしか
「あぁ、聞こえてたんだ。そうそう、貴女を探してい……大丈夫! 工作艦になってとか言わないから!」
あたしの言葉に、伊勢は感嘆の声を上げて肯定してきた。その感情が顔に出ていたんだろう、伊勢は苦笑いを浮かべながら付け加えてくる。良かった、これ以上面倒くさいのはごめんだよ。
「そうそう! 貴女とお話したいの!」
そういったのは、立ち直ったあたしの手を握りしめるジャーヴィスだ。キラキラと天真爛漫な笑顔を向けてくる。その笑顔を前にして、あたしは目を細めながらこう言った。
「
あたしの言葉で、その場の空気が一気に凍り付いた。その言葉に、ジャーヴィスの完璧な笑顔がこわばる。ふと視線を横に向けると伊勢が少し驚いた顔をしており、いじけていた明石も視線だけをあたしに向けてきていた。
「what?」
次に聞こえたのは、ジャーヴィスの声だ。先ほどと同様、鈴のような可愛らしい声色だ。が、先ほどと違ってその声には何処か歪んでいるような違和感があった。
「いや、いつまでその『いい子ちゃん』キャラ続けるのかなって……思ってさ」
そんなジャーヴィスを前に、あたしは少し笑みを浮かべながら畳みかけた。それを受けて、彼女の表情――――その上にある
「
そう、流暢な英語で漏らした彼女の顔。今までの天真爛漫な笑顔が消えうせ、眉間に深いしわを刻み、生気の抜けた瞳を浮かべ、その言葉と共に
「今回はあんたの負けみたいね?
「おい、変なあだ名付けるなバb――」
その様子に楽しそうな顔の伊勢がそう言い、それに
「あ、ジャビちゃん、タバコは身体に悪いですよ?」
「お前も呼ぶな……つうか、別にいいだろ」
「うち、敷地内は禁煙なんだよね~」
明石の言葉を無視してジャーヴィスがポケットから取り出したタバコを咥えようとするので、それに釘を刺しておく。あたしの言葉に、彼女は刃物のような視線を向けながら舌打ちし、しぶしぶタバコをしまった。
だが、どうも本性を出してからずっとそわそわしている。今まで装っていたわけだし、少なくはないストレスを抱えていたわけだししょうがないか。
「これあげるよ、タバコの代わり」
「あ? んだこれ、Candyじゃねぇか」
そんな彼女に差し出したのは、ペロペロキャンディー。ちょうど、間宮から甘さ控えめかつ長く楽しめるもの、というコンセプトで発明された甘味の試作品だ。タイミングよすぎるけど、細かいことは気にしない気にしない。
キャンディーの包装を剥がして、無理やりジャーヴィスの口に押し込む。彼女はすぐに吐き出そうとしたが、口に入れた瞬間おとなしくなった。
「……これ、あとで作り方教えろ」
「間宮に『めちゃくちゃ気に入ったから作り方教えて~』って言えば?」
あたしの答えに殺意の込めた視線を向けてくるも、特に気にすることなく明後日の方を向いて口笛を吹く。そんな私たちの様子を、特に飴でおとなしくなったジャーヴィスを見てニコニコしている伊勢と明石。
「
「いや……ジャビちゃんも子供なんだなぁ、って改めて感じちゃってねぇ」
「うんうん……タバコもその、
ジャーヴィスの反応に親目線の発言を繰り返す二人。それにちょっと文字に起こせない言葉を吐く
「しかし、ジャビちゃんはなんで日本に
「おい、それ
あたしの言葉に、ジャビちゃんは額に青筋を浮かべながら詰め寄ってくる。いやぁ、端正な顔立ちだとそういう表情も幾分か緩和されるんだねぇ、ウケる。
というのもね、彼女がイギリスとに日本との技術交換でこっちにやってきたのは昨日聞いたわけだが。一応、国家間の正式なやり取りなわけで、そういう時にまず第一とされるのが『外聞』なわけ。
「でもさぁ、こうして本心がバレているわけじゃんか? 普通、そこまで考えてカバーできる人にすべきだと思うんだけど?」
「本人を前に遠慮なく言うねぇ~……嫌いじゃないよ、そういうの」
あたしの言葉に、伊勢は少し面白がるように顔を綻ばせながらそう言ってくる。ちなみに、ジャビちゃんはぶすっとした顔で黙っている。不満しかないけど……まぁそう思われるのも分かる、といった感じかな。
「まぁ、それに関しては私たちも実際に思ったし……今後一緒になるならきちんと知っておくべきことでもあるから、改めて何処かで説明させてもらうね」
「おー、いえーい」
伊勢の言葉に、あたしは特に言及することもなく引き下がる。何せ、
「んで? 本題はなにさ?」
「貴女、うちの鎮守府に来ない?」
軽ーい気持ちで投げたボールが、なかなかの
それは彼女だけではなく、明石とジャーヴィスも同じ空気をまとっている。どうやら、彼女たちが同じタイミングであたしの前に現れたのは偶然ではないみたいだ。
「うちに来ないって、あたしたちは吸収されるんでしょ? 来るも来ないもなくない?」
「まぁ最終的には吸収するし、そのつもりなんだけどさぁ……
あたしの問いに、伊勢が何処か言いにくそうにそういう。つまり、彼女は今回の演習の勝敗に関係なく、あたしを時鎮守府に引き抜きたいみたいだな。
そして、恐らくそれは伊勢だけでなく明石やジャーヴィスも同じな模様。あたし、改造しただけでそんなに人気者になっちゃったのかな?
