新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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飼い主の『教訓』

「うぃ~……」

 

 

 全身を包み込む暖かさに、程よい圧迫で血流が良くなるを感じる。その心地よすぎる感覚に、意識を持っていかれそうになるのを何とかこらえる。

 

 

 お風呂からこんにちは、伊勢です。

 

 意識と身体が溶けていますが、私は元気です。

 

 

 というのも、私達はうちの鎮守府から海を越えてきたわけで、服も髪も玉のような肌も海風にさらされて最悪な状態になっていた。もし自鎮なら速攻で浴室に直行していたが、一応人様の鎮守府なので自重していたわけ。

 

 それでもやることやったんだから別にいいよね? という固い意志で此処のドック兼大浴場に来たわけだ。そして現在、その固い意志は暖かい湯船へ溶けようとしている。

 

 

「フフッ、あまり浸かり過ぎると溶けちゃいますよ~」

 

 

 そんな液状化一歩手前の私に声をかける人がいる。口元まで浸かる私の横で、苦笑いを浮かべる龍田ちゃんだ。

 

 彼女は大浴場の先客。彼女は私たちが鎮守府にやってきた時、ちょうど補給艦討伐任務に出ていたそうで。その任務で軽微ながら傷を受けてしまい、メーちゃんから入渠するように言われて此処に来たそうだ。

 

 彼女が来た時は誰もおらず、久しぶりに一人で満喫できると思っていたそうで。そこに私が全裸で飛び込んでしまい、相当に驚かせてしまったのだ。

 

 あまりよろしくないファーストコンタクトではあったが、彼女曰く割とこの鎮守府では日常茶飯事らしいので気にしなかった。そのおかげで、お風呂に漬かりながらいろいろと話をしたのだ。

 

 

「しかし、まさかあのメーちゃんがあのメーカーのコンディショナーとトリートメントを完備しているなんて……いつの間にこんなやり手に……」

 

「あぁ、それを導入させたのは私と隼鷹さんよぉ。前に入渠環境の改善に関する意見を求められたときに、隼鷹さんが実家で使っていたものを提案してくれて、それがそのメーカーだったので私がゴリ押ししたんですよぉ~」

 

「……これ、名の知れた高級メーカーだよ? どこからそんな予算……?」

 

「さぁ~? 提督も理解せずに承諾してくれましたし、その後も何も言ってこないので問題なかったと思ってますよ? 今更つつくのも野暮ですし~」

 

 

 『悪い』と1ミリも思っていない困った顔を浮かべる龍田。その彼女の髪は、艶に手触りにボリューム感などなど、あたしの塩と乾燥でパサついた髪なんかじゃ太刀打ちできないほどに素晴らしかった。もしここの鎮守府にいたら、多分出撃と補給以外はずっと入り浸っている自信がある。

 

 ……これ、一度うちで導入しようとして財政担当の不知火から『高過ぎます』の一言でバッサリ却下されたやつだ。あとで見積もり見せてもらったけど、提案した私から見ても絶対導入できない費用だった記憶があるよ。

 

 ここ、そんな金満鎮守府だっけ? いや、提督の話だとここは朽木中将の支援を受けているって聞いたから、恐らくそこが提供しているのだろう。羨ましすぎる。

 

 いや、待てよ。もしここで好評だってことを中将に伝えれば、そこから大本営に話が行ってこのメーカーが海軍御用達の商品に、つまり備品になるかもしれない。そうすれば予算関係なく全鎮守府に―――私たちにも回されるのでは?

