新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~ 作:ぬえぬえ
「はぁぁあああぁぁぁ……」
その身体のどこからそんな声が出せるの……? と言いたくなるほど深い深いため息を漏らす夕立。そんな彼女を心配半分、呆れ半分で見つめる私――――曙。
私たちは今、食堂の一角に腰を下ろしてクリームあんみつを食べている。これは私が考案したもので、前に潮とクソ提督に食べさせ好評だったので定番メニュー化した代物だ。他の皆も好評で、間宮アイスに並ぶ人気商品となった。
……ええ、ちゃんとクソ提督にも食べさせたよ、あのバカ。
まぁ、何故こんなところで二人のんびりしているのかというと、今しがた扶桑さんに演習の事を伝えに行ったからだ。いや、ただ伝えに行っただけなら、こんなことにはならない。問題は、その時居合わせた扶桑さんの妹である山城……さん? うん、山城さんがいたからだ。
「確かに『出来るだけ煽ろう』って言ったけどさぁ……」
先ほどのやり取り、実はわざとだ。理由は簡単、向こうさんにこちらが調子に乗っていると思わせるため。もしくは周りが見えなくなっていると思わせるためでもある。
ちょうどあちらさんのおかげでうちにいる艦娘たちの改造が進み、前に引けにならないほどの強くなったわけだ。その強化を過信してでかい態度をとっている、そう思い込ませやすい。
しかも、さっきクソ提督が発表したメンバーに私たちが入っている。あいつ曰く、『お前たちが言い出したんだから最後までやり抜け』ということらしい。まぁ一理あるし、私たち的には丁度いいということで二つ返事で承諾。その代わり、演習メンバーへの通達をすることを了承してもらった。
そんな役得もあったわけで、なら演習を周りに知らせつつあちらさん側の艦娘には舐めた態度をとるようにしてみよう、という私が提案。それを夕立も了承し、いざ飛び出したわけだ。
そして第一メンバー発見、更に
その結果が、普段慣れないことをして疲弊する&煽り過ぎたと後悔する夕立であった。
「……何もあそこまでやらなくても」
「……反省はしてないっぽい」
いや、反省はしなさい。いろんな意味で。その意を込めて夕立の頭にチョップをかます。すると、彼女はふらりと頭を揺らして目の前の机に身体を預けた。器用に自分のあんみつを避けて、だ。スプーンも咥えたままだったので、「危ないわよ」と言いその口からスプーンを抜き取る。
「でも、言い出しっぺは曙ちゃんだよ? あそこは乗ってくれても良かったっぽい」
「今、そんなふうになってなければね? 一煽りごとにあんみつ食べさせる余裕はないわよ」
ため息を吐き終わるとともに机にだらしと身体を預ける夕立をしり目に、私はクリームを掬って口に含む。うん、ホイップクリームだからそんなにくどくない。フルーツの酸味をいい意味で抑えて、かつ引き立てる。我ながら力作だ。
ちなみに、このあんみつは私のおごりである。あれをかました後、夕立の疲労困憊ぐらいがヤバいと察し、とりあえず作戦会議も兼ねて休憩にしたのだ。
私の言葉に不満そうに口を尖らせる夕立の口に、先ほど抜き取ったスプーンで掬ったクリーム付みかんを差し込んでやる。途端、夕立は顔に刻まれたしわを消し、恍惚の表情を浮かべる。
それを何度か繰り返しながら、私は手元の書類に視線を落とした。
それは、演習に参加するメンバーが書かれている。
『綾波型駆逐艦 8番艦 曙改』
『白露型駆逐艦 3番艦 夕立改二』
『金剛型戦艦 3番艦 榛名改』
『伊勢型航空戦艦 2番艦 日向改』
『扶桑型航空戦艦 1番艦 扶桑改』
『龍驤型軽空母艦 1番艦 龍驤改』
以上が、今回の演習メンバーだ。
自分で言うのもあれだが、何故このメンバーなんだろうか……
あちら側の編成は、連れてきた艦娘たちそのままだ。伝聞ではあるが、艦種だけを見るとほぼ私たちと一緒だ。違うと言えば、あちらは正規空母の蒼龍さんに対してうちは軽空母の龍驤さんであることくらい。
――――そう、『一緒』なのだ。
まるで向こうの艦種に
編成次第では加賀さんや隼鷹さん、金剛さんも組み込めたはず。その方が制空権を支配できる分、こちらが有利になるのにだ。また北上さんを組み込めば、
