新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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避けなければならない『代償』

「ゆーきーかーぜー!! でてきなさーい!!」

 

 

 廊下に響き渡る陽炎姉さんの声。それが発される方を察知し、その逆方向に小走りでかけていく。だが、その勢い的に逃げられないと判断し、近くに部屋にするりと入り込む。

 

 

「もーーーー!!!! どこ行ったのよーーーー!!!」

 

 

 すると、扉を一枚隔てた向こうに陽炎姉さんの声が聞こえ、どしどしと足音が通り過ぎていく。それを確認し、更に扉を少し開けて外を確認してみる。見た感じ、通り過ぎたみたいだ。

 

 

 

「はぁ……良かった……」

 

 

 それを確認したあたし――――雪風の口からそんな声が漏れたのだ。

 

 何故、こんな状況になっているのか。それを説明するには、少しだけ時間をさかのぼる必要がある。

 

 

 

 時は、この前の作戦―――キス島撤退作戦後だ。

 

 

 その作戦であたしは独断専行で突撃し、艦隊全員を危険に晒した。この行為は軍法会議ものだし、下手すれば解体の危機すらあったのだ。

 

 まぁ、あの時は曙さんやしれぇとのやり取りでよくわからない状況だったけど、一応あたしは先の作戦での行動の罰として営倉に入れられていた。だから、しれぇもあの時あたしを営倉に連れて行ったのだろう。

 

 だが、罰として営倉に入れられていただけで体感としてはいつもとそんなに変わらなかった。というのも、常に誰かが営倉にやってきたおかげで、寝るとき以外一人になるタイミングがなかったのだ。

 

 

 来てくれたのは、曙さん、夕立さん、潮さん、響さん、吹雪さん、金剛さん、イムヤさん、イクさん、龍驤さん、加賀さん、長門さんだ。特に夕立さんと曙さんは頻繁に来てくれて、その日あったことをいろいろと教えてくれた。

 

 曙さんに至ってはご飯をもってきてくれた。それもカレーいっぱいの鍋を担いで、だ。あたしがたくさん食べるからというよりも、前の仕返し(・・・)だというのが正しいだろう。

 

 

 味は美味しかったです。流石、間宮さん仕込み。

 

 

 とまぁ、罰なのだが罰の意味をなしていない営倉生活を終え、一応は普通(・・)の生活に戻ってきたわけだ。

 

 ただ一言で『普通』といえども、今のあたし(・・・)にとっては全部未知のことばかり。皆以前と変わらない様子で接してくれるが、それでもどこか違和感を覚えてしまう。

 

 多分、今までシャットダウンしていたものもちゃんと受け取るようにしたからだ。更に『雪風』ではなく、『あたし』として受け取るようにした。だからあたし(・・・)もぎこちないし、それが相手にも伝わってお互い微妙な空気になる。

 

 慣れるまで、時間はかかると思う。仮に慣れたとしても、以前と同じものではないと思う。そのおかげで、何か不都合が起きるかもしれない。もし、それが『償い』というのであれば、あたしはそれを甘んじて受け入れよう。

 

 でも、その()で待ってくれている人がいる。今までとは違う、決していなくならない人がいる。だから、あたしは歩いていける。

 

 

 

「……最近、喋ってないなぁ」

 

 

 ポツリと、声が漏れた。同時に、扉に身体を預ける。

 

 

 最近、というか営倉以降、しれぇと会っていない。

 

 元々執務に追われる身であり、更に罰せられた立場のあたしに会いに来るなんてまずあり得ない。営倉に連れて行ったこと自体、おかしいのだ。そんな彼がほいほい営倉に顔を出すことはないだろう。

 

 それは営倉を出た後も一緒だ。しれぇは今回の作戦の後処理のせいで、ほとんど執務室に籠っている。食事も大淀さんや、その日の秘書艦さんが持っていくほどだ。更にあたし自身も出撃任務があり、鎮守府を開けることが多いのもあるだろう。

 

