新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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本当にお待たせしました。


欲張りな『提案』

『練度』

 

 

 艦娘が一定の経験を積み上げて戦闘技術が上がっていくこと、艤装が持つ機能を最大限に扱えるようになることを意味する。艦娘自身の戦闘技術の成熟度、艦艇との同化率、艤装の稼働率などその他諸々を、総じて大本営では艦娘の『練度』と呼称している。

 

 しかし、いつしか艤装そのものが艦娘の練度に付いていけなくなる時が来る。その原因は、艤装の機能不足、そして経験を積む中で蓄積される艤装の摩耗劣化と言われているのだ。

 

 特に摩耗劣化については妖精や艦娘自身の整備では完全に止めることはできず、日々の戦闘でわずかにだが確実に進行していくことが確認されている。故に、ずっと同じ艤装で戦い続けることは不可能と言われているのだ。

 

 

 そんな艤装が艦娘の足を引っ張るようになった時に行われるのが『改造』である。

 

 

 普段行われる整備をより大規模にしたものであり、具体的には艤装の部品交換や新たな付属パーツの追加、兵装の交換、拡張などなど。端的に言えば艤装の大幅な強化であり、更に改造後は一律に艤装の性能が向上するだけでなく今まで摩耗した劣化がゼロ(・・)になる。つまり艤装という深海棲艦に対抗できる唯一の兵装をそのまま永続的に使用できるのだ。

 

 またとある艦娘は第一次、第二次と一度のみならず複数の改造が可能だ。それを経た艦娘はその艦名に『改二』を付け加えられることから、第二次改造は総じて『改二改造』と呼称される。

 

 同時に『改二改造』以降は姿かたちが確実(・・)に変わってしまうため、一部で()改造なんて呼ばれ方もしているとか。

 

 

 

「つまりあなた達の練度は既にその艤装を置いてけぼりにしちゃってて、下手したら死んじゃうからここで改造しておこうってわけ!!」

 

「……ご丁寧に説明どうも」

 

 

 自信たっぷりに説明する彼女―――『明石』と名乗る艦娘に、曙ちゃんはジト目でそう返した。

 

 

 

 ここは工廠に設けられた一室、整備室。

 

 

 食堂に劣るがそれなりに広いスペースには等間隔で複数の作業台が置かれ、壁には整備に必要な工具や重油が収納された大きな棚が隙間なく並んでいる。さらに天井には大きなクレーンが何基か備え付けられており、戦艦などの大型の艤装を吊るすことで整備作業の負担を軽減している。

 

 そんな普段は艤装の整備に勤しむ妖精や艦娘で賑わっているはずの整備室。

 

 

 だが、今日は違う。

 

 

 等間隔でおかれた作業台は全て脇に追いやられ、その代わりに部屋を半分に分ける白い幕が設けられている。その向こうは明石さんが引き連れてきた妖精たちが持ち込んだ様々なモノで溢れていることだろう。

 

 それを用意した妖精たちは彼女の足元をせわしなく行き交い、白幕とこちらを出入りしている。同時に白幕の向こうでは激しい金属音、打撃音、ジタバタもがく音(・・・・)、小さく籠った悲鳴(・・)、白幕にうっすら浮かぶ簡易ベッドに拘束(・・)された夕立ちゃんの影。

 

 

 

「どう見てもヤバい組織のヤバい改造手術じゃないの!!」

 

「だから、改造(そう)だって言ったじゃな~い」

 

 

 曙ちゃんの突っ込みに至極当然のように答える明石さん。というか、声を発することができるのが二人なだけ。

 

 ここには私を含めた多くの艦娘が改造待ちをしているのだが、その殆どが目の前で起きている状況にドン引きしてしまっているのだ。特に駆逐艦たちは顔を青くさせ、中には涙目を浮かべながら震えている子もいる。そんな子をあやす巡洋艦たちもまた、頬を引き攣らせている有様だ。

 

 

 

 

 どうしてこんな状況になっているのか、説明しよう。

 

 

 現在、私たちは柊木中佐が伴ってきた彼女――――明石型工作艦 1番艦 明石が主体となった弊鎮守府の戦力増強計画を受けている。

 

 

 理由は二つ。

 

 

 一つは先ほど彼女が述べた『練度』の関係。

 

