新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~ 作:ぬえぬえ
「で、どういうことだ?」
「先ほど申した通りです」
先ほどの廊下から場所を鎮守府の客間に移した俺―――柊木 司は、改めて彼女―――金剛型戦艦 三番艦 榛名に問う。
それに対し彼女は笑みを浮かべそう答えたが、そこで言葉を噤んでしまう。
あとは互いの視線がぶつかり合うのみ、客間は沈黙で満たされた。
「……君は、明原提督を守りたいわけじゃないのか?」
「違います。でなければ、
俺の問いに、榛名は澱みなく答える。さらっと俺のことを『提督』呼びしたのは、俺たち側だとでも言いたいのだろうか。
俺の傍には、怪訝な顔の伊勢が立っている。こいつも彼女の真意を図れていないのだろう。その証拠に、何かあった際に対応できるよう鞘に手を置いている。
……ひとまず、伊勢が警戒しているのなら今ここで襲われても対応できるか。
「なんとなく言いたいことは分かる。が、一応の君の口から説明してくれるか?」
「承知いたしました。では、こちらをご覧ください」
俺の言葉に、榛名はそう答えて何処からファイルを取り出す。それを俺の目の前に置き、中身を開いた。
「こちら、この鎮守府に所属する艦娘の名簿。その複写です」
その言葉に、俺は彼女に思わず見る。視界の外で伊勢の息を吞んだのが分かった。
所属艦娘の名簿―――つまりこの鎮守府の
「そして、こちらは過去の作戦経過報告書。更に
次々に出てくる機密書類の数々、つまり鎮守府全てだ。下手すれば楓ですら把握していない情報だってあるだろうし、逆に楓が把握していないことまで知ることができる。まさに、鎮守府として絶対に漏らしていけない極秘機密だ。
そして今、それを一艦娘が提示している。普通、秘書官ですら所持しているなんてあり得ない。まして入手するなんて不可能だ。まだ潜入調査員の方が、持っていても信じられる。
であれば、これは俺たちを騙すための偽物の可能性が高い。
「こちら、先日起きたキス島撤退作戦の報告書です。恐らく、
だが榛名がそう言って見せてきた作戦報告書は、此処に来る前に大本営に寄越してもらったものと一致している。更に大本営からの……というか、朽木中将からの支援物資についても一致している。
仮に他の情報がガセだとしてもそもそも情報自体を入手することが不可能なため、全てを一概に偽物とは切り捨てられない。
「これらを提供し、更にこれから行われる演習の戦略と戦術、その他全ての情報を提督にお渡ししましょう。それらをもって演習に勝利し……」
そこで言葉を切った榛名は顔を上げ、先ほどよりも笑みを深くして言い放った。
「
それが榛名の目的――――明原 楓の罷免、そしてこの鎮守府からの追放だ。
「……理由を聞いても?」
「簡単です。あの人が
そう彼女が発した途端、俺は素早く腕を真横に伸ばした。次に現れたのは、固く冷たい感触。それを、俺は刀の柄だと察した。
「伊勢、落ち着け」
「……はい」
俺の言葉に、今しがた刀を抜き払おうとした伊勢が不満げに声を漏らす。そのまま後ろに下がったのだろう、俺の手から柄が離れた。それを確認し、俺は再度目の前に対峙する榛名に目を向ける。
特に動揺している様子もなく、ただ静かに微笑んでいた。が、俺の視線を受けて口を開いた。
「私はこの鎮守府が開設当初から配属されており、様々な提督の下で戦っておりました。その中で現提督である明原 楓は指揮能力乏しく、決断力もありません。更に
すらすらと言葉を述べる彼女を、俺はじっと見つめる。傍らの伊勢も、俺同様沈黙を保っていた。
「そして現在、ある程度の問題は解決できたのではと考えております。しかし、今度は別の問題が浮上してきました。それは明原 楓に心酔する艦娘が増えてきたことです。先ほど見ていただいた通り、当方の艦娘は彼を
「……そうだな、だから俺はあいつを引きはがそうとしている。だが、目的が同じというだけで信用しようとは思わない」
「もちろんそれだけではなく、私は提督たちの
「真意?」
榛名の言葉に俺は眉を顰め、伊勢は声を漏らす。そんな俺たちの様子に、榛名はさらに笑みを深く刻んだ。
「提督たちの『真意』―――――それは『明原 楓の安全を確保するため』でしょう」
榛名の言葉。それに、俺たちは何も声を上げることができなかった。
