新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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新米提督の『胸中』

「とうちゃーく」

 

 間の抜けた声と共に目の前の龍驤が足を止める。それに一瞬遅れて止まる俺に、彼女はクルリとこちらに向き直り、とあるものを指さした。その顔にはいつもの笑みが浮かんでおり、片方の腕は後ろに回している。見た感じ、飛び掛かられる様子はない。それを確認して、俺は指差す方に目を向けた。

 

 

 それは古めかしい樫の木で出来た扉。ボンヤリした光が点々と奥へと続く長い廊下にポツンと浮かぶ、そんな何の変哲もない只の扉であった。

 

 年期を感じられるも扉自体は傷んでいる様子はなく、隅々まで手入れが行き届いている。埃が積もっていないのを見るに、今でも使われるのだろう。なら此処は何だ? 資料室なら執務室の横にあるから、倉庫辺りだろうか。

 

「入りますよー」

 

 此処がどのような場所であるかを熟考している俺を尻目に、龍驤は間の抜けた声を上げながら扉を開けて中に入る。それに気付いて俺は慌ててその後を追って中に入った。

 

 

 中に入って最初に感じたのは、鼻を刺すような金属と油の匂いだ。あまりに強烈な匂いに鼻を摘まみたくなるが、前の龍驤は慣れているのか特に気にすることなく悠々と進んでいく。その姿を見ている内に目が暗闇に慣れ、其処は俺の背丈を優に越える棚で囲まれているのが分かった。

 

 

 暗闇で何が置かれているかは分からないが、やはり倉庫だろう。でも、たかが倉庫に頻繁に出入りするのか? なら、何か特別なモノがあるとか。

 

 

「此処はウチら空母が乗せる艦載機を作り出す……『儀式場』って言えばウチ的にしっくりくる。ま、謂わば空母専用の工厰みたいなもんや」

 

 

 暗闇の中で龍驤の声が響き、同時にボンヤリと光が現れる。それは天井の光ではなく、壁に掛けられたガス灯でもなく、龍驤の指先から発せられる小さな光だった。光によってぼんやりと照らされる彼女の片手には、不思議な模様が書かれたお札。

 

 その光景に首をかしげる俺を尻目に、龍驤は笑みを浮かべながらお札に光を近付けた。

 

 

 その瞬間、お札は光の中に吸い込まれてしまう。突然の光景に俺は声を上げようとするも、口から出たのは息を呑む音だけ。

 

 何故なら、次の瞬間に鋭い羽音と共に光から一回り小さい艦載機が飛び出し、彼女の掌に降り立ったからだ。

 

 羽音は掌に降り立つと同時に止む。その後、艦載機は沈黙を保っていたが、その操縦席らしき場所から戦闘服に身を包んだ妖精がひょこっと顔を出した。

 

「ウチは(これ)が、他の空母は矢が艦載機になるのは知ってるよな? 艦載機を作り出すカラクリはちょいと奇っ怪やけど、簡単に言えば資材で作った特殊な塗料で専用の呪詛を札や矢に刻む。すると、刻まれた札や矢に艦載機と操縦士が宿るっちゅう寸法や。せやけど、これがくじ引きみたいなモンで何が出るかはウチらでも分からんのが痛いな。何でも、先の大戦で艦艇(じぶん)が乗っけてた艦載機が宿ることが多いらしいって話や」

 

 そう言いながら、彼女は掌の妖精の頭を軽く撫でる。撫でられた妖精はくすぐったそうに頬を綻ばせるも、龍驤の手が離れると名残惜しそうにいそいそと操縦席に帰っていった。

 

 てか艦載機ってそんな生まれ方なのかよ。世の科学者もビックリのトンデモ現象過ぎるわ。でも妖精なんてファンタジーな存在も居るわけだし、気にしない方がいいか。

 

「でも、なんで工厰と別になってるんだ? メンテナンスとか大変だろ?」

 

「それは単にスペースの問題っていうのもあるけど、一番は塗料、特にこの強烈な臭いやなぁ」

 

 そう言いながら、龍驤は光が灯る手で傍の『艦載機用』と書かれた大きな箱を叩く。あぁ、この匂いって塗料なのか。なら別にするのも頷ける。駆逐艦とか、身体の小さな艦娘とかは敏感そうだし。

 

 

 と、そんな空母専用工廠の話は置いておいて、もう本題に移ろう。

 

 

「それで? 話って?」

 

「そんな急かさんでもええやん。もうちょい、雑談しようや」

 