 それ以外はお風呂と寝る時間ぐらいだが、それこそ出くわす可能性はほぼない。逆に出くわしたら彼が憲兵に連行されてしまう。その憲兵さんも最近は執務室でしれぇの執務を手伝っているみたいで色々知っていそうだが、一駆逐艦と憲兵さんとの接点なんてもっとない。

 

 故に、今日まで提督と喋っていない。声は聞いたが、それは出撃中の無線でだ。流石にそこで会話するのははばかられる。以前はたまに廊下や食堂で会うこともできたが、最近は見かけても大体他の艦娘さんと話していたりするので、なかなか声をかけづらい。

 

 

 『傍に居てほしい』って言ったくせに……ちっとも居させてくれないのだ。

 

 

 まぁそれも分かっている。しれぇは此処の艦娘みんなに向けてそう言ったのだ。だから、彼がやっていることは間違っていない。ちゃんとみんなの傍に居て、今は執務でてんてこまいだが、それが落ち着けばちゃんと受け入れてくれる。何も間違っちゃいない、タイミングが悪いだけだ。

 

 それはそうとして、それでもしれぇの口からそれを聞いたのはあたしだけだ。加賀さんや曙さんにも言っている可能性はあるが、あたしが把握している限りで確定しているのはあたしだけ(・・)だ。それについて、どうこういう気も権利もない、そうだと分かり切っている。

 

 

 分かり切っているんだけど……納得していないあたし(雪風)がいるわけで。

 

 

 

「はぁ……会いたいなぁ……」

 

「会えばいいデース」

 

 

 

 誰にも聞こえないと踏んだ漏らした言葉に、返ってきた。

 

 

 

「!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

 

 

 声にならない悲鳴を上げてあたしはその場を飛び退き、声がした方を向く。

 

 

 そこは、机をはさんだ向こうのソファーに腰掛けながら紅茶を飲む金剛さんがいたのだ。

 

 

「ここここここ金剛さん!? なんで此処に!?!?」

 

「いや、ここワタシの部屋だし」

 

 

 あたしの悲鳴じみた声に、金剛さんは苦笑いを浮かべながらそう答える。その言葉に、あたしは扉を開けて廊下に吊り下げられた名札を見た。

 

 この鎮守府では、誰の部屋が分かるように扉の傍に名札がかけられている。そして、その名札には『金剛』と書かれていた。

 

 

「急に飛び込んできたから、びっくりしたネー」

 

「そ、それなら最初に言ってくれれば……」

 

「アナタのお姉さんから逃げているみたいでしたし、ちょっと声をかけづらかったデース」

 

 

 扉を閉じながら苦言を漏らすあたしに、金剛さんは肩を竦めながら紅茶をすすった。あたしのために声をかけなかったのなら、それはそれで有難いことではあるけども……にしてももう少し早くかけてくれてもいいじゃないか……

 

 

「フフッ、ほんとに此処の人たちはpleasantね」

 

 

 ふと、その場に聞き覚えのない声が響いた。鈴のようなきれいな声で、クスクスと笑いを抑えているみたい。だが、その姿は見えない。

 

 その声にあたしが反応できないでいると、金剛さんと机をはさんだソファーの横から金髪の美少女がひょこっと顔を出した。

 

 顔を出した少女は笑い過ぎたのか、うっすら涙を溜めた目を向けながら手をひらひらしている。

 

 

 

「……あの、この方は?」

 

「J級駆逐艦 一番艦のJervis。イギリスの駆逐艦で、祖国からの出向で現在柊木テートクのところにいるそうデス」

 

「Nice to meet you!! ゆき……かぜ!!」

 

 

 金剛さんの言葉に、ジャーヴィスさんが椅子から飛び出し、あたしに駆け寄ってきた。その姿に後ずさりしてしまうも、容易に距離を詰められた彼女に手を掴まれてしまう。

 

 

「は、初めまして……って、あたしのこと知ってるんですか?」

 

「Of course!! JapanのLucky girlだもん!! さぁ、こっちでTea timeしましょう!!」

 

 

