新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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綻び始めた『奇跡の作戦』

「おおォ!!」

 

 

 腹の底から響き渡る咆哮を上げながら、私は拳を振り抜く。その先は重巡リ級、装甲を剥がされ無防備になったその頭だ。鼻血を垂らしながら犬歯をむき出しで吠えるその顔に拳を叩き込み、そのまま真横へ吹き飛ばす。拳には何かが折れる手ごたえがあったがそれを想像する暇などない。リ級が吹き飛ばされたと同時に二方から空気を揺るがす轟音が鳴り響き、黒々と大きな砲弾が一直線に私目掛けて迫ってきているからだ。

 

 それを横目で確認し、私はその場で身を翻す。駆逐艦に比べ機動性に劣る戦艦が回避なんて真似をすれば、敵前に無防備な腹を見せるだけ。故に迫りくる砲弾に関して私たちが出来ることは、被弾する場所を装甲の分厚い場所に調節する、所謂ダメージコントロールだ。そして数多の戦場を駆け巡った武勲艦たちをたった一瞬で水面に沈めたあの光に、それも二度も晒されながらも耐え忍んだ長門(この船)だからこそ、装甲の分厚さは折り紙付きである。

 

 

「長門ォ!!」

 

 

 何処からか誰かの悲鳴じみた声が聞えた。それが誰かを把握する前に両脇にずしりと重い衝撃、肌に刺すような痛みと熱、そして砲弾の破片が襲ってきた。無意識の内に歯を食いしばり、血に飢えた野犬のように襲ってきたそれらをただじっと耐え忍び、逆に装甲を押し出して内部機関部へのダメージを極力抑える。装甲の大部分の占める巨大な砲身も、元々こういう使い方を想定していたために恐ろしく頑強に作られている。砲弾の4、5発程度なら造作もない。

 

 そう思っているのもつかの間、襲ってきた野犬の群れは瞬く間に沈黙した。辺り一面、黒煙に包まれている。視界不良の中、私はすぐさま艤装の各部分を点検する。本来であれば視界不良の中で棒立ちなど愚の骨頂なのだが、それはケースバイケースだ。

 

 砲弾が命中し対象物が黒煙に包まれている場合、主に無駄撃ちを避けるために対象物の残存が確認されるまでに次弾を叩き込む可能性は極めて少ない。砲撃一つとってもありとあらゆる工程、手順、データなどの判断材料と膨大な労力を有するためである。これは時代や姿かたち問わず、艦船の枠組みにあるモノ全てに適応されることだ。一撃必殺が最も効率よい戦い方である、そこに性能の全てを傾けるのは当たり前だと言える。

 

 

「損害軽微ならず、されど航行に支障なし」

 

 

 簡易的な点検を終えた私は無線にそれを乗せ、すぐさま砲弾を装填する。発射から次弾装填までの制限時間はおおよそ40秒、また同時に砲撃を行ったためにそのタイムラグ内に放り出されるであろう敵弾は無し、あっても駆逐艦などの小型艦である。戦艦の装甲をぶち抜ける存在は稀有だ。機関部へのダメージもコントロールでどうとでもなる。

 

 故に、この40秒が勝負の分かれ目。現状の所、軍配はこちらに上がりつつある。今すべきことは上げ渋られている分軍配を高々に上げさせること、こちらに流れを引き寄せること、損害を与えた敵艦にお礼参りをすることだ。

 

 

 敵総数は既に加賀たちと共に一部隊を落としているため残りは三部隊だが、先のトンデモ深海棲艦を一個艦隊とすれば未だに四部隊である。先の砲弾は各部隊にいた戦艦ル級二隻とすれば、戦艦級はもう一隻と件のトンデモ戦艦のみである。しかし、そのトンデモ戦艦は開戦以来後方に留まっており砲火を重ねてはいない。

 

 制空権は我が航空隊により確保状態である。トンデモ戦艦からの艦載機もちらほら現れてはいるものの、制空権を取る気が無いのではと思うほど消極的な戦闘ばかりだ。時折無線の向こうから空母勢から情報が流れてくるも、それを語る各々の口調に焦りはない。

 

 

 

『目標、戦艦ル級、左35、上30、距離10000……』

 

 

 砲弾の装填が完了した私に、加賀の淡々とした声が聞えてきた。それは私にお礼参りをすべき相手―――――戦艦ル級に標準を合わさせるためだ。とは言っても黒煙に視界を塞がれているためにその姿を捉えることは出来ない。だからこそ、目の効く航空隊からの情報を送ってきたのだ。