 俺の言葉にわざとらしく頬を膨らませる龍驤。いや、『急ぎの話』って言ったのお前じゃねぇか。何で雑談するんだよ。それにこっちも暇じゃない、その辺の一般人が見ても少なくないと感じるぐらいは書類が溜まってるんだよこんちくしょう。

 

 

「急がなくていいなら俺は戻るぞ」

 

「ごめんごめん、冗談や」

 

 そう言いながらドアの方を振り返って帰ろうとした時、後ろから龍驤の声と共に羽音が聞こえる。その直後、俺の真横を何かが通り過ぎた。ちらりと見えた黒いボディから、多分艦載機だ。

 

「なら、雑談(・・・)はここまでや」

 

 

 再び後ろから龍驤の声が。それに振り返ろうとした瞬間、俺の視界は突然強烈な光に包まれた。

 

 

「ッ!?」

 

「電気を付けただけやで?」

 

 突然の光に声を上げて目を庇う俺の耳に龍驤の呆れた声が聞こえる。その言葉、そしてそれ以後何も身体に変化がないことで、自身に危険がないのは分かった。でも、やはりここにいると、反射的に身を守ってしまうのは仕方がないことだろ。

 

 取り敢えず顔を庇っていた手を下し、目を開けてみる。真っ暗な空間でいきなり電気を付けられたため、目が光に慣れてないのかぼんやりとしている。しかし、それも徐々にハッキリとしていき、改めてこの部屋の全体像が見えてきた。

 

 

 俺が立っている場所の周りには入った時に微かに見えた大きな棚で囲まれており、その棚には艦載機の工廠らしく大小様々な艦載機が鎮座している。そして、その艦載機の横にはその操縦士らしき妖精たちが立っていたり、座っていたり、寝そべっていたり、2、3人で寄り添ったりしながら、俺に視線を注いでいる。

 

 

 傍から見れば、とてもほのぼのとした光景に見えただろう。でも、その光景に俺はほのぼのどころか壮絶な悪寒を感じた。いや、感じざるを得なかった(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 何故なら、その全員の手に鈍く光る銃火器。それは彼らの視線と同じように、その黒光りする銃口の全てが俺に注がれていたからだ。

 

 

 

 

「ここからは曙が言った通り、『お話』といこうや」

 

 

 そんな光景の中、ふと投げかけられた龍驤の声。振り向くと、何処からか持ってきた丸椅子に腰を下ろし、足を開いてその膝に肘を置いて頬杖を突く彼女。サンバイザーでその殆どが隠れた顔から覗く二つの瞳を、真っ直ぐ俺に向けている。

 

 

 その瞳と視線を合わせた瞬間、心臓を握りしめられるような圧迫感、そして全身にのしかかる重圧が襲い掛かってきた。口を動かすこと、唾を呑み込みこと、呼吸するだけでも辛い。まるで、重力負荷の大きい場所に放り込まれたような感覚だ。

 

「お前は……」

 

「見ての通り、その辺にいる極々普通(・・)の軽空母やで? まぁ、強いて言うなら―――――」

 

 思わず漏れた俺の言葉に、龍驤はそこで言葉を切ると『完璧』な笑顔を向けてきた。

 

 

 

 

 

 

鎮守府(ここ)に必要ない、あってはならない『ゴミ』を処理する……『ゴミ処理係』ってとこか」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、凄まじい寒気と強烈なプレッシャーが襲ってきた。それを発しているのは龍驤。しかし、彼女は笑顔は変わっていない。

 

 

 否、1つだけ変わった場所がある。

 

 

 それは『目』。笑顔で細めていた目を開き、俺を見据えているのだ。

 

 しかも、何故か俺は龍驤の目に既視感を覚えた。その目は金剛や潮の『兵器』(あの)目ではない。

 

 

 あれは……そう。大本営に出頭して、上層部と顔を会わせたときに向けられた。

 

 

 照峰元帥(・・・・)が向けてきた目にそっくりだ。

 

 

「と、言うわけで、これから司令官にはウチと質疑応答をしてもらう」

 

「質疑応答? なん―――」

 

 先ほどの間の抜けた声とは一変して、低い声色で淡々と話し出す龍驤。その言葉に疑問を溢すも、次に聞こえた弾を込めるらしき金属音に、俺はそれ以上言葉を続けることが出来なかった。

 

 

「質問の内容、対する答えの形は基本自由。イエスかノーでもいいし、ちゃんとした言葉で答えるのもアリや。ただ、どんな質問でも絶対に答えてもらうのが条件な。勿論、ウチだけじゃなくて君からの質問もOKや。ただ、公平を期すために質問出来る数が同じになるよう、交代で質問していく形を取らせてもらう。簡単やろ?」