 勢いに気圧されながらつつ、その手を握る。するとジャーヴィスさんはにこっと笑い、そのまま抱き着いてくる。すこし幸運(Lucky)という言葉に引っかかるも、抱き着かれた勢いで聞けずじまい。そのまま彼女に引っ張られてしまった。

 

 

「ほら!! コンゴーのTeaはscrummyよ!!」

 

「何言ってるネ? Tea leafはアナタが持ってきたものデス。ワタシをダシに自慢しないでくだサーイ」

 

 

 笑顔のジャーヴィスさんに引っ張ってこられ、隣に座らされてしまった。座った瞬間、対面に居る金剛さんスッと紅茶を差し出してくる。いつの間に……とも言えず、とりあえず紅茶を飲む。うん、紅茶の良し悪しは分からないが普通に美味しい。

 

 

「sconeもそうよ!! 食べてみて!!」

 

 

 紅茶を飲むあたしに、ジャーヴィスさんは机に積まれていたスコーンを手に取り差し出してくる。何も言えずに受け取ると、彼女は満足そうにニコニコしていた。よく見ると、その口元にスコーンのカスがついている。

 

 

「Hey girl? sconeはこぼれやすいから、お皿と一緒に渡してくださいネ?」

 

「……もう、コンゴーはいちいち really strictね」

 

 

 金剛さんから苦言と共にお皿を手渡される。それを受け取っている間、ジャーヴィスさんはしつこいと言いたげに頬を膨らませた。そんな二人を前にしながら口元にお皿を持っていきスコーンを齧る。

 

 齧りながらジャーヴィスさんを見ると、口元だけでなく制服のところどころにスコーンのカスがついている。彼女の前には皿はなく、直にスコーンを掴んで食べていたのだろう。

 

 

 

「It's bad manners that are inferior to dogs and cats, you bastard. Why don't you learn from them again?」

 

「It's better than your grandmother's unbearable American. Who did you learn it from? Was it an insect?」

 

 

 そう思ったら、目の前の二人から流暢な英語が飛び出してきた。意味は分からない。二人は笑みを浮かべている。

 

 

 だけど、何故か和やかではない雰囲気だと感じ取った。

 

 

 

「……まぁ良いデース。で、雪風はどうして逃げているんですカ?」

 

 

 そんな雰囲気は金剛さんの一言で消え去る。いきなり話を振られたので面食らったが、横のジャーヴィスさんも興味津々といった感じで見つめてくる。その視線にさらされたら、逃れることはできないよ。

 

 

「その、ちょっと、会いづらいんですよね……」

 

「Why? カゲロウは貴女のSisterなんでしょ? 嬉しくないの?」

 

 

 あたしの言葉に、ジャーヴィスさんは至極当然の質問を投げかけてくる。金剛さんは特に何も言わないが、目で答えろと促してくるのみだ。

 

 

「訓練生時代に会ってまして……その時、ちょっと酷い反応しちゃったんですよ」

 

 

 二人の視線に観念し、あたしは訓練生時代のことを話し始めた。

 

 

 訓練生時代、あたしが『雪風』に対して拒否反応を示していた時。当時、まだ艦娘試験に合格する前の、『陽炎』になる前の彼女に『姉さん』と呼んでしまったことがある。

 

 その時はまだ赤の他人であったため、陽炎姉さんはいぶかしげな顔を向けるだけであった。それを見て、赤の他人を『姉さん』と呼んでしまった自分が、『雪風』に毒されていくことを実感させられたのだ。

 

 

 それから数日後、今度は陽炎姉さんからあたしに接触してきた。

 

 その時に彼女は『陽炎』になっており、『陽炎』として妹である『雪風』に声をかけてきた。更にその後ろには、不知火姉さんや黒潮姉さんもいた。彼女たちもまた、会えば『姉』としてあたしに接してきただろう。

 

 だけどその時、あたしは『雪風』を否定していたため、『雪風の姉』である彼女たちと接触するのを拒否してしまったのだ。さらに、その拒否の仕方がマズく、いきなり大声を上げてその場から逃げ出してしまった。

 

 