 

 有難い情報にすぐさま砲口を調節し、照準が定まると同時に砲弾の尻を叩いた。その瞬間、天地を揺るがす大砲声が鳴り響き、私を取り巻いていた黒煙を食い破り41cm砲弾が一直線に飛び出す。時速2000kmを越える砲弾が着弾するまで僅か10秒、その間に自身を反転させてそのまま全速全進で動き出さなければならない。先ほどにも言ったが、戦艦にそんな素早い動きが出来るわけがない。

 

 故に装甲が厚いわけなのだが、かの戦艦にこの長門が主砲から放たれた砲弾を受け止め切れることは難しい。損傷が一切なければ耐えしのげただろう、何か盾になるものがあれば免れただろう、すぐさま砲身を掲げ、砲撃による相殺が出来れば何とかなったであろう。だが私たち、そして空からの攻撃により中破状態に陥っていた戦艦がそれらを行う術はない。

 

 私の予想通り、敵戦艦に一直線に向かっていく砲弾は誰にも邪魔されることなく進んでいる。その姿がスローモーションのように見えるのは、砲を撃ったせいかもしれない。自らが放った砲弾が何時と退くのか、酷い言い方をすれば何時その命を刈り取るのか、仄かに期待しているのかもしれない。戦果を挙げたわけだから当然だ、ここは戦場であるから命を奪うことが当たり前だ。

 

 

 やっと、ようやっと、夢にまで見た念願の瞬間が、この水面に沈みゆくその瞬間まで縋り続けた未練(・・)が、今そこにあったからだ。

 

 

 

『ハァイ、残念』 

 

 

 

 だが、その思考はいきなり繋がった無線によって打ち切られた。同時に、砲弾の直線上に何かが入り込んだ。それが何かを確認する前にその何かと砲弾が接触、爆発を起こしたのだ。

 

 一瞬、何が何だから分からなかった。何が起きたのか、何があったのか、今目の前で起きていること全てが分からなくなった。空中に広がった黒煙を眺め、その破片が海面に吸い込まれるその音を頭の片隅に捉えた。それだけだ、それだけで私の頭はパンクしたのだ。

 

 

『ッタク、アノ潜水艦ノセイデ航行ガシ辛クテショウガナイ……ッテ、コレマダ入ッテル? オーイ』

 

 

 そんな私の無線から場違いな程緊張感のない声が聞える。その声は今まで聞いたことのない声だ。僚艦たちの声は聞き覚えが無いわけはなく、仮に鎮守府からの通信だとしても同じ理由で有り得ない。じゃあこの通信は、この声は一体誰なのか、何処から発せられているのか。

 

 

『オーイ、オーイ……返事シロー?』

 

 

 

 その答えは()にあった。正確には先ほど加賀が無線で寄こした座標の少し手前、中破状態の戦艦ル級を遮る様に立ちはだかる件の深海棲艦が、私たちに向けて大きく手を振っているその姿があったのだ。

 

 それも、何処かに通信しているように耳に手を当てながら。

 

 

 

『ン? 電波ガ強過ギカ? マァイッカ、手短ニ伝エヨウ』

 

 

 そこで言葉を切った深海棲艦は一つ呼吸を置いて、その言葉を吐いた。

 

 

 

 

『オ前ラノ本隊(・・)。ウチノ航空隊ガ補足シタトヨ』

 

 

 無線から漏れた言葉。それはまるで顔を近づけられ、耳元で囁かれた様に聞こえたその言葉。最初、その意味を解することが出来なかった。次に意味を解した時、それが間違いだと断じた。

 

 次にそれが間違いではないだと―――――――遠くに見える深海棲艦の顔に薄ら笑いが浮かんでいた時―――――

 

 

 

『マァ、オ前ラヲ()ニ私タチヲ引キ付ケルノハ上手ク考エタナァ……ダケド、詰メガ甘イゾ』

 

 

 

 その口から作戦概要が漏れた時、私はその言葉が現実であると知った。

 

 

「な、何故それを……」

 

『ナンダヨ、聞コエテルナラ返事ヲシロヨナ……デ、‟何故”ト来タカ』

 

 

 思わず漏れた問いにそれに深海棲艦は一瞬キョトンとした顔になるも、すぐに薄ら笑いを浮かべた。

 

