新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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提督と『中佐』

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 執務室は重苦しい空気に包まれていた。

 

 誰も一言も発しない。誰もが気難しい顔を浮かべ、黙って立ち尽くしている。中には静かに目を閉じる者、額から汗を流す者、唾を呑む者、視線を泳がせる者。様々な表現を駆使して、皆一様の感情を表した。

 

 

 『不安』である。

 

 

「……はぁ」

 

 

 そんな中で俺は場違いな声を、何処か疲れたような声を漏らした。

 

 

 

「随分と余裕ね」

 

 

 それを見逃さず、傍に控えていた一人―――――目を閉じていた加賀が冷ややかな視線を向けつつそう言った。その言葉に他のメンツもそれぞれの表現を止め、俺に目を向けてくる。

 

 

「……まぁ、俺は知っているからなぁ」

 

「それ、余計心配なんだけど」

 

 

 俺の言葉にもう一人―――視線を泳がせていた曙が棘のある言葉を向けてきた。そしてその言葉に他の二人―――――汗を拭う夕立と唾を飲み込んだ榛名がコクコクと頷く。

 

 

 そこ、普通は提督が大丈夫だって言うから安心できるとか、そういう場面じゃないの? 何か、扱い酷くないか……? あぁ、今更か。

 

 そんな周りのあんまりな反応に傷付きつつ、俺は手元にある二通の手紙に目を落とした。

 

 

 

 一通は朽木中将だ。

 

 内容はとある鎮守府の提督がうちの鎮守府―――というか俺に会いたいと言ってきたので許可した、というものだ。

 

 うん、いや、何で? 何で俺に一回話持ってこないの? 当事者に一回伺い立てろよ。

 

 いや、確かに前々から何処かの鎮守府と交流はしたいって言っていたけどさ。それでも限度ってもんがあるだろう。てかこっちのタイミングでやらせろよ。ほんと軽率過ぎるだろう。

 

 

 

 

 ―――――って、思っていた時期がありました。時期と言うか中将の手紙を読み進めるまで、だけど。

 

 

 後に続いた内容を読み進めると、こうある。

 

 

 その提督、実は俺が着任してすぐ位から会いたがっていたらしく、今の今まであれこれ理由を付けて抑え込んでいたみたいだ。そしてそいつを抑え込むために資材とかバケツとかをを融通することで間接的に支援させていたのだとか。

 

 つまり、中将から流れてきた資材の殆どはその提督が集めてくれたのだ。だから中将自身もそいつに借りがあるわけで、今の今までのらりくらりとかわし続けてきたんだけど……流石に限界が来たと言うことらしい。

 

 

 ……なんか、ありがとうございます。

 

 

 しかもその提督。許可が得た途端こっちに直接出向くって言い出したらしく、しかもそれがこの前のキス島撤退作戦の頃で。

 

 もし中将が抑え込んでいなかったらと考えると……

 

 

 ホント、ありがとうございます。

 

 

 

 そんなこんなで今まで抑え込んできたけど限界なんで、その提督が突撃する前に何とか一報を送らなければいけない。予期せぬことで混乱するだろうが、ともかく敵意は無い奴だから安心して欲しい。だけど俺に対する執着が凄いから、ある程度警戒してなんとかやり過ごしてくれ。

 

 

 と、いうわけだ。色々と心を砕いてくれて感謝しかない。

 

 

 ホント、取り越し苦労(・・・・・・)とはいえ感謝しかないわけだ。

 

 

 

「ホント、何であんたそんなに落ち着いてんのよ」

 

「んー? だって……なぁ」

 

 

 呆れた顔の曙の言葉に、俺はそう生返事をしつつ手紙―――――中将のものとは別のやつを手に取る。

 

 

 それは林道からの手紙、というか電報だ。

 

 なんでも陸軍のお偉いさんに呼ばれたらしく、現在大本営へ出向いている。そして向こうでその提督の艦娘に出会い言伝を貰ったようで、それを先に電報で送ってくれたわけ。

 

 

 その電報には、短くこうあった。

 

 

 

 