 それ以来、あたしたちは出会っていない。姉さんたちが敢えて声をかけてこなかったのかもしれないし、あたしが彼女たちから必死に逃れていたのかもしれない。

 

 とにかく、非常に気まずい別れ方をしてしまったのだ。

 

 

 だが今回、というか今日だ。

 

 

「見つけた!!!!」

 

「え?」

 

 

 何気なく廊下を歩いていたら後ろからそう声が聞こえ、振り返るとものすごい形相で走ってくる陽炎姉さんがいたわけだ。

 

 突然気まずい別れ方をした姉が目の前に現れたこと。更に最近『雪風』と向き合うようになれたあたしにとって、現段階で陽炎姉さんのは相当の準備が必要なこと。そんな陽炎姉さんが何故うちの鎮守府にいて、何故こちらに走ってくるのか。

 

 

 そして何より――――

 

 

「ゆきかぜぇぇええええええええええ!!!!」

 

 

 地獄の底から叫んでるような声で、とても女子がしてはいけない顔で、全力で走ってくる存在がいたら誰だって逃げる。

 

 

 

 

「いやぁぁああああああ!!!!」

 

 

 

 と、今まで出したことのない奇声を上げ、反対方向へ全力疾走してしまった。

 

 

 

「そんなわけで……今の今まで逃げているわけですぅ」

 

「Oh……」

 

「それ、知ってるわ!!『ちぇすとぉ!!!!』ってやつでしょ!!」

 

 

 話を進めるごとにだんだん顔を覆っていくあたしを前に、金剛さんは様々な感情がこもった声を漏らす。対してジャーヴィスさんはそれが何処ぞの日本文化とリンクしたのか、両手で棒を握り目の前へ振り下ろすジェスチャーをする。

 

 とにかく、一度逃げちゃったせいで非常に会いづらい状況なのだということは理解してもらえたみたいだ。本当は色々とあるんだけど、今はそれだけでいいや。それにあまり長居するのはあたし的にも金剛さん的にもよくないだろう。

 

 

「では、雪風は失礼しますね。紅茶とスコーン、ありがとうございました」

 

「ん? 何処にデース? まだ話は終わってないですヨ?」

 

 

 お茶会のお礼を言って立ち上がろうとするも、何故、と言いたげな顔を金剛さんに引き留められる。いや、話は終わりましたよね? 陽炎姉さんに追いかけられている理由は話したし。他に聞かれていることなんて。

 

 

 

「テートクに会いに行けない(・・・・・・・)話、終わってませんヨ?」

 

 

 

 と思ったら、金剛さんがあたしの疑問を投げかけてきた。思わず彼女の顔を見るも、どうも茶化している様子はなく、いつになく真剣な顔をしていた。

 

 

「え……」

 

「さっき、『会いたい』って言ってましたよネ? 何故会わないんですカ?」

 

 

 面を食らうあたしに、金剛さんは再度質問を――――個人的に一番はぐらかしたかった話題を投げかけてきる。ふと傍らのジャーヴィスさんに視線を向けると、何故か彼女も真剣な表情をしていた。

 

 

 

「『テートクがいなくなる』―――あなたも聞いている筈ですよネ?」

 

「……はい」

 

 

 続けざまに投げかけられた問いに、あたしは今度こそ観念した。そう返しながら、ソファーに座り直したのだ。

 

 

「では、今テートクがいなくなることに反発した曙と夕立、そして榛名によって、テートクの続投をかけた演習が行われることを知っていますカ?」

 

「え……?」

 

 

 次に投げつけられた問に、あたしは思わず声を漏らした。

 

 確かに、しれぇがいなくなることは鎮守府中に知れ渡っている。それは陽炎姉さんから逃げていても耳にすることが出来た。そのため、あたしもその事実を知っていたのだ。

 

 だが、演習もついては聞いていない。何故金剛さんが知っているのかは分からないが、その発言にジャーヴィスさんが特に反応もしないのを見るに、彼女も知っていることなのだろう。

 

 

「……動かないんですネ」

 

 

 不意に、金剛さんからそう言われる。その言葉に、思わず目線を逸らした。

 

 

