新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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中佐の『紅葉狩り』

「呉駐屯軍所属、第二四鎮守府を任されている柊木(ひいらぎ) (つかさ)だ」

 

 

 応接室で快活な声とともに完璧な敬礼をこなし、目の前に立つ加賀たちに自己紹介をする柊木中佐。

 

 

「階級は中佐、軍歴は十年ほどか? 年齢は三十六歳、三十路を超えたところだ。趣味は釣りと食べること、好きなものは肉だ。旨い肉があったら是非教えてくれ!! あと―――」

 

「ちょっと中佐ぁ? 先に言うことあるでしょ?」

 

 

 自慢げに自身のことを語る柊木中佐を押しのけながら、一人の女性――――聞き覚えのある声の主が前に進み出る。

 

 

「先ほどはとんだご無礼をいたしました。私、伊勢型航空戦艦 一番艦の伊勢と申します。そして……ほら、さっさと出る」

 

「……うぅ」

 

 

 これまた快活な笑顔で自己紹介した伊勢はもう一人――――先ほど俺に襲い掛かった少女を無理やり前に押し出す。その強引さに渋い顔を浮かべつつ、少女は俺たちに向き直った。

 

 

「……扶桑型航空戦艦、二番艦……山城です……」

 

 

 自己紹介を、というかその途中から顔を背け、最後にはそっぽを向きながら言い切る。その様子に傍らの伊勢が「あんたねぇ~」と言いながらその頭をぐりぐりとなで回すも、それ以上は何も言わないと言いたげにふんと鼻を鳴らすだけだった。

 

 

 

「よし!! というわけで今後のことだが」

 

「いやいやいやストップストップストップ」

 

 

 自己紹介は終わったとばかりに話し始めた柊木中佐の言葉を曙が制す。彼女は前に進み出て柊木中佐の前へ、と思ったら通り過ぎ俺の前に立つと中佐たちへ向き直った。

 

 

「そんなこと聞きたいわけじゃないの? まず聞きたいのは、あんたたちの関係……なんで会って早々うちの提督(バカ)はそこのチビに押し倒されて砲口を向けられたの? そしてそれを悪びれもせずあんな謝罪で済ませてるの? それになんであんたもそれを許してんのよ!!!!」

 

 

 最初は問いかけるような声調であったが、段々と荒々しくなっていく。というか、俺に向けられた瞬間荒くなったんだけど。前に向けた顔もいつの間にか(こっち)に向いてるし。

 

 

「まぁ、その、落ち着けよ……な?」

 

「はぁ!!? 落ち着けるわけないでしょうが!!!!」

 

「ま……まぁまぁ」

 

「落ち着けるわけないでしょ?」

 

 

 さらにヒートアップする曙を抑える俺に、後ろから少し不機嫌そうな顔の加賀が口を挟んでくる。

 

 

「貴方が襲われたのよ? 貴方傘下の私たちにとってトップが襲われたの。曙や私、そして他の皆もそれ相応の説明を受けないと納得しないわ」

 

 

 加賀の言葉に、俺は今にも中佐に噛み付かんとする曙を抑えつつ、俺は後ろの――――加賀以下うちの艦娘たちを見る。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 そこにいたのは先ほどと同じ、いやそれよりも鋭い目つきをしたうちの艦娘だった。

 

 というかあの、その『鋭い目つき』っていうか、もう殺意が―――――

 

 

「で、弁明(・・)はありますか?」

 

「オーケーオーケー、説明しよう!!」

 

 

 その代表とでも言いたげに大淀が質問を向けると、柊木中佐がわざとらしく声を上げて前に進み出る。その姿にうちの艦娘は相も変わらず、あっちの艦娘は苦笑い&渋い顔だ。

 

 

 まぁ、そうだよなぁ……

 

 

「柊木中佐、ここは俺が―――」

 

「阿呆か紅葉坊、ここは俺から言わなきゃダメだろう」

 

「それ」

 

 

 俺と中佐のやり取りに口を挟んだのは今まで沈黙を保っていた夕立だ。その目は周りと同じく鋭い……というか殺意の塊みたいになっている。てか、いつもの緑色の瞳から深紅の瞳になっていた。