「『おう、紅葉坊。近々お前んとこ行くから、美味い飯よろしくな』――――って、どんな内容よ」

 

「あ、ちょ」

 

 

 俺の手から電報を掻っ攫いながら、加賀が困ったように呟く。掻っ攫われた手を空中で遊ばせながら、何度目かのため息を吐いた。

 

 中将からの一報、そして林道を介した意味不明な言伝。

 

 ここで終わっていたら、こんな状況にならなかった。だけど結果は終わらなかったわけで。その続きと言うのもが何と言うかアレ過ぎると言うか。

 

 

 まぁ早い話、先ほどの電報が届いたのが昨日。

 

 そしてその翌日、つまり今日。

 

 

 

 突然、所属不明の艦隊が鎮守府近海に現れたのだ。

 

 

 その艦隊を発見したのは帰投直後の夕立だった。彼女は近づく存在を確認、それが艦隊であることを把握する。そこでたまたま母港にいた吹雪に、そこから第三艦隊旗艦である金剛に通報。

 

 それを受けた金剛は夕立にこのことを俺に伝えるよう指示し、彼女は第三艦隊を引き連れ謎の部隊に接触を図った。

 

 汗だくで執務室に飛び込んできた夕立を出迎えたのは、俺と提督補佐の大淀、秘書艦の加賀。そしてたまたま報告書を渡しに来ていた榛名、自身と長門のリハビリ状況の報告をしに来ていた曙だ。

 

 夕立の口から伝わった謎の艦隊襲来(当時はそう思っていた)を聞き、俺はすぐさま迎撃部隊の召集をかける。それを受けて榛名と曙が走り出そうとした時、大淀を介して金剛から無線が入った。

 

 

 

「『紅葉坊、腹減ってるからとっとと飯を作ってくれ』…………と、その提督(・・)が申しているそうです」

 

 

「あ、来たんだ」

 

 

 怪訝な顔の大淀から放たれた言葉、そしてそれを受けて思わず漏れた俺の言葉。次の瞬間、その場にいた一同から視線が集まる。

 

 

「……提督」

 

「一体全体」

 

「どういうことなの」

 

「説明して」

 

「するっぽい」

 

 

 次の瞬間その場にいた全員からこのように詰められ、俺はその剣幕にビビりながら中将と林道から届いた電報を話す。そして全員(何故か電報を手渡してきたはずの大淀も)から『大事なことはさっさと言いなさい!!』と怒られた。

 

 

「いや俺だって昨日知ったことだし、まさか翌日に来るなんて思わないだろう!?」

 

「先ず外部の連中が来るかもしれないってことを真っ先に伝えなきゃダメでしょ? 怠慢よ」

 

「そ、それはそうだけど……い、いや!! てか俺よりも今日来るって連絡を入れなかった向こうに責任があるだろう!?」

 

「その向こうは直接出向く以外にどうやって連絡を入れるんですか? 外と連絡とれる存在は提督しかいないのに……これは外部とのコネクションを開かなった提督の責任です」

 

「ぐっ……だ、だけど……いきなりだし」

 

「大体外部との交流を考えていたのはクソ提督でしょ? 外部に任せっきりにしないでもっと手回ししておけばこんなことにはならなかったはず!! 何でこっちの鎮守府(ホーム)なのにイニシアチブ取られてんのよ!!」

 

「うぅ……うぅぅぅ……」

 

「ま、まぁまぁ皆さん落ち着いて」

 

「そ、そうっぽい。提督さんも悪気があったわけじゃないんだし……」

 

 

 三人(加賀、大淀、曙)から正論で殴られ、二人(榛名、夕立)に慰められる―――――なんて、そんなやり取りを挟みつつ。金剛を仲介してその艦隊との接触、件の鎮守府からやってきた部隊と判明。現在彼女がここに案内してくれているわけだ。

 

 

 なので周りはこんなに浮足立っている、そして俺は落ち着いている。

 

 

 ここの理由は至極単純だ。

 

 周りはこれからやってくる人物を知らなくて(・・・・・)、俺は知っている(・・・・・)からだ。

 

 

 

 

「――――ら、――――め」

 