 

 何が公平だ。周りを武装した妖精に取り囲まれている時点で俺が不利だろ。なんて、口にしたらヤバい言葉を飲み込んで、代わりに頷いた。そんな俺を見て龍驤は満足そうに笑みを浮かべ、頬から手を離して前かがみの姿勢になる。

 

 

 その間、その瞳は絶えず俺を捉え続けていたが。

 

 

「ほな、先ず君が鎮守府に来た理由は?」

 

 いつもと寸分狂わず同じトーンで、同じ口調で問いかけられた質問。しかし、それが『いつも』と変わらないことに一番の恐怖を覚えた。

 

 

「……上層部の判断だ。『類稀なる器量と采配を振るえるには提督しかない』って名目らしい。俺には体のいい左遷にしか思えないが」

 

「……今までのと同じってわけか。あの髭親父共、もっとマシな…………話が脱線したわ。ほな、次は君の番やで」

 

 頬を掻きながらそう促してくる龍驤。彼女が簡単に質問権を回してきたことに面を喰らうも、何とか頭を働かせて質問を捻り出す。そして、一つの疑問が浮かんだ。

 

 

「……さっき言った『今まで』と同じってのは、俺が来る前に着任した提督たちのことか?」

 

「そうや」

 

 俺の問いに龍驤は何の悪びれもなくそう答える。しかし、その答えに俺の体温がさらに下がった。

 

 

 『今までと同じ』、そしてその『今まで』が初代以降から俺直前までの提督たちのことを指している。普通に考えれば矛盾もない普通の答えだ。でも、更に踏み込んでみるとどうだろうか。

 

 

 まず、何故彼女は『今まで』の提督たちの着任理由を知っている? それは今、俺にしているような質疑応答と言う名の尋問をしたからだろう。

 

 次に、何故彼女はそんなことをする? それは、彼女がこの鎮守府の『ゴミ処理係』だからだ。

 

 では、彼女が処理する『ゴミ』とは何か? それは鎮守府に必要ないモノ、あってはならないモノのことを指す。否、そうではない。

 

 

 彼女の呼ぶ『ゴミ』とは提督(・・)。つまり俺を含めた大本営から派遣された人間のことを指すのだ。

 

 

 そして、彼女は言った。提督(ゴミ)処理係と。

 

 

 

「今までの提と―――」

 

「質問者は交代する(・・・・)って言ったハズや。忘れたんか?」

 

 俺の問いを掻き消すように龍驤が言葉を吐く。それは先程よりも低く、語気も強い。同時に頭上で無数の金属音。今動けば確実にハチの巣にされる――――その言葉が本能的に動きを止め、俺の口から言葉を吐きださせた。

 

 

「……すまん」

 

「分かってるならええで」

 

 直前の氷点下の語気から打って変わり、いつもの笑みを浮かべる龍驤。何だろ、『切り替えが上手い』とかいうレベルじゃない、人格が変わっているかと思う程コロコロ変わる口調と語気。それが重鎮が纏う雰囲気のようなモノを醸し出している。

 

 

「ほな、大本営に召集された時、アイツらから何言われたん?」

 

 

 そんな不気味な程自然体な口調で龍驤はそう問いかけてくる。その様子に背筋に冷たいモノを感じるも、何とか喉から声を絞り出した。

 

 

「この前の襲撃に関する被害報告、その責任追及で上層部と少し口論になった。その後、その中の一人である中将に庇われ、その人と個人的に資材と食材の支援を取り付けるように言われた」

 

 

「それだけ?」

 

 

 俺の返答に、柔和な笑みを浮かべた龍驤が問いかける。特に語気が強いわけでもなく、口調も普通のその一言。それが俺の身体中の体温を奪うのに、そう時間がかからなかった。それに拍車をかける様に、笑顔の中に生えるあの目。

 

 まるで俺が何か隠しているのを見透かしているような、そんな気がしてならない。しかし、その言葉は俺に少しだけ余裕を与えた。

 

 

 

「質問者は交代するって言った筈だぞ。忘れたか(・・・・)?」

 

 

「……ホンマや、すまんかったな」

 

 

 先ほど、彼女が言った言葉をそっくりそのまま返してやる。その言葉に一瞬目を丸くした龍驤であったが、笑いをかみ殺す様な声を上げながらそう言った。質問の上乗せはさっきに咎められたばかりだからな、これで少しは流れをこっちに持っていきたい。

 

 

「なら、改めて……今までの提督たちはどうなった? まだ生きている(・・・・・)のか?」

 