 

 

「龍田ちゃん、大本営(うえ)に提案するとき、絶対連れて行くから」

 

「……それ、逆効果じゃないかしらぁ?」

 

 

 マジ顔で龍田ちゃんの両手を握りそう宣言する。彼女は引き気味の笑顔でそう言ってくるが、それでも目力で黙らせる。それは言わない約束だぞ、是が非でも実現させてやるから覚悟しておけ。

 

 

「というか、怖くないんですか~?」

 

「ん? というと?」

 

 

 龍田ちゃんから飛び出した質問に、私は自分の髪をいじりながらそう返す。それに、龍田ちゃんは先ほどの苦笑いから、少し不思議そうな顔になる。

 

 

「周りの子から聞きましたけど、そちらの鎮守府に私たちが吸収されるそうじゃないですかぁ。そして曙や夕立が反発しているのも聞いてるしぃ。だとすれば、口には出さないだけであの子たちと同じ思いの艦娘もいるかもしれない、と考えてもおかしくないと思うんだけど……」

 

「仮にそうだとしても、私たちは大本営の下に所属する艦娘だよ。仲間であることは違いないじゃん」

 

「その大本営に反旗を翻したとしても?」

 

「でも結果的に、()は従っている。経緯がどうあれ結果()がそうなんだから、敵対する理由にはならないよ」

 

 

 龍田ちゃんの言葉に軽い口調と答える。それに対して、彼女は不思議そうな顔のままだ。

 

 

 まぁ、彼女の危惧もないわけではない。

 

 仮にここで襲撃を受けようものなら、問答無用で叩きのめすつもりだ。だからこそ、此処に来てからは常に刀を帯びているわけだ。だが、同時に彼女たちはそう思っても攻撃してくることはないと踏んでいる。

 

 それは彼女たちの過去だ。

 

 うちの提督には同情するなとは言われたけど、一艦娘として話を聞けば聞くほど同情するしかないわけで。しかも、その経験をせずに此処に居る私は最も口をはさんではいけない存在だ。

 

 そして、彼女たちは部外者であるメーちゃんを受け入れた。しかも最も毛嫌いしているであろう提督をだ。まぁ、そうなったのはメーちゃんの頑張りが一番だろうとは思うが、それでも受け入れたのは彼女たちである。

 

 つまり、彼女たちは部外者を受け入れた実績がある。さらに言えば、私達は彼女たちが受け入れたメーちゃんの知り合いだ。ある程度の警戒はされようが、出会って即砲撃なんてことになればメーちゃんの顔に泥を塗ることになる。つまり彼を受け入れた自分たちの顔も泥を塗ることになる。

 

 そこまで考えていなくても、ともかく彼女たちにとってメーちゃんが普通ではない存在であることは変わりない。それがあったから、こうしてある程度気を許すことが出来るのだ。

 

 

「……提督みたいなこと言うんですね」

 

「ま、あの子は私が育てたようなもんだからね!!」

 

 

 何処か呆れた顔の龍田ちゃんに、私は腕のこぶを見せながらそう答えた。そのように、龍田は何故かため息を吐く。

 

 

「じゃあ聞くけど、龍田ちゃんはメーちゃんがいなくなってもいいの?」

 

「まぁ、いいじゃないんですかぁ? 私は天龍ちゃんと一緒に居れればそれでいいですし、提督を育てたあなたちの下なら、今とそう変わらない生活だろうと思いますから」

 

「……冷めてるなぁ」

 

 

 逆に龍田ちゃんに質問するも、そっけなく返されてしまう。そこはさぁ、もうちょっと恥ずかしがってもいいんじゃないの? まぁ言外でメーちゃんのこと信頼してるって言ってるようなものだけどさぁ……

 

 

 

「そうよね!!!」

 

 

 だが、次に聞こえたのは私でも龍田ちゃんの声でもない。その声の方を見ると、白い湯気の中に立つ4人の駆逐艦らしきシルエットがあった。

 

 

 その中の一人、というかよく聞く(・・・・)声に私は半目を向ける。

 

 

 

()さえいればいい!!!! 同感だわ!!!!」

 

()でぇす」

 

 

 大浴場に響き渡る大声でずかずか近づいてくるのは、うちの陽炎だ。そんな彼女に龍田ちゃんは鋭く突っ込む。何だこの状況。

 

 

 そんな龍田ちゃんの突っ込みに「一緒よ一緒!」と笑いながら近づく陽炎の腕には、青い顔をしている妹―――――雪風がなすがままに引きずられている。そしてその後ろには、タオルを身体に巻き付けた曙と夕立が続いていた。

 

