新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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Episode6 交流
『腹芸』と『言伝』


「――――です。今作戦で確認された深海棲艦は二隻、その内一隻は自らを戦艦レ級と号しました。もう一隻は正体不明ですが、恐らく北方海域最奥部に駐屯する北方棲姫と同じ姫級かと思われます。双方の行方は不明、現在我が鎮守府が進出している北方海域を脱していると考えられます。詳しくはその資料に」

 

 

 白熱電球の柔らかな光が照らす一室。

 

 大小様々古今東西入り乱れた書物で埋め尽くされ、また埃一つ被らずに眩く光る勲章、トロフィーが光り、それら全ての中心に一際大きく、其処にその性格を体現するかのようにキッチリ纏められ、整理整頓を地でゆくほどに整えられた机。

 

 それを前にし、取り敢えず置ければそれでいいと言いたげな程に散らかる我らが提督の机を思い浮かびため息を溢す。同じ道を志しその半ばまでを歩いた者として、非常に情けなくなる。が、それも此処(・・)では関係のないことか。

 

 そんな机の上には数枚の資料。うちの秘書官補佐が作成したもので、正体不明の深海棲艦について知りえる全ての情報を記載している。まぁ正直一次情報が少ない分、ほぼ過去の資料を漁り類似したものを引用、そこから仮説と言う形でまとめたものではある。

 

 無いよりはマシより程度のものであり、今からそこに口頭で補足説明を付けれなければならない。

 

 

 

「次に―――」

 

「いいや、もう結構」

 

 

 そんな俺の補足説明を遮ったのはその言葉、そして目の前に翳された手の平だ。シミ一つ見受けられない真っ白な手袋に包まれたそれ。清潔感に溢れる一方誰にも触れたことが無いような程に潔白過ぎて(・・・)、一切の温かみを感じられなかった。

 

 

「長々と報告をありがとう。しかし私が聞きたいのはそんなことではないと、君も承知の筈だろう?」

 

 

 彼は柔和な笑みを浮かべ、心にもない感謝を述べた。同時に自身が欲しい情報をさっさと寄こせと催促してくる。柔和な笑みを一切崩さず、彼は言葉の節々に感情を込め、容赦なくぶつけてくるのだ。

 

 それは手に取る様に感情が分かると言える。どこぞの面従腹背に長けた艦娘(奴ら)とは大違いだ。しかし敢えて分かりやすく感情を見せているだけ、そう思わせようとしているだけかもしれない。大変分かりやすいが、その実踊らされている可能性もある。とにかく、腹芸を挑むには分が悪すぎる相手。

 

 

 そんな相手は口の前で手を組み、其処に顎を乗せる。そしてまるで世間話をするかのように声を発した。

 

 

 

 

何隻(・・)沈んだ?」

 

 

 その言葉を発した瞬間、俺の背筋に寒気が走る。その言葉に乗せられた感情――――憎悪を一身に受けたからだ。しかし俺も軍人の端くれ、更に言えば偉大な父(・・・・)を持つ。その程度の圧に狼狽えるほど貧弱な精神ではない。

 

 

 故に俺―――――花咲改め、朽木 林道は淡々と答えた。

 

 

 

「……残念ですが少将、今回の戦役でご期待に沿える結果(もの)はありません。彼奴等は執拗にしぶとく、今回はあの無能の元に曲がりなりにも結託しました。そして何より、あそこには『奇跡の駆逐艦』他数多の幸運艦が居座っています。今回はその恩恵を、もしくは偶然の産物(ビギナーズラック)を手にしただけでしょう」

 

「そうか。まぁ、偶然であればそれでいい」

 

 

 俺の言葉にその相手――――少将は柔和な笑みを少しだけ崩し、その声色からは落胆の感情が見えた。

 

 

 俺の前に居るのは少将。本名、音桐(おとぎり) 玄海(げんかい)

 