 

「君は今まで捨てたゴミのことを覚えているんか?」

 

 

 笑みを浮かべながらそうのたまう龍驤。その言葉を聞いた瞬間、全身の筋肉が強張るのを感じた。

 

 

「冗談や、冗談。確かにウチは捨て(・・)はしたけど壊した(・・・)ことは無いで? だから、そんな怖い顔しんといてや」

 

 感情が顔に出ていたのか、動物を落ち着かせるようなしぐさをしながら龍驤がそう言ってくる。その言葉、そしてまたもや聞こえた無数の金属音に本能的に身に危険を感じ、ギリギリのところで理性と思考を繋ぎ止めた。

 

 彼女が何度も口にした『捨てる』と今初めて口にした『壊す』。これが隠喩であること、そしてその意味が何なのか、言われなくても分かった。

 

 

「ほな気を取り直して、昨日の食事―――君で言うところの『試食会』……か? あれをやった理由は?」

 

 次の質問は昨日の試食会について。これに関しては昨日の時点で既に話したんだが、まぁもう一度話すことになんら問題はない。

 

 

「あれは昨日言った通り、『補給』を『本当の食事』に切り替えるためだ。でも、一昼一夜で何の前触れも無しに切り替えるのは確実に反発を招くだろ? だから、先ずは『試食会』と称して食事に触れてもらおうと思って―――」

 

 

「違う、そうやない」

 

 

 俺の言葉を掻き消す様に鋭い声を上げる龍驤。その言葉に思わず彼女を方を見る。彼女は頬杖をついていた手を前で組み、少し前傾姿勢になっていた。

 

 

 その顔には先ほど浮かべていた笑顔はなく、代わりに今まで見たことが無い程真剣な表情がある。

 

 

 

「ウチが聞きたいのは、『本当の理由』や」

 

 

 真剣な面持ちの龍驤から零れた言葉。それに俺は反応することが出来ず、ただポカンと口を開けた。『本当の理由』?

 

 

「昨日、食堂で金剛が言ってたやろ? その理由以外(・・)にもある、そしてそれを隠しているって。それが知りたいんや」

 

 真剣な顔、そして今日一番の低い声で龍驤は問いかけてくる。隠したらどうなるか分かるか? と、暗示しているような、そんな言葉だ。

 

 

 確かに、あのとき全ての理由を話していない。だが、それはあの場(・・・)だったからこそで、今この場なら別に言えないわけではない。

 

 しかし、その理由は先ず信じてもらえないだろうし、それに下手したら俺は愚かアイツ(・・・)の立場も悪くなってしまう。何としてもそれだけは阻止しなければ。

 

 そんな思いから、俺はあの時を含め今も口を割らなかった。

 

 

「……だんまりか? なら、答えやすいようにイイコト(・・・・)教えたるわ」

 

 黙っている俺にしびれを切らしたのか、龍驤は立ち上がって俺に近寄り耳元で囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知ってるで? 君が、大本営(アイツら)から艦娘(ウチら)を沈める様に言われているの」

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、思考や身体機能を含めた俺の時間が止まった。直接脳にフックを喰らったような、そんな衝撃に近いショックがそれら全てを停止させたのだ。

 

 その視界の中で離れていく龍驤の顔にはあの笑顔を浮かんでいる。その目は一切笑っていない。

 

「ウチは『ゴミ処理係』やで? 今の君と同じように、提督の(その)数だけこれをやってきて、そして君以外は全て『捨てた』んや。その中で、このことを漏らさないのが居らんと思ったか? まぁ、その殆どはウチからネタバラシをした形になるんやけど……今の君、ネタバラシ組と同じ顔やで?」

 

 

 こちらを覗き込む龍驤。彼女の目に映る俺の顔がどうなっているか、なんて考える余裕はない。他のことを考えていたわけでもなく、まだ思考が停止していたわけではない。ただ、龍驤の言葉を必死に咀嚼していた。その意味を落とし込み、なんと言おうかを。

 

「改めて言うで。君が試食会を開いた理由は何や? 敢えて言い直すなら、君が試食会を開いたのは金剛が言った通り、ウチらをどうにかするための、沈ませるための下準備か?」

 

 念押しとばかりに発せられた問い掛け。それと同時に、龍驤は片手を上げる。次に聞こえたのは今まで聞いたことのない数の金属音。それは、俺の周りから聞こえた。

 

 

 そんな状況の中、とある一つの言葉が思い浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっち?」

 

 

「は?」

 

 

