新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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狩られた『紅葉』

「はぁ!? ふ、ふざけんじゃないわよ!!!!!」

 

 

 その宣言に、曙が大声を上げた。

 

 それに続けと夕立が今にも飛び掛からんばかりに身構え、それを榛名が何とか羽交い絞めにする。

 

 その横で加賀が思わず立ち上がろうとして体勢を崩し、それを大淀が慌てて支える。

 

 そして、その様子を笑みを浮かべたまま見守る伊勢ねぇ、冷めた目で見る山城、そして感情が読めないつかさだ。

 

 

 とにかく、執務室は一気に喧騒に包まれた。

 

 

「ッぽい!!」

 

「あ、ダメぇ!!」

 

 

 

 そして榛名の羽交い絞めを抜け出した夕立がつかさに迫り、握り拳を振り上げた。

 

 

 

 

「伊勢」

 

 

 それを前に奴は一言、艦娘の名を呼んだ。

 

 それで、夕立の動きが止まる。同時に、水を打ったように他の奴らの喧騒も止められた(・・・・・)

 

 何故なら、止まった夕立の喉に冷たく光る切っ先(・・・)―――――それは彼女とつかさの間。

 

 

 そこで先ほど鞘に納まっていたはずの日本刀を手にした、名前を呼ばれた艦娘がいた。

 

 先ほどの快活な人とは思えないほど、冷え切った目をして。

 

 

 

「はい、ストップぅ~」

 

 

 だが、すぐに彼女は快活な笑顔に戻し、声色も元に戻る。だが、夕立に向ける切っ先は微動だにしない。

 

 次に夕立が後方に飛び、その範囲から外れる。だが、それでも彼女は切っ先を夕立、その後ろにいる俺たちに向ける。夕立の動きに合わせて、一切ブレることなくだ。

 

 

「ほら、その言い方はこうなる(・・・・)って言ったじゃん。ほんと、もうちょっと思慮深い行動を慎んでよ」

 

「は? お前がこう言え(・・・・)って言ったんだろうが……ともかく、そういうことだ」

 

 

 物騒なものを向けているにもかかわらず何処かわざとらしい二人のやり取りに、うちの艦娘たちの思考はようやく回り始めたのだろう。

 

 

「だッ、ばッ、せ、説明して!!!!」

 

 

 おそらく最初に考えがまとまったのだろう―――というか全てが不明すぎるためにこの質問しかないのだが、曙が声を上げた。

 

 

 

 

「あぁ、説明しよう。だが、先ず落ち着いてくれ」

 

 

 その言葉につかさはこう返した。だが、その声色は先ほどの明るいものはなく、淡々とした事務的な口調になった。

 

 そんな彼の変わりよう、そして今なお向けられる刀の冷たさは、曙たちの気勢を削ぐのに時間がかからなかった。

 

 

 やがて、奴は語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 ソレ(・・)は『空母棲鬼』と命名された。

 

 

 初出(・・)はここからはるか遠くの海。その近海にある鎮守府の哨戒部隊が発見した。

 

 

 当時のそれは艦隊の存在を認知しないままふらふらと航行していたらしく、哨戒部隊の出した艦載機を発見したところで一目散に逃げて行ったそうだ。

 

 哨戒部隊は駆逐艦3隻と軽巡洋艦1隻の小さな艦隊であるため、『空母』の名を持つそれなら艦載機の一団でもよこしてもおかしくはないはず。だが、それは攻撃するそぶりも見せず逃げて行った。

 

 それに認知された艦載機から無線を通して、まるで泣きわめく子供のような声が聞こえてきたとか。

 

 

 哨戒部隊はその旨を提督、そこから上官を通して大本営に報告。当初は水雷戦隊に怯えて逃げて行ったことから脅威にあらずという見解がなされる。

 

 またそれと同種と思われる『北方棲姫』が一定海域に入らない限り攻撃することがなかったことを踏まえ、それも同じであろうと断定。その後特に調査もされずに放置された。

 

 

 その後、何件かそれを発見したと報告があった。だが、そのどれもこれも撤退した、逃げ帰った、護衛(・・)の僚艦を見捨てて逃げ帰ったなどなど。さらにこちらから危害を加えなければ反撃をしてこないなど、当初はそれほど脅威に映らなかった。