 彼は我が父、朽木 昌弘中将や、大本営最高責任者である照峰 一元帥が属する大本営上層部のナンバー3である。そして深海棲艦戦争とでも言えるこの戦争の最初期―――――艦娘が現れる前からを戦役に身を投じた古参だ。

 

 だが彼は他の二人とは違う点がある。それは彼は根っからの海軍人ではなく元々は陸軍将校であり、そこから海軍上層部に転属した特殊な経歴を持っていることだ。

 

 その経歴を説明しよう。

 

 

 彼が陸軍時代、特に深海棲艦が現れてから一年目は完敗に次ぐ完敗を喫し、海軍内情はズタボロであった。こちらが用意しうるありとあらゆる兵器が通用せず投入した戦力はほぼ全滅、辛うじて帰還した者たちも精神をやられて復帰不可。まさに資源と人命を消費して彼奴等の侵攻を遅らせることしか出来なかった。

 

 そしてそれも防ぎきれずについに上陸を許した頃。音桐少将は上陸した深海棲艦を迎え撃ち、これを撤退させたのだ。

 

 こちらの兵器全てが通用しないのにどうやって撤退させたのか、と疑問に思うだろ。というのも、奴らは何故か陸に上がるとその機動力が著しく低下し、更に奴らはある一定までの砲撃を行うとそれ以降砲火を上げることなく海に帰っていくのだ。そしてその時は機動力も無くなり、まるで燃料が切れかけた車のようになるのだとか。

 

 詳しい理由は分からない。研究者の中では海から離れて活動するには限界があり、限界が来た時点で撤退するのではないかと言われる。そんな奴らの弱点を突いた彼は陸戦隊に敵の死角を突いて急襲、弾を撃ち尽くさせて撤退させるゲリラ防衛戦法を用いたのだ。

 

 勿論、防衛作戦でも犠牲が無いわけではない。彼は少なくない犠牲を払いつつも奴らの侵攻を防ぎ、そして深海棲艦が撤退した際に神速の如き速さで防衛ラインを構築した。再び来襲した敵を迎え撃ち撤退させ更に防衛ラインを押し出し、また迎え撃ち撤退の後にまた押し出すことを繰り返す。更に艦娘の出現もあって陸から駆逐し、前線を各地域の海岸にまで押し戻すことに成功したのだ。

 

 その功績により彼は陸軍にて強い影響力を有することになる。やがて艦娘の登場により陸軍が最前線で戦う機会が無くなったのを理由に今度は主戦力となる海軍に転属したのだ。

 

 そのおかげで陸軍は国内の防衛及び治安維持、海軍は深海棲艦との戦闘及び資源の確保とそれぞれの役目を割り切り、反目することなく互いに支え合う形となった。彼はその構築に尽力し、海軍と陸軍の橋渡し的な存在となった。

 

 だがその一方、我が国が保有する全戦力に対して照峰元帥をも上回る影響力を有している。もっと言えば彼は反目しあっていた陸海軍を見事にまとめ上げた交渉力を買われ、他国との軍事的外交も担っているのだ。彼がその気になれば軍は愚か国すらも動かせる―――それほどの力を持っている。

 

 

 そして、もう一つ。

 

 彼を最も警戒すべき理由がある。

 

 

 

「では何人の艦娘が戦闘不能に陥った? 何人の艦娘が精神不良に陥った? それだけでも構わん。教えてくれ」

 

 

 音桐少将は気を取り直して、矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。その表情はやはり笑みなのだが、その目は刃物のように鋭く尖っていた。それは今までで最も強くその感情を表していた。

 

 

 そこにあったのは羨望、期待、懇願、熱望、所望等々。とにかく欲しいと言うものばかり。

 

 では何が欲しいのか、それは彼が口にしたこと。あの鎮守府の戦力低下、早い話艦娘たちの安否だ。

 

 それも『安』ではなく『否』の方。傷付き、病み、そして沈んだか。

 

 