 

 

「その『紅葉坊』っての、やめてくれない? 夕立の提督(・・・・・)、バカにしてるっぽい?」

 

「っ、くははははは!!!! いやぁすまないすまない。少し、嬉しく(・・・)てなぁ」

 

「……嬉しいっぽい? そうなの?」

 

 

 柊木中佐の言葉に夕立はあれほど殺意を発していた雰囲気を一変させ、可愛らしくで首を傾げた。しかし他のメンツは変わらず、警戒を解く気はないようだ。

 

 

「そりゃそうだろ!! 昔面倒を見ていた坊主が、こんなに立派になったんだからなぁ!!」

 

「ちょ痛っ、い、痛いって……聞いてんのかつかさ(・・・)ぁ!!」

 

 

 そう言って柊木中佐は俺の肩をバシバシと叩き、その痛みがシャレにならなくなったので声を荒げてその手を払いのける。

 

 

 その際、思わず『つかさ(言い慣れた名前)』を言ってしまった。

 

 

 気づいたとき、横の柊木中佐――――もとい『つかさ』はきょとんとした顔をしていた。だがそれはすぐにいたずらっぽい笑み、俺にとっては悪魔の微笑み(・・・・・・)といえるそれを浮かべる。

 

 

 だが、それも横から現れた黒くて柔らかいものに遮られる。

 

 

「やった!! やっぱり覚えててくれた!! も~メーちゃんったら、忘れたんじゃないかって心配したよぉ~」

 

 

 先ほど渋い顔の山城やつかさを窘めていた艦娘、伊勢が勢いよく抱き着いてきたのだ。俺の目や鼻、口は真っ黒な、そして柔らかいものに覆われる。

 

 

「ちょ、い、伊勢さ――――伊勢ねえ(・・・・)!! く、苦し……」

 

「あ、やっと言ってくれた!! そうそう、貴方の大好きな伊勢ねえですよ~」

 

 

 伊勢ねえ(・・・・)の胸の中でもがく俺を、彼女はそう言いながら頭をなでてくる。ちょ、ほんとに死ぬ、窒息死する、冗談抜きで、ほんと!!

 

 

「……で、貴方たちの関係なのですが」

 

「おう、話せば長くなるが、まぁ聞いてくれや」

 

 

 そんな俺たちを無視して大淀たちは話を続ける。いや、助けて!! 死んじゃう、死んじゃうから!! 貴女の提督さんが死んじゃうって!!

 

 

「た、たすけ……」

 

「ハッ、この気配は!!!!」

 

 

 そんな俺の悲鳴をかき消したのは、今まで渋い顔で黙っていた山城だ。彼女は何か電波を受信したようにバッと顔を廊下に向け、いきなり走り出した。

 

 そして廊下に出る手前で大きく踏み込み、そのまま前方へダイブしたのだ。

 

 

「提督、昨日の報告――――」

 

「姉ぇぇえええええさまぁぁぁああああああああああああ!!!!!!!」

 

 

 

 ちょうどその時、廊下から執務室に入ろうとした艦娘―――――扶桑と出合い頭にぶつかった。ぶつかったというか扶桑の胸めがけて山城が抱き着き、それを扶桑が少し体勢を崩したぐらいでやすやすと抱き留めたのだが。

 

 

「っと、あら山城? 来てたの?」

 

「姉さまぁ姉さまぁ、姉さまぁ姉さまぁ~!!」

 

 

 いきなり抱き着かれたとは思わないほど驚いた様子がない扶桑と、聞こえていないのだろうか『姉さま』と連呼しながらその胸に顔をぐりぐりする山城。

 

 

 

 あぁ、もう、なんかもう、その―――――

 

 

 

「話を進めさせろぉ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「ってなわけで、ようやく落ち着いて話ができるわけだ」

 

 

 俺の悲鳴に騒いでいた一同はおとなしくなりそのまま机を挟み向き合った時、つかさがため息をこぼしながらそう言う。いや、大体脱線させてたのお前だよな?って言いたくなるのを我慢する。

 