 ちなみにうちの陽炎は何も巻いていない、全裸である。脇に抱えられた雪風ですらタオルで身体を隠しているのに。

 

 

「陽炎……人様の鎮守府なんだから少しは隠しなさい」

 

「何? 女同士なんだから別にいいでしょ? 不知火みたいなこと言わないでよ」

 

 

 私の苦言に、陽炎はキョトンとした顔で聞き返してくる。ほんと、この子はガサツというか恥じらいがないというか、「長女の威厳が……」といつも頭を抱える不知火の気持ちがよく分かるわ。

 

 

「いや、女の子なんだから……まぁいいわ。で、何しに来たの?」

 

「そう、聞いてよ伊勢!! ジャーヴィスのヤツ、私の妹に紅茶かけたのよ!! 酷いと思わない!?」

 

「えぇ……どういう状況?」

 

 

 私の問いに、陽炎が脱兎のごとく怒り散らす。おぉー怒ってる怒ってる。妹のことになるとすぐ逆上するんだから。まぁ悪いとは言わないんだけど……限度がねぇ。

 

 そんなシスコンを見ていると、どこから視線を感じた。それは彼女の脇に抱えられている雪風だった。その顔は申し訳なさそうな顔を浮かべつつ、あまり聞かれたくなさそうな雰囲気だ。

 

 

「それよりあんたたち、そのまま湯船に入らないでよ? ちゃんと身体を洗いなさい」

 

「そんなの分かってるわよ。ほら雪風ぇ、お姉ちゃんが洗ってあげるからねぇ~」

 

「え゛」

 

 

 その視線に答えつつ助け舟を出したつもりだったが、逆効果だったみたい。良い笑みを浮かべた陽炎に引きずられる死んだ目の雪風を、私は苦笑いを浮かべながら見送った。

 

 次に曙や夕立に視線を向ける。何か言いたげな彼女たちも、いそいそとシャワーを浴びに行ったのだ。

 

 

陽炎(あれ)もあなたが?」

 

「いいや、あれは天然もの」

 

 

 少し笑みを浮かべながら聞いてくる龍田ちゃんに、私は頭を抱えながらそう答えた。

 

 

 艦船には同じ型の艦がいる。それは艦娘でいうところの『姉妹』にあたる。

 

 その中でも陽炎型は同じ型の艦が多く、19隻も作られた。つまり、艦娘になった陽炎は、19人姉妹の『長女』というわけだ。

 

 多くの場合、そういう姉妹艦が多い艦娘は総じて仲間意識が非常に強くなる。その仲間意識というものは、2パターンだ。

 

 ひとつは多くの姉妹を束ねるカリスマ性と姉御肌を備えた、正しく『長女』と言えるパターン、

 

 もう一つは妹を周りが引くほど溺愛するパターン――――うちはそのパターンなのだ。

 

 

「他の鎮守府に行くと真っ先に妹がいないか探しに行って、最終的にうちにお持ち帰りできないか画策するけど私が阻止する……それがお決まりなの」

 

「……そう」

 

 

 ものすごい遠い目でそういうと、その苦労を察したのか龍田ちゃんもそれ以上言及しなかった。ありがたいことだよ……

 

 

 

「え、あんたいつもこれ使ってるの!? ずるい!!」

 

 

 

 大浴場に響き渡る陽炎の声。これは後で導入しろとせがまれるやつだ。よし、いい鉄砲玉が手に入ったわ……

 

 

「横、いいですか?」

 

 

 うちの入渠環境改善計画を思案していると、いつの間にか浴槽のフチに立っていた曙から声をかけられた。傍に夕立もおり、二人とも簡単にシャワーを済ませてきたのだろう。

 

 

「いいよ、どうぞー」

 

「失礼します」

 

「しますっぽい」

 

 

 そんな二人を快く受け入れ、二人が入れるスペースを空ける。そこに二人は収まり、湯船に暖かさにほぉっと息を漏らしたのだった。

 

 

「何? 何か言いたいことあるんでしょ?」

 

 

 湯船に入った二人に、私はそう声をかける。大浴場よろしく、浴槽は広い。そんな中でわざわざスペースを開けさせてまで近くに入ってきたのだ。話があるのだろう。

 

