新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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艦娘の『権限』

「これ、見ておいて」

 

 

 そう言って、俺は今しがた書き上げた書類を視線の外---横にいるであろう大淀に差し出す。しかし、それは

手から離れていかない。

 

 次に聞こえたのは、小さなうなり声。それは俺が差し出した先から聞こえた。とても不満そうだ。だが、それに対して俺は特に反応することなく、俺は空いている右手で次の書類を書き始める。

 

 そんな俺に、声の主はまた小さく唸り、俺の手から書類を抜き取る。ようやく自由になった左手を別に伸ばし、開かれたファイルのページをめくる。

 

 

「次は……非番の順番か」

 

 

 目的のページ―――――鎮守府に所属する艦娘たちのスケジュールが記された書類に目を通し、同じ内容を手元の書類に落とし込む。それを数度繰り返し、あらかた埋まった書類を再び大淀に差し出し、渡したらまた新しい書類を書き始める。

 

 

 着任してから変わらない、いつもの執務(しごと)だ。

 

 

 

「今日は、いやに真面目ね」

 

「いつも真面目だぞ」

 

 

 黙々と作業する俺に向けてか、横から声がかかる―――いや浴びせられる。声の主は、今日の秘書艦である加賀だ。だが、俺はその声に対して、気にも留めていないかのように片手間であしらった。

 

 俺の言葉に返事はなく、代わりに視界の横に新たなファイルの山が置かれた。彼女は俺が書類を作る際に必要な本やファイルを集めてもらっている。きっと、今しがた置かれた他にも積みあがっているだろう。

 

 

 

「なんで、反抗しなかったんですか?」

 

「むしろ、なんで反抗できると思っているんだ?」

 

 

 

 次に聞こえたのは大淀の声だ。先ほどの怒気はなく、どこか伺うような声色だ。おそらく振り向けば、心配そうにのぞき込んでいる彼女と目が合うだろう。

 

 だが俺は特に顔を向けることなく、逆に質問をぶつけた。到底彼女にはこたえられない、俺に(・・)向かうべき問いを彼女に向けたのだ。無論、彼女が知る由もないため答えることはできない。

 

 

「あら、貴方ならあの提案に食って掛かるぐらいすると思ったけど?」

 

「人を狂犬みたいに言うな」

 

 

 次は加賀。先ほどの声色よりも少し柔らかい。普段通りの軽口に近いものだ。おそらく、普段のやり取りでボロを出すことを狙ったのだろう。生憎、対応可能だ。

 

 

「せっかくここまでやってきたのに……ここに残りたいとか思わないんですか?」

 

「『残りたい』じゃなくて、もう(・・)『残れない』だ。俺に拒否権はないよ」

 

 

 またもや大淀。今度は、ひどく残念そうだ。気のせいかな、彼女のほうからくしゃりと紙を握る音が聞こえた。おいおい、今しがた書き上げた書類だぞ。なにや――――――

 

 

 

 

もう(・・)、いいでしょ」

 

 

 

 次は加賀。だが、それは声ではない。正確には声だけ(・・・)ではなかった。

 

 

 その声と同時に、顔を掴まれ引き寄せられたのだ。今しがた書いていた書類から、目いっぱいに広がる加賀の顔。彼女はいつもの無表情のまま、俺を見つめ返していた。

 

 だが、その眼には感情が見て取れた。

 

 

 

 『不快』と。

 

 

 

「あの時は周りにたくさんいたからいろいろ取り繕っていたんでしょうけど……ここは私たちしかいないわよ?」

 

「……何のこ―――」

 

「とぼけないで」

 

 

 俺の言葉を遮るように、加賀が詰め寄ってくる。逸らそうとした俺の視線に、彼女は掴んだ手に力を込めてやめさせる。

 

 

 目の前に広がる加賀の顔が一瞬(・・)霞み、またはっきりと彼女の顔が映る。

 

 

 

そんな(・・・)顔するぐらいなら――――」

 

 

 

「グッッッド、モォーニィーング!!!!!!」

 

 