 ちなみに山城に捕捉された扶桑は彼女を胸に抱えたままつかさの横に座っている。そして山城は今も扶桑の胸にぐりぐりしている。それとさっきの言動――――彼女と伊勢ねえのものだ。

 

 

 あぁ、そういうことね……

 

 

「さて、まず俺たちの関係性だな。簡単に言うと、昔こいつをうちで匿っていた(・・・・・)。そして俺の伝手を使って士官学校に入学させた。つまるところ、楓が提督になれたのは俺のおかげってわけ」

 

「か、匿っていた?」

 

「それは……」

 

 

 大淀が引っ掛かった言葉を問い、それにつかさは言葉を濁して俺に視線を向けた。その目には、話していいか? という意思が感じられた。俺の過去(この話)を知っているのって、加賀だけだもんな。

 

 

「中佐、それは俺から」

 

 

 それを受けて俺はつかさからバトンをもらう。そして匿っていたという言葉の真意――――俺の身の丈話を話した。

 

 

 母さんが艦娘であったこと、自分が住んでいた村が深海棲艦に襲われたこと、その襲撃で母さんを失ったこと、自覚はなかったが村ぐるみで脱税に加担していたこと、その罪で俺たちを連行しにきた艦娘――――不知火に提督になりたいと志願したこと。

 

 正直、脱税の件は話さなくてもいいと思う。それを話し始めたときにつかさが割り込もうとしてきたし。だけど『匿っていた』なんて言った時点で俺が何かやらかしたって察するやつもいるし、何より今までいろんな奴の過去(・・)を暴いてきた。

 

 

 その見返り(・・・)として、いつかは話さなければいけないことだ。

 

 話し終わるとやはり沈黙が流れる――――かに、思われた。

 

 

 

「ふーん、で? その後は?」

 

 

 俺が話し終わると同時に、そう曙がそう言った。それに俺は思わず彼女たちを見る。予想では、冷たい視線に晒されていると思っていた。

 

 

 が、そこにあったのはいつもと変わらない表情の曙たちだった。

 

 

「ん、どうしたの?」

 

「いや、な、なんか言われるかと……」

 

「はぁ? なんで? そんなの関係ないじゃん」

 

 

 

 俺の問いに曙がバッサリ切り捨てる。それに呆けた顔になる俺に、彼女は至極当然のようにこう言った。

 

 

「あんたが無自覚にも脱税に手を染めて、そして裁かれずに放置されている『犯罪者』だって言うなら、私たちだって大本営に反旗を翻した『犯罪者』よ? 周りがどうこういうのはいいとして、犯罪者(私たち)の中で罵り合うなんてみっともないわ」

 

 

 曙の言葉に周りのみんなが無言でうなずく。そして強い意志を持った目で俺を見てくるのだ。

 

 

「それに所詮(・・)は過去のこと。その時のあんたを私は知らないし、過去の私たちをあんたは知らなかった(・・・・・・)。そしてあんたはそれを知った上で何か変わった? 私たちを敬遠した? 疎んだ? 少なくとも、私たちは『特に変わらなかった』って思っているわよ。あと、こうも教えてくれたわね」

 

 

 そこで言葉を切った曙は俺を、そしてつかさ達を見回してこう言った。

 

 

 

「『前を見て、一歩踏み出そう』って」

 

 

 堂々と、はっきりと、一寸の狂いもない真っ直ぐな目でそう言い放った曙。それを向けられたつかさ、伊勢ねえ、扶桑は呆けた顔になる。扶桑に抱き着いていた山城もまた、動きを止めた。

 

 

 

「なるほど、良い()だ」

 

 

 ぽつりと、つかさがそう漏らした。その言葉を受け、伊勢ねえが頷きながら俺に視線を向ける。その目が懐かしく、そこに込められた意味を受け取った。

 

 

 

 『良かったね』、と。

 

 

 

「さて、では話そうか」

 

 

 そう言って、つかさは話し始めた。

 

 

 俺がつかさと出会ったとき、奴は海軍内で新進気鋭と謳われ始めたころだ。的確な指示と柔軟な戦略を立案し、また当時としては非常に珍しい艦娘との関係も良好な提督だった。

 

