新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~ 作:ぬえぬえ
今回、ものもの様から挿し絵を頂きました。
本当にありがとうございます!!
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「雪風……か」
「はい!! 雪風ですよ!!」
俺が名前を繰り返しと、雪風は嬉しそうに笑顔を浮かべる。その顔には、他の艦娘が醸し出す嫌悪感は一切感じなかった。
が、俺はそこに言い知れぬ不信感を覚えた。
何せ、俺はこの鎮守府の艦娘に嫌われている。今まで出会った艦娘たちから避けられ、その殆どから敵対する目を向けられていたのだ。中には金剛や天龍、そして曙を庇った潮って言う駆逐艦みたいな過激なヤツもいる。
特筆すべき対象を上げただけで全ての艦娘に会ったこともないが、少なくとも友好的ではないのは確かだ。そんなやつらしか居ない中で、初対面でいきなりフレンドリーに話しかけられれば否が応にも警戒しちまうってものだ。
「しれぇ? どうしたんですか?」
雪風は何も言わずにただ己を見つめる俺を見て、不思議そうに首をかしげている。これが天龍なら「何見てんだ!!」って言いながら胸元を鷲掴みしてくるだろうな。
「―――!」
黙って雪風の様子をうかがっていたら、彼女の髪から妖精が這い出してきた。妖精は肩に移動すると俺の方を向いて笑顔でビシッと敬礼をしてきた。艦娘の態度が違えばその周りの妖精も変わってくるのか。
「しれぇ?」
「……いや、気にするな。それよりもお前は何してたんだ?」
いつまでも黙っている俺に心配になった雪風が問いかけてくるので、何とか誤魔化しながら話を変える。俺の質問に、一瞬キョトンとした雪風であったが、それはすぐさま笑顔に変わった。
「はい!! 食堂に行く途中にしれぇの姿が見えたので、声をかけました!!」
どうやら興味本意で声をかけたみたいだな。てか、割りと声が大きい。これじゃあ食堂の中にまで聞こえちまう。
「そうか、じゃあな」
「待ってください!!」
それだけ言ってさっさと逃げようとするも、雪風に手をガッチリ掴まれて逃れられない。そんな俺の手を掴む雪風はキラキラした目を向けて顔をずいっと近付けてきた。
「もしかして、ご飯を食べに来たんですか!!」
いや、確かにそうだけども。でもあの空気を更に悪くしたくないから帰ろうとしてたんだよ。何でそんな嬉しそうな顔を向けてくるんですかね。
「そういうつも――」
「では早速行きましょう!!」
俺の言葉を掻き消すように大声を出した雪風は、掴んだ手をグイグイ引っ張りながら食堂に向かって歩いていく。それに抵抗しようとするも、ちょうど足元に小石や木の根で転ぶのを恐れたりでタイミングを逃し、そのままズルズル引きずられていってしまう。
雪風は躊躇なく食堂のドアを勢いよく開けた。その音は食堂に響き、中にいた艦娘たちの視線が一気に集まる。その中に、友好的なモノは1つもなくむしろ殺気みたいなのもある。
これはマズイ、と本能的に悟った。
「お、おい!! 雪か――」
「こっちですよ!!」
悲痛の叫びも虚しく、雪風はその場の空気お構い無しにズルズルと厨房へと進んでいく。何とか手を振りほどこうとするも、何故か
厨房へ向かう道中、数多の艦娘の横を通ったが、予想通り俺の登場で表情を曇らせている者が殆んどだ。中には俺を見た瞬間、食べるスピードを早めるヤツもいる。どれだけ俺と同じ空間に居たくないのか、と悲しくなる。
「間宮さん!! ご飯お願いします!!」
俺を引きずりながら厨房に到着した雪風は、手を振り上げて元気よく厨房に呼び掛ける。それに答えるように、トレイを持った間宮がやれやれと言いたげな表情を浮かべながら出てきた。
しかし、それも俺を見た瞬間憤怒に満ちたモノに変わったがな。
「提督!! 貴方は本当に――」
「間宮さん? 何怒ってるですか?」
間宮が厨房と食堂を繋ぐ机に身を乗り出さんばかりに俺に詰め寄ろうとするのを、横の雪風が首をかしげて問いかける。それに間宮はピタッと動きを止めて表情を歪ませた。
恐らく俺が無断で食材や調理器具を放り込んだことを問い詰めようとしたが、雪風が居る手前分が悪いと判断したのだろう。確かに、艦娘の前で食材の話をするのは酷と言うものだ。
「すまん、俺が軽率だった」
これ以上間宮に迷惑をかけるのも申し訳ないので、何か言われる前に先に頭を下げる。これなら、俺と彼女以外事情が察せないから大丈夫だろう。俺が頭を下げると目の前で息を呑むのが聞こえ、次に唸るような声が聞こえる。
「……以後、気を付けてください」
しばらく続いたうなり声が小さくなり、何か諦めたような声色の間宮の声が聞こえた。それを受けて顔を上げると、甚だ遺憾である、と言いたげな間宮がいたので、改めて頭を下げておいた。
「それと、すまんが厨房を貸してくれないか? もちろん、ここに居る艦娘が帰った後だが」
そう言いながら間宮にもう一度頭を下げる。理由は簡単、俺が食べる飯を作るためだ。
しかし、間宮の対応を見る限り、『補給』しか出来ない艦娘の前でこの話はタブーに近い。故に敢えて伏せておいたが、昼間放り込んだモノを知っている間宮なら察しがつくだろう。
「…………分かりました。では、中にどうぞ」