 

 

「あいつの昔のこと、教えてもらえますか?」

 

 

 その答えをだしたのは、曙であった。その言葉に、夕立もうなずいている。彼女たちの目は真剣そのものだ。そして、『あいつ』のことはメーちゃんであると察した。

 

 

「……なんで?」

 

「あいつが此処に来るまでのこと……さっき説明してもらったけど、解せない部分があるんです」

 

「解せない?」

 

「あいつがうちに来るまでに、あそこまで立ち直っている(・・・・・・・)ことです」

 

 

 私の問いに、曙はそう答えた。そう答える彼女の顔は、苦痛に顔をしかめている。恐らく、彼女も『立ち直っている(その言葉)』が適当(・・)でないことは重々承知しているのだろう。

 

 事実、メーちゃんは『立ち直ってはいない』。『立ち直っているように見せかけること』が出来るようになっただけだ。それは私よりも彼女たち―――『彼の失敗』を挽回した彼女たちだからこそ、良く良く理解しているだろう。

 

 故に、解せないのだ。メーちゃんが立ち直れていないことを理解しているからこそ、何処で装う術(・・・)を得たのか。

 

 

 そして、それこそが今彼女たちの前に立ちはだかっている『壁』なのだ、と。

 

 

「そうね……まぁ、一番は時間だと思うわ。自分の現状や実力、そして後ろ盾を得た中でそれらと向き合う時間を用意できた(・・・・・)のが大きいんじゃないかしら」

 

「……一番、無難な答えですね」

 

「まぁ、それぐらいしかないし」

 

 

 彼女の問いに、私は最も無難な答えを返す。それに曙は明らかに不満げな視線を見せるも、その顔に私は肩を竦めて返す。

 

 実際、彼はうちに来ても変わらなかった。いや、正確には私たちにできることはなかった(・・・・・・・・・・)。うちの提督は入学前にある程度の指南をしたようだけど、それだけだ。

 

 根本的(・・・)にどうこうできる術を持ってない。何故なら、彼の中で『答えが出てしまっている』から。『母親と同じ最期を迎える艦娘を助けるため』という答えで完結してしまっているから。それに対して、私たちが口を出すには、時間も立場も権利も何もかもなかったからだ。

 

 

 そんな私たちが出来ることは、せいぜい彼が士官学校に入れるようお膳立てし、卒業した後もしっかり面倒を見ることぐらいだ。

 

 

 

「ただ、『これはそうだろ』と言える出来事はあった」 

 

 

 そんな彼女に、私は投げ掛ける。それに曙や夕立、そして傍に居る龍田ちゃんも視線を向けてくる。その視線を感じながら、私は話を続けた。

 

 

「それはメーちゃんが士官学校に入学して随分経った時だった。彼から内線で電話がかかってきたの。それは入学前に、『何かあったら此処に電話しろ』って、うちの提督が彼に渡していたのね。まぁ以前もたまーにかかってきて、授業内容に対する不満や愚痴を聞いていたから、今回もそうだろうと思っていたわけ。でも……」

 

 

 そこで話を切った私は、目の前にいる3人から視線を外した。外した先には、陽炎に甲斐甲斐しく世話されながらも、視線をこちらに向ける雪風がいた。それを横目に私は話を続ける。

 

 

「泣いていたの、電話の向こうで。『艦娘沈めた……』って、ずっと言い続けながらね」

 

 

 そう漏らす私の脳裏に、当時の光景が浮かんでくる。今でも思い出せる、あまり思い出したくない記憶だ。

だ。

 

 

 その時、執務室に居たのは私と提督だけ、電話を取ったのは私。

 

 

 開口一番にそう言われた時、最初は何を言っているのか分からなかった。

 

 候補生である彼が、実戦で艦娘を指揮することなんてあり得ない。それは提督からも聞いていたわけで、実戦はうちに来た時に少しずつ教えていこうと話していたからだ。

 

 だから、その時の私はその言葉をオウム返しするしかなかった。そして、それを聞いた提督が私から電話をひったくって、彼と話をしたのだ。

 