 

 そんな加賀の声を吹き飛ばすがごとく、執務室の扉が開け放たれた。同時に風が吹き荒れ、書類が舞い上がる。その中を、その声の主が歩いて入ってきた。

 

 

「金剛……」

 

「Hey! 提督、戦果Resultが上がったネー!!」

 

 

 俺の言葉に、金剛は意気揚々と入ってくる。その手にはファイル――――今日の哨戒任務の報告書であろう。子供が自慢してほしいものを見せつけるようにぶんぶん振っている。とは言っても、いつもは提督補佐である大淀が代わりに受け取っているため、こうして旗艦自ら報告書を持ってくることはないのだ。

 

 

「こ、金剛さん!! 無線で言ってくれれば取りに行きましたのに……」

 

「No!! 大淀? 大事なお客様がいらっしゃっているんですヨ? もし無線を送ったときに取り込み中(in the middle of something)でしたらどうするんデース!! だから失礼のないように(don't be rude)と―――」

 

「だったらノックぐらいしたらどうなの?」

 

「……そ、それは終わっていたようでしたからネー」

 

 

 金剛の屁理屈に加賀の鋭い突っ込みが入る。それを受けて、金剛が目線をそらして答える。その声は震えていた。明らかに取り繕っている。

 

 

「……まぁ良い。わざわざ悪いな」

 

「No problemデース」

 

 

 ため息を吐きながら俺がそう言うと、金剛は笑顔で返しファイルを差し出してくる。それを受け取るために手を伸ばした。

 

 

 

「ところで、テートクはいつ異動するんですカ?」

 

 

 

 だが、次に彼女はそう問いかけてきた。

 

 

 同時に、執務室の空気が凍る。体感温度的に2、3度は下がった気がした。

 

 それは周りの同じようで、大淀は露骨に顔を引きつらせ、加賀はその眉をピクリと動かした。

 

 

 ただ唯一、金剛だけは問いかけと同じ表情―――――笑顔のままだった。

 

 

 

「……なんでそれを知っている?」

 

「何処の誰かはわかりませんが、すでに鎮守府中に知れ渡っていますヨ? テートクがクビにされるって」

 

「だ、誰がそんなことを!?」

 

 

 金剛の軽い言葉に、大淀が大声を出す。それと同時に机をダンッ!! と叩き、飲みかけのティーカップが甲高い音を出した。だが、それ以降誰一人として声を発しない。

 

 執務室は沈黙が支配した。

 

 

 

「……恐らく、意図的に流したんでしょうね。」

 

 

 沈黙を破ったのは加賀だ。彼女は顎に手を当てながら考え込んでいるようだ。大淀もその言葉に、顔を歪めて黙り込む。

 

 

 情報を流した理由、それはこの鎮守府の動揺させるためだ。

 

 

 ここは提督を何人も失踪させた鎮守府、故にどの艦娘にも提督に対するある程度の偏見がある。俺が最初にやってきたときのみんなの反応がそうだ。最近はなくなってきた……のか、俺が慣れてしまったのかは分からない。

 

 だが、おそらく誰しもが少なからず提督に悪い感情を抱いているのは確かであろう。そこに提督が異動するという情報を流してみよう。そういった感情が強い艦娘は手をたたいて喜び、そうでない艦娘は動揺するだろう。

 

 だが、この鎮守府においてどちらの割合が多いかと考えれば間違いなく前者だ。仮に少数派が過半数だとしても、結局その感情は俺がここにやってきてからしかない。それよりも長い時間を彼女たちは過ごしているわけであり、どちらの存在が大きいかを考えれば間違いなく俺を切るだろう。

 

 

 まぁ仮に俺を切る選択をしないにしても、全艦娘内に動揺が走るのは避けられない。それが任務に支障をきたす可能性が高く、その度合いは長引けば長引くほど大きくなっていくであろう。さらにこれだけ多くの集団である。一度流れた情報を統制するのはほぼ不可能だ。それこそ箝口令を敷かねばならないほどだ。

 