「い――――、あい――――よ!!」

 

「くは――――、――がい――」

 

 

 その時、扉の向こうから複数の声、何人かの足音が聞えてきた。と言うよりも、何処か言い争っているような、そして足音も歩いてると言うよりも走っているように聞こえる。

 

 

「何か、騒がしくない?」

 

「大丈夫なの?」

 

 

 その様子に加賀たちは怪訝な顔になるも、それを耳にした俺は思わず苦笑いを溢した。

 

 その騒がしい喧騒を、その中に居た『頃』を思い出していたからだ。

 

 

「大丈夫だ」

 

 

 そう言って俺は前に進み出て、それを周りの皆は怪訝な顔で見る。特に誰も止めようとしない。

 

 仮に敵だとしてもこんな敵地のど真ん中で提督()を襲おうなんて考えないだろう。

 

 そして何より(非常に不本意ではあるが)いつも慌てふためくはずの提督がここまで落ち着いているのだから、きっと大丈夫だろう。

 

 そんな気持であったと推測する。それを信頼と取るかどうかは俺次第だが、此処は意地でも信頼と取る。

 

 

 喧騒が近づいてくる。それに従い、聞きなじみのある声もちらほらあった。それを受けて俺は扉の前で止まり、クルリと振り向いて加賀たちを見る。

 

 

 そして苦笑を浮かべながらこう言った。

 

 

 

「いつも、あぁだから」

 

 

 

 その言葉が彼女たちに聞こえたか、分からない。

 

 何故なら、そう言った瞬間真後ろのドアが力強く開け放たれたからだ。

 

 

 その言葉が彼女たちに伝わったのか、分からない。

 

 何故なら、振り向いた先に居た彼女たちの顔が一瞬にして『驚愕』に変わったからだ。

 

 

 その言葉が彼女たちの心にどう響いたのか、分からない。

 

 何故ならその瞬間、後頭部に何かが激突したからだ。

 

 

 そしてその何かによって前のめりに押し倒されたからだ。

 

 

 

 

「……あんたがここの提督ね」

 

 

 後頭部の激痛、衝撃、状況に追いつかない頭、混乱、思考停止。ありとあらゆる情報をシャットアウトされた真っ暗な視界の中、その声はしっかりと聞こえた。

 

 同時に頭上から聞こえた鈍く低い音、背中に体重をかけられ全く動けず、何より何が起こっているのか、どういう状態なのか、状況の一切が把握できない。

 

 

 その中で、唯一分かったことがある。それは後頭部に押し付けられた『モノ』だ。

 

 それは金属のように固く、棒のようなモノで中央に穴が空いており、その奥から火薬のにおいが漂ってくる。

 

 それは俺がここに来て幾度となく向けられ、或いは火を噴かれたであろうモノ。

 

 

 

 砲門である。

 

 

 

「あんたに……姉さまはぁああああああ!!!!!!!」

 

 

 

 そんな絶叫と共に頭上の砲門からガコン、と言う音――――装填音が聞こえ、やがて火花が散る様な音が聞こえ、そのまま砲撃音が―――

 

 

 

 

 

「やめなさい!!」

 

「んぎゃ!?」

 

 

 と思った矢先に聞こえたのは、聞きなじみのある(・・・・・・・・)声。

 

 その直後、頭上でスパーンと言う軽快な音と共に何かが間抜けな声を上げた。そのまま背中にのしかかっていた重みが消え、動けるようになる。

 

 

 

「先に走り出したと思ったら……なにメーちゃん(・・・・・)襲ってんの!!」

 

「うぅぅ、だって、だってこいつに姉さまがぁ……」

 

「おバカ!! メーちゃんがあんなことするわけないでしょ。あたしがどん~~~~だけ!! 誘惑しても一向に反応しなかった朴念仁なんだから……」

 

「そ、それは単に魅力が無――」

 

「お黙りィ!!!!」

 

 

 聞きなじみのある声がそう叫ぶと、また軽快な音が鳴り響く。恐らくまた頭を叩かれたのだろう、叩かれた何か―――恐らく少女は小さな呻き声を上げる。

 

 