 

 提督のおかげで、彼の状況が分かってくる。

 

 

 メーちゃんは今日の授業で兵棋演習―――シミュレーターを用いた疑似演習を行った。

 

 その時、彼はチームの勝利のために自艦隊で特攻をしかけ、勝利したのだ。だが、その結果自艦隊は全滅してしまったのだと。

 

 それを聞いて、私は本当に艦娘を沈めたわけではないと悟り、ホッと胸を撫でおろした。

 

 だが、同時にデータ上の艦娘を沈めたことにこれだけ狼狽する彼が、本当に(・・・)沈めてしまったらどうなるのだろう、という漠然とした不安を覚えた。

 

 

 もちろん、これは戦争だ。誰かが沈むことなんて十分あり得る。それは私たちだって例外ではなく、そういう場面を見てきた。

 

 だからこそ、その業に押しつぶされないように私たちの上にいるのが『提督』なのだ。提督とは、上官とは、戦争とはそういう(・・・・)ものなのだ。

 

 

 そして、提督はそういうものを全て背負わなければならない。そして、此処まで狼狽しているメーちゃんがその役目を担わなければならない。

 

 

 その姿を前にどうすることも出来ずにただ見つめることが、私にできるとは到底思えなかった。

 

 

「そして、それを最後にメーちゃんから電話が来ることがなかった。それは今日会えるまで、ね。だから、私たちもそこから何があったのか分からないのよ。しかも、そんな彼が卒業と同時に此処に配属された。それも……」

 

「『それも』? 何っぽい?」

 

 

 私が途中で話を止めたこと、そこに夕立が反応する。同様に、曙がずいっと顔を向けてきた。

 

 

 流石に『彼があなたたちを沈めるために着任した』なんて、面と向かって言えるわけがない。それを伝えた上でのこの信頼ならもろ手を挙げて喜んだだろうが、今の彼にそこまでぶっちゃける勇気があるとは思えない。

 

 

「……それも、配属先が反旗を翻した鎮守府なんだもん。提督の役割以前に、メーちゃんの身が心配で心配で仕方がないわけ」

 

 

 なんとか代わりの言葉を考えて、それをぶつける。その言葉に、心当たりがあり過ぎるのだろう。曙と夕立は視線を逸らした。龍田ちゃんは特に逸らすことはなかったが、口を挟む様子はない。

 

 

「だから、私もこうして色々と話をしているの。私も、どうして今みたいに『隠せる』ようになったか知りたいからよ。なので、残念ながらあなたの答えに答えられないし、逆にあなたもあたしの答えに答えられない。こういうわけよ……」

 

「そう……」

 

 

 私の言葉に、曙はそう声をもらした。夕立も、彼女と同じように下を向いている。少なくとも、彼女たちが求めるものを私があげることが出来ないと分かったからだろう。

 

 

 

 でもね、私は更にあなたたちに与えるものがあるの。

 

 

 

「ただね、彼の本心(・・)はよく知っているわ」

 

 

 そう、前置きをして話を始める。その時、ちょうど身体を洗い終えた陽炎と雪風が湯船に入ってきた。いつになく真剣な表情の雪風に、流石の陽炎も空気を読んで黙っている。

 

 

 そんな彼女たちに向けて、私はカミングアウトした。

 

 

 

「昔ね、メーちゃんとお風呂入ったのよ」

 

「え!?」

 

「大丈夫、何もしてないから」

 

「そういう問題じゃないっぽい!!」

 

 

 私の発言に曙と夕立は予想通りの反応を見せる。が、雪風は特に反応しない。ただ、少し頬が動いたのを見た。少なからず、関心はありそうだ。

 

 

「その時はメーちゃんがうちに来たばっかりで、親睦を深めようとお風呂に誘ったのよ。もちろんメーちゃんは断固拒否したけど、そこはお姉ちゃんパワーでゴリ押ししたわ。まぁ、流石に裸はあれだから水着で、って条件は出されたけどね」

 

「そりゃそうっぽい」

 

 

 私の話に、夕立が突っ込みを入れる。さっきまで突っ込んできた曙は、何故か顔を赤くして俯いている。これは……メーちゃんやらかしてるなぁ?