現時点でも非常に有利な状況なのに、クソ提督はそれをせずに相手に合わせたメンバーを組んできた。それがたまたまなのか、わざとなのかは分からない。しかし、ここまで揃えているところを見るに恐らく後者であろう。
そう考えると、じゃあ何故この編成にしたのか。
わざわざ勝てる見込みを捨てて、敢えて合わせに行った意図は何か。
拮抗した状況でも勝つ算段があるのか、それとも勝つ自信があるのか。
そもそも、
『勝つ』ことが目的ではなく、『負ける』ことが目的なのではないか。
『負ける』ことで、此処を去ることが目的なのではないか。
―――――考えられることは、沢山ある。だけど今のところ、言えることはある。
あいつは、『自分』に都合の悪いことは言おうとしない。
そしてそれは、『私たち』が被害を被ることであればあるほど、だ。
もしそれが私の思い込みだとしても、
そして私と同じなのが今目の前にいる夕立、そして此処に居る艦娘たち。全員とは言わない、いや言えない。
だけど、
「曙ちゃん」
ふと、夕立の声が聞こえる。振り向くと、真剣な顔を浮かべた彼女がいた。
「負けないよ、絶対に」
その言葉と共に、笑みを浮かべた。それを見て、私も笑みを浮かべる。
「ええ、当然でしょ」
そう言って、二人で笑い合う。傍から見れば、どう見えただろうか。無邪気な笑みを浮かべる微笑ましい光景か、怪しい笑みを浮かべる近づきがたい光景か。
「何を企んでいるんだ?」
そんな光景を、恐らく後者と捉えたらしき人が声をかけてきた。それを受けて、私たちは声の方を向く。
「日向さんっぽい!!」
「隣、良いかな?」
夕立がその名を呼び、呼ばれた彼女―――――日向さんがうっすら笑みを浮かべながら、私たちの席に座ってきた。
伊勢型航空戦艦の日向さん。この鎮守府には、私の後に着任してきた。
最初は常に無表情。声色も変わらず、更に「ああ」とか「了解した」とかしか言わない。多くを語らない人で、非常にとっつきにくい印象だ。もちろん此処の状況もあったため、なおさら表情を出すことが出来なかったのもあるが。
だが、それは先ほど出会った扶桑さんが来たことで、ある程度の感情を見せるようになった。とはいっても、そのほとんどは二人の煽り合いによるもので、見えた表情も扶桑さんに向けた皮肉や蔑視のようなものばかりだったが……
ちなみに夕立曰く、先ほどのあの煽り方は二人のやり取りを参考にしたらしい。悪影響しか与えていない。
「ちょうど良かった、日向さんに渡すものがあるんです」
「ん? 私にか?」
そう言って、私は先ほど視線を落としていた書類を日向さんに手渡す。彼女はそれを受け取り、目を通し始めた。
一応、クソ提督の件は鎮守府中に広がっているため、ある程度の説明は省いても問題ないだろう。というわけで、簡単にだが説明した。
「……なるほど、提督の異動をかけて演習をすると。しかし、それにしては妙な編成だな」
「やっぱり、そうですよね……」
私の説明に納得しつつも、日向さんも私と同じ疑問をこぼす。それに同調しつつ、私も首をひねった。私は相手の編成を知っている分納得できるところもあるが、それも知らない日向さんでもおかしいと思うだろう。
「多分ですけど、この編成は相手に合わせていると思うんです」
「相手に? なんでまた?」
私の言葉に、日向さんが首をかしげながら問いかけてきた。遅かれ早かれ知ることだし、逆にここで演習の作戦を詰めることが出来るかもしれない。そう考えて相手の編成を伝えた。
「そうか」
私が相手の編成を言い終えると、日向さんはそう言って黙り込んでしまう。その表情は読めない。ピクリとも動かない。急に動かなくなった日向さんに、私と夕立はいぶかしげな目を向ける。
「日向さん?」
「あぁ、すまない。じゃあ、ちょっと行ってくる」
夕立の問いかけに日向さんは小さく答え、おもむろに立ち上がった。その時見えた顔、それはいつもの無表情だった。
だが、ほんの少しだけ。
「どこに行くんですか?」
「執務室だ。私を外してもらう」
「え!? な、なんでっぽい!?」
日向さんに声をかけると、そんな答えが返ってきた。それに夕立は立ち上がり、行こうとする彼女の手を握る。