 

 そんな報告がちらほらあり、やがてその存在も他の深海棲艦と変わらないだろうという認識が定着し始めたころ。

 

 

 とある鎮守府が潰滅(かいめつ)した。

 

 

 経営破綻でもなく、艦娘の蜂起でもなく、言葉通りの『()』れて『(ほろ)』ぼされた。

 

 さらに潰滅した鎮守府周辺にあった鎮守府も同じ末路を辿った。

 

 

 いわば鎮守府()が潰滅したのだ。

 

 

 極めつけはこの2つの情報がもたらされたのは同時。

 

 つまり僅か数日(・・)のうちに複数の鎮守府が落とされた。

 

 

 そしてその情報を持ってきたのは一人の艦娘―――――複数ある鎮守府に所属していた唯一(・・)の生き残りだ。

 

 彼女の話によると事が起きる前、最初に潰滅した鎮守府から遭難者と思われる少女を保護したとの一報があった。

 

 そしてもはや恒例となっていた『ソレ』の報告。いつも通りこちらの哨戒に気づくとそそくさと逃げて行った。

 

 だけど哨戒に引っかかるまで、『ソレ』はずっと目を閉じて佇んでいたという。

 

 

 それを境に、その鎮守府からの交信が途絶えた。

 

 さらに、様子を見に派遣した艦隊とも通信が途絶えた。

 

 やがて、昨日まで湯水のように現れていた深海棲艦たちがぱったりと姿を消した。

 

 同時に近海を回遊していた魚類も、気持ちよさそうに飛んでいた海鳥などの姿も。

 

 

 数日間、海は沈黙(・・)し続けた。

 

 

 そして『ソレ』は現れた――――――文字通り、『鬼』となって。

 

 

 彼女の記憶は()色に塗り潰された。

 

 

 一つは『黒』

 

 黒煙、黒雲、破壊つくされた瓦礫の山、空を覆いつくさんばかりの黒い蝿、そこから雨のように降り注ぐ黒弾や機銃掃射、あれほど青かった海を覆う漂う重油、それを踏みしめ海を埋め尽くす黒い船体、うめき声をあげる炎に捲かれて真っ黒になった者、やがて動かなくなった者だった(・・・)モノ。

 

 

 もう一つは『赤』

 

 慣れ親しんだ鎮守府を灰燼に帰す大炎、逃げ惑う者の悲鳴、怒号、絶叫、黒い船体から光る赤い閃光、爆発炎上する工廠、食堂、宿舎、砲撃を受け、掃射を受け飛び散る赤い液体やそれをまとう肉塊、重油を足掛かりに『モノ』も『者』も関係なく悉くを燃やし尽くしていく()()()

 

 

 

 その中で一際、(あか)るく、(あか)るく、(あか)るく光る―――――

 

 

 

 『深紅』の瞳を携え、(いつく)しむ様にほほ笑む『(ソレ)』だった。

 

 

 

 

「……そして『ソレ』――――空母棲鬼は今までの評価を覆し、大本営()が最も備えるすべき『敵』となった。それも北方棲姫と違って航行能力を有しており、いつ本土に乗り込んできてもおかしくはない強敵とな。そして、今回其方が報告した『姫級』とやらは空母棲鬼(ソレ)と思われる。もしくはそれ以上の脅威を持つ新しい敵―――の、可能性も示唆される」

 

 

 つかさはそこで一息つく。話を聞いていたうちの艦娘たちは、誰一人として声を上げない。

 

 恐らくその話を聞いて、今しがた自分たちが置かれている立場――――鎮守府群を滅ぼした正体不明の敵に襲撃される可能性が最も高いということを自覚したからだ。

 

 

「故に、同じ二の轍を踏まないように各鎮守府の戦力強化及び連携の簡略化を推し進めることになった。内容は貴官の提督に渡した封筒―――辞令(・・)にあるように、この地域にある鎮守府をある程度の数になるまで統合する。場所によっては解体されるかもだが、基本的には代表鎮守府の中に傘下に納まる形になるだろう」

 

「つまりあなた達にここを去れって言ってるわけじゃないの。だから、安心してね」

 