ただ、言い方的に『万が一』にする気は一切ない、という自信も垣間見せている。本人も、何処か不本意っちゃ不本意なのかもしれない。それが、自分がやっていることに対してか、はたまた負けることに対してかは分からない。
まぁ、とりあえず全部ひっくるめて簡単に言うと、『あたしを引き抜きたい』ってことだ。
「へぇ? そんなに『重雷装巡洋艦』って引く手数多なんだねぇ~」
「いや、それは関係ないよ」
あたしの言葉に、伊勢ははっきりと否定した。それを受けて、あたしは三人に目を向ける。それと同時に、三人からまっすぐ視線を向けられる。
「いやぁ、まさかここまで『北上』を求められるとは思わ―――」
「違うよ」
あたしの言葉を遮るように、伊勢が否定する。それを受け、あたしは彼女に視線を向けた。
「私たちは貴女に―――――妹を失った『貴女』に来てほしいんだ」
「は?」
「ッ」
その言葉を聞いた時、あたしの口から
同時に、自分が出せるだけの殺気を3人に向ける。それを受けて明石は少し後ずさりしたが、残りの二人は動じることはなかった。
そして、後ずさりした明石がいつの間にか取り出していた一枚の紙を伊勢がひったくり、それを読み上げながらあたしに近づいてくる。
「球磨型軽巡洋艦 3番艦 北上。約1年半前に姉妹艦である球磨型軽巡洋艦 4番艦 大井と共に着任。その後、初代提督の下で艦隊に所属し、戦績を挙げる。後期にはその戦績を盾に提督へ出撃の頻度を減らすよう直談判、紆余曲折を経て大井と二人で鎮守府内で麻痺していた医療機関の役目を担う」
淡々と、あたし
「その後、
「やめろォ!!!!」
その言葉を、今度こそかき消すようにあたしは叫んだ。それを受け、今まで紙――――あたしの資料だろう、それに視線を落としていた伊勢があたしに目を向ける。その視線を受けて、更にあたしの腸が煮えくり返った。
なぜなら、その視線は以前向けられた――――
「なんだよ、なんなんだよ、なんで首突っ込んでくるんだよ、お前らには関係ないだろ? そうだろ? なのになんで踏み込んでくるんだよォ!!!!」
無意識のうちに、いや意識があったとしても止められない。そんな
髪の毛を引っ張られる感覚がした。いつの間にか自分で引っ張っているからだ。
視界がぼやけてきた。いつの間にか涙があふれてきたからだ。
口の中に血の味が広がった。いつの間にか唇をかみ切っていたからだ。
その全てが『情報』として脳に伝えられる。伝えられるだけで、
「これはあたしとあいつのことだ、あいつに
その時、目の前が真っ白になった。
次に現れたのは、あいつ―――雪風だ。
その顔は
それを見た瞬間、視界が一気に前へ進んでいく。
同時に、腕を掴まれ、背中から腕を回されて抑え込まれる。それでも、あたしの視界は力づくで前へ前へ進んでいく。
だがその姿を、自分に詰め寄ろうとするあたしを前にしても。雪風は表情一つ変えず、ただただ無表情を向けてきた。
「人殺しィ!!!!」
それを目にして、あたしの口からその言葉が吐き出された。だが、雪風は何も変わらない。何も反応しない。
「このクソが!! クズ!!!! 『兵器』野郎!!!! お前なんか……お前なんか!!!!」
また、あたしの口からその言葉が、暴言が、いやあいつの『罪』を吐き出した。吐き出したそれは、あいつに向けて叩きつけたのだ。
だが、雪風は何も変わらない。ただ、今まで向けていた目を、顔を、関心の全てを私から背けた。
まるで、言葉の通じない動物を前にしているような。
まるで、興味の一切を失ったような。
まるで、たった今『無関心』に落としたような。
「この、『死神』がァ!!!!」
だからこそ、だからこそこの『言葉』。
『死神』と呼ばれた
何度輪廻転生しようが、何度贖罪しようが、何度生まれ変わろうが。
それをぶつけたら、死神の動きが止まった。ようやく、自分がぶつけられていた
その顔は、先ほどの無表情でも、無関心でも、死んだようでもない。『喜怒哀楽』の中で、恐らくそれは『楽』だろう。
なぜなら、死神は
「
その言葉は、死神の声ではなく