「
「そ、そんなの分からないっぽい!!」
「分かるんだ、私には」
「だ、だからなんでそう決め――」
「勝てないんだよ!!」
夕立の声をかき消すように、その手を払うように。日向が声を、
その怒声は食堂中に響き渡り、その場にいた周りの目を集めた。その全てを一心に集めた日向さんは、無表情であった顔を崩して、とある感情を見せた。
「伊勢には、絶対に」
そう絞り出すように、『悲観』じみた顔で出したのだ。いつもの無表情、たまに見せる『不遜』な表情ではない。
何度も何度も打ち砕かれたであろう、『脆弱』な
「どうした?」
不意に声が聞こえた。その方を見ると、長門さんが立っている。その横には、驚いたような顔の女性がいる。
少し癖のあるショートカット。後ろ髪はなぜか後方に向かって大きく跳ねており、前髪は右で七三分けになっている。その下に見えるは黄緑色の瞳だ。頭には艦橋の信号桁を模したカチューシャを、首には手錠を大きくしたような首輪がつけている。
和風デザインのへそ出しノースリーブのトップスに黒の超ミニスカートという露出度の高い服装。足には赤のオーバーニーソックスを履いており、両手には白い手袋をつけている。
そして何より、その大きく盛り上がった胸部装甲……くそ。とにかく、露出度が高いがどことなく長門さんに似ている。
「いや、なんでもない。じゃあ、私はこれで」
声をかけてきた長門さんに、詫びを入れる。その時には、いつもの無表情に戻っていた。そのまま、長門さんの脇をすり抜け食堂を出ていく。道中、周りの艦娘に詫びを入れつつだ。
日向さんが出て行ったあと、食堂は潮が満ちるように騒がしさを取り戻していく。ただ、そのほとんどが私たちを見てひそひそ話すものばかりだったが。
「で、何があった」
もちろん、それを見逃す長門さんではない。彼女は先ほど日向さんが座った場所に腰を下ろし、そう問いかけてきた。それに対して私は口をつぐみ、視線だけをその横にいる女性に向ける。その視線を察したのか、女性は軽く咳ばらいし、手を差し出してきた。
「初めまして、私は長門型戦艦 2番艦の陸奥。知っていると思うけど、柊木提督傘下の艦娘よ。これからよろしくね」
「……曙です、よろしく」
「……夕立っぽい」
差し出された手を握り返しながら、名前だけを述べる。非常に失礼だとは思うけど、クソ提督を此処から立ち退かせようとしている人ではあるので、あまり親しくしたくはない。
「おい二人とも……すまんな、陸奥」
「いいのよ、長門。私たちが此処に来た目的を聞けば、こういう態度をになるわ」
私たちの塩対応に長門さんから苦言が飛び、そのまま陸奥さんに詫びを入れる。それに対して、陸奥さんは余裕そうな笑みを浮かべた。その余裕そうな雰囲気、男気満々の長門さんの妹とは思えない色気ムンムンの人だなぁ。
「陸奥さん、『演習』の件って聞いてます?」
「演習? いいえ、何も」
「なんだ、私も知らんぞ」
演習について二人に問うと知らない雰囲気だったので、とりあえず簡単な説明をしておいた。その傍ら、特に何も言わずに黙っていた夕立であったが、その顔は先ほど山城さんに見せた顔――――『煽り散らした』顔になっていた。
この子、本当にわざとやってるのかしら? 傍から見ると、
「……というわけです」
「ほぉ、面白いこと考えたなぁ」
「……それ、本当なの?」
私の話に長門さんは言葉通り、クックックッと笑っている。その横の陸奥さんは何も言わないものの、その顔は明らかに不満げであった。彼女からすれば、このまま吸収されるだけで終わるところに無理やり演習をねじ込まれた形だ。そんな顔になるのも仕方がない。
それに、確か彼女はうちにやってきたときから伊勢さんたちと別行動をとっていた。今の様子を見るに、恐らく長門さんに会いに行っていたのだろう。先方への挨拶よりも姉に会うことを優先したということだ。
うちの艦娘たちを例に考えれば、少なくとも何らかの感情を長門さんに向けているに違いない。そして、演習の話をしてこの反応だ。彼女にとって、私たちが吸収されることを歓迎していたのだろう。