「……いつから気づいていたの?」
「提督たちが、彼に異動を言い渡した時です」
伊勢の問いに榛名は微笑みながら片手をあげ、指を一本立てた。
「あの時、提督は彼をそのまま据えて命令系統だけを譲渡する案を蹴られました。その理由は、此処を牙城とするためとされました。しかし、それなら彼だけでなく私たちも異動させ、提督の直属部隊を置けば済む話です。なのに提督は彼だけを異動させようとしていました」
そこで話を切り、榛名はもう一本指を立てた。
「また提督は私たちに、必要であれば鎮守府の運営を任せるとまで仰られました。こちらも同様に、直属部隊を置けば事足りるはずです」
もう一本、榛名は指を立てた。
「更に『必要であれば』という言葉から、私たちに相当の
そこで言葉を切った榛名は、再び笑みを深く刻みながらもう片方の手で先ほど立てた三本の指を包み込んだ。
「彼女たちに対して好意的な姿勢を見せながら、彼の異動については頑なな態度をとられている。これを見るに、提督たちは私たちから『彼』を引き離そうとしているのでは、そう感じたのです」
話し終えた榛名の言葉に、俺も伊勢も何も反論できない。いや、する
ぐうの音も出ないほどに真意を―――『楓を此処から助けに来たこと』を言い当てたからだ。
元々、楓は士官学校を卒業したらうちに配属されるはずだった。それは俺の派閥形成のためであり、楓のためでもある。
元来、権力が集中している組織というものは水面下の争いが激しく、成り上がるにはある程度の地位と実績、そして強力な後ろ盾が必須である。
そして、俺たちの派閥―――『艦娘は兵器ではなく兵士である』と主張する派閥は若年層が大半を占めている。それこそ、組織内では弱小派閥とでもいえるだろう。
そんな魑魅魍魎の巣窟のような組織に、何も後ろ盾がない若造が放り込まれれば良い様に使いつぶされるだけだ。それも俺が裏で色々と手を回し育ててきた存在なわけで、そのまま潰されることだけは避けたかった。
……まぁ学生時代のやつのことも聞いていたし、その尻拭いの意味もある。
だから、楓が此処に配属されたと聞いた時は驚愕した。当然だろう、自分が育てようとしていた士官が最前線に、それも大本営に反旗を翻した鎮守府で、その前任者たちが次々と失踪しているのだから。
恐らく、対立派閥―――『艦娘は兵器である』と主張する側から俺たちに向けた、見せしめのつもりもあっただろう。
それ故に、なんとか渡りをつけて楓をこちらに引っ張れないかと今まであれこれ手を回してきた。が、潰されるであろうと思っていた奴はなんと艦娘たちを上手くまとめ、更に大本営含め軍部とのつながりを復活させたわけだ。
これに対して俺は自分の事のように喜んだし、うちの派閥としても対立派閥の鼻を明かせたと留飲を下げることができた。更に対立派閥としても自分たちが擁立した故に表立って手を出せないため、まさしく目の上のたん瘤となったわけだ。
だが、これは同時に楓を潰そうと裏で暗躍される可能性が高まったことでもある。奴を送った張本人である上層部、特に鎮守府を潰す案に賛同していた音桐少将は特に警戒しなくてはならない。現に彼の息のかかった憲兵が派遣されていると、現在上層部に出向している不知火から聞いている。
今回は彼を経由し、楓にしか伝わらない文言で俺たちが行くと伝えてもらったからこうして無事接触できている。が、二度も同じ手は通用しないだろう。
つまり、今回が楓を安全に俺たちの下に『帰ってこさせる』唯一のチャンスなんだ。
幸いにして奴の指揮能力の具合は聞いていたし、先ほどの作戦の経緯もあった。解任するには十分な理由もある。更に
また予想外なこと……いや、ある意味
そんなふうにぼちぼちやっていきますか……と思っていた時に、
「……なるほど、事情は分かった。貴艦の言う通り、俺たちは楓をここから引き剥がすためにやってきた。そして、君もまた奴をここから引き剥がしたい。互いの利害が一致しているから、俺たちに協力するというわけだな」
「はい、そのような認識で間違いありません。」
「でも、貴女がメ……明原提督が敢えて送り込んできた可能性は?」
「あの人がそこまで考えを巡らせたなら、私は此処に居ませんよ」
今まで沈黙していた伊勢が疑問を投げかけるも、榛名は少し視線を逸らしながら答える。
まぁ、そうだよなぁ。元々頭が切れる方ではなかったし、何よりこういうやり方を考え付きもしないだろう。それは俺や伊勢も分かっている。