 いまだに軍では『艦娘=兵器』という思想を持っているが、奴は士官学校時からそこに疑問を持っていた。それは俺みたいに『艦娘=人間』だという正反対な思想ではなく、あくまで鎮守府運営に関してその思想は効率が悪い(・・・・・)というものだ。

 

 大本営の兵器であるという言い分も容認しており、あんな人間離れした存在を『人間』と扱うのは間違いだと思っている。だが元が人間である艦娘を運用するなら、兵器だと断ずるよりも人間として接し良好な関係を保つのがいい。

 

 奴の考えは『艦娘=兵士』だ。平時は人間と同じように接するも、有事には『兵器』として容赦なく扱う。もちろん功績を挙げれば褒め称え、逆に失態は脱兎のごとく叱りつける。時には拳も振るったが、それは度を越えない範囲であり、受けた艦娘側も納得のいく範囲にとどめた。

 

 

 正しく、奴は鎮守府を良く(・・)回していた。

 

 

 だが当時としてその思想は少数派であり、多くは大本営の意に従い『兵器』として扱っていた。そして運用方法も非効率極まるものばかり。奴としてもこのままでは内部崩壊を招きかねないと危惧していた。

 

 しかし、新規精鋭と謂えども一士官とその傘下にいる艦娘たちだけ。総勢力の1%にも満たない自分たちが何か言っても黙殺される、最悪の場合は大本営から反乱分子として粛清しかねない。

 

 故に奴は実績を重ねて続けることで影響力を付け、先の未来で自分たちのやり方が浸透していくのを待つことにしたのだ。

 

 

 そこに転がり込んできたのが艦娘の母を持ち、妖精の姿を目視できる俺だ。

 

 

 話が変わるが、提督としての資質の中に必須条件(・・・・)はない。

 

 当時として艦娘とそれを率いる提督は枯渇しており、しかも早急に数をそろえる必要があった。そして艦娘に関しては艦を宿る依代であるかという難関な条件があるものの、提督に関してはただ艦娘を率いるだけなので特別な条件はない。仮に経験ゼロでも受けれたのだ。

 

 だが、受けれるだけで『士官』として合格するのは極端に難しい。大体が士官から弾かれ、弾かれたものは施設建築や兵站業務などの後方部隊に回される。それは艦娘が出現する前に多くの人間、特に若者が戦死してしまった背景があり、これ以上国力の低下を抑えるための国策ともいえる。

 

 

 そして、提督の資質の中に必須条件がないが推奨条件(・・・・)はある。

 

 

 それは文字通り、知識と経験である。戦術、戦略に関する知識。戦闘の経験、特に隊や軍を率いた経験は特に厚遇された。だがその中でも特に、最も優遇された条件というもの。

 

 

 それこそ『妖精の姿が見えること』である。

 

 

 これは艦娘の素質を持つ女性の家族が該当する。特に艦娘の母親を持つ息子、艦娘の姉妹を持つ兄弟、艦娘の娘を持つ父親がそうだ。

 

 またこの妖精という存在はいまだに謎が多い。分かっているのは艦娘のそばに常に存在し、彼女たちが離れればいつの間にか消えてしまう。まるで艦娘のために存在しているかのように。

 

 そしてそんな妖精が見える者は、総じて艦娘の掌握が上手い(・・・)。それも、『兵器』として扱ってもだ。その理由は未だに分からないが、事実として周知されているのだ。ゆえに、大本営の思想が払しょくされずにまかり通っていると言える。

 

 

 そんな提督として優遇されうる資質を持ち、艦娘を『兵器』と断じない存在()。奴にとってこれほど都合のいい存在はいないだろう。

 

 

 そんなわけで不知火の仲介を得て俺は奴の鎮守府に転がり込んだ。

 

 本来なら他の村人とともに連行されるはずであったが、つかさが俺の資質を報告すると上は手のひらを返して歓迎してきた。そして奴の下である程度知識を固めた後、士官学校への特別枠で入学を許可されたのだ。

 

 ま、軍もボランティアじゃないためそれ相応の資金を要求され、それを父さんに工面してもらったわけだ。てか、そういえば―――

 

 

 

「父さんは?」

 