 彼女曰く、私たちはこれまでの戦闘でほとんどの艦娘が改造目安である練度を軽く超えてしまっているらしい。このままでは艤装の性能を発揮できないことはおろか、下手すれば自身に余計な負担やリスクを背負わせることになる。それを避けるために適正な艤装、兵装に換装する必要があるのだとか。

 

 もう一つは柊木中佐陣営の戦力強化。

 

 書類上私たちは既に彼の陣営に組み込まれており、ゆくゆくはその指揮下に入る手はずになっている。彼から見ればもう私たちは自分の艦娘であり、自分の艦娘を強化するのは当然のことだとのこと。

 

 それを受けて柊木中佐、そして提督の賛同もあって私たちは整備室に集められ、順次改造を施されるのを待っているのだ。

 

 ちなみに改造にはある程度のまとまった資材、艦娘によってはそこに設計図や資料なども必要になるようだが、その辺りも用意しているようだ。その用意周到さから、確実に自分の傘下に納めようという心意気が見て取れた。

 

 

「ま、本来改造なんて練度が超えた順にコツコツ進めるものだからあんまり人目につかないんだけど、この大人数を一気にするなら大規模会場を用意してドカンと派手にやらないとね!!」

 

「前後半の流れが微塵も繋がってないんだけど……てか、なんであんたは白幕(あっち)側に居ないのよ!? 全部妖精任せなの!?」

 

「あー……えっと、工作艦 明石()って結構貴重な艦娘でして。それに改造は全艦娘にとって必須、毎日何十何百と改造が行われている。もし私しかできないってなったら私が過労s……じゃなくて、効率的に戦力増強できないじゃない。だから、改造自体は妖精さんだけでも可能になってるわけ」

 

 

 そう答えながら、明石さんは何処からか取り出した大きなレンチの口部分を肩にあててマッサージし始める。明らかに肩の肉を持っていかれそうな構図だが、「あ゛ぁ~」とおじさんみたいな声を出しながら恍惚の表情を浮かべる明石さんを見るによく日常的にやっているのだろう。

 

 

 

 うん、何というか。こう言っちゃうと、本当に失礼極まりないんですけど。

 

 

 

 そんなに大事な計画、明石さん(この人)に任せてはいけないと思います……

 

 

 

 そんな彼女の後ろでは、今も様々な音を立てながら夕立ちゃんの改造が進んでいく。先ほどにプラスでビリリという電流音やピーピーというアラーム―――警戒音(・・・)も聞こえてきた。

 

 

 ……いよいよ、大丈夫じゃないかもしれない。

 

 

 

「おぉぅと、これは……」

 

「ねぇ!! 大丈夫なの!! 明らかにヤバい音しかしてないんだけどぉ!!!!」

 

 

 そう声を漏らしながら、当てていたレンチを下した明石さんがふらりと立ち上がる。その姿に、焦りを通り越して泣きそうな顔の曙ちゃんが悲鳴じみた声を上げた。

 

 

 そんな彼女に、明石さんはにっこりと笑いかける。

 

 

「……さっきの話に戻るけど、私は改造自体に必要ないけどなるべく立ち会うことが望ましい(・・・・・・・・・・・)とされているの」

 

「い、いや!? そんなこ」

 

 

 唐突に曙ちゃんの言葉が途切れた。それはかき消されたからではない。()である。

 

 

 

 

 あれほどやかましく鳴り響いていた音が、一斉に止んだ(・・・)からだ。

 

 

 そしてそれは、その場にいた一同の視線が白幕に集中することを意味する。

 

 

 

 白幕には、簡易ベッドに横たわりピクリとも動かない人影があった。だが、それは目覚めたようにゆっくりと起き上がる。

 

 先ほど見た影よりも少々背が伸び。同様に髪も伸びてボリュームも増えている。同時に華奢であった肩回りも幾分かしっかりしており、明らかな身体的部分の強化(・・)が見て取れた。

 

 極めつけはその頭に現れた二つの大きな()。恐らくそれは増えた前髪が跳ねてそう見えるだけなのだが、その絶妙な位置と大きさに、どうしても垂れた犬耳(・・)と誤認されてしまうだろう。

 

 だが一つ、気になるのがその影を見る駆逐艦たちの視線が『とある装甲』に集まっていることだが。

 

 

 

「夕立ぃ!!」

 

 

 

