新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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些細なモノ


「うぁ……」

 

 顔に降りかかる窓から陽射しに、俺は目を覚ました。

 

 まだぼーっとしている頭のまま起き上がり、はっきりしない視界のまま自分が寝ていた部屋を見回す。

 

 机に椅子、分厚い本が綺麗に並べられている本棚、そして、部屋の中央で散在している俺の私物たち。

 

 そう言えば、天龍達が行っちまった後に一息つこうとベットに座ったら力が抜けて倒れ込んだっけ。んで、風呂も入ず飯も喰わずにそのまま眠っちまったんだな。

 

 そう理解が追い付いた瞬間、急に腹の虫が大きな音を上げた。昨日の朝にホテルの飯を食って以来何も食ってなかったし、当たり前か。

 

「取り敢えず飯を……の前に、まずは風呂か」

 

 服は天龍達によって泥だらけになっちまったから、今日はこの服で過ごすしかないな。風呂入るついでに手洗いで泥を落とせば一石二鳥だな。

 

 そうと決まれば善は急げだ。泥だらけの鞄を引っ提げ、風呂場を目指す。

 

 昨日金剛が用意してくれた地図によれば、風呂場は大体執務室の反対側に位置している。ここからならそう遠くないな。

 

 しっかし、地図を見た限りだけどここは俺がいた軍学校並みに広いな。

 

 執務室がある本館を中心に艦娘の宿舎が4つ、その近くに大きな食堂、さらに風呂場は1つの独立した建物の中に4つもある。宿舎から離れた場所に射撃演習場、トレーニング室、温水プール、巨大な工厰、更に複数の甘味処を完備している等々。

 

 軍学校時代には考えられないほど異常な厚待遇だと言えるが、艦娘達の戦意向上のためと言われれば納得だわ。こんな好条件下の職場に周りは女性ばかりなら、仕官先で鎮守府が人気だったのかも何となく分かるな。

 

 そんなことを思いながら歩いていると、バケツのような模様の暖簾の架かった部屋にたどり着いた。

 

「ここか」

 

 地図で確認したら、ここが風呂場みたいだ。風呂場って言ったらおなじみのあのマークだが、ここはちがうのか。まぁいいや、とにかく入ろう。

 

 暖簾をくぐると、高級な旅館の脱衣場と見間違うほど立派な脱衣所が広がっていた。

 

 艦娘の要望か、バスタオルや普通のタオル、ウォーターサーバー、ドライヤーやヘアアイロンまで完備してある。軍学校のカビが生えた風呂場で過ごしていたせいか、何となく気が引けてしまう。

 

 まぁ、どうせこの環境に慣れてしまうのだ、遠慮する必要もない。ともあれ、早速入らせてもらおう。

 

「ん?」

 

 服を脱ごうとしたとき、ズボンの裾を引っ張られるのを感じた。反射的に下を見ると、足首ぐらいの背丈の小人みたいなのが必死の形相でズボンの裾を引っ張っていた。

 

「確か……『妖精』だっけか」

 

 『妖精』――――艦娘の登場と同時期に各地で現れるようになった小さな小人のような生き物だ。艦娘の資質を持つ人間の周りに現れて身の回りの世話をする習性があり、資質を持つ人間の選考基準として公式に認められている。

 

 彼らは、艦娘の身の回りの世話に加え、装備の生産、改修、空母の放つ艦載機の搭乗員、主砲などの指揮官、見張り員など、艦娘の補助として幅広い分野で活躍しており、艦娘の所に妖精ありと言われるほど、その関係性は色濃いものだと教わったっけ。

 

「―――! ―――――!」

 

 妖精は良く分からない言葉を叫びながら裾を力一杯引っ張るも、人間と妖精の大きさになすすべもないという感じ。力で勝てないと分かったのか、妖精は引っ張る代わりに殴ったり蹴飛ばしたりし始めた。

 

「どうしたよ?」

 

 そんな妖精をひょいっとつまみ上げ、同じ目線で問いかけてみる。しかし、妖精は尚も訳の分からない言葉を叫びながら足をジタバタさせるだけであった。

 