だからこそ、伊勢は楓が
だが、その線はないだろう。
「伊勢、恐らく楓は関わっていない。俺たちは変な横やりが来ないよう、敢えてアポなしで此処に来た。事前に用意していない限り、ここまで準備出来るはずがない」
今言ったとおり、俺たちは敢えていきなり鎮守府にやってきた。それは俺たちの接触によって外部から手を回されないようにするためだ。これを知っていたのは、楓に対して独自に支援をしてきた朽木中将のみ。まぁ、楓たちと連絡を取る術がほぼなかったってのもあるが。
更に俺は中将以外のルートからの連絡を試みた。それは敵側の音桐少将に出向中の不知火から、少将が送り込んだ憲兵経由でだ。そこも念のため、
あちらからすればいろいろと迷惑だったかと思うが、こっちだって相当配慮して今日に辿り着いたわけだ。それは分かってほしいが……ないものねだりだな。
「まぁ……だからこそ
「恐れ入ります」
俺の言葉に、榛名は笑みを崩さずそう言った。褒めたわけでも貶したわけでもないが、彼女も無難な言葉で返したのだ。
俺たちが此処に来ることを知ることができない、まして楓にそんなところまで考えられるわけがない。しかし、現に彼女は一艦娘の立場でこれだけの機密を握っている。
つまり、彼女は
そんな危険を犯してまで彼女は情報を集め続けた。それはひとえに、『願望成就』のためだろう。
「この情報、どうやって手に入れた?」
そして、当然であり重要な質問を榛名にぶつける。それを受けた彼女は、今まで浮かべていた笑みを更に深くして答えた。
「提督との夜枷です」
「はあぁ!!?? メーちゃんが!?」
彼女の発言に伊勢が叫ぶ。もちろん、俺も声は挙げなかったが同様の意見だ。もっと言えば、突拍子もなな過ぎて声が出なかった。
「え、え、どゆこと? え、メーちゃんいつの間に大人になったの……? いや、もう
彼女の言葉に狼狽えまくる伊勢。その言葉の肯定も否定もせず、笑みを浮かべる榛名。
「
そんな彼女に言い聞かせるように、俺は声を絞り出した。その言葉に、伊勢は「えっ?」と漏らして俺を凝視し、榛名は頷いた。
「夜枷については中将殿から聞いている。そして、特に
「おっしゃる通りです」
一応、過去の提督のことは聞いている。嫌な話、俺の保身のためにだがな。
それに、楓ほどではないがここの艦娘たちには同情している。初代があんなクソ野郎じゃなければ、彼女たちもここまでならなかっただろう。
それに一応、俺の傘下に入るわけだ。注意するに越したことはないし、あまり余裕がない故同じ轍を踏まないようにしなければならない。
というわけで、『一応』の理解は示している。賛同はしないがな。
「だが、それでは最近の―――楓が着任してからの情報があることの説明にならない。まさか、楓にも色仕掛けしたとかないよな?」
「最初はそうしたんですが、どうも彼はそういうことに疎いようでしたので……なので、彼と
「そ、そう……」
榛名の言葉に、伊勢はホッと胸を撫でおろす。いや、それはそれで懸念すべきことじゃないのかな。
いや、そうじゃなくて。
「じゃあ、どうやって最近の情報を?」
「方法は同じですよ。ただ、
俺の言葉に、榛名は先ほど同様笑みを浮かべながらそう答えた。
―――――いや、ほんの僅かにその顔が歪んだ。
「憲兵です」
次の瞬間、榛名は表情を戻してそう言い切った。
その言葉に、俺はまっすぐ彼女を見た。同様に、彼女も俺たちをまっすぐ見つめ返してくる。いつの間にか、その表情は戻っていた。
視界の外で伊勢が小さく息を吐くのが聞こえた。同時に、刀を握りしめたのか軽い金属音が鳴る。
「何故、そこで憲兵が出てくる? 彼は鎮守府の治安維持であって、運営そのものに関与できないはずだ」
「本来であればそうなんですが、どうも彼は明原 楓と旧知の仲だったそうで。最初こそ関与していませんでしたが、その能力を明原 楓が高く評価しまして、その右腕としてここ最近の進攻作戦に関与しています。それこそ、以前ありましたケ号作戦にも、憲兵は参謀として作戦会議の場にいました」
そう話す榛名の表情は、今までの笑顔ではなく真顔だった。いや、どちらかと言えば感情を押し殺しているような。そんな表情だ。
しかし、予想外だ。まさか憲兵を鎮守府の運営に、それも最も重要な進攻作戦に関与させているなんて。そんなバカな話があるか。