 

『オ前ラノ目的ハ、アノ潜水艦ガ言ッテイタ金剛ノ救出ダロ? ソレニコノ海域ノ特徴、ソシテ目的ガ救出作戦ト考ガエレバ、少ナクトモオ前ラ大型艦(デカブツ)ガ本隊ナンテ有リ得ナイ。ソレニ奴ラヲ取リ逃ガシタ私カラスレバ、ソノ潜伏地域ヲ予想スルノハ造作モナイ。ソシテ、オ前ラト示シ合ワセタヨウニ現レタ水雷戦隊ダ。ドチラガ本隊カ、ドンナ馬鹿デモ分カルサ』

 

 

 その口から語られた戯言、いやその作戦要綱はまさに私たちが練り上げたものと合致していた。その発言は作戦そのものを見透かされたことを示していた。しかし、この作戦は模範解答である。数ある物的情報を踏まえた上で導き出したものであり、言ってしまうと情報さえあれば誰でも(・・・)導き出せてしまう代物と言ってしまえる。情報を集め、分析し、導き出した答え故にそれを持つ敵も同じことを考え、その対策をすることも十二分にあり得るのだ。

 

 だからこそ、私たちが先の出撃で会敵した敵を悉く屠り去ったのだ。同じ土俵で戦うに際して勝利を得るには戦力が多い方が有利、それを覆すことは不可能であるがその溝をある程度埋めることは可能である。そして、それと同時に敵の選択肢を減らすことに直結することになる。

 

 今回の主目的は救出であり、それに大型艦は不向きだ。しかし、仮に大型艦で編成された艦隊が海域の何処かに現れれば否が応にも対応しなければならない。そしてキス島は不毛の地であり、活用できる資源は限られている。航空戦力が皆無に等しい故に迎撃部隊には重巡、戦艦を中心とした部隊を派遣しなければならない。

 

 ただでさえ戦力を削られた上に間断なく攻めたため、敵の対応能力は著しく落ち込んでいる。その中で私たちに対応できるのは戦艦部隊、そして今回の作戦の引き金となった件のトンデモ戦艦を引っ張り出すしかない。そして私たちの目的はその深海棲艦をこちらに引き付けることだ。今ここに、この深海棲艦が居る時点で作戦は成功していると言える。仮にこの作戦が敵にバレてしまおうが、そう対応せざるを得ない状況に追い込んだことでそのリスクは帳消しになる。

 

 

 だから私はこの作戦を、この穴だらけの常套手段を推したのだ。打開策としては些か欠けるものの、その穴埋めはどうとでもなる。むしろ、救出作戦に従事できない私たちからすればその穴埋めこそが活躍できる舞台なのだ。私たちはやることなすこと全てが小手先の策ではあるが、それが幾重にも重なれば立派な作戦となる。塵も積もれば山となる、小さな弾痕も数が増えれば戦艦すらも沈めれるのだ。

 

 そして、小手先の策に切れ味を与えるのが士気だ。このような作戦を押し進めるには勢いが必要不可欠である。だからこそ私は戦闘前に鼓舞した。それは艦隊全体の士気を高め、同時に自分の意志を、本当にこの作戦を成功するのか、という不安を払拭するためである。皆が一様に目的を――――全員で帰投すると言う薄氷の上を歩くに等しい目的へ全精力を注がせるための体のいい謳い文句を。語り部には過ぎた言葉を無理矢理絞り出したのだ。

 

 

 だからこそ、私は耳を疑ったのだ。その言葉を、その存在を、その思い違い(・・・・)を。

 

 

 

 

「空母が居るのか……? 南東(そっち)に……」

 

「……何時カラ空母(・・)ガ私ダケダト錯覚シテイタ?」

 

 

 私の呟きに深海棲艦が心底嬉しそうに、私たちが犯した誤算を口に出した。

 

 私たちは――――いや()はキス島周辺の海流、そして敵編成を見てキス島は資源が乏しく大型の空母を置いておくことは不可能だと判断した。そして、今こうして私に語り掛けている深海棲艦のスペックを見て、主力となる航空戦力はこの深海棲艦だけだと断定していた。また先の出撃で空母自体はちらほらいたものの軽空母ばかりで、その殆どを加賀たちによって屠られている。

 