 しかしそれを敷けばあらぬ疑惑を持たれる可能性が高い。もとより提督という存在にアレルギーを持つ艦娘ばかりだ。疑惑は深まり、そしてそれは悪い印象を強めてしまう。

 

 

「こうなってしまえば、異動させたいあちらが有利になってしまう」

 

「外堀を埋めにきたってわけですか……」

 

 

 説明した加賀、それに苦虫を嚙み潰した顔になる大淀、そしてそれを聞いてもなお笑顔の金剛。

 

 

「金剛」

 

「What?」

 

 

 その中で、俺は金剛に声をかけた。彼女は笑顔のまま、俺を見る。

 

 

「それを聞いた、周りはどんな様子だった?」

 

「……みんな、反応に困っていましたヨ」

 

 

 俺の問いに、金剛は曖昧な答えをよこす。それを受けて、俺は肩を落とした。望んでいる(・・・・・)答えがなかったからだ。

 

 

 

「それで、テートクはいつ異動になるんですカ?」

 

 

 

 だが、再度投げ掛けられた問い。それは俺が求めている(・・・・・)答えでもあった。

 

 

「……まだ分からん。だが、異動は確定だ」

 

「そうですか、寂しくなりますネ。異動先でも元気でいてくださいヨ!!」

 

「ちょ、金剛さん!?」

 

 

 俺の言葉に、金剛は笑顔でそう言い俺の肩をバシバシ叩いてくる。その言葉、そしてその様子に看過できなかった大淀は俺たちの間に割り込んできた。

 

 

「何ですか大淀? テートクの新しい門出、お祝いしないんですカー? それとも『テートク行かないで!! ずっとワタシのそばに居て!!』って言いたいんですカー?」

 

「そそそそそそそ、そういうわけじゃないです!? い、いや違うわけじゃなくて、いや合ってもなくて……」

 

 

 金剛の言葉に顔を真っ赤にさせる大淀。小さな声でボソボソ早口でしゃべる彼女を面白そうに眺める金剛。確実に遊んでいるぞ。

 

 

「逆に、貴女はどうなの?」

 

 

 そんな大淀を見かねて、加賀が助け舟を出す。いや、どちらかといえば会話の主導権を奪い取った方が正しいか。その証拠に、金剛を見据える彼女の眼は笑っていなかった。

 

 

「今までの口ぶりからして、貴女は提督の異動に賛成のように聞こえるんだけど?」

 

「Yes、ワタシは賛成ですよ? めでたいことデース!!」

 

 

 加賀の問いに当たり前のように答え、そしてお祝いの言葉を述べるかのように俺に笑顔を向けてくる金剛。そこに一片の曇りがない、100%自らの主張に賛成する表情だ。

 

 

「……貴女、何言っているか分かっているの?」

 

「もちろん分かっていますヨ? この話、メリットしかありませんから」

 

 

 『メリット』

 

 

 その言葉を発した時。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、金剛の視線が俺に向けられた気がした。だが、次の瞬間、その視線は加賀に向けられている。まるで、駄々をこねる子供に向ける視線だ。

 

 

 同時に、彼女は指を三本立てた。

 

 

「まず、ワタシたちの……いや、ワタシ(・・・)のメリットです。これは単純、もう一度この鎮守府を掌握できるからデース。あのテートク、ある程度ここをワタシたちの自由にしていいと言ってたそうですネ、つまりテートクが異動した後にここを統括する存在をワタシたちが選べるわけデス。今まで艦娘の上に立ったことのある存在はワタシだけ。つまり、テートク代理としてここを統括する可能性が高いワケネ。しかも以前と違い、資源の補給や他鎮守府との連携もできる。より整った環境での再スタート(Restart)デース!!」

 

 

 そう言い終わると同時に、一本目の指が下がる。それに対して、加賀は黙って顎で続けろと促した。

 

 