 それ自体に何ら疑問は無い。あの鎮守府を解体しようと画策した上層部の一人であり、そのために楓を送り込んだのだから求めるのは当然だ。

 

 だが楓はその思惑を真っ向から否定し、それを父上や元帥が曲がりなりにも認めた。やがて鎮守府はあいつの元でまとまりはじめた。

 

 傍から見れば無駄に戦力を削らずに不安分子を潰したと喜ぶことだ。ましてじり貧の戦局を生き抜いた音桐少将なら尚更喜びそうなのだ。

 

 

 だが彼はそうしなかった、いや出来なかった。

 

 そして嫉妬と憤怒の海に溺れていた俺に手を伸ばし、甘言を囁き、あの鎮守府に送り込んだ。人事への口出しに書類の偽装から隠蔽工作までと、下手すれば軍法会議にかけられてもおかしくないほどのことをしてまで、彼は内部崩壊を画策した。

 

 それは彼はあの鎮守府を潰したがっている。誰よりも何よりも、自身を危険に晒してまでも、潰すことに執着しているのだ。

 

 

「鎮守府に所属する艦娘、長門型戦艦一番艦 長門が艤装の損傷により砲撃不可になりました。事実上の戦力外です。また以前お伝えした綾波型駆逐艦八番艦 曙が砲の具現化を実現させ、戦力復帰しました。数だけ見れば変わりませんが戦艦一隻の喪失と駆逐艦一隻の復帰。戦力は大幅に落ちたと言えます」

 

「そうかそうか、それは僥倖だ……少なくとも、得るものはあったのだな」

 

 

 俺の言葉に音桐少将は少々物足りなさげにそう呟く。それ以上の反応が無いと確認し、俺は手元の書類を目を落とした。書類に記載してあるものは大方説明し、補足説明もある程度終えた。後は少将の質問に答え、今後の動向を受けるのみだ。そう思い、俺は心の中で息を吐いた。

 

 

 

「時に、君は女でも出来たのか?」

 

 

 だが次に向けられた言葉に、俺は面を喰らった。その顔のまま少将を見る。その顔は小さく笑っていた。その目も笑っていた。その言葉も何処か茶化しているように聞こえた。間違いなく彼は笑っている。

 

 だがあれ程ちぐはぐであったその感情がこうも一致している。一挙手一投足の全てで様々な感情を表していた手前、いきなり全てが一致したことに驚きを隠せなかったのだ。

 

 

「……と、言いますと?」

 

「何、君も若い。そしてあそこにいるのは兵器とはいえ見目麗しい者たちばかり、そういう浮ついたことがあってもいいじゃないか」

 

「……おっしゃっている意味が分かりません」

 

「ほんの親心だよ。誘った私が言うのもあれだが、君はあれ程敬愛する父を裏切っている。その心境は間違いなく健全ではない筈だ。その穴埋めにそう言う存在を求めてもおかしくないだろう?」

 

 

 そこまで聞いて、俺はその真意を理解する。少将は俺が向こうに内通していないか試しているのだ。自分で言うのも何だが、彼から密命を受けた頃から考えると幾分か落ち着いていると言えよう。懐柔されたと取られてもおかしくない。

 

 まぁ実際そうではあるんだが、それが露見してしまえば確実に任を解かれる。何とか誤魔化す……いや、必要はない(・・・・・)か。

 

 

「確かに、そういう渡りは見つけました」

 

「渡り、とは?」

 

「文字通り、こちら側(・・・・)です」

 

 

 俺の言葉に、少々はようやく笑みを崩した。崩したと言っても目だけだ。それを受け、俺は先ほどとは別の資料を、着任前に手渡された所属艦娘の名簿を取り出した。

 

 それを机の上で開き、パラパラと頁を捲る。そして、該当艦娘の頁で止めた。

 

 