 そして何より、海流の激しさ故に空母では本隊が向かう海域に留まることは不可能。仮に敵が空母群を大量に率いていても海流に足を取られ北西(こちら)側に流れてしまう、これは覆しようのない事実だ。だからこそ勝算があった、だからこそこちらに私たちが持ちうる航空戦力を全振りしているのだ。

 

 全ては空母群が南東(そっち)に居ないことを前提とし、確かな情報で足元を固めた上で決行した常勝(・・)手段。その筈だ。だからこそこの深海棲艦の発言は嘘だ、根拠のない戯言だ、これに惑わされてはいけない。

 

 

「……ば、馬鹿な!! あの海流に空母が留まれるはずはない。それに艦載機の活動範囲は帰投を考慮しても―――」

 

「何デ水ニ浮イテイル(・・・・・・・)前提ナンダ?」

 

 

 虚勢を張る私の耳に、深海棲艦の少しつまらなそうな声が聞えた。そして、その言葉に私の中で一つの仮説が浮かんだ。だがそれもはっきり言ってしまえば可能性の低い、有り得ないと断言してしまうほどに夢物語過ぎる。

 

 だが、もしそれが本当であれば、いや私たちの前提が間違っていた(・・・・・・・・・)とすれば、その仮説は一気に現実味を帯びるのだ。

 

 

 キス島には『航空部隊を運用できるほどの資源が無い』のではなく、『産出資源では賄えないほどの超強力な空母群が常駐している』のではないか。いや、この深海棲艦の言葉から常駐しているのが空母とは考えられない。航空部隊ではなく航空戦力として見た場合、航空戦力=空母という方程式を掲げるのは早計過ぎる。

 

 そもそも空母が何を目的として作られたか。それは海上で艦載機を発艦、着艦させるためだ。大海原に無理矢理艦載機を飛ばす場所―――――飛行場を置くためだ。その役割を担ったのが空母なのだ。

 

 その空母が必要ない、そして水に浮いている前提を否定、更に補給線を敷いてまでそれ(・・)をキス島に常駐させている、いやそこに存在している。そして何より戦艦のくせに艦載機を発艦、雷撃、そして対潜も出来てしまうトンデモ深海棲艦がいると言う事実。それら十分すぎる情報(・・・・・・・)を元に導き出したそれ――――

 

 

 

 

「陸上型が、いるのか……?」

 

 

 『陸上型』――――――ほとんどの深海棲艦が艦娘と同じように航行する、その言葉に対して『海上型』と呼ばれる中に現れた稀有な存在。航行能力を有さず、島の一角、もしくは島そのものに常駐し、そこから夥しい数の艦載機を発艦させ、場合によっては砲撃まで行う。まさに飛行場と要塞が一つの深海棲艦となってしまった存在だ。

 

 その存在自体は度々確認されている。此処から近い北方AL海域には小さな子供の姿をした深海棲艦――――北方棲姫と呼称された個体がいるのだ。一歩踏み込めばその小さな身体から想像もできないほどの艦載機を放ち、侵入者を執拗なまでに撃滅する。それも海域の奥に踏み込めば踏み込むほどその攻撃は熾烈を極めると聞く。

 

 しかし、その脅威とも言える深海棲艦は北方AL海域の外に出たと言う報告はない。陸上にある飛行場を動かせないのと同様に、陸上型の深海棲艦も根を張った植物のように移動できないとされている。自らの縄張りを侵すものに対してのみ攻撃することも、その仮説の根拠となっている。

 

 仮にそんな存在が、万が一に陸上型がこのキス島にいるとすれば今までの話に辻褄が合う。空母を有さないのもそれに勝る存在が居るからだ、空母では進撃不可能な筈のキス島南東で航空部隊が現れたのも陸上故に海流の影響を受けず、尚且つ空母では足元に及ばないほどの強力な航空戦力を有しているのだ。

 

 

 同時に、私たちが導き出した常勝手段が、その存在だけで全くの愚策に追い落とされてしまったことを意味していた。

 

 

 

「ハハハッ!! ゴ名答ォ!! ―――――ト、言イタイガハズレ(・・・)ダ」

 

 

 しかし、それを否定したのは敵である深海棲艦だ。その声色は最初こそ高笑いに則していたが、最後の答えを吐き出した時にはバツの悪そうなものになっていた。

 

 

「アノ()サンハ陸上型ジャナイ。生マレタバカリデ、偶々ソレガコノ海域ダッタッテェダケ。漸ク航行ガ出来ル様ニナッテ、モウスグ此処ヲ発ツ手筈ダ。私ハソレマデノオ守リッテ訳サ。デナケリャ、コンナ僻地ニ私ガ居ル訳ナイダロ」