「……確かに貴女たちの境遇を考えれば、急にやってきた艦隊に吸収されることに反感を覚えるのは仕方がないか。まぁ、いずれにせよ仲間になるんだし、仲良くしましょうよ。でも演習はきっちり勝たせてもらうから、そこは我慢してね」
しかし、陸奥さんは変に食い掛ることはせず、大人の対応で返されてしまった。流石にこれにかみつくのは厳しいわね……なるほど、これが大人の余裕か。
でも、演習については言及しているので、少なくとも引っかかる部分があったのだろう。
「それと、ちょっと聞きたいことがあるのだけどいいかしら?」
「何っぽい?」
微笑を浮かべる陸奥さんの問いかけに、私ではなく夕立が答える。その顔は変わらず煽り散らしている。夕立、それもうやめな―――
だが次の瞬間、目の前で何かが通り過ぎた。
それが何かを認識する前に、それは何かを―――――夕立の身体を引っ張り込んでいた。それを認識してようやく、何かが陸奥さんの両腕だと分かった。
そして目の前には、机越しから夕立の胸倉をつかむ笑顔の陸奥さんがいた。
「ぽひぃ」
かすかに漏れる夕立の声。先ほどの煽り散らした顔のまま、その目に涙がたまっていた。
「長門をあんなふうにしたのは、
そう問いかける陸奥さん。その顔は笑っていた。
ただその薄く開かれた目は、真っ黒に染められていた。その『黒』には、膨大な感情でぐちゃぐちゃにしたように濁っていた。
「ち、ちょ――」
「じゃああんた?」
ようやく理解が追いつき近づこうとすると、今度はその真っ黒な目を私に向けて問いかけてきた。その視線にさらされた瞬間、私は背筋に寒気を感じ、のど元に圧迫感を覚える。
まるで首を絞められているような、のど元に刃物を突き付けられているような、そんな恐ろしい感覚に襲われたのだ。
「ち、違い……ます……」
私がそう声を漏らすと、胸倉を掴まれている夕立は無言のまま首を縦に振りまくる。その度に涙や鼻水が飛び散るも、それすらも気にする様子のない陸奥さんは私たちから視線を外し、遠くを見詰めるように呟いた。
「やっぱり提督か……よし、なが―――」
陸奥さんがそう言って長門さんの方を向く。だが、その言葉は途中で途切れた。
振り向いた瞬間、長門さんの右ストレートがその顎に入ったからだ。
「えーーーーーーーーッ!!!!!!!」
響き渡る私の絶叫、崩れ行く陸奥さん、それを支える長門さん、その手を逃れて椅子にへたり込む半べその夕立。
またもや、食堂の視線が私たちに集中するのであった。
「いやぁ、ごめんなさいね~」
食堂が幾分か落ち着いて、というかそもそも利用者が減ったという方が正しい。ともかく、私たちは改めて陸奥さんと長門さんと対峙した。
ちなみに、夕立は私にしがみつき小さくなっている。さっきの威勢は消え去り、怯えた目でブルブル震えていた。
「い、いえ……そ、その……」
「何よ、そうかしこまらなくていいじゃない!! ほらほら、これお詫びのアイス!!」
視線を外しながらそういう私に、陸奥さんはそう言ってアイス(長門さんのおごり)を近づけてくる。いつもの夕立なら真っ先に飛びつくのだが、流石にあの後だとそれは無理みたいで。逆に小さな悲鳴を上げて後ずさりした。
「あら、あらあら……恥ずかしがり屋さん?」
「なわけあるか」
そんな夕立の様子を何故か別の解釈をする陸奥さんに、横の長門さんが突っ込みと共に勢いよくその頭をはたく。割と高威力だったのだろう、それに合わせて陸奥さんの頭がぐわんと回る。
だが、何故かその顔は恍惚の表情を浮かべていた。そしてそのまま立ち直ったかと思うと、何故か頬を赤く染め、身体をモジモジとさせ始めたのだ。
「ちょっと長門……こんな人前でやるのは恥ずかしいわ」
「……はぁあ」
最後にそんな言葉をこぼす陸奥さんを見て、長門さんは今まで聞いたことのないようなため息をこぼした。いつもの頼もしい戦艦である彼女ではなく、いつ何時暴発するか分からない暴走列車の世話で疲れ切った哀れな人に見えた。
多分、陸奥さんはあの山城さんと同じなんだろう。俗にいうと、『お姉さんLove』ってやつだ。
山城さんは『好き』が先行し過ぎたパターン。扶桑さんに想いをぶつけることで発散するタイプ。