「じゃあ次に、私たち艦娘のメリット。これも単純、優秀なテートクに変わるからデース。お世辞にもテートクの能力は高いとは言えないネー。特に事務処理も大淀ありき、艦隊指揮もほぼ旗艦任せ、進撃撤退の指示も下せない……酷なことを言えば、ワタシたちの上に立つにはふさわしくありまセーン。むしろ、誤った判断でワタシたちが沈む可能性が高い……そんなリスクを背負う必要がなくなりマース。高い事務処理能力を持ち、的確な戦闘指揮をこなせるテートクは大勢いるでしょうネ……また先に言いましたがある程度こちらの都合に合わせてもらえる、それこそテートクを拒否してもいいわけデース。他にもいろいろありますが、大きなものはこれでしょうネ」

 

 

 そう言い終わると同時に、二本目の指が下がる。それに対して、いつの間にか回復していた大淀が何かを言いたそうにしていたが、それを加賀が手で押しとどめた。だが、その眼には怒りが浮かんでいた。

 

 

 それを見据えながら、金剛は一つ息を吐いた。

 

 

「じゃあ次……これはテートクのメリット」

 

 

 その言葉と同時に、金剛は俺に視線を向けた。

 

 

 

 

「ワタシ達からの解放です(・・)

 

 

 そう発した金剛の眼。それは今まで向けられてことのないほどやわらかいものだった。この視線を向けているのが金剛なのかと疑うほどに、慈愛に満ちていたのだ。

 

 

 

 だが、それに対して俺が感じたのは、『寒さ』だった。

 

 

 

「先ほど言いましたが、提督(・・)はそこまで能力が高くありません(・・)。そしてここは最前線、彼がやってきてすぐに起きた鎮守府の襲撃もある通り、常に死のリスクが付きまといます(・・)。また()のように提督(・・)に対して敵意をむき出した艦娘が大勢います(・・)。文字通り周りに味方はいない状態でした(・・・)そんな中で今まで提督(・・)をやってきたのは、ひとえに彼が無理をしてきただけ彼が精神をすり減らしてきたおかげなんです()

 

 

 淡々と金剛の口から語られたメリット。それを話す彼女の口調はいつもの片言ではなく、流暢な日本語であった。

 

 

「提督がここまで尽くしてくれる理由は分かりませんが、私たちがその姿勢に甘えてきたのは事実です。もう、十分じゃありませんか? 十分尽くされたと思いませんか? もう彼無し(・・・)でやっていけると思いませんか? これ以上、彼に余計な重荷(・・・・・)を背負わせる必要はないと思いませんか? これ以上提督の自己犠牲(・・・・)に甘え、その身をすり減らさせる(・・・)のはやめにしませんか?」

 

 

 そこで言葉を切った金剛は再度加賀たちに視線を向けた。

 

 

 

「もう、『自由』にしてあげませんか?」

 

 

 

 そう締めくくり、金剛は黙った。それに対して、加賀も大淀も何も言わない。

 

 ただ、二人の表情は全てを物語っていた。

 

 

 『もう、良いのではないか』と。

 

 

 

「ま、待ってくれ」

 

 

 そんな空気に耐え切れず、俺は声を上げた。その言葉に、三人が俺を見る。

 

 

 加賀と大淀は申し訳なさそうな。金剛はうっとうしそうな視線だ。

 

 

「……何ですカ?」

 

「い、いや、語弊があったから訂正をと……」

 

 

 そう言った瞬間、金剛の視線が鋭くなった。だが、先ほどよりも多く向けられたもの故、怖気付くことはなかった。

 

 

 

「さっき金剛が言ってたこと……『俺に甘えていた』ってところ。逆だ、俺がお前らに甘えていたんだよ」

 

「……逆ではありませんヨ? 少なくともワタシ達はテートクの厚意に甘えていた、これは事実デス」

 

 

 俺の言葉に金剛は僅かに顔を歪ませ反論してくる。だが、俺はそれでも止まらなかった。

 

 

「考えてもみろ、俺はお前らに負担しかかけていなかった。執務も満足にできず、戦闘指揮も取れない、進撃撤退の指示さえまともに……な。そんな負担しかかけていないのに俺がお前たちにしてやれることなんて少ない。な、ならそのお返しを全力でするのは当然だろ……? だ、だから―――」