「なぁ? どうし―――」

 

「うるさいわね……どうしたのよ?」

 

 何処かで聞いたことのある声が聞こえ、後ろの扉――浴槽へと続く扉が開いた。それに反応して俺も振り返る。

 

 そこには、昨日出会った花の髪留めの艦娘が、タオル1枚の姿で固まっていた。

 

 一応タオルで身体をかくしているものの、水を吸ったタオルが身体に張り付いてそのラインが浮き出ているのであまり意味をなしていない。むしろ、タオル越しに見える金剛程ではない無いが程よく引き締まった身体のラインが妙に艶かしく見えた。

 

「何してんだこのクソ提督ゥゥゥウウウウウウウ!!!!」

 

 しかし、それを見た瞬間俺の顔面にプラスチックの風呂桶が突き刺さったのは言うまでもない。

 

 

◇◇◇

 

 

 軍学校で習った艦娘の整備方法――――深海棲艦との戦闘で傷付いた艦娘は、傷を癒すためにドックに入渠しなければならない、だったか。

 

 ただ、戦艦なら工厰のようなドックでいいのだが、艦娘は人間の姿であるため従来の形では修復が不可能であったため、艦娘用のドックは俺たち人間と何ら変わらない浴槽の形を模したものをしていた。

 

 しかも、修復する際には特殊な薬を溶かしたお湯で浴槽を満たせばいいだけで、本来の入浴にも使用できると言うことだから、入浴専用の施設を併設する必要はない。

 

 つまり、必然的に風呂場とドックは同一と言うのが当たり前になるんだよな。

 

 そんなことを考える俺の視線には、古ぼけた床に仁王立ちで立っている金剛らしき脚、その奥にドッグで鉢合わせした艦娘とそれを庇うように囲んでいる他の艦娘達がいた。

 

 顔面に風呂桶がクリティカルヒットした俺は気絶したらしく、騒ぎを聞き付けた艦娘達によって縛り上げられ金剛の前に差し出された、と言う感じか。

 

「まさか早くも本性を現すとは……呆れを通り越して幻滅しましたヨ」

 

 頭上から金剛の呆れたような声が聞こえ、それと同時に腹の辺りに鈍い衝撃が突き刺さる。腹の空気が無理吐き出され、思わず咳き込む。

 

「まさか着任2日目で艦娘に、しかも駆逐艦に手を出す……。テートク、いえ、大人としてあるまじき行為デース」

 

 低い声の金剛の言葉とともに腹や背中に突き刺さる鈍い衝撃。それに俺は反抗することなくされるがままだ。

 

「……どうしたんデス? 何か弁免があれば聞きマスガ?」

 

「ねぇよ、そんなもん」

 

 素直に蹴られることに疑問に思った金剛の言葉に、俺は床を見ながら吐き捨てるようにそう言ってやる。その瞬間、今までで一番重い衝撃が突き刺さった。

 

「自分の(シン)を素直に認める、と言うことデスカ?」

 

「あれは事故だ。他意があって入渠のドックに入ったわけじゃねぇよ。ただ俺に非がある、それだけだ」

 

 よく考えれば、艦娘しかいない鎮守府で風呂場と言えばドックだ。それを軍学校で習いながらも頭から抜け落ちていたのは俺の落ち度だ。ドックに掛かっていた暖簾の模様も、あれは艦娘を修復する際にお湯に溶かす薬を表していたんだろう。それを見ていたのだから、多少は察することも出来たはずだ。

 

 極め付きは脱衣所にいた妖精。彼らは艦娘の周りに現れる習性があり、そんな妖精が脱衣所に居ればそこに艦娘が居る、と言うことでもある。

 

 つまり、俺は自身が今いる鎮守府の常識を考えられなかったんだ。

 

「……だから、(ペナルティー)を受けるのは道理だ、と言うことデスカ?」

 

「そういうことだ。それに……」

 