 

 

 『姫』――――その言葉が飛び出した。先の北方棲姫もその字を冠しているため、その『姫』とやらも同等の存在なのだろう。そして『此処を発つ』、つまり航行可能だと言うのだ。陸上型と同格の深海棲艦が海域を跋扈する、それを想像しただけでどれほど脅威かは嫌でも分かる。そしてその『姫』とやらは陸上におり、そこから艦載機を飛ばしたのだ。その艦載機が本隊を補足したのだ。

 

 

「待て、まさか北上たちは……!?」

 

 

 そこでようやく気付いた。本隊は艦載機の襲撃を受けた。対空装備を持たない水雷戦隊が、『姫』に匹敵する敵の艦載機群に襲われたのだ。空母がいない、という前提のもとに編成された彼女たちに艦載機をしのぐ術は皆無だ。つまり、最悪の事態を覚悟しなければならない。

 

 その言葉を吐き、私は思わず無線の先に居るヤツに――――――件の深海棲艦に視線を向ける。その視線の先で、無線から私の声を聞いたらしき奴は、何とも楽しそうな笑みを浮かべた。

 

 

 その後、奴は一言も言葉を発さない。ただただ浮かべた笑みをどんどん綻ばせていくだけ。その笑顔、そして沈黙を貫く、それらが表す意味を、私は肯定(・・)ととった。

 

 

「貴様―――」

 

『残念ナガラ、取リ逃ガシタミタイダ。マァ、駆逐艦一隻大破ハ確実ダトサ』

 

 

 私の咆哮に示し合わせたのか、深海棲艦は私の肯定を否定した。突然のことに思わず面を喰らう私を他所に、深海棲艦は何処か面倒くさそうに頭を掻いている。その姿はまさに絶好のチャンスと言えるが、腰が抜けた私にそこから砲撃を加えることは出来なかった。

 

 

 

『ソコデ、ダ。取引シヨウ』

 

 

 そんな言葉が無線の向こうから聞こえてきたからだ。突然の発言に、私は言葉を返すことが出来ず、私の沈黙を話を続けろと取ったのか、向こうはスラスラと詳細を話し始めた。

 

 

『結論カラ言オウ。私タチヲ見逃ス(・・・・・・・)、タダソレダケダ。ソウスレバ姫サンニオ前タチノ仲間ヲ攻撃シナイヨウ伝エヨウ。ソシテ此処デ互イニ引ケバ、ソノママコノ海域カラモ撤退シヨウ。コンナ僻地ジャ姫サンノ補給ガシ辛クテショウガナイシ、コンナ不毛ノ地ヲ守ルメリットハ少ナイカラナ。悪クハナイダロ?』

 

 

 そう提案した深海棲艦は、まるでいい話を持ってきた商人のような柔和な笑みを浮かべている。その提案は、今の私たちにとって渡りに船だ。攻撃を行わずに引けばこちらは全員助かる、私たちの最重要事項である金剛の救出と全艦娘の帰投が果たされるのだ。こちらの作戦を見透かされ、前提の履き違いによる本隊が事実上の撤退、作戦そのものが暗礁に乗り上げた今だからこそ心の底から渇望する提案である。

 

 そして何より、この海域を奴らの手から奪い取ったと言う戦果を挙げることができる。ある程度の打撃を与えたこと、そして形はどうあれ海域を奪った事実は変わらない。憲兵(悪役)殿が言った通り、戦果を挙げること自体は出来るのだ。それを盾に大本営にも幾分か交渉の余地が生まれ、それによって微妙な立ち位置に置かれる私たちの安全もある程度保障されるかもしれない。逆に言えば、此処で変に意固地になって仲間の命を天秤に乗せることこそ、全くの愚策と呼べないだろうか。

 

 

『モシ…………万ガ一(・・・)、受ケ入レナイトナレバ此処ニ居ル全艦ヲ向コウニ送ル。海域ニ阻マレナイ程度ダガ、大破艦ヲ引キ連レタ艦隊ガ100%海流ニ逆ラウ事ハ不可能。海流ノ向キヲ把握シテイル深海棲艦(私タチ)ガソノ逃亡先ヲ予測スルノハ可能ダシ、索敵ガ十八番ノ艦載機群ガアル。コノ話ヲ蹴ルカ蹴ラナイカ、ソレ以前ニ現在進行形デ何処マデ持ツカ、見物ダナァ?』 