 

「つまり、テートクがしてきたことは『ただのお返し』であると……そういうことですネ?」

 

「違います!!」

 

 

 

 俺たちの会話に割って入ったのは、大淀であった。その顔は真剣であり、まっすぐ俺を見据えていた。

 

 

「貴方は私たちにいろんなことを、いろんなものをくれました(・・・・・)。それは決して『お返し』なんかじゃない……貴方が私たちに与えた、『無償で差し出したもの』なんです!! だから、そのお返し(・・・)にみんな頑張っているんです!! 貴方のためなんです!!」

 

 

 その言葉に、俺は思わず息を飲んだ。目頭が熱くなり、喉にある言葉がこみあげてくる。

 

 

「ほん――」

 

「つまり、私たちは負のループに陥ってるわけですネ」

 

 

 だが、それは金剛の言い放った一言でかき消された。同時に、体温が一気に下がる。

 

 

「互いに負担を押し付け合い、清算し合い、その度に苦悶し合い、また負担を押し付け合い……これを、負のループと言わずに何と言いますカ……まぁ、ワタシが言うなって話ですけどネー」

 

 

 そう、吐き捨てるように金剛が言い放つ。そして自分を皮肉る。まるで、自分はすでにそこから脱却できたとでも言わんばかりに。

 

 

 

 

「確かに、その通りね」

 

 

 

 そして、次に加賀が答える。それは金剛に賛同するものだった。また、体温がガクっと下がるのを感じる。

 

 

「金剛の言う通り、私たちと提督の関係はまさにそう。互いが互いに負担を押し付け、消耗し合う……自滅まっしぐらね」

 

その通り(Exactly)、だからこそこれはテートクとワタシたち、ひいては鎮守府にとってのメリットってわけネ」

 

 

 納得したような加賀、ようやく理解してくれたかと肩を撫で下ろす金剛。二人はそれ以上何も語らないが、視線が交差している。おそらく目で何かを伝えあっているのだろう。

 

 

「な、なぁ……」

 

 

 それが分からなかったから、思わず俺は声を漏らした。だが、それに答えたのは金剛だけ。加賀はわざとらしく目をそらしたのだ。

 

 

 

「テートク、貴方は此処に残りたいですか?」

 

 

 そして、金剛からそんな問いが飛んでくる。それは今まで、何度も二人から、いやそれを告げられたあの場にいた全員から投げ掛けられた問いだ。

 

 

 それに対して、今まで俺は同じ答えを返している。

 

 

 

 

「……だから、俺の意志ではどうにもならないって」

 

 

 今回も例に漏れず、同じ答えを返す。

 

 

 それに金剛は特に反応を示さない。視界の隅で加賀が唇をかみしめるのが見えた。視界の外から、大淀の怒りを押し殺す声が聞こえた。

 

 

 

「何故そう言い切るんですカ?」

 

 

 次に投げ掛けられた問い。これも同じだ。今まで通り、悟られない(・・・・・)ように同じ答えを返すだけだ。

 

 

 

「それ――」

 

「代わりに答えてあげますヨ」

 

 

 

 俺の言葉を遮られた。それに、思わず声の主を見る。

 

 そこにいたのはいつもの金剛だ。

 

 俺に対してどこか他人事のように、まるで興味がないように、この先どうなろうと知ったこっちゃないとでもいうように。

 

 

 俺に無関心な(いつもの)金剛だ。

 

 

 

 

 

「貴方の『我儘』だからです」

 

 

 

 そんな彼女が。一切の温かみも感じず、道端の石ころを見るような目で、そう言い放ったのだ。

 

 その姿に、俺は言葉を失った。同時に、興味も失った。

 

 

 彼女が望まない(・・・・)答えを口にしたからだ。

 

 

「ここまでメリットを上げられて、上からも命令されて、もう異動しかない状況に追い込まれています。この状況で、貴方が『ここに残りたい』なんて言っても、それは貴方の我儘としか言えません。受理されることはないでしょう……まぁ、それを覆せるだけの『権限』は持っています。だがその理由が『我儘』となると……どこまで通用するか」