 そんな中、一人の駆逐艦がその名を呼んで駆け出した。彼女は夕立ちゃんと仲が良かった子だ。先ほどの光景を目の当たりにした手前、彼女のことが心配で思わず駆け寄ったのだろう。

 

 

 その声に白幕の影は反応し、駆け寄ってくる彼女に顔を向け――――

 

 

 

 次の瞬間、白幕から飛び出して彼女に襲い掛かった(・・・・・・)

 

 

 

「え」

 

「グルァァアアアアアアア!!!!」

 

 

 駆け寄った彼女の呆けた声を、夕立ちゃんの唸り声がかき消す。突然のことに誰もが動けず床を勢いよく転がる二人を見ることしかできない。当の二人は激しく取っ組み合うも、あまりの衝撃で動揺してい彼女を夕立ちゃんが組み伏せ、馬乗り状態で拘束してしまった。

 

 

 

「ゆう……だち……?」

 

 

 顔に恐怖を浮かべながらも、彼女はその名を呼ぶ。しかし、今目の前にいるのは彼女の、いや私たちが知っている夕立ちゃんとは別物(・・)だ。

 

 目は真っ赤に染まり、今にも食い破らんばかりの鋭い犬歯をギラつかせ、荒い息を吐くその姿は――――

 

 

 正に、『狂犬』だ。

 

 

 

「おいたは」

 

 

 何処かともなく聞こえた、とても軽い声。

 

 

 それを発したのは、いつの間にか彼女たちの傍に立っていた明石さん。

 

 

 

 そんな彼女は今、手にしたレンチを大きく振りかぶっていた(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

「ダメよッと!!」

 

 

 その言葉とともに、彼女は思いっきりフルスイングする。それは夕立の横顔に迫り、勢いそのまま彼女を真横に叩き飛ばしたのだ。

 

 周りの艦娘から悲鳴が上がる。中には顔を覆っているものもいる。レンチがモロに入ったのだ、無事じゃすまない。下手すれば辺り一面血の海になりかねない。

 

 叩き飛ばされた夕立は空中で器用に身体を動かして着地する。レンチが入ったであろうその横顔は赤く腫れ上がっておらず、いつも通りの透き通るような白い肌だ。

 

 

 その目が、真っ赤な血のように毒々しく蠢いているのを除いて。

 

 

「直前で手で弾いたか……本能ってのは怖いねぇ」

 

 

 小さくつぶやく明石さんは手にしたレンチの口を調節している。その口を見ると、ついているはずの血痕がない。彼女はそのまま調節を続け、やがて完了したのか感覚を確かめるようにレンチを振るった。

 

 

 それを合図に、夕立ちゃんが再び動き出した。

 

 

 彼女は犬のように四足歩行で走り出し、勢いそのまま明石さんに飛び掛かる。そんな彼女に明石さんはレンチを持っていない手を握り、その顔めがけて思いっきり拳を突き出した。

 

 本来なら避けられないであろうそれを、夕立ちゃんは空中で上体を下げる荒業で避けた。拳を超えた先にあるのは、空振りした明石さんのがら空きの腹部のみ。

 

 

 獰猛な目を血走らせ、彼女はそこめがけて突進し、けたたましい唸り声を上げる。

 

 

「ウ――」

 

「でも」

 

 

 その中、聞こえたのは明石さんの声。その瞬間、彼女のもう片方の手―――――レンチを持つ手が現れ、突進する夕立ちゃんのうなじめがけて振り下ろされた。

 

 

 

 辺り一面に、ガーーーンという鈍い金属音が鳴り響く。

 

 

 それは硬直していた艦娘全員の耳に響き、無理やり再起動させることに事欠かなかった。誰しもが耳を抑えながら、音の下に目を向ける。

 

 

 そこには、明石さんが振り下ろしたレンチに首を挟まれぐったりしている夕立ちゃんの姿があった。

 

 

 

「夕立!!」

 

「ダメだよ」

 

 

 先ほどの駆逐艦が悲鳴じみた声を上げながら駆け寄るのを、明石さんは夕立ちゃんからレンチを離さずに制止する。そのまま膝を折り、ぐったりしている夕立の触診を始める。

 

 

「……改造っていうのは『もう一度艦を降ろす』――――所謂、艦との同化率をさらに高めることと同義なの。特に姿かたちが変わる『改二改造』なんかはその影響が強くて、こうして改造直後に一時的とはいえ人間性を失い暴走することがある。その場合は他の僚艦が対処するんだけど、日々をともに過ごす僚艦だと手荒なことが出来ずに後手に回っちゃって、結果余計な被害を生んでしまう恐れがある」