「今は第二四鎮守府(うち)傘下の民間企業でバリバリ働いているから、まず安全だ。確か、お前のことを相当気にかけていたはずが……お前ろくに連絡とってないだろ? 渡してやるから、あとで手紙書いとけ」

 

 

 つかさから父さんの安否を知り安堵の息を漏らす。元気そうでなによりだが、確かに卒業以降全く連絡を取っていなかったなぁ。なんか書こう。

 

 

「さて、ここまでが俺と楓の関係だ。何か質問は?」

 

 

 つかさが一息つきながらコーヒー―――先程大淀が人数分淹れた―――を一口すする。長々と話したせいだと思われるが、奴自身は特に疲れた様子もない。

 

 そしてその問いに誰も声を挙げなかった。いや、挙げなかったというか続きを催促しているようにも見える。彼女たちにとって提督の素質(それ)は何となく聞き及んでいた話だからだろうか、もしくは聞きたいのは()の話だからだろうか。

 

 

 

「……大丈夫そうだな、では次の話だが―――」

 

「はーい、提督ぅ!!」

 

 

 次を話し始めようとするつかさを、伊勢ねえが大げさに手を挙げて遮る。ようやく聞きたい話が回ってきたのに遮られたせいか、うちの艦娘たちの顔が曇る。しかし伊勢ねえは無視して話し始めた。

 

 

「その話、私からしていい? 多分、私の方が貴女たちが聞きたいことに答えられると思うし」

 

「む、そうか? じゃあ、頼む」

 

 

 伊勢ねえの言葉に、つかさは少し考えながらもその席を譲った。それに満面の笑みで受け取った伊勢ねえは、改めて曙以下うちの艦娘たちに向き直った。

 

 

「改めまして……というか改め過ぎてもう訳わかんないけど、ともかく伊勢です!! 柊木提督の秘書艦やってます!! メーちゃん(・・・・・)がうちに居たとき、主に『教育係兼お姉ちゃん』をやってました。そして……」

 

 

 そこで言葉を切った伊勢ねえは俺に近づき、肩に手を回してきた。

 

 

「ちなみに、私が『メーちゃん』っていうのは、楓の木からとれるメー(・・)プルシロップから!! 可愛いでしょ? そしてうちの提督は『楓=紅葉』って短絡思考で『紅葉の男の子』、つまり『紅葉坊』ってことです」

 

「おい、短絡思考とか言うな」

 

 

 横からの突っ込みを無視して伊勢ねえは曙たちに、特に夕立に向けて語る。それを受けて、夕立は合点がいったような顔になった。決して、その口から「美味しそう」と漏れたとか知りませんから。

 

 

「まぁ私とメーちゃんの関係は『お姉ちゃんと危なっかしい弟』みたいな感じね。ほら、この子どんなに危険だろうとかまわず突っ込んでいくでしょ? それに悩みとか全然言わないし、手助けも求めない。ほんと、危なっかしいったらありゃしない」

 

 

 俺の頭をぺしぺし叩きながら伊勢ねえは失礼なことを言う。本人目の前にしていくことじゃないだろう、そしてうちの艦娘(お前たち)よ、なぜ全員目をつむって深く頷いているんだ。

 

 

「そしてこっちのちっこいのが山城です!! こんな姿(ナリ)ですが、一応最年少(・・・)戦艦適合者です。パッと見で駆逐艦、良くて軽巡洋艦ですがれっきとした戦艦娘。しかも艦載機を発艦できる戦艦――――航空戦艦でもあります!! ちなみに私も航空戦艦ですが、艦載機の扱いは彼女の足元にも及ばないんですよねぇ……まさに神童といっても良いかも。ただ――」

 

 

 そこで言葉を切った伊勢ねぇは俺から離れ、今なお扶桑の胸に顔を押し付けている神童(山城)の首根っこをつかんで引きはがした。

 

 

「な!? 何するの伊勢!! せっかく姉さまのぬくもりを堪能しちぇ!?」

 

「こーのーよーうーにー、目上の人に敬語を使わない暴言しか吐かない傍若無人で礼儀を弁えないじゃじゃ馬娘ですが、決して悪い子ではありません!! そちらの扶桑さんとは実の姉妹らしく……その、ちょこっと(・・・・・)お姉さんへの熱意が激しいだけなんですよぉ」