「あなたなら、テートクがいなくなると聞けばすぐ彼の下に飛んでいくと思ったのですが……演習の件を聞いても行かないんですネ」

 

 

 更に金剛さんから言葉を、いやナイフを投げつけられる。それは確実にあたしの身体に、それも心の臓に深く刺さる。痛みを感じるはずがないのに、あたしは確かに痛みを感じた。

 

 

「ゆきかぜ? Somewhere,it hurts?」

 

 

 ジャーヴィスさんからそういわれる。意味は分からないが、いつの間にか胸を掴んでいたあたしの手を見ているので、心配しているのだろうと分かった。うまくできるか分からないが、あたしは心配ないと笑いかける。

 

 

 そして、今度は金剛さんをまっすぐ見た。

 

 

「……動かないというよりも、動いちゃいけない気がするんです」

 

「Why?」

 

 

 金剛さんにそう言うと、彼女は腕組みをしながら首を傾げた。その目は相変わらず鋭いけど、先ほどよりも鋭さは弱まった。

 

 

 

「しれぇを、あの人を、あたしたち(・・・・・)の『代償』にしちゃう気がするんです」

 

 

 そう話した時、あたしはちゃんと笑えていただろうか。

 

 

 あたしは『雪風』、そして『雪風』は『幸運艦(Lucky girl)』でもあり、『死神』でもある。

 

 

 あたしたちが自覚しているしていないに関係なく、周りに『幸運の代償』を背負わせてしまう。それは今まで生きてきた中で何度も何度も、嫌になるくらい証明してきてしまった。

 

 その結果、あたしたちは周りを『代償』にさせないように、早く沈みたいと願ってきたわけだ。

 

 だけど、あたしたちは先の作戦で、しれぇに『生きること』を望まれ、『傍にいること』を願われた。それは彼だけでなく、あたしたち共通の願いになった。そして、それはあたしたちが成し遂げるべき『最優先事項』になった。

 

 

 そう願う反面、あたしたちには周りに『代償』を背負わせてきた事実がある。

 

 それは今もなお、続いているかもしれない。これを消し去る方法も知らないし、それがどれだけ周りに影響を与えるのか、その度合いはどのくらいなのか。それらを推し量ることが出来ないのだ。

 

 そんな状況で、しれぇの下に行った場合。いつ何時それを強いることになるか分からない、どれだけ強いることになるかも、その結果どうなるかも分からないのだ。

 

 

 そんな何もかもが不安定な状況で、更に悪影響を与えてしまうと分かり切っているのだ。

 

 周りの、特にしれぇの安全を確保するためにも、あたしたちは近づかない方がいい。更に言えば、曙さんや夕立さん、榛名さんがすでに動いてくれているのだ。状況を悪くするかもしれないあたしたちがわざわざ近づく必要はない。

 

 

 今、雪風(あたし)たちが出来ることは、周りを巻き込まないように距離をとることだけだ。

 

 

 

「……なので、あまり関わらない方がいいかと」

 

「それで、雪風は良い(・・)んですカ?」

 

 

 そう話し終えたとき、金剛さんからそう問いかけられる。それを受けて、あたしは胸を掴む手に力が込めた。

 

 

 

 そんなの、良いわけない。良いわけがない。

 

 

 今すぐにでもしれぇのところに行って、演習についていろいろ問いただしたい。

 

 今すぐ曙さんたちと合流して、作戦を練りに行きたい。 

 

 今すぐ相手のしれぇさんのところに行って、うちのしれぇの異動をやめさせるよう抗議したい。

 

 

 でも、あたしの行動ひとつでしれぇの、曙さんたちの立場を悪くするかもしれない。あり得ないとわかっていても、絶対ではない。

 

 少しでも可能性があるからこそ、少しの隙間だけでも多大な影響を及ぼす『雪風』だからこそ、関わってはいけないのだ。

 

 

 

「……悪い方に行くぐらいなら、あたしは良い(・・)です」

 

 

 

 そういって、金剛さんに笑いかけた。恐らく、次に来るのは鋭い視線、そして彼女の深いため息だろう。

 