 

 

 夕立の触診をしながら、淡々と語る明石さん。その表情、その声色には先ほどの軽い雰囲気はなく、厳格な軍人としての彼女がそこに居た。

 

 

「そういった場合、対処法を熟知し容赦なく実行できる部隊が必要になるわけ。工作艦『明石』は修理、整備を専門とした艦だったから、艦の構造から特徴、性能、その弱点などあらゆる艦の情報を把握している。それら膨大な知識とその対処法も熟知しているから、こういった暴走しちゃう艦娘を無力化するにはうってつけってわけ。工作艦 明石()たちは、対艦娘用特殊部隊とでもいうべきかな? まぁ、イメージはそんな感じでいいか。まぁここ数年でも発見された報告はごくわずかで、今も絶賛増強中なんだけど……よし」

 

 

 長々と語り終え、最後に一言漏らした彼女はゆっくりと立ち上がり、ぐったりしている夕立の首からレンチを離した。その瞬間、先ほど釘を刺されていた駆逐艦が脱兎のごとく走りより夕立を抱き起す。

 

 

「特に目立った外傷なし、ある程度加減したけどレンチでぶっ叩かれているわけだから……軽い脳震盪は起こしているかな。少し安静にしていれば大丈夫大丈夫ぅ!!」

 

 

 そう語る明石さんは先ほどの軽い雰囲気に戻っている。何処か笑い飛ばすようにそう言うも、彼女に向けられる視線は冷ややかだった。

 

 

「あり? なんでそんな目で見るの?」

 

「いや……大丈夫じゃない状態にした人から言われても」

 

「なんで? 滅茶苦茶説得力あるでしょ? どんなに暴走してもこうやって無力化するから大丈夫(・・・)!!」

 

 

 いや、そっちの方が余計怖いです……という言葉をその場にいた全員が飲み込んだだろう。だが、彼女は次に笑顔のまま薄目を開け、声も少し低くさせながらこう言った。

 

 

 

「で、次は誰が行く?」

 

 

 

 その言葉に、私たちの背筋が凍る。夕立ちゃんの改造を見た後だ、誰しも自分があんな風になるなんて想像したくない。まして暴走で仲間を傷つけるなんてまっぴらごめんだ。

 

 

「あれ? 誰もいない? 彼女は真っ先に挙手したけど……」

 

 

 その光景に、明石さんは困ったように頬を掻く。明石さんが言う『彼女』とは、夕立ちゃんのことだ。

 

 

 彼女の言葉通り、夕立ちゃんは今回の改造計画。その記念すべきトップバッターに名乗り上げた。明石さんは嬉しそうに彼女を向かい入れ、何故名乗り上げたのかを聞いた。

 

 

 その時、彼女は真っ直ぐな目でこう宣言した。

 

 

 

 

『強くなりたい』

 

 

 

 たった一言。一言だけであったが、そこに彼女の思いがこれでもかというほど詰め込まれていた。その言葉に少し驚いた様子の明石さんが、更にその理由を聞いた。

 

 

 

『提督さんと夕立たちでもここを守れるって証明すれば、今の提督さんが何処かに行く必要がなくなるっぽい。だけど夕立、あんまり頭良くないから難しい作戦とか考えられないっぽい……だから、そのかわりにどんな作戦でも達成できるだけの力が――――『強さ』が欲しいの』

 

 

 そう言って、意気揚々と白幕の向こうに消えていったのだ。

 

 

 ―――――その後ろ姿、私にとって(・・・・・)目も眩むほど眩しかった。

 

 

 

「行くわ」

 

 

 

 そしてもう一人、名乗りを上げた艦娘が一人。

 

 曙ちゃんだ。

 

 

 

「おー、次はきみか。で、意気込みは?」

 

「はぁ? 無いわよそんなもの……ていうか、これって命令でしょ? さっさと改造しちゃえばいいじゃない」

 

「私もそうしたいところだけどうちの提督の意向でね? なるべく艦娘の意思を尊重するっていうか、『意思を確認したい』っていうの」

 

「はぁ……変な提督もいたものね。ま、うちのも大概変だけど」

 

「あ、そういう惚気良いんで。とっとと言っちゃってください」

 

 