 

 その言葉に付随するように伊勢ねぇが笑いかける。いつの間にか向けていた日本刀が鞘に戻っていた。

 

 

「そのため、貴官たちは此処から動く可能性はないと考えてもらっていい。ただ明原提督が俺に代わるだけだ。俺の下で、引き続き各自の任務に努めてもらいたい」

 

「変わる必要があるのでしょうか?」

 

 

 つかさの言葉に、今まで黙り込んでいた加賀が声を上げる。つかさは彼女に冷たい視線を向け、同様に加賀もまた彼に同じ視線を向ける。

 

 

「私たちが此処に居てもいいなら、提督も此処に居てもいいのでは? この鎮守府の最高権力者という立場を中佐殿に譲渡し、現場の統括を提督に任せる。いわば現場監督と考えていただければ分かりやすいかと」

 

「先の話にあった通り、ここは真っ先に狙われる。故に落ちる前提の捨て駒ではなく、難攻不落の牙城でなければならない。侵攻があればすぐさま情報を飛ばし、そして援軍が来るまで何としても耐え切ってもらわねば困るのだ。任期の浅い新米提督に任せるわけにはいかない、何より先の作戦で判断ミスをした(・・・・・・・)と報告を受けている。摘めるべき不安は摘むべきだ」

 

 

 加賀の提案を、つかさは一刀両断する。それを受けて加賀は横目で俺を睨んできたが、そのまま引き下がった。

 

 

「し、しかし提督は艦隊を指揮します。そこには円滑な意思疎通が不可欠、つまり互いの信頼が重要になります。急に上が変わると艦隊の指揮に影響が出るのでは……?」

 

「それ、今まで失踪させた提督たちに言ってあげてよ」

 

 

 次に声を上げたのは大淀。だが、間髪入れずに伊勢ねぇが食い掛ってきた。そう言葉を投げる彼女のめは、今まで見たことないほど冷たかった。故に、大淀もそれ以上声を上げることができなかった。

 

 

「……伊勢が言う通り、君たちは提督不在でも鎮守府を運営、死守(・・)してきた。理由はどうあれ、それ自体は非常に困難なことだ。だから、俺は此処に居てもらいたいと考えている。それこそ、君の言う現場監督を艦娘(君たち)の中から選出してもらってもいいぞ」

 

「お断りっぽい」

 

 つかさの発言に夕立は間を置かず否定する。そして、俺の腕に抱き着く。

 

 

 

 

「夕立の提督さんはあかは……ん? めいは……んん?? …………あ!! 『かえで』だけっぽい!!」

 

「せめて『さん』はつけような」

 

 

 夕立の発言にやんわり突っ込みを入れる。その瞬間、周りの空気が一気に緩んだ。その元凶である夕立は頭を撫でられて、気持ちよさそうにしている。ほんと、このワンコ。

 

 

「ッ、く、あーぁ、やめだやめだこんな空気。ガラじゃねぇ」

 

「あ、ずるい提督」

 

 

 先ほどの重い雰囲気を取っ払い身体を伸ばすつかさと、同じように伊勢ねぇも伸びをする。慣れないことするから……

 

 

「ま、かたっ苦しいのはもういいだろう。つまり、楓の下からそっくりそのまま俺に傘下に移るってことだ。基本はこっちに従ってもらうが、それ以外のやり方は今まで通りにしよう。気に入らなければさっきも言った通り、ある程度権限を譲渡する。どうだ、悪い話ではないだろ?」

 

 

 先ほどの冷徹な空気から一転、つかさは明るい声でみんなに笑いかける。言ってることは一緒だが、言い方や雰囲気一つでここまで変えられるものなのか、と感心してしまう。 

 

 ふと下からの視線に気づく。下を向くと夕立が黙って俺を見つめており、不満そうに頬を膨らませていた。

 

 

「提督は何処へ?」

 

「さぁ? 俺はここを引き継げってことしか聞いてない。何処かに飛ばされるんじゃねぇか?」

 

 

 加賀がさらに質問を――――何故か俺のことだ。それにつかさは首を傾げ、適当に返す。その話しぶりだと、本当にここを離れた先は決まっていないんだろうか。

 