 

 

 そこに付け加えて、奴は先ほどの提案を蹴った場合のことを話した。その詳細はまさに今ここで選択を間違えれば有り得てしまう確かな地獄である。敵地に切り込んでいる私たちは常に地の利を握られているわけだ。海流の向きについてはあちらに一日の長がある。その上海流に左右されない航空戦力を広範囲に渡って展開可能となれば、この海域に踏み込んだ時点で私たちはその掌に乗せられたも同然ではないか。

 

 だが、それは複数存在する事態の最悪手を示しただけ。今こうして悩んでいるまさにこの瞬間、北上たちが敵の追撃に遭っているかもしれない。金剛たちが敵に発見されたかもしれない。今まさに、私の見えない場所でその二つの命が消え失せているかもしれない。私がどちらを選択するか以前に、既にそれらの命は天秤に乗せられている。私が選択するしない以前に、まさに燃え尽きようとしているのだ。

 

 であれば早急にこの提案を呑み、即時撤退が正答である。だが、私はそれを即決できない。私は作戦の采配権を持ち合わせていないのも確かだが、何よりも新たに芽生えた最悪の事態(・・・・・)があるからだ。

 

 

 

 それは『この姫と呼ばれる深海棲艦をみすみす逃がしていいのか』という未来へ蒔かれた疑念の種だ。

 

 

 陸上型なら海域に踏み込まなければ攻撃をしてこない。その一線を越えなければ脅威とはなり得ない。勿論、何時かは駆逐しなければならないのだが、それはこちらの戦力が整った時であり戦闘のイニシアチブを握ることが可能なのだ。だがその姫とやらは航行が可能であり、下手をすれば今後何処かの海域で遭遇するかもしれない。もしくは待ち伏せされる可能性もある。そこに飛行場と要塞両方の機能を有するとなれば、その事態に陥った際の絶望感は数知れないだろう。下手すれば他の鎮守府や大本営、そのまま人類に危険をもたらす存在になるのは確実だろう。

 

 そんな存在を逃がして良いわけがない。一刻も早くキス島に殺到しその『姫』を、のちに必ず脅威となるであろう芽を早急に潰さなければならない。しかし、今の私たちの目的はあくまで救出であり、侵攻ではない。金剛の救出、そして全艦隊が1人も落伍することなく帰投すること、未来に必ず芽吹くであろう脅威を放置することだ。

 

 

 それに今、今まさにこの時、その姫とやらは生まれたばかりだ。航行すらままならない状態、いわば赤子同然。北上たちが大破艦を出しながらも逃れたことから、姫の戦闘力はそこま高くないかもしれない。もし私たちが一気呵成に襲い掛かれば、撃沈は無理でも無力化まではいけるかもしれない。ある程度の損害を与えればここで駐留し、傷を癒すだろう。そこに費やされる時間や資源は膨大であり、こちらが立て直せる時間はあるかもしれない。

 

 もし、もし上手くいけばここで姫に損害を与え、その傷が癒える時間を利用して金剛たちを救出し、そのまま再度攻撃を仕掛け今度こそ水面に沈めることができるかもしれない。そんな、そんなご都合主義に塗れた展開があるかもしれない。勿論そんな理想論が叶うわけもない、有り得ない、そう断言出来てしまう。だが今なら、今ならその可能性は0ではない。限りなく低いが、‟0”ではないのだ。

 

 

 だがそれを選択すれば北上、金剛、果ては私たちの中の誰かが落伍する可能性が跳ね上がってしまう。しかし、先を見据えればそれ以上に犠牲を出しかねない、それこそ人類の存亡を揺るがす存在をこの大海原に解き放つことになる。

 

 それこそ本末転倒だ。人類滅亡の引き金を引くことに、そしてその銃口に先には私たちの鎮守府もあるだろう。大と小、人類と私たち、鎮守府全員と水雷戦隊一部隊及び負傷艦2名、どちらを選び、どちらを切り捨てるか。

 

 その銃を手渡され、その引き金に指をかけ、目の前に横たわる大と小を前に、どちらかを撃ち殺せと囁かれる。そんな大それた役回りをこの語り部に、物語をただ淡々と読み上げるしか出来ない、その頁の端をただめくるだけしか出来ない無名役者(モブ)に、『やれ(殺れ)』と言うのか。