 

 

 そういって、やれやれと肩をすくめる金剛。まるで俺を馬鹿にしているように見える、というかおそらく馬鹿にしているのであろうが、生憎彼女の言っていることは正解だ。反論の余地すらない。

 

 

「……一応、貴方がテートクでいる限り、ワタシ達は貴方の艦娘デース。理由はどうあれ、貴方の命令に従う義務があります。だから―――」

 

「それが『権限』なんだろ?」

 

 

 金剛の言葉を遮るように、俺は声を――――『答え』を絞り出す。

 

 

「俺が持っている『権限』は、俺の我儘を通すためにお前たちを利用できるってことだろ? 分かっているよ、そのぐらい……」

 

 

 絞り出すように漏らした『答え』―――それは俺の立場である提督が持つ『強制力』だ。

 

 原則、艦娘は提督の命令に従わなければならない。金剛が言ったように、それは義務だ。だから、俺がここにいたいから協力しろといえば、()でも彼女たちは協力しなければならない。

 

 だからこそ、その手立てはあるのだ。ある意味最強である手立て。だがそれで幸せになれるのが誰もいない。大本営も、つかさたちも、金剛たちも。誰も幸せにならないのだ。

 

 

 そんな選択肢、選べるわけないんだよ。

 

 

 

「……まぁ、ワタシ達は貴方の判断に従うだけネ。他の子にもそう伝えておきマース」

 

「えっ!? そ、それは――」

 

「承知したわ」

 

 

 金剛の言葉に、加賀は即座に返事をする。そんな二人にうろたえる大淀であるが、彼女も特に口をはさむ気はないようだ。そうだろう、金剛と加賀が納得したんだ、異論なんて挟めるわけがない。

 

 

「じゃあ、そうつ――」

 

 

 金剛がそういって執務室を出ていこうとしたとき、勢いよく執務室の扉が開かれた。全員が一斉に扉に視線を注ぎ、そこに立っていた人物を凝視する。

 

 

「おう、入るぞ」

 

 

 そう言ってヅカヅカ入ってきたのは、つかさであった。

 

 奴は先ほど引継ぎの打ち合わせをした後、うちの艦娘たちの様子を見に工廠に行っていたのだが。と思ったら後ろに曙や夕立、榛名が立っている。どうやら改造が終わったみたいだな。

 

 というか、夕立なんかいろいろと変わってない?

 

 

 

「明原提督」

 

 

 そんな執務室組をしり目に、つかさがそう言った。俺の名前ではなく苗字と役職名を。今は柊中佐として俺に語り掛けているのだ。

 

 

「はっ」

 

 

 そう感じた俺は背筋を伸ばし、短く答える。

 

 

 

「貴官の艦娘たちとうちの艦娘たちで、演習を行うこととなった」

 

「はっ……は?」

 

 

 条件反射的に返事をし、その後本音が漏れた。

 

 

 

「日時は本日より五日後、場所は演習場だ。規模は一個艦隊だ。それと―――」

 

「ちょ、ちょっと待って!!」

 

 

 淡々と説明していくつかさの言葉を遮る。それに奴は鋭い視線を向けてきた。いや、その前にちゃんと説明してくれよ。いきなり過ぎるって。

 

 

「な、なんで急に演習を?」

 

「単純に貴官の艦娘たちの実力を図るためだ。同時にうちの戦い方(やり方)を身をもって知ってもらう。今後、俺の下に組み込まれてもいいようにな」

 

「は? いや、実力を知るのは分かるけど……組み込まれてもいいように(・・・・・)ってどういうことだ? だって吸収されるんだろ?」

 

 

 俺の問いに、つかさは間を置く。その間、その視線は俺に注がれ続けた。それを追うよりも先に、答えを寄越した。

 

 

「貴官の艦娘―――金剛型戦艦三番艦 榛名より、『演習の勝敗によって、現提督の続投(・・)を検討されたし』と申し出されたからだ」

 