 

 

「まぁまぁ、取り合えず何とかお風呂にこぎつけたわけで、脱衣所で水着に着替えたわけ。その時、メーちゃんにこれを見られてね?」

 

 

 そういって、私はその場で立ち上がる。そして目下に居る全員の前で、惜しげもなく裸を晒した。さっき陽炎に裸を隠せと言った手前ではあるが、まぁ今回ばかりは許してほしい。

 

 

 

「……これ、日向さんが」

 

「え? 何で知ってるの?」

 

 

 私が見せた傷――――胸の下から腰に掛けて広がる大きな傷痕を見た曙がそう漏らす。それに思わず反応してしまう。

 

 この傷を見せるのは、うちの鎮守府のメンツ以外は始めてだからね。龍田ちゃんには先に見せたけど、どういった経緯で付いたものかは説明していないはずだ。

 

 

「実は、陸奥さんから聞きました……その……」

 

「あぁ、陸奥か。良いよ良いよ、気にしないで」

 

 

 少し申し訳なさそうに頭を下げる曙に、私は努めて明るく返す。まぁ、本当にそこまで気にしているわけでもないし、何よりそれよりも聞きたいことがあった。が、話の腰を折るわけにはいかないため、そのまま続けた。 

 

 

「話を戻すと、この傷をメーちゃんに見られた。その瞬間、あれだけギャーギャー騒いでいたのに、ぱたりと声が聞こえなくなったの。おかしいなぁと思って彼を見ると、私の傷を凝視しているわけ。見苦しいものを見せちゃったかなぁ、って気まずい雰囲気だったわ。でも、その時メーちゃんが呟いたのよ」

 

 

 そこで言葉を切り、私は自らの身体に刻まれた傷に手をおいた。

 

 

 

「『ごめんなさい』、って」

 

 

 

 そう漏らす。その瞬間、周りから息を呑む音が聞こえた。

 

 

「消え入りそうな声で、何度もね」

 

 

 さらに続ける。その瞬間、私に集中していた視線が弱まるのを感じた。

 

 

 

「自分は悪くないのに、そもそも関係ないはずなのに、まるで自分の事のように責任を感じ、罪悪感に苛まれ、必要のない謝罪を繰り返す。これを『優しさ』と言い切るのは難しいけど、『弱さ』だとは言い切ることが出来る。どんなに周りが否定したって、彼が(・・)肯定してしまったら意味ないのよ。そして、それは彼がなろうとしている『提督』の致命的なまでの欠点(・・)となり、それから逃れられない立場になる……」

 

 

 そこまで話して、私は空気に晒していた身体を湯船に戻す。心地よい暖かさに包まれたが、心までは温かくならなかった。

 

 目の前にいる曙、夕立は、苦虫を噛み潰したような顔で俯いている。雪風は二人と同じ顔をしているが、それでも私に視線を向けている。

 

 

 やはり、彼女たちも分かっているのだ。

 

 

 ここがメーちゃんにとって『地獄』なのだと。そして自分たちは、その地獄で彼を苦しめる『鬼』なのだと。

 

 

 

「……だからさ、私はここからメーちゃんを連れ出す―――救い出す(・・・・)の。傷つくと分かっているのに、それが彼にとって最もむごい(・・・)ことだと分かっているのに、それを見て見ぬふりをするなんて……とても私にはできない」

 

 

 そこで、私は話を終えた。そして、もう一度彼女たちに――――『鬼』達に視線を向ける。

 

 

 誤算がある。

 

 それは、彼女たちが心の底からメーちゃんを慕っていることだ。彼のお姉ちゃんとして、非常にありがたいことだし、だからこそ彼に『良かったね』と伝えたのだ。

 

 そしてもう一点。

 

 それは、彼女たちも私と同じ想いでいてくれたことだ。彼女たちは、メーちゃんが『不幸』にならないことを考えて動いてくれている。だからこそ、私の言葉に反論することなく飲み込んでくれたのだ。

 

 