 

 

 

 

『話は終わり?』

 

 

 

 だが、次に聞こえたのは加賀の声だった。その瞬間、私の横を何かが通り過ぎる。それは一直線に深海棲艦たち目掛けて飛び掛かり、その距離をどんどん詰める。突然のことに飄々と語っていた深海棲艦の顔に焦りが浮かべている。そのまま前かがみの態勢になり、その背中にあるまるで化け物のような艤装を展開。その大きく開かれた口から無数の艦載機を放った。

 

 それを見て、先ほど私の横を通り過ぎた何かが艦載機であると分かった。分かった頃には飛び出した艦載機たちの腹から魚雷が投下され、身軽になったそれらはそのまま敵艦載機と空中戦に突入する。魚雷は水面に白い尾を引きながら一直線に深海棲艦たちに襲い掛かり、トンデモ戦艦は何とか回避するもその後ろにいた戦艦ル級は間に合わずに巨大な水柱と共に水面に沈んでいった。

 

 

『まず一隻』

 

 

 そう、再び加賀の声が聞えてくる。それと同時に新たな艦載機がまた私の横をすり抜け、深海棲艦に襲いかかった。それに深海棲艦は再び艦載機を放つも空中戦は加賀が放ったであろう艦載機が優勢であり、かの艦載機は悉く撃ち落されている。

 

 

『何を悩んでいるの?』

 

 

 再び聞こえた加賀の言葉。それを私に向けられた問いだと判断し、私は真後ろを向く。そこにはなおも弓に矢を番えながらこちらに近付いてくる加賀の姿があった。そしてその姿を見て、私の思考は止まった。

 

 

 

『提督の願いは金剛含め全艦娘の帰投、そして私たちの目的は救出するまでの囮。囮がすることは敵を引き付けること、それ以上でもそれ以下でもないわ。私たちはただそれを遂行すればいいの。本隊が金剛を救出するまででも、本隊が無事帰投するまででも、目的は違えどやれることは時間を稼ぐことと敵を引き付けることに変わらないでしょ? あまり深く考えすぎないで』

 

 

 無線から至って冷静な加賀の声が聞える。だが、私はその声を発しているであろう彼女の姿を見ることしか出来なかった。

 

 

『そして……その姫とやら? 確かにとてつもない脅威よ。出来るならここで放置するのは得策じゃないわ。だけど現状でそれを撃退するのは無理、不可能だわ。正直今の私たちじゃ太刀打ちできないでしょう。だから敢えてここは見逃して、後々発見された時に何処の鎮守府と共闘なり戦力増強を行って、万全に近い状態で相まみえるのも一つの手よ。でもね、それよりももっといい手(・・・)があるの』

 

 

 彼女の手から再び艦載機が放たれる。それは私の感覚的に、いつもよりもスピードが増していたように見えた。まるで、その銀色の弾丸は猛スピードで深海棲艦へ向かっていくのだ。

 

 

『要はその姫が移動しなければ(・・・・・・・)いい。陸上型と同じようにこのキス島に釘付けにすればいいのよ。幸い此処は不毛の地でその姫が駐屯するに必要な資源は賄えず、補給線による維持が必要不可欠。そして、今その補給線は私たちが滅茶苦茶にした。この状況だけを見れば、またとない好機よ。あとは補給線が復活しないように襲撃を繰り返せばいい。補給が無ければ修復も出来ず、航行も出来ない。釘付けにすると同時に戦力の弱体化を図れる。兵站を断ち切られた籠城戦ほど苦しいものはないでしょう。そして、その第一段階として必要なのが……その戦艦を沈める(・・・)こと』

 

 

 そこで言葉を切る加賀。その真後ろに太陽が重なり、私からは彼女のシルエットが、海風に振られる腰まで伸びるサイドテールが分かるのみ。

 

 

 

『その戦艦は姫のお守りなんでしょ。また、姫以外で脅威と呼べるのはそこにいる戦艦のみ。そしてイムヤ達のおかげで機関部を損傷、機動力が著しく低下している。艦隊の最後尾に居たのは単純に速度が出せなかっただけ。そしてこのタイミングでさっきの提案をぶつけてきたのも、現状姫と一緒にここを離脱するのが難しいと判断したから。違うかしら?』

 

『……チッ』

 

 