その瞬間、今まで見えていた景色―――――あの時の『記憶』が、水のように溶けてきていく。今しがた声をかけられ、絡まれ、土下座をされていた廊下に戻る。
そして、今しがた死神が立っていた場所には―――いや、正確には死神に見えていたジャーヴィス。彼女は冷めた目であたしを見て、何か納得したようにそう呟いたのだ。
「伊勢、俺はマミーヤのところ行くわ」
次に、ジャーヴィスはそう言ってあたしに背を向ける。その言葉、その様子に何かを察した伊勢は目を細めた。
「いいの? 話したがっていたのに」
「Yeah、もう
「そう、分かったわ」
「待てよ」
そんな二人のやり取りに、あたしが口を挟んだ。それに反応したのは、伊勢と黙って様子を見守る明石だけ。張本人であるジャーヴィスはこちらを振り返ることなく歩いていこうとする。
その姿が、あの日の死神と重なった。
「待てって!! おい!! ジャーヴィス!!」
「
大声を上げながら近づき、その腕を掴む。だが、ジャーヴィスは特に気にする様子もなく、淡々と、当たり前のようにそう言ったのだ。
それを聞いて、頭に血が上るのを感じる。同時に、その腕を握る力を最大限に込め、そのままこっちに引き寄せ、その顔面に頭突きをしようとした。
だが、次の瞬間。あたしは宙を舞っていた。
「え」
そう声を上げるあたしの視界には。
宙をイギリス海兵帽と、その周りを覆いつくばかりにふわりと浮く金色の髪と、その中であたしの腕を掴みながらこちらをにらみつけるジャーヴィス。
その目は、今まで見たことがないほど冷たく、暗く、低く、真っ黒に淀んだ瞳を。
文字通り、『兵器』の目をしていた。
「
その言葉と同時に床に叩きつけられ、そのまま押さえ付けられる。その時に片腕を極められたせいでろくに抵抗できずに抑え込まれた。
「ぐッ」
「こんなしょうもないことで問題起こすと、俺が国から怒られるからよ? あんま、手間とらせんな」
抜け出そうとするあたしに、ジャーヴィスは今まで聞いたことのないドスの利いた声でそういう。同時に、極めている力を込めた。その激痛、そしてこっちが動けば動くほど痛みが増す状況に追い詰められたせいで、あたしは仕方なく抵抗をあきらめた。
「お前が……言ったからだろうがぁ」
「……ま、ちょっと言葉を選らばなかったのは悪かった。ただ、それは
「期待……?」
あたしの言葉に、頭上のジャーヴィスはそう返してくる。その時、視界に居た伊勢が彼女に視線を向けて軽くうなずく。その直後、あたしは解放された。
「まぁ~色々言いたいことはあると思うし、その感じだとメーちゃんにも突っ込まれたんだろうけどさ? 私たちのところに来れば解決しちゃうかもしれないよ?」
「……それが『頭を冷やせ』って意味なら無理。此処から離れる気ないもん」
場を収めようとする伊勢の言葉に、あたしは真っ向から否定する。それを受けて、伊勢は困った顔を浮かべながら頬をかく。その様子にジャーヴィスは大きなため息を吐いた。
「何さ?」
「いや、別に? ともかく行くわ」
「あぁ、なら私たちも行くわ。じゃあ、もし気が変わったらいつでも相談してね~」
あたしの言葉に、伊勢とジャーヴィスは答えることなくそう言いながら背を向ける。その背中に、まだ納得していないあたしは詰め寄ろうとしたが、先ほど極められた腕の痛みで動けない。
その代わり、ただただ離れていく背中をにらみつけることしかできなかった。
「Don't take it out on Yukikaze」
その時、ジャーヴィスがそう発した。その意味をあたしは理解できない、なので何も反応できない。すると、今まで前を向いていた彼女があたしに視線を向けた。
「いい加減、
そして、その言葉を投げつけてきた。そのままジャーヴィスは前を向き、歩き出す。横の二人もチラリとあたしに視線を向けつつ、何も言うことなく歩いてく。
その姿を前に、あたしは動かなかった。『動けなかった』ではなく、『動かなかった』。腕が痛んだとか、腹が立たなかったとか、そういうのじゃない。
投げかけられた言葉が―――――今の自分の行動が、
「分かってるよ……そんなこと」
離れていく三人の背中に向けて、あたしはそう零すことしかできなかった。