陸奥さんは『好き』が歪んだパターン、それも『好き』とは別ベクトルへ全力疾走したやつ。長門さんからのアクション(物理)を受けることで快楽を得るタイプ。
なんだよ、やべぇ奴しかいないじゃない……
「曙ちゃん……」
ふと、夕立の声と共に服を引っ張られる。彼女を見ると、顔全体を使って『恐怖』をあらわした彼女が弱弱しくこういった。
「負けたくない、絶対にィ……」
その言葉、つい先ほど勝気な彼女から聞いたものであった。だが、今のそれはこのまま彼女たちに飲み込まれたくないという強い意志があった。
多分、『同じようになりたくない』という意志だ。私も同感である。
「……すまない、二人とも。うちの妹は、その……
「……深くは聞かないようにします」
疲れしか感じない長門さんは言葉に、私は同情の意を込めてそう返す。なんか、その、うん、お疲れ様です。
その疲れの原因は、ニコニコしている。その顎が赤く腫れ、その鼻筋に赤色の薄い筋があるのだが、それでも満足そうにニコニコしているのだ。それを見かねて、先ほど私はティッシュを手渡しておいた。
「でも、あなたたちも悪いのよ? 誰にも相談せずに
「いや、別にそういうわけ……じゃないです」
「そう? でも結果的には離れちゃうことにもなりかねないわ。卒業以来離れ離れになった私たちを更に引き裂こうなんて……酷い話よ?」
最後の問いと同時に、陸奥さんは上目遣いで口元に指を添える顔を向けてくる。
うーん……? なんか、話が別の方にこじれているような気がするぞぉ?
でもその上目遣いでそういうことするのはずるい、女の私でもちょっとクラってきちゃうからやめてほしい。与えちゃいけない武器与えちゃってるよ。
「まぁ、その話はまた今度にしておこう。で、演習についてなんだが……」
「あぁ、そうですね」
長門さんの言葉に、ようやく本題に戻ることが出来た。むしろ、今の今まで本題の存在を忘れていたよ。そうだよ、演習だよ。
「詳細は話した通り、演習を行いますのでよろしくお願いします」
「了解よ、私から他の子たちにも伝えておくわ」
「はい、お願いします。あ、山城さんには伝えてありますのでそれ以外の方にお願いします」
陸奥さんの発言に一瞬考えるも、今の夕立の状況を考えると煽り作戦はやめた方がいいかと判断しお願いした。だが、先ほど煽り散らした山城さんには言わないよう釘をさしておく。なんか、更にこじれそうだからだ。
まぁ、それよりも――
「日向さんについてなんですが……」
「うむ、そうだよなぁ」
ホントの本当に本題――――日向さんの話に入る。これについては、改めて説明する必要もないだろう。というわけで、率直に長門さんに聞いてみよう。
「日向さん、伊勢さんと何かあったんですか?」
「んー、すまない。私もそこまで日向の事を知らないんだ。元々無口であったし、何より今までの環境を考えるとな……昔のことを深掘りできる余裕もなかっただろう」
「ですよね……」
長門さんの言葉に、私も同意しつつ頭をひねる。傍の夕立に視線を向けるも、彼女も知らないとばかりに首を振るだけだ。
恐らく、私たち側で彼女のことをよく知っている人はいないだろう。あんな状況下だったわけだし、どちらかと言えば誰にも話したくないという人たちが大半だろう。
私たちが知っていることと言えば、主に此処に配属されてからだ。正直、思い出したくないことばかりであるが、それを抜きにしても日向さんが何かをしたということはない。
「しいて言えば、扶桑と競い合っていたことぐらいか」
「私もその印象ですが、流石に人の過去を聞くのもなぁ……」
「逆に、伊勢さんはどうっぽい?」
長門さんと私で頭をひねっていると、いつの間にか復活した(それでも陸奥さんを警戒している)夕立が、陸奥さんに問いかけた。その問いに、陸奥さんは口元に手を当て小さく唸る。
うん、絵になるなぁ。さっきまでの奇行がなければ。
「私もそこまで詳しく知っているわけじゃないけど……ここの吸収が決まった時は私たちと同じぐらい喜んでいたわよ。『メーちゃんに会える!!』って。でも、それは此処の提督だから、あまり関係ないわね……姉関連の話も、私の話を聞くだけだったし」
陸奥さんもあれこれ思い出しながら話す。最後の姉関連の話、多分あなたがマシンガントーク過ぎて話せなかったんじゃないかしら……
