新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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妹艦の『受難』

「山城? あとで一緒に謝りに行きましょうね?」

 

「……はい」

 

 

 頭上から姉さまの声が聞こえ、私はちょっと不貞腐れつつ答える。そして、そのすぐさま目の前のふくらみに顔をうずめる。

 

 

 そして大きく息を吸う。

 

 最初に感じたのは甘い匂いだ。次にきたのは少し酸っぱい匂い、恐らく汗か何かだろう。いや、姉さまは汗をかかない。これはあれだ、きっと姉さまの蜜だ。そうに違いない。

 

 一嗅ぎすれば世の男どもを瞬く間に魅了し、地の果てまでも追い求め、子々孫々に至るまで狂わしめる魔性のもの。

 

 それを追い求めた先にあるのは、その神々しいお姿だ。その姿を前にしたものは皆一様に頭を下げ、尊敬の意を示すだろう。それほどまでにお美しい、見目麗しいお姿だ。

 

 一糸まとわぬ姿なぞを目に入れようものなら、その眼を突き潰してやる所存である。いやほんと、冗談抜きで。ほんと。

 

 

 ……そしてここの提督(オス)は目に入れるだけでなくその身体を―――――――。

 

 

 

「よし、とりあえず両腕を叩き折ろぉぉおおおおお」

 

「やーまーしーろー?」

 

 

 新たな提督抹殺計画(決意)を口に出した瞬間、姉さまが私の頬を掴みそのまま左右に引っ張った。痛い痛い痛い、痛いけど嬉しい。姉さまに私の頬をつねられている、それだけでこうも気持ちが高ぶってしまうのは姉さまが姉さまだからだ。

 

 

 私――――山城は、そんな至高のひと時を送っている。

 

 

 今、姉さまが配属された鎮守府の中庭にあるベンチに腰掛け、その豊満な胸に顔を埋め『姉さま吸い』を慣行中である、以上(・・)だ。

 

 

 このまま死んでも悔いはない、そう思えるほどの時間だ。何も語る必要もない、姉さまに頬をつねられている、それだけ分かれば十分だ。

 

 何も語る必要もない。そのはずだ、うん。というか姉さま成分を感じることに集中しなければいけない、その他の事なんか語る余裕がないのだ。全神経を、全細胞を駆使して姉さまを感じなければいけないのだ。

 

 

 

 描写(周りのこと)なんか、知ったこっちゃない。

 

 

 

 

「ところで、どうして貴女が此処に居るの? 確か、もっと南方に配属された筈よね?」

 

 

 しかし、そんな女神さま(姉さま)から描写しろ(話をしろ)と言われてしまった。非常に、ひッじょォォオオオうに名残惜しいが、姉さま(女神さま)のお言葉には従わなければならない。

 

 というわけで、しぶしぶその双丘から顔を上げてそのご尊顔を拝謁する。

 

 

 はぁッ! いつ見ても神々しい……やはりこの世のものとは思えないお美しさ……惚れ惚れしてし――

 

 

 

 

「やーーーまーーーしーーーろーーー?」

 

「ふぁい!? は、はなしましゅはなしましゅうううう!?」

 

 

 姉さまの笑顔のまま、私の頬を引く力を込める。千切れそう、いやこのまま千切れてしまっても本望だ。だが、流石にこれ以上姉さまの機嫌を損ねるのはやめた方がいい。

 

 (不本意ながら)離してもらった姉さまの手に名残惜しさを感じつつも、私は伸びに伸びた頬を抑えながら話しだした。

 

 

 

「私がこっちに来たのは……半年前ぐらいです」

 

 

 

 私が今の艦隊に配属されたのは半年前。

 

 その前は、訓練校を卒業した時に配属されたところにいた。

 

 そこは今のところよりも南方。深海棲艦の拠点が複数点在しており、此処よりも強力な敵艦隊がひしめき合っている場所だ。

 

 