 加賀の問いと共に、その深海棲艦の忌々し気な舌打ちが聞こえる。図星なのか、はたまた他に何か理由があったのか。私には分からない。ただ、図星だけ(・・)ではないのは分かった。何故なら、その舌打ちは加賀の言葉を受けて発したにしては少し早すぎる(・・・・)のだ。同時に、その舌打ちが何に向けられていたのかが分かったからだ。

 

 

『……ほら、こんな目の前に手負いの()が居るの。据え膳食わねば男の恥じとは言わないけど、ここまでお誂え向き用意されれば頂かないわけにはいかないでしょ? あとね、ようやく分かったの。この作戦、その前哨戦が始まってからずっと燻ってた不快感の正体がね……え()

 

 

 そこで言葉を切った加賀が太陽の前から外れた。同時に、私の横にやってきた。それによってシルエットになっていた彼女がハッキリと鮮明に、映る。だが、それがハッキリとしているのか、鮮明なのか、残念ながら今の私に判断がつかなかった。

 

 

 

()かが戦艦風情()、私た()戦場()に踏み込んデク(・・)るんじ()ない()よ」

 

 

 

 そう、発した加賀。流暢な言葉ではない、所々音が外れた言葉。まるで長い間喋らずにいたせいで正しい音を忘れてしまったかのような。ちょうど今、彼女と対峙している深海棲艦のような言葉。

 

 それは言葉だけではない。彼女の姿はいつものそれとは違っていた。彼女の代名詞である肩までのサイドテールは腰まで伸びており、それを含めた髪の毛先が白と赤に染まっている。その健康的な色をしていた肌は血色を失い、灰色っぽく変わりつつある。そして何より、その吸い込まれそうな黒い瞳も色を失ったように白く染まり、そこから仄かに赤い光(・・・)が漏れている。

 

 

 

 そんな姿はまるで、深海棲艦のようであったからだ。

 

 

 

『ハッ、随分大キク出タモンダ。加賀ァ、ソレ僚艦タチニモ向ケテヤレヨ?』

 

「生憎、この子達に向ケテではナイわ。私は戦艦のクせに一丁前に艦載機を飛バシて空母()たちと対峙してル糞生意気な戦艦に向ケて言ッてルノ。ソレニムカつくのよ、私たちの子ヨリ高性能なあなたたちの方が」

 

『オ、ナンダ? 嫉妬カ?』

 

『……頭ニ来マシタ』

 

 

 そう漏らした加賀は間を置かずに矢を放つ。だが、彼女は気付いていないのだろうか。彼女が今しがた発艦した、そしてつい先ほどにも発艦した艦載機。それが彼女が『私たちの子』と称す艦載機から随分とかけ離れた姿に―――――まさに彼女が揶揄した深海棲艦の艦載機そのものになっていることに。

 

 だが、憤慨して放った艦載機は瞬く間に同じフォルムのそれの餌食とあり、それを見ながら深海は小馬鹿にした様に鼻で笑う。

 

 

『ハハッ、確カニコッチノ方ガ高性能ダナ!! マァイイヤ、取リ敢エズ……』

 

 

 笑いを一瞬にして殺した深海棲艦は両手を広げ、次の瞬間それを目前で叩いた。軽い音は瞬く間に大海原へと広がり、それを合図にその背後に展開していた敵軍が踵を返して後退をし始めた。先ほどの宣言通り、南東方面へ向かうのだ。あまりの迅速さに対応できない私を尻目に、加賀は舌打ちをして更に艦載機を放つ。しかし、それらは悉く敵のそれに阻まれてしまう。

 

 

『交渉決裂。折角ドッチモ救エル道ヲ用意シタノニ……マァ、決メチマッタコトハショウガネェ』

 

 

 深海棲艦は先ほどのおちゃらけた雰囲気から一変、心胆から震えさせる低い声色でそう問いかける。だが、心胆から震えさせられたのはその声色だけではない。

 

 手を合わせるその身体から夥しいほどの艦載機が飛び出してくるのだ。その数は80、90、100、110、120、130、その先以降は数えるのをやめた。その数に激昂していた加賀でさえ口を綴んだほどだ。

 

 

『サァ、気合イ入レロ』

 

 

 そう声を漏らした深海棲艦はすまし顔から一転子供っぽい笑みを、そして獰猛な眼を浮かべた。同時に、私たちの賽は次の漏れたによって強引に投げ捨てられたのだ。

 

 

 

 

 

『戦艦レ級、行クゾ』


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