「おいおい伊勢、そこまでせんでもいいだろう」

 

「あら中佐(・・)、ごきげんよう。と言うか、貴方がこの子に『姉がここの提督に慰めモノにされた』って吹き込んだからこうなったのよ? 場合によっちゃ外交問題だわ」

 

「くははッ!! あぁ分かっているとも。そして紅葉坊(・・・)なら許してくれるってことも、な?」

 

 

 もう一つ聞きなじみのある声が。と言うか人物がやってきた。それを受けて俺はようやく状況を―――何故押し倒されたかは置いておいて―――把握した。

 

 

「ほら紅葉坊、大丈夫か?」

 

 

 そう声をかけた声の主、『中佐』と呼ばれた人物が俺の制服を掴んで引き上げた。それを手助けに何とか立ち上がる。衝撃でくらくらするが何とか立てた。口元を確認する、鼻血は出ていないようだ。良かった。

 

 

「うん、大丈夫そうだな!!」

 

「いや、今しがた押し倒されたばかりなんだけどさ」

 

「まぁあれは挨拶みたいなものだ、気にするな!! それより―――」

 

 

 俺の苦言を『中佐』は適当にあしらい、そして指を向けたのだろう。視界の横からその腕が伸び、俺の前方に向けられる。

 

 

 

 

「彼女たち、どうにかしてぇ?」

 

 

 そんな声、のようなお願いが聞こえた時。俺の視界に映ったのは。

 

 

 

 鋭い視線を、敵意に満ちた目を向けながら具現化した砲門を向ける大淀、夕立、榛名、曙。

 

 その背後に何処からか取り出した弓に矢を番え、俺に向けて目一杯に引いている加賀。

 

 

 

 明らかに、完全に、戦闘態勢(・・・・)を整えていた我が艦娘たちだった。

 

 

 

「で、提督? 何が大丈夫なの?」

 

「すぐにそいつらから離れて欲しいっぽい」

 

「ことを荒立てる気はないけど、此処は譲れません」

 

「楓さん、其処のチビが狙えないんで取り敢えずどいてください」

 

 

 

 口々に敵意丸出しの声、今にも噛み付きそうな顔でそう捲し立てるうちの艦娘たち。皆目がマジだった。冗談抜きでこのまま何かしら合図を送れば砲撃戦になる、そう確信できるほどに。

 

 

 

「ほぉ~ら、あんたのせいよ。何とかしなさい」

 

「うぅ……」

 

 

 

 その時、もう一つの聞きなじみのある声、そして俺に襲い掛かってきた何かの呻き声が聞こえた。その方を向くと、二人の人物が立っていた。

 

 

 一人は女性。

 

 ブラウン色の髪を赤紐で結い、ポニーテールで纏めている。白を基調とした着物で肩口と袖を赤い紐で結びつけており、その下から黒いインナーが見える。短めのスカートに似つかわしくない一振りの刀を携えている。

 

 もう一人は少女(・・)

 

 黒髪のボブヘアー。金剛や榛名のような露出度の高い巫女服姿で、彼女たちよりもシンプルでより巫女服っぽさを出している。そして何よりも目を引くのはその頭にある髪飾り――――と呼ぶにはいささか武骨で何処か艦橋のように見えた。

 

 

 そんな二人―――女性の方が少女の後ろに立ち、その背中を小突いている。小突かれた少女は『嫌悪』をこれでもかと表現したもの凄い表情を浮かべ、そのまま俺に向けてきた。

 

 

 

 

「…………先ほどは蹴り倒して、砲門を向けて、砲撃しかけてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 

 そう、不満げバリバリの声色でそう溢し、渋々頭を下げた。その後、後ろに立つ女性が「これで勘弁して、ね?」と言いたげに手を合わせてきた。

 

 

 そこでほんの一瞬沈黙が流れる。そしてその沈黙はすぐに終わった。

 

 

 

「はぁ……ようこそいらっしゃいました、柊木(ひいらぎ)中佐」

 

 

 

 そう言って俺が『中佐』に手を差し出し、『中佐』―――――柊木中佐は笑顔を浮かべて手を取った。

 


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