憲兵は陸軍所属、その戦い方は陸地戦闘がメインだ。俺たち海軍と戦い方が根本的に違う。いくら神算鬼謀に長けていたとしても、陸のそれが海に通用するとは思えない。
そして何より、敵側である音桐少将から送られてきたんだぞ。その息が掛かっていないわけがない。そんなやつを作戦に関与させるなんて……いくら楓自身が落ちこぼれだからと言って、流石に擁護できないぞ。
まぁ毒と分かっていながら飲んだのか、はたまた毒だと思わずに飲んだのか。そこは分からないが、現にこうして
「つまり、君にその情報を渡したのはその憲兵というわけか」
「そうです。また、今はその右腕として働いていますが着任当初は私たちに対して横暴な態度をとっていました。それは私たちに手を出させ、それを理由に此処を潰す大義名分を得るため、
……どうやら、本当にギリギリのタイミングで滑り込めたみたいだ。
これが事実なら……いや、それはもう
そして俺たちの派閥に多大な影響を、それも取り返しのつかない大打撃を被る可能性がある。いや、もはや派閥なんて関係ない。これは我が国の存亡の危機だ。くだらない派閥争いに終始している場合じゃないのだ。
これは、是が非でも演習に勝たなきゃいけなくなった。
「あい分かった。貴艦の協力、感謝する」
「はい、よろしくお願いいたします。提督」
「あの」
俺と榛名が合意した時、横の伊勢が声を上げた。それに俺と彼女は顔を向けると、伊勢は怪訝な顔をしていた。
「ちょっと気になったんだけど、もしメー……じゃなくて、明原 楓提督を此処から追い出したとして、此処を潰したい憲兵は残るわけじゃない? その場合、どうするの?」
「そちらに関しては、提督が私たちに運営を委ねていただければどうとでも対処します。
伊勢の問いに、榛名は悪びれもなくそう答える。その言葉、そしてその意味を理解した上でそう答えているのだろう。そう思うと、背筋に寒気が走る。
「……そう。それじゃあもう一つ、というか確認ね。
そう告げる伊勢の顔から感情が消える。同時に片手で腰の刀を軽く抜き、その柄にもう片方の手を置く。少しでも動けば、そして
その動きを、俺は敢えて止めない。その代わりに伊勢と同じように、冷めた視線を榛名に向けた。
本当に、ただ本当に楓を此処から助け出すだけなら、ここまでしなくてよかった。だが、問題は水面下で致命的一歩手前まで進んでいる。それも、早急に対処しなければやすやすと超えてしまう一歩だ。
それを理解しているために、伊勢は強硬姿勢をとった。そして俺も理解しているために、伊勢のそれを止めなかった。
本来、彼女は此処で『処分』すべきだ。ここまで鎮守府に、そして
今回は
その対処は変わらない。変えるつもりもない。彼女もそれを理解している筈だ。理解した上で、対処されると分かっていながら、目の前に立っている。
だからこそ問うた。彼女の
「此処を、元に戻すため」
そして彼女は、榛名はそう答えた。
その声色は、今までの柔らかな物腰ではない。感情の一切をそぎ落としたものだった。
その手は、今まで力なく垂れていた手ではない。か弱い力で握られたこぶしだった。
その眼は、今までピクリとも動かなかった目ではない。眉間にしわを刻んだものだった。
「
その表情は、今までずっと浮かべていた
ありとあらゆる感情を押し殺し尽くした末に浮かべられるであろう。
「……分かった、ありがとう。じゃあ、
「はい、榛名は
伊勢はそう言って今しがた抜きかけていた刀を戻す。それに対して榛名はそう言って頭を下げ、そのまま部屋を出て行った。彼女が頭を下げてから出ていくまで、その表情を伺うことが出来なかった。
「……ごめん提督、行かせちゃった」
榛名を見送った後、伊勢がそう声を上げた。その方を向くと、やってしまった…と言いたげに片手で顔を覆っている彼女がいた。
「大丈夫だ、どうせ今は何もできないしな。それより今回の演習、是が非でも勝つぞ」
「うん、それはもちろん。負ける気ないし。必ずメーちゃんを……」
話の途中で、伊勢は言葉を切ってしまう。そして、小さなうめき声を上げた。
「伊勢。分かっていると思うが、同情するな。彼女は敵だ」
「……分かってる、分かってるよ。あの子は敵、いずれ排除しなくちゃいけない。分かってるよ」
俺の言葉に、伊勢は淡々と答える。答えてはいるものの、その様子から
「でもさぁ」
そして彼女はポツリと、
「あんなに