「この艦娘―――金剛型戦艦三番艦 榛名。彼女は現在の鎮守府に不満を、特に明原 楓に対して強い不満を持っております。それは以前報告しました、あちらで起こした騒動の折に本人から確認しました。更に言えば、それは純粋は悪意でも善意でもないただの『欲求』です。純粋であるが故に甘言に弱く、視野が狭く、何より周りを顧みない。使わない手は無いでしょう」

 

 

 俺が話すのはあいつ、榛名だ。あいつは今も迷っている。自分の居場所を求めて、存在を認めてもらおうと、早い話依存先(・・・)を求めているのだ。その第一候補であった楓には既に救ったと、恐らく手を伸ばさなくてもいい存在だとされた。つまり目を向けてもらえなくなったのだ。

 

 だからこそ榛名は救われない。もう地面に零れた水なのだから、楓が掬える(救える)わけがない。それが故に付け入る隙があると言うわけだ。そして俺は溢した水を掬い上げるのが役目。俺にしか榛名(あいつ)を『すくえ』ない。これは紛れもない事実であるからだ。

 

 それと同時にどう(・・)すくい上げるかは俺の自由だ。そしてどうする(・・・・)かは敢えて明言しない。勿論まだ定まっていないのもあるが、そうすることで向こうは都合よく勝手に解釈するからだ。

 

 

 ―――全く、腹芸とはこうでなくちゃ。

 

 

「もしもそれを()と言うのであれば、『出来ました』とお答えしましょう」

 

「なるほど、以前の君(・・・・)と言うわけか」

 

「はい。以前の私(・・・・)だからこそ、どうにでも(・・・・・)転ばせられるのです」

 

 

 俺の言葉に少将が笑い声を上げた。それを見て、俺も薄ら笑いを浮かべる。今、どんな顔をしているだろうか。ちゃんと『悪役面』出来ているだろうか。

 

 

「いやぁすまない、以前の君と雰囲気が変わったから、少しカマかけさせてもらった。許して欲しい」

 

「いえ、少々の心配はごもっともです。しかし、よく女が出来たと分かりましたねぇ」

 

「……その言葉は仕返しだな。甘んじて受け入れよう。以前の君と同じ雰囲気を持つ者と過ごしているからね。そういう雰囲気について、嫌でも理解してしまったんだよ」

 

 

 少将がそう言った時、不意に扉がノックされた。それに少将はすぐに「入れ」と声をかける。それを受けて、扉はゆっくりと開かれた。

 

 

 

「失礼します」

 

 

 鈴のような凛とした声を上げて入ってきたのは、一人の少女であった。

 

 

 膝くらいまである長い黒髪を赤紫色のゴムバンドでポニーテールにまとめて後ろに流し、肩を出した身体のラインを際立たせるタイトなセーラー服と真っ赤なミニスカート。

 

 右足のみに太ももまで伸びる二―ソックスと生足の左足と何もかもを大胆に露出している反面、その両腕は肘までを覆う真っ白な手袋をしていた。

 

 

 恐らくこの少女は艦娘なのだろう。しかし今の彼女を見て、艦娘と断言していいのだろうか。

 

 

 何せ、彼女はその凛とした制服。

 

 その上にクマのアップリケがあしらわれた可愛らしい黄色のエプロンが。

 

 

 肘まで覆われた真っ白な手袋に包まれた。

 

 その手には埃落としが握られていたからだ。

 

 

 

「寝室のお掃除、完了しました」

 

「そうか、じゃあ次は庭の手入れだ」

 

「承知いたしました」

 

 

 少女と少将の会話はそれで終わり、少々は手元の書類に目を落とした。そして少女は深々と頭を下げ、何事となく部屋を出て行った。それは一分にも満たない短い時間であった。

 

 

「……彼女は?」

 

「あぁ、君は会うのが初めてか。あれ(・・)は矢矧だ」

 

 