 

 だけど、実際に来たのはそのどちらでもなかった。

 

 

 

「Aren't you dumb?」

 

 

 そう声が聞こえ、同時に顔に何の液体がかかる。とっさに目を閉じたことで、目に入ることは避けられた。だが、思考は止まってしまう。

 

 

 そんなあたしの鼻に、程よい暖かさと、心地よい香りを感じた。

 

 

 その香りは、先ほどいただいた紅茶に似ていた。

 

 

 

「Japanの艦娘は変な奴揃いだと思ったけど……あんた、相当のdumbだね」

 

 

 またもや声が横から(・・・)聞こえる。頭が回らないまま目を開けると、焦った顔をした金剛さんが机の上に手を走らせている。その様子から、彼女はやってないのだろう。

 

 

 その様子を見ながら、あたしは視線を横に――――紅茶をかけた人物に向ける。

 

 

 そこに居たのは、空っぽのマグカップを手にしたジャーヴィスさん。

 

 

 その顔は先ほどの可愛らしいものではなく、決して味方に向けていけない相手を蔑むような表情だ。

 

 あたしと目が合った際、その口から「チッ」と小さく舌打ちが聞こえた。

 

 手に持ったカップを机に投げつけ、転がるカップの横へ乱暴に足を投げ出した。

 

 頭の後ろに腕を回し、心底ダルそうな目をあたしに向ける。

 

 

 そして、その口がこう動いた。

 

 

 

「Useless girl」

 

 

 そう言われた。意味は分からない。でも、蔑まれていることは分かった。

 

 

 

 

「じゃぁぁああああああう゛ぃぃぃぃすぅぅぅううううう!!!!!!」

 

 

 だけど、その空気は真後ろから飛んできた声と腕によって破られた。その声は陽炎姉さんだ。

 

 

 

「あら、カゲロウ。All the best」

 

「何が『ごきげんよう』だこらぁ!? あんた、あたしの妹に何してくれてんのよ!!!!」

 

「何って、逃げないように引き留めておいたんじゃない」

 

 

  あたしを抱きしめながら激昂する陽炎姉さんの言葉に、ジャーヴィスさんはどこ吹く風という感じでスコーンを齧る。その様子に、何か言語ではない声を上げる姉さんを、何故か傍に居た曙さんと夕立さんが抑えた。

 

 

「ちょ、ほら!! 雪風見つけたから!! ここは一旦引きましょう!!」

 

「そうっぽい!! まずは妹ちゃんをお風呂に入れなきゃ!!」

 

 

 二人にいさめられて、いやいさめられてない陽炎姉さんであった。しかし、流石に駆逐艦二人を振りほどくことは出来ず、ズルズルと引きずられていく。そしてその手にがっちりつかまれている私も、一緒に引きずられていく。

 

 

「え!? ちょッ!? 待って!?」

 

「あと片づけはやっておきますから、安心してくださいネー」

 

 

 そんなあたしに金剛さんは笑みを浮かべながらそういうだけで、そもそも助けるつもりがない。ジャーヴィスさんは言わずもがな。

 

 

 懸命に伸ばしたあたしの手は誰にも取ってもらえず、そのまま陽炎姉さんと一緒に引きずられていった。




今回英単語が多いので、どのような意味なのかを記しておきます。


単語&熟語
 scrummy … 格別な、素晴らしい

 scone … お茶菓子のスコーン

 dumb … バカな、間抜けな

 really strict … 口うるさい、うっとうしい

 Somewhere,it hurts … 何処か痛いの?

 Aren't you dumb? … バカじゃないの?

 Useless girl … 役立たずな女
 


長文
 It's bad manners that are inferior to dogs and cats, you bastard. Why don't you learn from them again?
 ➙犬猫にも劣るマナーの悪さですねクソガキ。もう一度彼らに学んだらどうですか?

 It's better than your grandmother's unbearable American. Who did you learn it from? Was it an insect?
 ➙おばあちゃんの聞くに堪えないアメリカ語に比べたらマシですよ。 誰から学んだのかしら? 虫かしら?


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