 そこに配属されたのは、訓練校時代の成績が関係していると言われている。

 

 自分で言うのもあれだが、これでも一応『最年少戦艦適合者』と『当期最優秀成績艦』の看板を引っ提げていたわけだ。上の意図とすれば、優秀な戦力を激戦地に置き、最速で精鋭とするための判断したのだろう。

 

 しかし、どうもそこの鎮守府は艦娘を『兵器』として扱っていたようで。今の提督がいる派閥に力を持たせないためだったように思う。

 

 つまり、二重の意味で自派閥の権威を確保しようと考えたのだろう。まぁ、高々一艦娘の配備で情勢を覆るとは思えないが…。

 

 

 

 とにかく、私は此処よりも激しい戦闘が行われる場所で日夜戦っていた。

 

 一進一退の攻防線を繰り返し、こちら側にも少なからず犠牲を出しながらも少しずつ前線を押し上げていった。

 

 

 でも、これは戦争なのだ。犠牲が出るのは当たり前。まして艦娘を兵器と扱う場所だ。そこにいる人間が情を向けることはない。

 

 それは私たち艦娘たちも同様だ。戦力の保持のためにも救えるものは救うが、もし沈んだとしてもそれは仕方がない。感傷に浸るのは愚行、それよりもこれ以上被害を出さないように全力を注ぐ。それがその艦隊の習わしだった。

 

 あと提督が私たちをちゃんと(・・・・)兵器として扱ったってのもある。兵器以外のこと、以上のことを要求してこなかった。そのおかげで、私たちはちゃんと兵器として動くことが出来た。

 

 

 そして何より、私は此処で沈むつもりもなかった。私の目標は姉さまの下に向かうこと、それだけ。

 

 そのためなら何でも(・・・)した―――というわけではないが、やったのは身を危険に晒す範囲を抑えたぐらい。そのせいで失敗した作戦もあったが、こちらとしてはいきなりこんな激戦地に放り込まれ、日々死と隣り合わせの戦闘を強要されたのだ。自分の身を守ることを強要させている手前、文句は言わせない。

 

 また、私が失敗の原因となった作戦で轟沈した艦娘はいない。失敗を取り戻そうと次に行われた作戦で沈んだ艦娘もいただろうが、それは作戦のミスであって私個人のせいではない。何より、作戦の責任を『兵器』に負わせること自体が筋違いだ。

 

 

 また、私は配属当初から転属希望を出していた。当然、姉さまの下に行くためだ。それを分かっていただろうし、そのために戦っていることも分かっていたはずだ。

 

 自身の意向に従わないくせに、ある程度の戦功を挙げているため無下にできない。それもただでさえ反発を受けやすい『兵器』として扱っている、その中でぞんざいに扱えば他の艦娘がどう思うか。大本営から激戦地に配属された優秀な(・・・)提督が、その危険性を理解していないはずはない。

 

 当時の提督としても、非常に扱いにくい存在だっただろう。

 

 

 そのおかげか、つい半年前にようやく転属希望が通った。その時、訓練学校から優秀な艦娘が配属されるみたいだったから、ようやく厄介払いができたとでも思ったのだろう。

 

 

 私は追い出されるようにそこを後にして、柊木 司(あの男)のもとにやってきたのだ。

 

 

 

「『あの男』なんて……提督をそう呼んじゃいけないわよ?」

 

「いいんですよ、許可(・・)もらっていますし」

 

 

 姉さまの叱責(ご褒美)を堪能しつつ、私は話を続ける。本来はそこで『姉さま吸い』をしようと思ったが、姉さまの両腕でがっちりガードされているためできなかったのだ。

 

 

 

 とにかく、私は今の鎮守府に転属した。

 

 そこは前にいたところとは別の派閥である、艦娘を『兵士』として扱う場所であった。まぁ対立派閥に扱いづらい艦娘を寄越したのだろう。

 

 

 いや、そんなのは関係ない。何故なら、私は猛烈に抗議したからだ。

 

 

 だって姉さまがいないんだもん!!!! なんでまた姉さまがいないところに行かなきゃいけないのよ!!!