 本当の本当に。ありがたいことでもあり、申し訳ないことでもあるが、飲み込んでくれるだろうと私は信じている。

 

 

 だからこそ、こうして腹を割って話した。

 

 だからこそ、私たちの仲間として迎え入れようとしている。

 

 だからこそ、メーちゃんと正反対の想い―――『明原 楓が傷つく姿のを見たくない』彼女を、彼から遠ざけようとしている。

 

 

 

 

 

 

「あっきれたぁ~」

 

 

 ただ一人、その場で一人だけ発言を――――反論(・・)した人がいた。

 

 

 

「それ、ただの『エゴ』っていうんですよぉ?」

 

 

 周りと違い私の話に反応を示すことはなく、ただただ冷たい目で私を見ていた人―――龍田ちゃんだ。

 

 

 

「龍田……さん?」

 

「あなた達、何も分かってないのねぇ……何も」

 

 

 急に声を上げた龍田ちゃんに狼狽える曙。そしてそれを受けて、今まで以上に冷たい視線を向ける龍田ちゃん。彼女はそう答えると、湯船から片手を持ち上げて曙を指さした。

 

 

「まず曙。あなた、一番提督のこと考えてきたくせに、なんで周り(・・)の憶測の中で話しているの? 今の話の中で、ひとつでも提督の発言があった? ひとつでも提督の願いがあった? 少なくとも『したい』なんて言葉はなかったわよ」

 

 

 マシンガントークで曙に突っ込む龍田ちゃん―――いや、龍田()。その言葉に、曙は何も言えずにただ刺される指を見るだけだった。

 

 

「そして夕立。あなた、今まで提督の気持ちを引き出してきたくせに、なんで今それをしないの? 今のあなた、自分のしたいことのために動いているようにしか見えないわ。そういうことを、提督から(・・・・)引き出すのがあなたの役目じゃないの?」

 

 

 次の標的は夕立だ。龍田()の言葉に、彼女は気まずそうに視線を逸らしながらもその手は固く握りしめられている。

 

 

「最後に雪風。あなた、なんで今動かないの? あなたを動かすために、提督は色々と走り回って、ボロを出して、それでもかまわず動き続けたじゃない。なんで、今それをあなたがしないの?」

 

 

 最後に雪風。龍田()の言葉に、彼女は視線を逸らすことなく、何も言うこともなく、ただその言葉を受け止めている。

 

 

 

「そういうこと、結局あなたたちがやっていることは『エゴ』――――『我儘』。最も近い(・・・・)あなたたちがそれに振り回されてちゃ、誰が提督を支えるの? 誰が提督を動かすの? 誰が提督を変えられるのよ?」

 

 

 最後に、龍田は三人に向かってそう呼びかける。それを受けて、視線を外す者、呆けている者、迷っている者。さっきまで目の前にいた者はいなかった。

 

 

 

「そして、伊勢(・・)

 

 

 次に、龍田()は私に標準を向けた。

 

 

「残念だけど、あなたが彼に出来ることはないわ。あなたの『エゴ』は、提督を留めておくことしかできない。現状維持は出来ても『解決』は絶対にできない。私も同じ(・・・・)だったから、断言する」

 

「なんで断言できるの?」

 

 

 龍田に向けて、私は自身が出せる限りの低い声を絞り出した。それは私が突き付けた刃だ。もし腰にそれを帯びていれば、今ここで一刀のもとに叩き切っている。それが叶わないから、一矢報いるために発した。

 

 

 それを、彼女は真っ向から受け止めた。その顔には何処か試すような笑みがある。まるでもっと切りかかって来いとでも言いたげな、煽り散らした顔だ。

 

 だけど、そこから感じるのは敵意でも、侮蔑でも、殺意でもない。

 

 

 同族を見るような哀れみだった。

 

 