 矢矧――――それは阿賀野型軽巡洋艦三番艦、矢矧。先の大戦では最新鋭軽巡洋艦として生まれ、勝敗が決した中でも奮戦し武功を上げ、最期はこの国の名を冠した船と共に身代わりとして果てた艦。

 

 武勲艦と名高い矢矧、その名を冠した艦娘はさぞ勇猛果敢であり、以前で十分な力を発揮できなかった鬱憤を晴らすが如く戦場を縦横無尽に駆け巡るだろう。そしてそれは名将と名高く、そして戦うために海軍に転属した音桐少将の秘書艦として適任であろう。

 

 有能な人の元に有能な艦がやってきた。傍から見ればこれ以上ない最適な人事配置であろう。しかし、少将の言葉を聞く限り、友好的とは思えない。

 

 

「矢矧と言えば武勲艦ではありませんか。何故あんな恰好で……」

 

「君には関係ないこと、あまり詮索しない方が良い。でないと―――」

 

 

 言葉を切った少将は『君の立場が危うくなる』とでも言いたげな笑みを浮かべたので、俺はそれ以上の詮索をやめた。

 

 

「申し訳ありません。出過ぎた真似をいたしました」

 

「何、君は大事なパートナーだ。多少の無礼は許すよ。それに矢矧(あれ)と君のどちらと言われれば、間違いなく君だからね。では、報告を終えようか」

 

 

 少将の言葉を受け、俺は一礼して持ってきた書類を片付ける。すると、また扉がノックされた。同じように少将が「入れ」と言い、先ほどとは違う声色の声と共に一人の少女が入ってきた。

 

 

「失礼いたします」

 

 

 先ほどの矢矧よりも小さい。ピンク色の髪をポニーテールでまとめ、黒を基調とした制服を着ている。矢矧よりも露出が少なく、そしてその目は刃物のような鋭さを有していた。

 

 

「陽炎型駆逐艦二番艦、不知火。只今帰投しました」

 

「おぉ、不知火()。ご苦労様」

 

 

 少女とは思えない完璧な敬礼と共に、不知火は力強くその名を口にした。そして少将は先ほどの矢矧から一変、柔和な笑みと共に労った。そのあまりの差に、俺は少将と不知火を交互に見る。

 

 

「……閣下、この憲兵殿はどなたでしょうか?」

 

「あぁ、陸に居る同期の倅だ。さっき偶然出会ってちょっと話し込んでいたんだよ」

 

「どうも、花咲と申します」

 

 

 不知火の疑問に少将は息をするように嘘を吐き、俺もそれに乗っかりすまし顔で挨拶をする。それに不知火は姿勢を正し、頭を下げた。

 

 

「改めまして、陽炎型駆逐艦二番艦、不知火です。本来は別の鎮守府所属ですが、現在は短期出向で音桐少将閣下の元に詰めております。以後、お見知りおきを」

 

 

 彼女の挨拶を終えてから、部屋は沈黙に包まれた。俺はすまし顔で不知火を、彼女は無表情で俺を見つめる。こちらは単純に何故彼女が出向しているか、そして先ほどの少将の態度について思案していた。逆に彼女も何かを考えているようにも見えるし、何も考えていない様にも見える。

 

 

 とにかく、俺と彼女もこの沈黙を破る気はなかった。

 

 

「……ここはお見合い会場ではないんだがね。花咲くん、長く引き留めて悪かったよ」

 

「いえ、こちらこそ貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました」

 

 

 それを破ったのは音桐少将であり、俺はその船にすぐさま乗った。そのまままとめた書類を鞄に突っ込み、一礼して部屋を後にした。

 

 

 廊下を歩いている中、俺の頭の中はあの艦娘――矢矧のことが気になった。

 

 

 矢矧であるらしきあの艦娘、正直艦娘と紹介されなければ分からないほど覇気が無かった。そして、少将が言っていた以前の俺と同じ雰囲気を持つ者、これは恐らく彼女のことだろう。そして、武勲艦を手元に置いているにも関わらず他の鎮守府から艦娘を出向させており、明らかにそちらを優遇していた。