 

 

 そんなわけで転属初日に執務室にダイナミックエントリー。そこで待っていたあの男に、たまりにたまった感情をぶつけたのだ。

 

 確かその時の秘書艦は蒼龍で、私を取り押さえるときにその豊満な乳を背中に押し付けられたような気がする。馬鹿め、そんな脂肪を押し付けられたところで今目の前にある姉さまのソレ(・・)に叶うはずがない。無駄に実ったそれに私が籠絡されるはずがないのだ!!

 

 

 というかなんだその脂肪は。これ見よがしにぶら下げやがって、削ぐわよ、クソ……

 

 

 

 ……話を戻そう、とりあえずあの男にとっとと姉さまの下に配属させろと抗議したわけだ。

 

 そして返ってきたのは、『お前の姉は大本営(我々)に反旗を翻した』であった。

 

 

 姉さまが配属された鎮守府は北方に位置しており、比較的危険度の低い場所であった。

 

 更にそこの提督は若いながらもなかなか優秀な男で、新任ながらも鎮守府の運営をよくやっており、戦績も申し分ないとも聞いていたわけだ。何より戦果報告を逐一大本営に送っており、非常に優秀かつ従順な鎮守府だと認識されていた。

 

 

 だが、ある日を境に、その連絡がプツリと途切れ、次にやってきたのはそこの艦娘たちからの宣戦布告。更にそこから逃げてきた艦娘の証言から、その鎮守府の実態が露わになった。

 

 

 艦娘を『兵器』と称し、その実『兵器』以下の扱いをしていた。補給なし、入渠なし、轟沈上等、体罰や汚職の横行、更には艦娘に『罰』と称して伽を強要していた、などなど。掘れば掘るほどヤバい情報が出てきた。

 

 もちろん一艦娘の証言のため、全て事実だとするのは無理がある。しかしそれ以外に判断材料がなく、現にこうして艦娘が反旗を翻している。少なくともそれがあったことを認めなくてはならないだろう。

 

 

 そしてそれを受けた大本営は、鎮守府の破棄(・・)を決定。能力がおぼつかない士官を提督として派遣し、彼らに艦娘をわざと沈めさせることで内部からの瓦解、そして更に反旗を煽ることで外部からの撃滅(介入)を図った。

 

 

 もちろん、それを聞いてすぐさまその鎮守府に殴り込もうとした。安否不明、最悪の場合沈んでいる可能性もあった。まぁ姉さまのことは私がよく知っているし、その可能性は有り得ないと踏んでいた。

 

 

 だけど……姉さまが、伽を強要させられている可能性は……否めなかったのだ……

 

 

 だがそれはあの男によって防がれた。

 

 というもの、彼は万が一の場合はうちの鎮守府がそこを殲滅する任を受けている、その任のために君を此処に呼んだ、とも告げられた。それを受けて、私は此処に配属されたことに一応の納得を示した。

 

 

 万が一、そこが暴発した場合に真っ先に出撃するのは此処だ。その時に出撃し、姉さまを救出することが出来る。

 

 それに此処が真っ先に出撃するということは、ある程度近いということだ。何処かのタイミングで姉さまに接触を図ることもできる。

 

 

 今までの無い無い尽くしではない、ある程度の希望が見える場所。そこに態々呼ばれたのだ、この件に関してはある程度融通を聞かせることもできるだろう。

 

 

 そして、それは明原 楓(あの提督)がそこに着任したことで、現実味を帯びたのだ。

 

 

 

「一応、あの男から『あいつはそんなことはしない』と聞いていましたけど……姉さまの美しさを見れば何をしでかすか分からない。獣には獣らしく躾しないといけないのです……これも全て姉さまを守るために……フフフ……」

 

「山城~? 帰ってきなさ~い?」

 