「提督が現状維持(・・・・)を求めてないからよ。彼はあなたたちの提案も、曙たちの提案も全て飲み込んだ。それは大本営の決定であり、上官からの命令だから従ったのだ。それも立派な理由でしょうね。でも、もし本当に逃げたかったら(・・・・・・・・・・)、その二つに従うかしら? 本当に傷つきたくなかったら(・・・・・・・・・・・・・)、そもそも提督になってないんじゃないかしら? 本当に艦娘を救いたいと思っていなかったら(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、今この場で曲がりなりにも提督の任を全うしているかしら? つまりね、何が言いたいかというと……」

 

 

 そこで話を切った龍田は、天を仰いだ。まるで、その上にいる誰か(・・)に語りかけるように。

 

 

 

「『飛びたい』からこそ、此処に居るんでしょ?」

 

 

 その声は今まで私たちに向けて語っていた声よりも大きく、ぶっきらぼうで、そっけなく、それでも確かに、『誰か』に向けた言葉だった。

 

 

 その声は反響し、誰の耳に、その鼓膜を幾重にも揺らした。恐らく、その『誰か』には届いていないだろう。このままで、この声は何時まで経ってもここで空しく響くだけだ。

 

 

 故に、『誰か』へ届けなければならない。

 

 

 

「失礼します」

 

 

 そう、『誰か』に声を届ける()は言った。同時に、そのまわりに居た()たちも湯船から出ていく。ペタペタと音を鳴らしながら、彼女(・・)たちは浴場から出て行ったのだ。

 

 しばらく、大浴場には沈黙が支配した。龍田は出て行った三人に向けて手を振っている。そのうちの一人にべったりだった陽炎は黙って龍田を見ている。

 

 

「……なーんで、『火』付けちゃうかなぁ」

 

 

 そして私は、手を振っていた龍田ちゃん(・・・・・)に苦言をぶつける。それを受けた彼女も、先ほどと同じ笑みを向けてきた。

 

 

「だってぇ~……その方が面白そうじゃない?」

 

「人の弟分に、面白半分でけしかけちゃいけないでしょー?」

 

「ほらぁ、そこは姉貴分のゴリ押しで何とか出来るでしょぉ? それに勝手に牙を抜こうとした(・・・・・・・・)のはそっちじゃない」

 

 

 こいつ、抜け抜けと言いやがって……

 

 しかもこっちの意図を、二人の戦意をくじくためにメーちゃんに対する情を利用しよう作戦。それをくみ取った上でうまく利用されたわけだ。しかも、新たに火が付いちゃった子もいるし。

 

 はぁ、これで少しは恙無くメーちゃんを救い出せると思ったのに……

 

 

「というか龍田ちゃん、実はメーちゃんに変わってほしくないんでしょ?」

 

「いいえ~。さっきも言った通り、私は天龍ちゃんがいればあとは何もいらないわぁ~」

 

「どの口が言ってるのよ……」

 

 

 龍田ちゃんとのやり取りに、陽炎が突っ込みを入れる。彼女もまた私側だ。彼女の場合は雪風をお持ち帰りしたいわけだけど。

 

 だけど、何だろう。その顔にはイライラしているようでもあり、何処か悔しそうな顔でもある。

 

 まぁ、それはそうか。彼女にとって見ず知らずの人が、最愛の妹を動かした(・・・・)わけだからだ。お姉ちゃんとして、面白くないだろう。

 

 

「それに私、提督に感謝しているわけじゃありませんし~。むしろ仕返ししたい側なんでぇ~」

 

「それなら、私たちに協力してくれてもいいんじゃないの?」

 

「それは別問題で~す」

 

 

 はぁ、駄目だ。煽るだけ煽って、あとは好きにしろってスタンスだ。これは籠絡できないなぁ。

 

 それに私にも、随分言いたい放題したしさぁ? そこは許していないわけで。そっちが別問題(・・・)っていうのなら、私も別の問題(・・・・・)にさせてもらおうか。

 

 

「じゃあ、今から聞くことに答えてくれたら今日の事は見なかったことにしておくわ」

 

「あらぁ、何か気になる事でも~?」

 

 

 私の取引に、龍田ちゃんは快諾してくれる。割とさっきの問題に絡んでくる話ではあるが、言質は取れたし遠慮なく聞いちゃおう。

 

 

 

 

「この傷を付けた、日向()についてなんだけど」


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