 

 恐らく少将的に言えばあの矢矧と言う艦娘は使えないのだろう。しかし、それなら何故手元に置いているのだろうか。戦闘以外に何かしらの価値があるのか。それとも存在自体に価値があるのかもしれない。生まれながらに価値を持っているとは、何とも羨ましい限りだ。

 

 

 だけど、恐らくソレではない。俺が彼女に関心を寄せているのは、そんな理由ではない。

 

 俺がここまで気にするのか、それは少将の言葉だ。彼女の雰囲気を俺も以前纏っていた、つまり彼女も俺と同じ悩みを持っていると言うことだ。

 

 同族嫌悪ならぬ同族擁護とでも言うのだろうか。それともあの苦しみを抱える彼女に同情しているのかもしれない。それとも重ねているのかもしれない。

 

 

 

 他でもない、榛名(あいつ)に。

 

 

 

「もし、憲兵殿」

 

 

 ふと、後ろから声をかけられた。振り返ると、先ほど別れた筈の不知火が立っていた。彼女は俺と目が合うと敬礼したので、俺も敬礼を返した。

 

 

「これは不知火殿、如何しました?」

 

「一つ、お聞きしたいことがありまして。貴殿が所属する鎮守府の司令官は、明原 楓殿ではありませんか?」

 

 

 不意に飛び出した楓の名前に、俺は思わず目を見開く。俺の反応を肯定と取ったのか、不知火は何故かため息を吐いた。

 

 

「……確かに、私が所属する鎮守府の司令官はその名だ。それが何か?」

 

「あぁ、いや、あの、ですね……恐らく朽木中将経由で話が行くと思うのですが、先にお伝えした方が良いかと」

 

 

 俺の質問に不知火は何処か歯切れの悪い言葉で返す。しかし、その中にただならぬ人物の名があった。

 

 父上経由、どういうことだ? 確かやつ経由で父上にもキス島撤退作戦(今回の作戦)の報告が行っており、また求めた援助も資材や修復材だけだ。

 

 

 ……まぁ、何故か憲兵の俺に必要資材数や修復材数を相談しに来た(バカ)のお蔭で把握しているのだが。

 

 ともかく、資材類だけであとは何も求めていない筈だ。これは間違いない。だからこの不知火の話は、父上側から持ちかけられたものだろう。一体何を要求されたのかは分からない。というかその話すら聞いてないぞ。

 

 

 ……いや、本来は聞かなくても良いはずなんだが。

 

 

 

「あの、大丈夫でしょうか?」

 

「……あぁ、申し訳ない。話がいきなり過ぎて……」

 

「何故憲兵殿が狼狽えているのか分かりかねますが……ともかくうちのバk――――失礼、不知火の司令官が近々そちらに顔を出すそうです。期日は分かりませんが、そう遠くないでしょう」

 

 

 一瞬上官侮辱罪になりかけたであろう不知火の発言に俺は首をひねる。確か、楓は何時かは他の鎮守府と交流を持つ気でいると言っていたな。恐らく父上に相談していて、今回それが叶ったのだろう。

 

 まぁ、今の鎮守府なら他方と関わっても問題は少ないだろう。というか、他の鎮守府との交流を持つことはある種の先入観を取っ払うのに最適と言える。勿論、悪影響もあるだろうが、それも抱えても大きなメリットはある。

 

 

 だが、疑問がある。それは何故、この不知火は上での取り決めをわざわざ先回りして伝えようとしているのだろうか。

 

 

「そして、司令官から言伝を預かっています。これをお伝え下さい」

 

 

 その理由、恐らくどちらかと言えば言伝(こちら)がメインであろうそれを、不知火は何処か疲れた顔で教えてくれた。

 

 

 

 

「『おう、紅葉坊。近々お前んとこ行くから、美味い飯よろしくな』」


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