「はぁ!? ほ、え、は、榛名!?」

 

 

 つかさの言葉に、俺は思わず榛名を見る。すると、彼女は一歩前に進み出てこう言い放った。

 

 

「私は、楓さんが変わるなんて嫌なんです。だから演習で私たちの実力を示して、貴方が上でも問題ない(・・・・)と示せば続投を承認していただきたいと提案したんです。そして、中佐が受けて下さいました」

 

「え、え、き、急す――」

 

 

「クソ提督!!」

 

「提督さん!!」

 

 

 急展開についていけない俺に、つかさの後ろに控えていた曙と夕立が飛び出して詰め寄ってくる。両方とも、俺の制服を掴んで食い掛ってきた。

 

 

「いい!! ここで勝てばあんたが残れるの!! 絶対勝つわよ!!」

 

「提督さん!! 夕立絶対勝つから!! 見ててね!!」

 

 

 鬼気迫る表情で詰め寄られる二人に気おされ、何も言えなくなってしまう。二人の向こうから、つかさの声が飛んできた。

 

 

「ちなみに、これは上官命令だ。拒否権はないぞ」

 

 

 それだけ言うと奴は執務室を出て行ってしまい、詳しい話を聞くことすらできなかったのだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「妙ね……」

 

「どうした?」

 

 

 廊下を歩いてるとき、傍らの伊勢がつぶやいた。それに対して、俺――――柊木 士は彼女に顔を向けて問いかけた。

 

 

「今回の提案、なんか引っかかるんだよねぇ……」

 

「そうか? 俺はありがたい提案だと思うぞ。向こうは誰もが納得してないから、このまま吸収しても(わだかま)りが残る。だが、この演習で実力の差を見せつければ扱いやすくなる。それに向こうからの提案だ。言い出しっぺの法則上、向こうは従わざるを得ない……だいぶ都合がいい」

 

「だよね? 納得してるわけじゃないのこっちに都合のいい提案……出来過ぎていると思わない?」

 

 

 伊勢の言葉に、俺は再度考えてみる。

 

 確かに都合がよすぎる提案だと思う。だが万が一こちらが負ければ、奴らは今まで通りやっていける。それを考えれば、向こうにメリットがないわけでもない。

 

 だが、正直今のあいつらにうちが負けることはまずないだろう。これは贔屓目に見ているわけではなく、単純に場数の差だ。

 

 向こうはようやく北方海域の半分を制覇したところ、対してうちは西方海域を超え南方海域へと踏み込んでいる。相手にした敵の数、種類、海域全てにおいて圧倒していると見ていいだろう。

 

 

 それらを踏まえて、二つの答えを出した。

 

 

「まぁ、過信しすぎてこちらの実力を見誤っているだけかもしれないなぁ……もしくは楓を変えさせ―――」

 

「そうですよ」

 

 

 俺の言葉を遮るように、後方から声が飛んできた。

 

 それに俺と伊勢は同時に振り返る。そして、声の主をとらえた。

 

 

「その通りです」

 

 

 そういってこちらに近づいてきたのは、一人の艦娘。

 

 

 先ほど執務室で高らかに宣言し、その前に工廠にて俺たちに都合のいい(・・・・・)演習を提案してきた艦娘――――金剛型戦艦三番艦 榛名であった。

 

 

 

「いやぁ、よかったです。既に私の意図に気づかれたようで、安心いたしました」

 

「……一応、確認のためお聞きしてもよろしいか?」

 

 

 笑顔で近づいてくる榛名に、俺は念のため問いかけた。

 

 それは今しがた俺が語った答えの内、どちらかを―――――正確には片方ではない(・・・・)ことを確認するためだ。

 

 

 

「……ええ、では改めまして」

 

 

 その問いかけに、一瞬キョトンとした榛名。だが次の瞬間、その顔は笑顔が―――――完璧な笑みが浮かんだ。

 

 

 

「明原提督の罷免、よろしくお願いいたします」


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