 

 明石さんの言葉に顔を赤くする彼女であったが、周りの心配するような視線に気づいたようだ。彼女は一度深呼吸し、真っ直ぐ私たちを見据えてこう宣言した。

 

 

「私も夕立と一緒。『強くなりたい』から。別にあいつのためとかじゃない、私たちの鎮守府のために強くなりたいの。皆もこの前の報告で知ってるかもだけど、未知の敵が現れた。それは今の私たちじゃ手も足も出ないほど強力な敵かもしれない。この先、いつ遭遇するとも分からない。だからこそ試せることは、できる努力は、あらゆる手を使っておきたいの」

 

 

 力強く、覇気に満ちた言葉に彼女たち(・・・・)は見惚れていた。そこにいた彼女たち(・・・・)の顔は―――改造に対する恐怖はなく、今後のため、この先の未来のため、できる限りのことをしよう、そう覚悟を決めた顔たちで溢れていた。

 

 

 ――――その潔い覚悟、私にとって(・・・・・)近づくことを憚られるほど力強かった。

 

 

「うん、いい心意気だ。じゃあ先に言っておくけど、私の見立てだと君の改造は先ほどの子よりも厳しいものになる……それでも受ける?」

 

 

 曙ちゃんの宣言に拍手を送りながら、明石さんは最後の念押しをする。その言葉に、彼女は鼻で笑い飛ばし、顔を向けた。

 

 

「上等」

 

 

 歯を見せながらそういう曙ちゃんを、明石さんは満面の笑みを向けてその場から一歩下がる。彼女に白幕へと続く道を作ったのだ。

 

 何故だろう、その時後ろに組まれた彼女の手が小刻みに震えていたように見えた。

 

 

「みんな、待っててね!!」

 

 

 だが、それも曙ちゃんはこちらに向けて手を上げながらそう言ったことで視界の外に消えた。私も彼女たち同様、意気揚々と白幕に向かう曙ちゃんの背中を見送る。

 

 何故だろう、消える直前、正確には曙ちゃんの言葉を聞いた瞬間、手の震えが全身まで伝わったように見えた。

 

 

 やがて、曙ちゃんが白幕の向こうに消えた。

 

 

 

 

「よし、じゃあよろしく」

 

「って、え、ま、え?」

 

「これ、え? これ?」

 

「はい? え、だけって」

 

「えっと、特に身体は、あ、はい」

 

「はい、はい、はい……」

 

 

 

 白幕の向こうから、いくつかの声が。というか全て曙ちゃんの声が聞こえてきた。同時進行で白幕に映る彼女の影は、ずっと立ち尽くしているだけで、簡易ベッドに触れてすらいない。

 

 その動きから妖精に何かを差し出されていたようだが、何分不確定な情報だ。またそれ以降の目立った動きがない。というか動き自体がなく、ただ曙ちゃんが立ち尽くしているようだ。

 

 

 そしてもう一つ、彼女がいる白幕の向こうから妖精たちが出てきているのだ。出てくる妖精の誰もが少しくたびれた表情をしている。その雰囲気は、どことなくとある結論を導き出した。

 

 

 

 

 

 ―――――もしかして、終わった?

 

 

 

 

「明石ぃぃぃいいいいいいい!!!!!!!!」

 

 

 

 次に聞こえたのは曙ちゃんの絶叫。そして白幕が盛大に捲れ上がる。そこに居たのは先ほどよりも顔を真っ赤にし、阿修羅も裸足で逃げ出すほどの怒りと憎しみを携えた彼女。その手には真新しい制服があった。

 

 

 ちなみに名前を呼ばれた張本人は先ほどの場所で倒れている。お腹を抑え、肩で息をし、全身の震えを、ではなく笑いを堪え切れずにヒーヒーと力ない声を上げながら。

 

 

「こんの腐れ工作艦がぁぁああああ!!!!!!」

 

 

 再度怒鳴り散らす曙ちゃんは今も床に伏す明石さんに近づき、その襟を掴んで力任せに振り回す。振り回される明石さんは若干顔を青くするも、それでも笑いが収まらないようで再び噴出した。

 

 

「あんた最初から分かってたでしょ!! 分かっててあんなこと言わせたんでしょ!!!! どうなの!!!!」

 