 

 目の前で姉さまの御手がひらひら揺れるのが見える。楽園に咲く一輪の花とはこのことか。素晴らしい、美しい……

 

 ともかく今日此処にやってきて、二重(・・)の意味で姉さまの無事を確認できて良かった。あとは此処を吸収し、再配属を姉さまと一緒にするようあの男にゴリ押すだけ。そうすればようやく今まで戦ってきた苦労が報われるというものだ。

 

 いや、これは苦労なのではない。試練だ。姉さまという女神の傍に至れるための試練なのだ。そう考えれば、今までの事なんか屁でもない。

 

 

 それこそ、こうして念願の楽園に辿り着いたのだから。

 

 

 

 

「でも、困ったわねぇ……私ここを離れるつもりないのに」

 

「え゛」

 

 

 だが、楽園(それ)は姉さまの発言によって木っ端みじんにはじけ飛んだ。それを聞いた瞬間、私の身体はさび付いた機械のように固まる。

 

 首だけをギギギと音を立てながら、姉さまを見る。そこには困った表情の彼女がいた。

 

 

 

 

 

 ――――――あぁ、困った顔もお美しい――――――

 

 

 

 

 

「……じゃなくて! な、何故ですか!? 此処に居たって何の意味もないのに!!」

 

「何故って言われても……此処を離れる理由がないもの」

 

「り、理由がないって……どういう……」

 

 

 私の叫びに似た問いかけに、姉さまは頬に指をあててそう答える。その見惚れてしまいそうなほど美しい姿を見つつ、私はわなわなと震えながら両手を近づけた。

 

 姉さま? どういうこと? 此処、最低最悪の鎮守府だって言われていたわけですよ? 離れる理由なんかいくらでも転がっている筈でしょう? なのに、なんで……

 

 

「まぁ山城の言う通り、()の此処なら離れたいと思ったかもしれないわ。でも、()の此処は離れたいとは思わないわね。むしろ、此処に残りたいとも思うもの」

 

「え? えぇ……だ、だって、あの提督ですよ? あんな駄目提督……なんで……?」

 

「……山城? 人の提督を『駄目提督』というのは、感心しないわよ?」

 

「いや駄目ですよあの提督は!!!」

 

 

 姉さまの言葉に、思わず大声を上げてしまう。それは今こうして座っているベンチの周り、そして中庭の隅々まで響き渡っていたのだろう。

 

 

 

 だから、耳に届いてしまったのだ。

 

 

 

「何が『駄目』っぽい?」

 

 

 

 そう、声が聞こえた。

 

 普通の問い、ではあった。が、そこに込められていたのは『殺気』だ。

 

 

「何が『駄目』なの?」

 

 

 次も、声が聞こえた。

 

 同じ普通の問い、ではあった。先ほどと違い、そこに込められたのは『怒気』だ。

 

 

 

 声の方を向く。

 

 

 そこには、先ほど執務室に居た二人の駆逐艦―――――夕立と曙が立っていた。

 

 

 

「今の言葉、聞き捨てならないっぽい。何が『駄目』か、説明するっぽい」

 

 

 その中の一人、夕立がそう私に問いかける。

 

 いや、問いかけるなんて生易しいものじゃない。刃物を首元に押し付けられて、知っていることを吐けと、脅されているといった方が近い。

 

 その横にいる曙は声を発さないものの、夕立同様鋭いまなざしを向けている。彼女もまた、脅しているうちの一人だ。

 

 

 そんな二人からすさまじい剣幕を向けられたいるわけだが。

 

 

 

「はぁ、面倒くさ……」

 

「は?」

 

 

 思わず漏れた本音に、曙がドスの利いた声で反応する。夕立は身をかがめ、いつでも飛び掛かれる体勢を取る。

 

 

 

 

 全く、それの何処が脅し(・・)なのかしら。

 

 

 

「『責任』を取らないからよ」

 

 