 

 というか―――――

 

 

「なぁ、そんな気を遣わないでくれよ……」

 

 

 そこで、明原 楓()はようやく声を上げた。その言葉に、その場にいた全員の目が集まる。そこにあったものは様々であったが、好意的なものはなかった。

 

 

 

「つかさが言った通り、()が変わるだけ。皆いるんだよ。それに先の作戦で俺の采配で曙たちを危険に晒したことは事実だし、その空母棲鬼っていうのが滅茶苦茶危険な存在なら……なおさら新米の俺なんかよりもっと優秀な人がいるべきだろう」

 

「提督さんは、一緒に居たくないの?」

 

 

 俺の話を遮ったのは、下に居た夕立。いつの間に俺の腰に抱き着きながら、上目遣いでそう言ってきたのだ。

 

 

「違うんだ、夕立。俺は居たい居たくない以前に、『居ちゃダメ』だって上の人から言われている。今話すべきことは夕立たち皆が一緒に居れるかどうかなんだ」

 

「ぽい……」

 

 

 俺の言葉に、夕立はそう声を漏らして俯いた。お詫び(・・・)にその頭を撫でるも、すぐに振り払われてしまう。

 

 

「それにほら、中佐が言った通り皆が離れるわけじゃないんだからさ。指揮だってほぼ旗艦に丸投げしてたじゃんか。俺はただ書類と格闘してただけ、誰だってできることだ。だから、心配なんていらないよ」

 

 

「ねぇ」

 

 

 何とか説得しよう(・・・・・)としたら、またもや遮られた。それはうちの艦娘ではなく、いつの間にか傍に立っていた山城だ。

 

 彼女は先ほどのぶすっとした表情のまま、俺の袖をちょいちょいと引っ張ってくる。その意図が分からず、取り敢えず膝を折って彼女と同じ目線になる。

 

 

 

 次の瞬間、目の前にあったのは小さな手のひらだった。

 

 

 

 乾いた音が執務室に響く。俺の視線は誰もいない壁へ向けられ、じわじわと頬が熱を帯びる。ワンテンポ遅れて周りの息をのむ声が聞こえた。

 

 

 

 

「最低ね、あんた」

 

 

 

 次に聞こえたのは、そんな捨て台詞だ。

 

 

 

「さぁ姉様、こんなところに居ないで外に出ましょう? 山城、この日に備えて色々な話を用意してきたんです。さぁ、さぁ!!」

 

 

 視界の外で、山城は黄色に声を上げて扶桑を誘う。その声色は先ほど吐き捨てられた時から想像もできないほどに、元通りの声色だ。そのまま、彼女たちは出て行ったのだろう。ドアが閉まり、二つの足音が遠くなっていった。

 

 

 やがて、その音が聞こえなくなった。

 

 

 

 

「まーその、なんだ」

 

 

 そんな沈黙を破ったのはつかさだった。奴は頭を掻きながら申し訳なさそうに俺を、そして周りの皆を見た。

 

 

 

「急な話なのは分かっているし、まだ心の準備が整っていないのも重々承知だ。なので、今日から何日かここに滞在させてもらおうと思っている。これから一緒になるんだ、お互い腹を割って話せた方がいいだろう。明原提督は引継ぎの準備をしてもらいつつ、今後のことを話そう。そして艦娘()たちの相手は、これから彼女(・・)に引き継いでもらおう」

 

 

 つかさの言葉に、彼の後ろで待機していた一人の艦娘が立ち上がった。

 

 

 ピンク髪で横髪をおさげ風にまとめその額には白いハチマキが、水色のシャツの上にセーラー服を着て腰回りの露出したスカートのようなものを穿いている。その中で目を引くのが左肩と足に装甲のようなもの、そして背中側に大量のクレーンだ。そういったものを除けば、その制服は何処となく大淀のものに似ていた。

 

 活発な印象を与える大きな目をらんらんと輝かせて、彼女は前に進み出て俺の前、ひいては艦娘たちの前に立ち、白い歯を見せつけながら満面の笑みを受けべてこう言った。

 

 

 

 

「明石型工作艦 1番艦 明石と申します!! あなたを、魔改造しに来ました!!!!」


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