 金剛の言葉を肯定しながら、俺は床からドッグで鉢合わせした駆逐艦に目を向ける。俺の視線に気づいたその子は、睨み返すこともなくぷいっと顔を背けた。

 

 でも、一瞬だけ見えた彼女の目には、『恐怖』と言う感情が浮かんでいた。

 

「あの子に怖い思いをさせてしまったことが、一番の俺の非だ。それに関しては本当にすまないと思っている」

 

 それだけ言ってその子に頭を下げた。まぁ、下げたと言っても床のせいでそこまで下げれなかったんだけど。頭を下げた瞬間、上から息を呑む音が聞こえた気がした。

 

 

「……なるほど、分かりマーシタ。曙」

 

「っ!?」

 

 金剛があの子に声をかけると、鉢合わせした駆逐艦である曙が小さく声を上げる。自身に振られることを予想していなかったのだろう。てか、当たり前だが俺に対する低い声から何処か柔らかい感じになっているな。

 

「今回の件、貴女に一任しマース」

 

「はぁ!? な、何であたしが!!」

 

 金剛の言葉に曙はすっとんきょな声を上げ、抗議するように金剛に詰め寄る。

 

「今回の件は許しがたいこと、しかし、テートクも他意があったわけでもないみたいデース。それに、テートクは貴女に謝罪していマース。貴女に判断を委ねるのは道理だと思うのデスガ?」

 

「そ、そんな……あたしは……」

 

「駄目だよ、曙ちゃん!!」

 

 金剛の言葉に口ごもる曙に、先ほど彼女の隣に立っていた艦娘がいきなり叫ぶ。

 

 背丈や顔だち、曙と同じ制服を身にまっていることから恐らく駆逐艦だと思うが、金剛に引けを取らないレベルの胸部装甲がその判断に待ったをかけた。

 

 そんな駆逐艦らしき艦娘は、曙に詰め寄ってその肩を掴み、必死の形相を向ける。

 

「アイツはあんなこと言ってたけど、どうせ全部嘘!! 初めから曙ちゃんの身体目当てに決まっている!! 男の人なんて所詮そのことしか頭にないの!! 本能の赴くままに女の子を襲う醜い獣なんだからぁ!!」

 

「潮、落ち着くデース」

 

 金剛がそう言いながら曙に詰め寄る艦娘を引き剥がす。潮と呼ばれた子は金剛に引き剥がされても、なお口々に男性に対する暴言を吐き続けた。そのため、金剛は曙を囲んでいた艦娘に潮を落ち着かせるよう言い、彼女たちを部屋から退出させた。

 

「さて、曙。どうしマスカ?」

 

 俺と金剛、曙の3人となった部屋で、金剛は改めて曙に問いかける。その言葉を恐れる様に曙はビクッと身を震わせ、俺と金剛を交互に見ながら俯いてしまった。

 

「……曙?」

 

「……ク、クソ提督!!」

 

 金剛はそう問いかけると、曙はそう声を荒げながらキィッと俺を睨み付けてくる。そして、大股で近づいてきて、手を振り上げた。

 

 

 

 パァン―――と、乾いた音が部屋に響く。

 

 それと同時に俺の頬に鋭い痛みが走り、頬は熱を帯び始める。曙は痛みに顔をしかめたが、すぐさま顔を戻し、赤くなった手で俺を指さしてきた。

 

「今後、こんなことをしたら容赦なく砲撃するから覚悟しなさい!!」

 

 それだけ吐き捨てると、曙は逃げる様に部屋を飛び出した。彼女の足音らしき音が聞こえ、それが段々と遠退いていく。やがて聞こえなくなった時、俺は無意識のうちに安堵の息を零していた。

 

 

「……曙に感謝することデース」

 

 金剛はそれだけ言うと、俺を縛っていた縄を解いて部屋を出て行った。一人残された俺は縛られていた身体を伸ばし、服に着いた埃を叩きながら立ち上がる。

 

 

「……さっさと風呂入って飯にしよう」

 

 人知れずそれだけ零すと、俺は荷物を回収しにドックへと向かった。


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