 だからこそ、その答えをぶつけてやる。

 

 真正面から、堂々と、まっすぐその目を見据えて。ぶつけてやった。

 

 

「あの提督……もう『あいつ』でいいか。あいつはうちの提督から異動を言われて、何も反論しなかった。まぁ反論できなかったの方が正しいけど、でもあいつは異動の理由を『上からの命令』と言った。その命令を下したのが自分の失態(・・・・・)だってのに、それを棚に上げて『上からの命令』だと言った。それに加えて、あんたたちに詫びようともしない。まるで『自分は悪くない、責任は上だ』って、言ってるようなもんじゃない」

 

 

 前の提督は、私たち艦娘を『兵器』として扱った。だが、『兵器』以上のことを要求しなかったし、誰かが轟沈したことも誰の責任にもしなかった。艦隊の失態は全て提督(自分)の責任として、私たち(兵器)に求めなかったのだ。

 

 銃で人を殺した場合、その罪は銃ではなく銃を撃った人間にある。何故なら、銃は殺すよう向けられただけで、自らの意志で殺そうとしたわけではないからだ。

 

 

 だからこそ、あそこの艦娘は自身を『兵器』と扱う提督に従い、激戦を繰り広げることが可能(・・)なのだ。

 

 

 だが、あいつはそれをしなかった。

 

 

 今回の異動について、うちの提督から先の作戦での失態が関係していると言われた。確かに戦況的にそうせざるを得ない面もあるが、少なくともその判断を下した材料に『自身の失態』があるわけだ。故に、本来ならそう判断をさせてしまった艦娘たちに詫びなければならない。

 

 それも、彼女たちはあいつの異動に真っ向から嚙みついている。言えば、その判断からあいつを守っているわけだ。もっと言えば、彼女たちはその失態を犯した提督の指揮を――――自分が沈む可能性が高いその指揮に従うと言っているのだ

 

 

 あいつが捨てた責任を、本来糾弾するはずの自分たちが取る(・・)と言っているのだ。

 

 

 そして、あいつはその気遣い(・・・)すらも無下にした。それも上に責任を押し付けて、自分だけさっさと逃げようとしているわけだ。

 

 部下の失態はおろか、自分の失態すら周りに押し付ける奴が誰かの上に立てるはずがない。厄介なのは『強敵』ではなく無能な(・・・)『味方』。更に責任を負わずに逃げる奴は、もはや『味方』でもない。

 

 

「だから『駄目提督』……あの時は『最低』って言ったのよ」

 

 

 そう言い切って、いまだにこちらを見据える二人をにらみつける。私の話を二人は黙って聞いていた。その間、夕立は飛び掛かれる体勢を解いており、曙は変わらず直立不動だ。

 

 だが、何処かその表情は先ほどよりも柔らかいものになっていた。というか、どことなく拍子抜けしているようにも見える。

 

 

 

 

「はぁ? そんなこと?」

 

 

 

 だが次の瞬間、曙の口からそんな言葉が飛び出した。

 

 

「え」

 

 

 そして、私の口からもそんな言葉が飛び出した。

 

 

 

「なーんだ、心配して損したっぽい」

 

「そうね、じゃあとっとと済ませよっか」

 

「ちょちょちょ、ちょっと待って!?」

 

 

 何事もなかったかのように立ち去ろうとする二人を、思わず引き留めてしまった。引き留められた二人はこちらに顔を向け、何故か不思議そうな顔を向けてくる。

 

 

「あんたたち……本当に分かっているの?」

 

「あいつが責任を取る覚悟がないってことでしょ? 分かってるわよ」

 

「夕立、この前の作戦から知ってるっぽい」

 

 

 私の言葉に、二人は何事もない(・・・・・)かのようにそう言ってくる。そんな二人に、私が何も言い返せない。そんな私を見てか、曙がため息交じりにこう言った。

 

 

「責任がどうとか、だからこそこうあるべきだとか……面倒くさいのよ、そういうの。『負いたければどうぞご勝手に』、とまではいかないけどさ。わざわざ責任(それ)を誰かを決める暇があるなら、そうならないように(・・・・・・・・・)皆で知恵絞った方がいいでしょ?」

 

「そうそう。責任の(そういう)は、なったときに決めればいいっぽい!」

 

「いや、流石にそれは言い過ぎ」

 

 

 二人のやり取りに、ようやく頭が動き出した。

 

 

 ……つまり、なんだ? この二人は、責任の所在よりもまずはそうならないようにすべきだ、って言いたいのか?