俺の隠語を察してくれたらしく、間宮はそう言うと蝶番が付いた机を上げて厨房と食堂を繋ぐ通路を作ってくれる。間宮に促されてそこから厨房に入り、早足に奥へと引っ込んだ。
「しれぇは何してるんです?」
「雪風ちゃんには関係ないことよ。ほら、早く食べちゃいなさい」
後ろで不思議そうな雪風の声とそれをかわす間宮の声が聞こえたが、周りの艦娘たちの視線が怖くてそれを振り返ってみることは出来なかった。
◇◇◇
厨房に引っ込んでから一時間ほど。夕食のピークは大体過ぎたみたいで、食堂にいる艦娘たちは殆どいなくなっいた。これなら調理を始めてもいいかもな。
「んで、何でお前はそこにいるんだよ?」
「どうぞお構いなくです!!」
俺が包丁片手にそう問いかけると、笑顔で答えになってないことをのたまう雪風。彼女は厨房と食堂を繋ぐ机に身を乗り出してこちらを覗き込んでいる。お前もう『補給』済ませただろう、なんてこと言えるはずもない。
そして、先ほど現れた妖精も興味津々と言った感じで俺を見てくる。
「そいつ、いつも一緒なのか?」
「はい!! この子は雪風がここに来た時からずっと一緒にいますよ!! 鎮守府で一番の仲良しちゃんです!!」
俺の問いに雪風はパァッと顔を綻ばせながら妖精を掴んで頬ずりを始めた。いきなり掴まれて驚くかと思われたが、妖精は動揺することなくキャーと言いたげな顔で雪風のほっぺに抱き付いている。いつもやられているのかもな。
仲がよろしいことで……。てか、あんな光景を見た後だ、あまり艦娘に料理してることを見せたくないんだよな。なんとか帰ってくれないか……。
「今からすることはべつに面白いことでもないぞ? それに演習で疲れてるなら早めに休んだ方がいい」
「雪風は丈夫ですから問題ないです!! それに、しれぇが何食べるのか気になります!!」
そんなキラキラした目で興味津々!! って言われたら無理に追い返せないじゃねぇか。まぁ、これで明日寝坊でもしても責任取らないからな。
「明日寝坊しても知らないからな?」
「雪風は雪風ですから、大丈夫です!!」
いや、理由になってないからな。ともあれ、さっさと作って食って帰らせればいいか。
「じゃあ、そこで大人しくしてろ」
俺の言葉に雪風と妖精は揃ってビシッと敬礼をしてくる。……さっさとやってしまおう。
その後、厨房は包丁の音、肉の焼ける音、ぐつぐつ煮える音だけが響くだけの空間となった。
俺が淡々と調理を進めていくのを、雪風は黙って見つめている。その眼差しは、先ほど天然そうな笑顔を浮かべていたとは思えないほど、鋭いものがあった。
そんな眼差しをさらされながら、俺は調理を進めて行ってあとは鍋で煮込む段階となった。
「よし、あとは待つだけか」
「しれぇ、随分手慣れてますね? ここに来る前はお店みたいなものはやってたんですか?」
グツグツと煮える鍋の火を弱火にしてタイマーをセット。あとは任せるだけとなったので一息つくと、今まで黙っていた雪風がそんなことを聞いてくる。
「やってねぇよ。軍学校時代、なし崩しにうまくなっただけだ」
俺が所属していた軍学校は食事を作るのも士官の役目、って名目で全生徒を10人1班に分け、三つの班をその日の飯を作る当番制だった。だが、今まで包丁すら握ってこなかった奴らが集まる学校だ、そこの飯のレベルなんて「悲惨」だ。
そんな悲惨な食事状況の中で、数人のまともなものを作れる奴が重宝されるのは当然と言うか。その数人にいた俺は、その日の当番の奴に飯を作るのを頼まれることが多かった。しかも、軍学校全員と言う大量のモノを時間までに作らないといけないから、否が応でも慣れるしかなかった。
「ま、そのせいで成績がギリギリになったんだけど」
「なるほど!! しれぇは料理の腕はピカイチだけど頭はバカだったんですね!!」
ハッキリ言うなハッキリ。面と向かって言われると割とくるんだぞ。しかも、いい笑顔で言い切ったのを見るに、コイツ悪びれもなく言ってやがるな。
「しれぇ!! 鍋から白い煙が噴き出してます!!」
少しは自重するよう雪風に言おうとしたら、それを遮る様な雪風の声、そして
「しれぇ!! しれぇ!! 遂にできたんですか!! 完成ですか!!」
タイマーが鳴って完成した、と言うのを察した雪風が顔を綻ばせながら机の上でバタバタ騒ぎ出す。危ないから少し黙ってろ、と言って大人しくさせ、白い煙――――湯気を噴き出す鍋の蓋を取る。
今回作ったのは、ぐつぐつと煮える茶色いルーとその中に大きめの具材がゴロゴロとしているカレーだ。
「うわぁ……」
机の上から鍋の中身が見えたのか、雪風が感嘆を漏らす。それが聞こえると同時に湯気が顔にぶつかり、スパイシーな香りが鼻をくすぐった。香りから見るに、完成とみていいだろう。
ジャガイモの具合を確認するために傍のお玉を手に取って鍋に入れ、茶色いルーを纏ったジャガイモをとりだして箸で刺してみる。手ごたえなく入っていくから、火は十分通っているな。
「しれぇ!! しれぇ!! すごいです!! すごく美味しそうです!! 見てるだけでお腹が減っちゃいます!!」
カレーを見た雪風が先ほどよりも大げさに騒ぎ出す。宥めようにも興奮していて無理だな。取り敢えず、先に炊いておいたご飯を器によそってそこにカレーを流し込む。……カレー食わせれば落ち着くか?