「い、いや、嘘じゃ、嘘じゃない……ほ、本当にその場合があるから……嘘はついてないよ!? それに艤装自体の改造がメインであって、大体は制服が変わるだけっていうか、彼女は別というか……だ、だって、だってまさかあん、あんな大見え切るなんて聞いてな、聞いてないから……ブフゥゥゥ!!!!」

 

「腹くくって覚悟決めて行ったら制服変えてお終いとか聞いてないわよ!!!! 返せ!! 私の決意と覚悟と羞恥心をよぉぉぉおおおおお!!!!!!」

 

 

 目の前で繰り広げられる二人の大乱闘……? というか一方的なリンチ……? でもない。なんとも名状し難い謎の行動にその場にいる全員が口をあんぐりさせた。だが、そんな中で何人かが声を上げた。

 

 

「妖精、さん?」

 

 

 彼女たちを正気に戻したのは妖精――――明石さんが連れてきた妖精さんたちだ。

 

 

 彼らは艦娘たちの服を引っ張り、白幕の向こう側へと連れて行こうとしている。同時に傍にいる妖精は、その艦娘が来ている制服にそっくりな真新しい制服を掲げていた。

 

 先ほどの曙ちゃんの発言、そして彼女たちの傍にいる妖精さんたちの様子を見て、先ほどの結論が真実であると悟った。

 

 

 

 

 今回の改造で、自分たちは夕立ちゃんのようになる心配はないと。

 

 

 

 

「騒がしいなぁ……終わったか?」

 

 

 その時、整備室と廊下を隔てる扉の向こうから男性――――柊木中佐の声が聞こえた。それと同時に扉が開き、彼と伊勢さん、そして先ほど見かけなかった艦娘二名が入ってきた。

 

 

 一人は加賀さんと同じ弓道着のような格好の艦娘。

 

 青みがかった髪を白い紐でまとめたツインテール、緑の着物に紺のスカート。身長は低く、体つきも華奢で、おっとりとした反面、どこか儚げな雰囲気を醸し出している。しかし、その中で最も気になるのは、彼女の―――

 

 

「で、でかいっぽい……」

 

 

 ふと、どこからか夕立ちゃんの声が聞こえた。気が付いたのだろう、一言声をかけようと振り向く。

 

 そこには何故か胸部を触りながらうなだれている彼女、そして同じようにうなだれているもしくは絶望の表情を浮かべている数人の駆逐艦(制服着替え済みで胸部に触れている)がいた。

 

 

 

「夕立……夕立、これでも倍は増えたんだよ……? なのにこの仕打ちって……」

 

「上には……上がいるんだよ……」

 

「あの人……きっと空母だよ。加賀さんや隼鷹さんを思い出して……デカいでしょ?」

 

「で、でも龍驤さ―」

 

「「「それ以上いけない」」っぽい」

 

 

 

 そんな会話が聞こえ、思わず彼女の胸部―――――豊かでは表現しきれないほどの立派なものに目を向けた。そして、思わず自分のそれに視線を落とす。一応これでも割とある方だと自負はしていたが……流石にあれには勝てないな。一体何を食べたらあんなに育つのだろうか……

 

 

 ……じゃなくて。そうじゃない、いや、それも気になるけど、一番はこっち―――――彼女の瞳だ。

 

 

 

「あ、あの~皆さん、どこ見てるんですかぁ……?」

 

 

 おそらく周りの視線が集まっていることに気づいたのだろう。彼女は両腕で自分の胸を隠しながらおずおずと尋ねる。隠しきれてない、手から溢れんばかりの……じゃなくて。困った顔を浮かべる彼女の瞳の色。

 

 

 右は彼女の髪色と同様に透き通るような青みがかかっている。

 

 左は彼女の髪色よりも大分暗い。紺を通り越して灰色がかっている。

 

 

 左右の瞳の色が違う。所謂オッドアイと呼ばれるものだ。

 

 ただ少し気になるのは右は瞳全体に青みがかっているのに対し、左はまるで後から色を足したような色むらのある不安定な色。

 

 

 おそらく、先ほど感じた彼女の儚げな印象は、その不安定な瞳から感じたのだろう。

 

 

「あの……『改造』っておっぱい増量の術じゃないからね」

 

「……違うの?」

 

「違うよ!? 私、おっぱい大きくする艦娘じゃないからね!? そんなに大きくしないならバルジ積みなさい!!」

 

 

 夕立ちゃんの言葉に珍しく明石さんが突っ込み、そのまま訳の分からないアドバイスをする。なお、その間ずっと曙ちゃんのチョークスリーパーを喰らっています。流石に顔色が不味くなってきました。

 

 

 

「なんでそこまで胸にこだわる?」

 

「だって、男の人っておっぱい大きい方が好きでしょ?」

 

「んー、どうだろうな? 『乳に貴賎なし』が体のいい答えだが、まぁ在るに越したことはないなぁ」

 

「ですよね……」

 

 

 ……ねぇ、この話いつまで続けるんですか? もうよくないですか?