 

 なにそのやべぇ考え方……脳筋じゃないの……

 

 

「まぁ仮にその責任が誰だってなったら、その時に色々知恵を振り絞ったみんな(・・・)の責任でしょ? それでいいじゃない」

 

「い、いや……ま、万が一それで誰か沈んだ時は……」

 

「そうならないように、夕立たちが考えるっぽい!! だから大丈夫!!」

 

 

 あぁ……駄目だ、話が通じない。こんな脳筋まみれの場所に姉さまがいるなんて信じられないわ……早く何とかしないと。

 

 

「それに――――」

 

 

 次に、夕立の声が聞こえた。同時にその顔が視界に入ってくる。覗き込んできたのだ。

 

 

「夕立たちが、負けるはずないもの」

 

 

 そう言い放った顔は、への字に曲げた眉、目じりが下がった半目、口角が吊り上がった口。

 

 

 

 簡単に言おう―――――煽り散らした(・・・・・・)笑顔だ。

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 一言、いや一文字が飛び出す。同時に頭が熱を帯び、額に青筋が浮かぶのを感じた。

 

 

「はい、扶桑さん」

 

「あら、何かしら……?」

 

 

 視界の外で曙と姉さまの声が聞こえる。その方を向くと、曙が姉さまに何かの書類を手渡しているところだった。不思議そうな顔の姉さまが書類に目を通すと「ほぉ…」と小さく声を漏らす。

 

 

「さっき夕立たちがそっちの提督さんに直談判して、演習をすることになったっぽい」

 

「は? なんで? なんであんたたちと演習なんか」

 

「その演習で、私たちがあんたらの傘下に入るかどうか決めるのよ」

 

「……ふーん」

 

 

 なるほど、なんとなく話が読めてきた。

 

 

 私たちの傘下に入ることをよしとしないこいつらが、あの男に直談判。その結果、傘下に組み込まれるかどうかを決める演習をすることになったってわけね。

 

 そして、それを姉さまに伝えに来たところにあたしの発言を聞いちゃったってことかぁ~……通りでタイミングよかったわけかぁ。

 

 それで? その演習で私たちと戦うことになるけど、『負けるはずがない』と。

 

 

 へぇ~そうなんだぁ~なるほど、なるほどなぁ~……うん。

 

 

 

 

「舐めてる?」

 

 

 その一言を発し、私は夕立に詰め寄る。目を見開き、額に青筋を浮かべながら。

 

 対して、夕立はその問いに答えない。ただ、先ほどの煽り散らした顔のまま黙って見つめ返してくるだけ。

 

 

 恐らく、傍から見ればものすごい剣幕でメンチを切り合っているように見えるだろう。マジでやり合う5秒前みたいに。

 

 

 

「あら、私も出るの?」

 

「ええッ゛!? 姉さまが!?」

 

 

 だが、それも横にいた姉さまの言葉で終わる。その言葉に思わず姉さまに近づき、その手にある書類を覗き込む。

 

 

 そこには傍にいる曙、夕立、そして『扶桑型戦艦1番艦 扶桑』の文字があったのだ。その事実に思わず曙の方を見る。彼女は急に向けられた私の視線に首をかしげた。

 

 

 

「な、なんで姉さまが巻き込まれているのよ!?」

 

「さぁ? それ考えたの、うちの提督だし」

 