 

 

 叫ぶ山城のほっぺを片手で抑え込みながら伊勢ねぇが弁面、というかフォローを、もうフォローすらできてない謎な説明をしている。その姿はまさしく飼い主とその手の中で暴れる猫そのものだ。

 

 

 そして彼女の話、というかそれ以前の彼女の様子を見て何となく察していたが……

 

 

「そして先ほどメーちゃん、いえ明原提督に砲を向けたのはそういった事情がありまして……」

 

「ぶっは、だ、だって伊勢!! こいつがここの艦娘に手を出したくそ野郎なんでしょ!!!! つまり姉さまにも手を出したってころでしょ!!!!!! ゆ、許すまじ!! 姉さまの柔肌を目に入れて触れて舐め回した大罪!!!! 決して、決ッして許さないわよくそ提督がぁぁああああああああ!!!!!!!」

 

 

 ……つまり、山城は此処の過去について、そして現在そこに実姉である扶桑がいることを知って、提督()が愛する扶桑(姉さま)に手を出して、さらにはひどいことをしていると思っていたわけか。

 

 うん、まぁ、ここまで取り乱す人にそんな情報を与えたらこうもなるか。そして、それを与えたのがクソ提督(つかさ)ってこともなぁ!!!!

 

 

「人間、ああなったらお終いねぇ……」

 

 

 ぽつりと、その様子を見ていた曙が漏らす。その言葉に彼女の周りにいた何人かが彼女にジト目を向け、そして何人かは視線を逸らした。

 

 前者は俺と同じ、『いや、貴女もクソ提督(同じ言葉)言ってるじゃないですか……』という顔、後者は身に覚えがありすぎて耳が痛いんだろうな。

 

 

「さてさて、とまぁこんな感じで誤解も解けたところで、改めましてお礼を。メーちゃんにあなた達のような艦娘()がついてきてくれて本当に良かったです。今までありがとうございました!!」

 

「い、いえいえ!! 私たちこそ提督に多大な迷惑をおかけしていますから……へ?」

 

 

 

 伊勢ねぇの言葉に大淀がそう言葉を返す――――その途中で何かに引っかかった。それは彼女を含め、うちの艦娘全員が怪訝な顔になる。

 

 

 

 

今まで(・・・)、って。どういうことかしら?」

 

 

 

 その引っ掛かった言葉を口にしたのは加賀だ。先ほどよりも鋭い視線を伊勢ねぇに向けている。それに対して、伊勢ねぇは特に反応することなくにこっと笑うだけ。答える様子はない。

 

 

「あ、それに関しては俺から。というかやっと本題に移れるぞぉ……」

 

 

 そこに口を挟んだのはつかさ。それは嘆息とともにこぼれた。というか本題? ん? 今回はただ会いに来ただけじゃないの? 何しに来たの?

 

 

「今回来たのは紅葉坊の様子見もあるが、本来の目的はお前からの引き継ぎ(・・・・)だ。早急に準備してくれ」

 

「へ、何の?」

 

 

 俺の言葉につかさは呆れ顔で懐から一枚の封筒を取り出し、俺に差し出した。

 

 

「理由はこれ、読んでみ」

 

「は、はぁ……」

 

 

 つかさから封筒を受け取り、中身に目を通す。

 

 

 差出人は大本営。

 

 内容は。昨今の深海棲艦勢力増強に伴い迅速な作戦行動の強化と複雑な情報網の整理を行うため、単体では大した戦力を有さない鎮守府同士を統合、あるいはより大きな鎮守府に吸収させる、というものだ。

 

 それに伴いつかさの鎮守府は以下に記された鎮守府を吸収せよとの命が書かれていた。

 

 

 そしてその下、吸収される(・・・)鎮守府の一覧。

 

 

 そこにうちの鎮守府が記されていたのだ。

 

 

 

「まぁ、その、なんだ。つまり―――」

 

 

 つかさの声とともに肩に手を置かれる。顔を上げると、満面の笑みを浮かべた奴がいて、そのままこう続けた。

 

 

「お前、クビだってさ」


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