 

 

 そんな視線を私、伊勢さん、そして大きい(・・・)人が柊木中佐へジト目を向けるも、彼は意に介していないようで、次に彼は思い出したようにこう言った。

 

 

 

「あ、でも楓は小さい方が良いっ―――」

 

「ほんと!!??」

 

 

 彼の言葉に食いついたのは夕立ちゃんではなく、何故か明石さんにチョークスリーパーをかけていた曙ちゃんだ。急に拘束を解かれた明石さんはその場で倒れ伏し、真っ白になっている。そんな彼女などお構いなしの曙ちゃんは、興奮したように柊木中佐に詰め寄った。

 

 

「あいつ、小さい方が好きなの!?」

 

「あ、いや、好きというか……」

 

「大きい方が良いの!? どっち!?!?」

 

「む、いや、恐らく、あまり加点対象として見ていないと思われる」

 

「……じゃあ何が好―――」

 

「もちろん尻だぁ!!!」

 

 

 今度は柊木中佐が叫びだした。なんか話のネタが変わっただけで本質的なものは一切変わってない。ふと、その隣で頭を抱える伊勢さんがゆらりと刀を抜いた。

 

 

 え、まさか……

 

 

「しり……お尻?」

 

「そうだぁ、尻だぁ……程よく引き締まったのも良し、ふくよかに培われたのも良し!!!! 尻には万物すべての要素が詰まっておるのだ!! 尻を磨けばおのずと自身が磨かれていく、尻を磨かなければどんどん朽ち果ててゆく!!!! 尻を笑うものは尻に泣く!! これ宇宙の真理なり!!!! また古来より尻は胸と同等……いやそれ以上に女性のシンボルとして扱われてきた。良い尻を持つことこそ、いい女の証なのだ!! さぁ、もっと詳しく説明し――――」

 

「それはあんたの趣味だろ!! はい、終了ぉ!!」

 

 

 いつの間にか柊木中佐の目つきが変わり変な熱を帯び始めたが、伊勢さんの声とともにその脳天に鞘(中身なし)が振り下ろされたことで強制終了。混沌した彼は、皆の邪魔にならないよう部屋の隅に押しやられた。

 

 

 

「申し訳ない、うちの提督(バカ)が……後で回収しておくよ」

 

「い、いえ、こちらこそ変な話題で盛り上がっちゃって……というか、大丈夫なんですか?」

 

「あぁ、たまにやることだし、本人から自分が暴走したら遠慮なくやれって言われてるから」

 

「それはそれでどうなんですか……」

 

 

 互いに謝罪し合う。取り敢えず先ほどの流れは断ち切れたようだ。

 

 

「ちなみにメーちゃん、たぶん太ももフェチ」

 

「「やった」っぽい」

 

 

 と、思っていたら蒸し返されました。てかなんで二人とも「やった」ってなんですか、もう……

 

 

 

「ぷっ!!」

 

 

 その時、鈴のような声が聞こえた。

 

 

 その綺麗で可愛らしい声に、その場にいた全員がその声を発した人に目を向ける。

 

 

 

 そこに居たのは、日本人離れの透き通るような肌をした少女だ。

 

 腰まであるストレートの金髪に青い瞳。頭には白地に黒いリボンを巻いたイギリス海兵帽を被っており、そこから伸びる金髪が日の光を浴びてキラキラ光っている。白のミニスカートワンピースを身にまとい、その上から紺地の半袖セーラー服を着ている。手にはお洒落な装飾を施した手袋を、足にはフリルのついたソックスを履いており、その姿は何処かのご令嬢かと思うほど整えられていた。

 

 

「あははッ……Darlingの言った通り、本当にpleasantな人たちね」

 

 

 お腹を抱えながら、彼女はうっすら涙を浮かべながらそう言う。その容姿、そして服装から、まるで命が吹き込まれた人形のようない現実離れした雰囲気を持っていた。

 