「あ、でも、その時お腹の傷のこと話してくれたわね」
「お腹の傷? 艦娘なのに?」
不意に出た話題。通常であれば過去の武勲を披露する流れになるが、どんな傷でも入渠で治ってしまう
「結構大きな傷でね、胸の下から腰に届くくらい。どうも、訓練生時代に付けられた傷みたいでね? その頃はまだ艦との同化が未熟だったせいで、傷は塞がっても完全には治り切らなかったって。詳しいことははぐらかされたけど、姉妹の話題でその話が出たってことは、もしかしたら……」
「……そうか」
陸奥さんの話に長門さんはそう呟いた。その顔は、何かを察したようなものだ。そして、それは恐らく私の察したものと一緒だろう。
日向さんは戦闘において、決して砲撃をしようとしない。
それは戦場では瑞雲の運用に特化しており、接近戦では腰に帯びた刀を使う。私の記憶が正しければ、砲撃戦をしている姿を見たことがない。
その理由を『砲撃が不得手だから』だ。これは本人の口から聞いたし、前に長門さんが彼女が砲撃する様子を見た時も、同じことを言っていただろう。だが、それでも戦艦での最大火力である砲撃を捨てる理由にはならない。故に、誰しもが疑問に思っていた。
もしかしたら、『これ』がその理由なのかもしれない。
もちろん、これは私の憶測だ。
真実である保証もないし、それを証明する必要も義務もない。これを同行できるのは、当事者である日向さんだけだ。部外者である私たちが口を出せる話ではない。
「……私からも、日向さんの交代を提案してみます」
「そうだな、私も後でしておこう」
陸奥さんの話を聞いて、私と長門さんは同じことを口にした。それを見て、夕立も肩を落とす。陸奥さんも、何処かいたたまれない表情を浮かべる。
四人の間に、微妙な空気が漂った。
「あ、むっちゃん!!」
そんな私たちに、誰かが声をかけてきた。全員がその声の方を見ると、一人の駆逐艦がこちらに近づいてきていたのだ。
狐色のセミロングを大きなリボンでツインテールにまとめ、ちょうど前髪の分け目あたりからアホ毛のように一房飛び出している目尻の少し上がったキリっとした狐色の瞳。
服装は白のカッターシャツの上から黒っぽい利休鼠色を基調としたブレザーベストを羽織り、首元には黄緑色の紐リボンを付けている。下はベストと同じ色のミニスカートに薄抹茶色のベルトを二重に巻き、黒のスパッツ、白のハイソックス、赤茶色のローファーを履いていた。
「あら、陽炎じゃない。妹ちゃんは見つかった?」
「いいや、全ッ然。見つけはするんけど、何故か逃げられるのよ……」
陸奥さんの問いに、陽炎と呼ばれた駆逐艦は額に汗を滲ませながら私たちに近づいてくる。陽炎、か……うちにいる陽炎型駆逐艦って……
「妹って、雪風?」
「ん! そう!! 雪風!! 私の可愛い可愛い妹よ!!」
私の問いに、陽炎は当たりと言いたげに片手で指を差してくる。もう片手ではスプーンを持っており、陸奥さんが持つアイスに伸ばしていた。だが、それは夕立によって阻止される。
「むー! いいじゃん、ちょっとぐらい!!」
「これは夕立のものっぽい」
いつの間にかスプーンをもっていた、そして夕立とのアイス争奪戦が始まる。てか夕立、あんた私がおごったあんみつまだ残っているでしょうが。
「ちぃ! 流石に抜け目ないわね……っていうか、あなたは?」
「えぇ……あ、明原提督傘下の曙です」
「そう! よろしくね!!」
この状況で? という疑問を飲み込みながら名乗ると、陽炎はニッコリと笑いながら手を差し出してくる。まぁ、差し出されたものなので、特に何も考えずに掴む。
だが、次の瞬間、掴まれた手がグイっと引っ張られた。
「え!?」
「曙……いや『ぼの』!! それと『ぽいぬ』ちゃん!! 雪風を捕まえるの手伝ってちょうだい!!!」
「はぁ!? いや、ま――」
「というわけでレッツゴー!!!!」
掴まれたまま私を、そしていつの間にか捕まっていた夕立を連れて陽炎は走り出していく。あまりの勢いに、そして高笑いしながら走る陽炎の様子に、とにかく色々圧倒されて抵抗できない。
そんな私たちは、初対面の艦娘に食堂から連れ去られてしまうのだった。