「はぁあ!? ふざけんじゃないわよ!? なんで姉さまと戦わなきゃ―――」

 

 

 そこまで言い終えて、私は言葉を切った。いや、無理やり(・・・・)噛み殺した。

 

 

 

「え、もしかして勝てないっぽい?」

 

 

 横から聞こえた夕立(クソガキ)の言葉。その上擦った一言。その煽り散らした顔があったから。

 

 

 

 それを見て、私の中で何か(・・)がキレたからだ。

 

 

 

「やってやろうじゃないのよ、クソガキが」

 

 

 腹の底から響く低い声で、そう返してやる。人に見せてはいけない顔を浮かべながら、夕立に詰め寄る。

 

 対して、奴は一目散に退散していった。逃げるというよりも、もう用はないといった感じだ。その証に、奴は去り際にぺろりと舌を出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やってやろうじゃないのぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!! この野郎ォォォオオオオオオオオオオ!!!!!

 

 

 

「やーーーーまーーーーーしーーーーろーーーーー?」

 

「痛ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃぁ!!!???」

 

 

 心の中で叫んだ瞬間、姉さまに頬を思いっきり引っ張られる。私にとってはご褒美だけど!! 流石に『もう戻らないのでは?』と思うぐらいに引っ張られるのは辛い!!

 

 

 というか、なんで私が悪いことになってるの!? 煽ってきたのあっちじゃん!! おかしいでしょ!?

 

 

 そう疑問に思いながらも懇願し、なんとか姉さまの手から逃れる。ちゃんと戻っているだろうか、と熱を帯びる頬に手を当て確かめる。うん、多分大丈夫、最悪入渠すれば治る。

 

 

「全く……女の子がそんな顔したダメよ? せっかく、可愛い顔が台無しになっちゃうわ」

 

「か、かわ!? イイ……え、えへへへ…………」

 

 

 ね、姉さまから『可愛い』って言われたわ……

 

 もう、姉さまったら……私のことを案じて言ってくださったのね、好き。

 

 

 

 

 

 ……じゃなくて。

 

 

「というか、姉さま!! 訳の分からないうちに勝手に巻き込まれたんですよ!? なんで何も言わないんですか!?」

 

「なんでって……言う必要もないでしょ? 特に」

 

「いいや、大アリですよ!!!! 姉さまに同意もなく―――」

 

 

 そこで、私の声は途切れた。

 

 それは何故か、目の前に砲口(・・)が現れたからだ。

 

 

 

「あら、私も負ける気はないわよ?」

 

 

 それを向けてきた本人――――姉さまがそう問いかけてくる。

 

 

 その妖艶な笑みは、見るものすべてを虜にするであろう。誰一人として同じ表情を浮かべることが出来ない、唯一無二のものだ。

 

 本来であれば、速攻で見とれてしまうはずなのだが、生憎その人から鉛弾を吐き出す口を向けられている。非常に、非常に残念だが、それを堪能する余裕はなかった。

 

 

 

「……姉さまも、やる気なんですね」

 

「もちろんよ。私、此処結構気に入っているもの」

 

 

 脂汗をにじませる私の問いに、姉さまは鈴のような声でそう答える。そして、同時に向けていた砲を消し去る。ようやく姉さまの笑みを堪能できるようになったわけだが。

 

 

 それでも、先ほどの事が頭をよぎるせいで十分に堪能できない。

 

 

「まぁ、それは当日になってからのお楽しみ。よろしくね、山城」

 

「ええ、よろしくお願いします。姉さま」

 

 

 優しく微笑む姉さまに向けて、私は精一杯の笑顔を向ける。その裏腹に、私は心の中で悔し涙を流すのであった。

 

 

 

 あぁ、姉さまがもう脳筋(手遅れ)になってしまった……

 

 

 

 そんな私をしり目に姉さまは先ほどの書類を視線を落とし、ポツリとつぶやいた。

 

 

 

 

「日向も、か」


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