 

「こら、ジャービス? 笑ったら失礼でしょう?」

 

「No!! 私の名前は『Jervis』。『ジャーヴィス』よ。間違えるなんて……That's rude!!」

 

 

そう言って、ぷっくりとほほを膨らませるジャーヴィス。そんな彼女にごめん、と軽く頭を下げる伊勢さん。どうやら、このやり取りも初めてではないようだ。そして、互いにそこまで気にしていない様子。

 

 

「というか、皆さんは何故ここに?」

 

「いや、この二人ともう二人がついさっき合流したから、改めて挨拶回りをと。ま、二人は先に姉妹を探してくるって言って勝手に走り出しちゃったけどね。じゃあ、先にこっちの二人から自己紹介しよっか」

 

 

 曙さんの問いに伊勢さんは困ったような顔をするも、そう言って一歩引いて後ろの二人を前に進みださせた。

 

 

「彼女はJ級駆逐艦 一番艦のジャーヴィス。御覧の通り、日本の艦娘じゃなくてイギリスの艦娘よ。あっちの国との技術交換でこっちにやってきたの。ま、短期間だけ日本に出向してうちの技術や戦術を習得し、逆にあちらの技術や戦術を私たちに伝授するって目的だけどね。もちろん、日本(うち)からも数人向こうに出向しているよ」

 

「出向……このご時世でですか?」

 

 

 外国からの出向。それよりも他国にも私たちと同じような存在が現れ始めているとは。初めて知りました。まぁ、外部の情報と遮断されていたのが主な原因ですけど。

 

 

「今回が初めての試みみたいね。私も詳しくは知らないけど、最近ジャーヴィスのように日本以外の国でも艦娘が出現し始めているんだって。そのおかげで数か国だけど国交が回復したこともあり、互いの現状把握もかねてこうして他国の艦娘を出向させている、とか」

 

「Yes、その通り!! うちのfool admiralのため、遠路遥々英国からやってきたのよ!! もちろん生まれ育った祖国を離れるのはVery lonelyだけど……祖国のために頑張るわ!! ……まぁJapanese-style mealが食べたかったってのもあるけどね?」

 

 

 ぼそりと本音を漏らし、可愛らしく舌を出すジャーヴィスちゃん。こんな小さな子が英国からやってきたとは……驚きです。そして彼女にもちょっと一つ、気になることが。

 

 

「そしてこっちの大きい(・・・)子が、蒼龍型正規空母 一番艦の蒼龍よ」

 

「ちょ、蒸し返さないでよぉ……」

 

 

 伊勢さんのひどい紹介に狼狽えながらその豊かな胸部装甲を隠す彼女―――蒼龍さん。

 

「みなさんご存じ、ご立派なものを持っています。だけど、こう見えてうちの空母じゃ一番の実力者です。空母ヲ級2隻ぐらいならこの子一人で倒しちゃうんじゃないの?」

 

「え、えへへ……そ、そんなことぉ……も、ないですよぉ?」

 

 

 伊勢さんの言葉に口では否定しつつも顔はにやけており、小さな身体をモジモジさせながらうれしさを表している。まぁ、モジモジするたびにそのご立派が強調されるのだが。それに多くの駆逐艦がメンタルをやられているのが見える。

 

 

「そして、あとの二人は名前だけ伝えおくね。陽炎型駆逐艦 一番艦の陽炎、長門型戦艦 二番艦の陸奥。彼女たちとは、何処かのタイミングで改めてするね」

 

「あの、提案があるのですが」

 

 

 

 伊勢さんの言葉を遮り、私は声を上げた。その言葉に、彼女含めその場にいた全員の視線が私に注がれる。

 

 

「貴女は……」

 

「申し遅れました。私、金剛型戦艦 三番艦の榛名と申します」

 

「あー、さっき執務室に居た子か。ご丁寧にどうも……それで、提案って?」

 

 

 伊勢さんに、改めて私の名―――――榛名だと自己紹介する。それを受けて、これはどうもと頭を下げる彼女は、すぐに私が投げかけた言葉を返してきた。

 

 

 今から提案することはこの鎮守府のため、みんなのため、提督のため、自分のため。

 

 私が守りたいもの、すべて(・・・)を守るための提案だ。

 

 

 

「演習、やりませんか?」


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