そう思って余分に買っておいた食器を出して、同じようにご飯とカレーをよそう。2人分のカレーライスを食堂の方に持っていくと、待ってましたと言わんばかりに雪風が近づいてきた。しかし、2人分のカレーライスを見て眉を潜める。
「しれぇ、何で2人分もあるんですか?」
「お前の分だ。別にいらないなら戻すが」
「いえ下さい!! むしろ食べさせてくださいお願いします!!」
俺の言葉に雪風は必死の形相で詰め寄ってくるので、言葉で返す代わりにカレーライスを渡してやる。カレーライスを笑顔で受け取った雪風は小躍りしながら近くの机に持っていき、何故か戻ってきて俺の袖を引っ張ってきた。
「しれぇも一緒に食べましょ!!」
笑顔でそう言いながら袖を引っ張ってくる雪風。周りには俺と雪風以外は食堂を後にしている。これなら食堂で食べても問題ないか。
「分かったから引っ張るな」
そう言ってやると雪風は更に顔を綻ばせ、先にカレーライスのもとに走っていった。その後ろ姿を見ながら、俺は自分のカレーライスをもって彼女の向かい側に座った。
「では、さっそくいただきます!!」
俺が座ると同時に雪風はスプーンを握りしめてカレーをすくい、すぐに口に運ぶ。
「あふぃれふぅ!?」
カレーを口に入れた瞬間飛び上がった雪風は、水を求めて厨房に走りこんでいった。熱々のカレーを冷まさずに口に含めばそりゃ熱いわ。そんなことを思いながらちゃんと冷まして口に運ぶ。
うん、自分で言うのも何だが旨い。最後に煮込んだおかげで水分が飛んでトロッとしたルーに、口の中で解ける玉ねぎ、噛むとほろほろと解けていくジャガイモとニンジンが絡み合っていい感じだ。米もなるべく研ぐ回数を減らし研ぐときも優しくしたため、米本来の甘さが感じれる。トロッとしたカレーとの互いの良いところを引き出しているな。
「いや~、まさかあれ程熱いとは思いませんでしたよ。」
水で冷ましてきたらしき雪風が、舌を出してもうこりごりと言いたげな顔で席に着く。その時、俺の分の水も持ってきてくれた。
「では、もう一度いきますよ!!」
水を飲んで落ち着いた雪風は仕切り直し!! と言いたげにスプーンを取ってカレーに挑む。今度はちゃんと冷ましてから口に運んだ。
「んん~!!」
口に含んだ瞬間、雪風は恍惚の表情を浮かべる。しかし、すぐさまスプーンを動かして第2、第3とどんどん口に運んでいく。その度に、彼女は同じような表情を浮かべた。ちょっとリアクションがオーバー過ぎないか。
「たかが市販のルーを使ったカレーだぞ。大げさすぎないか?」
「いえ、すごく美味しいですよ!! これなら何杯でも食べちゃいます!!」
俺の言葉に雪風は嬉しそうな顔を向けてくる。しかしそれはちょっと驚いた顔に変わり、そして子供を見るような優しい笑顔になった。
「しれぇも、スゴイ嬉しそうですしね!!」
雪風の言葉に、俺は思わずそっぽを向いて手で顔を確認する。……いつの間にそんな顔していたのか。失敗だ。以後、気を付けないと。てか、そんな面と向かって言われると恥ずかしいわ。
「さぁしれぇ!! お代わりお願いします!!」
そんな俺をお構いなしに、雪風は空っぽになった器を差し出してくる。これ、俺の飯なんだけどな。まぁ、そんな笑顔を向けられたら断れるはずもないか。
その日、2日間に分けて食べようと作ったカレーの殆どは雪風の胃袋に収まることとなった。
―――『とある駆逐艦の自室より』―――