 意識とは無関係にポロリと漏れた言葉。次に聞こえたのは今まで聞いた中で最も間抜けな声と、それを発したであろう面を喰らった顔の龍驤。その顔を、同じように呆けた顔で見つめる俺。

 

 

 しばらくの間、部屋は沈黙に包まれた。

 

 

「……ってことはあれか?」

 

 その沈黙を破ったのは、未だに呆けた顔でいる龍驤だ。その片手はいつでも合図が出させるように上げてはいるが、それ以外は完全に警戒心が解けていた。

 

「大本営の密命を遂行する以外に理由があるってことか?」

 

「や、ち、違う違う!!」

 

 龍驤の言葉に思わず大声を上げて否定する。そんな俺の姿に、龍驤は呆けた顔のまま口を開いた。

 

 

「……ほな、それ以外に理由は無いってことか?」

 

「それも違う!!」

 

「ならどういうことや?」

 

 龍驤の言葉に食い気味に否定する。すると、彼女は呆けた顔から訝し気な顔に変えさらに問いかけてきた。声色も若干イラついている。矛盾したことを言う俺にイラついているのだろう。しかし、当の俺はこの状況で最も安全な方法を見つけようと頭をフル回転させていた。

 

 とは言っても、既に俺の中で答えは出ている。

 

 龍驤は今、大本営の密命以外に理由があることに勘付いている。ここで変に隠したところで不信感を抱かせるだけだ。なら、もういっそのこと全て(・・)話してしまおう。

 

 

 後は、全てを話した際に被るデメリットをどうフォローするかだ。

 

 

「龍驤」

 

 しばらくの間、唸り声を上げていた俺はそれを止めると同時にそう言いながら彼女の方を向いた。そこには、待ちくたびれたと言いたげな顔の龍驤が立っている。

 

 

「今から洗い浚い全て話す。そして、今を持って俺はお前への質問権を放棄する。だから、今から話すことは絶対に口外しないでくれ。それが守れないなら俺は何も話さない」

 

「……話さない場合、ハチの巣になることは承知の上か?」

 

「あぁ、承知の上だ。だから、頼む。約束してくれ」

 

 脅しとも言える龍驤の言葉に俺は力強く言い切り、彼女に向かって頭を下げる。暫しの沈黙、それは深い溜め息によって破られた。

 

 

「……分かった、口外せんって約束するわ」

 

「すまん」

 

 そう言いながら顔を上げると、いつの間にか椅子に腰かけている龍驤。その顔には訝しげな顔が浮かんでいる。

 

 取り敢えず話を聞こう、とでも言いたげに顎で合図をしてきた。

 

「先ずは訂正から。確かに俺は大本営からお前らを沈めるよう命令された。だが、俺は端からお前らを沈める気なんて毛頭無い。絶対とまでは言えないが、少なくとも俺の意思(・・・・)では絶対に沈ませない。勿論、お前らを懐柔しようとも思っちゃいない。まぁ、早い話、昨日の試食会に関して大本営の密命は一切関係ない。多分信じられないかもしれないが、それだけは念頭に置いてくれ」

 

 先ずは先ほどのやり取りで誤解を生んだところの訂正から。そこで言葉を切り、龍驤を見る。彼女は訝し気な顔のまま俺を見つめ、顎で続きを話せと促してくる。

 

 

「んで、試食会の理由か。主なものは2つ。先ずはさっき言った通り、『補給』を『本当の食事』に切り替えるため……それじゃ納得しないか。なら、『食事』が必要だって思ったからだな」

 

 

 艦娘たちは資材があれば食事をとらなくても高いパフォーマンスを実現できる。それはただ知識としてあるだけで、実際に艦娘たちは食事もとれるし元々人間だったこともあって『補給』よりも『食事』の方が受け入れやすいだろう。しかし、ここの艦娘たちは『補給のみでいい』と言う事実を、そして文字通りそれをやってのけてしまった。出来ると証明してしまったのだ。

 

 だから、初代は食事の予算を横領するため彼女たちに資材のみの『補給』を強要することが、そんな初代と同じ存在である人間と自分たちを決別させるために金剛がそれを受け継ぐことが出来た。出来てしまったのだ。

 

 そこにやってきた俺は、その事実があること、そして文字通りの様を目の当たりにした。

 

 その事実を、そして金剛をはじめとした艦娘たちの言葉を浴びながらも、俺は『食事』が必要だって思った。思わざるを得なかった。

 

 

 間宮アイス券を渡したときに見た天龍の嬉しそうな顔。今思うと、あれが初めて艦娘の柔らかい表情を見た時だろうか。

 

 

 その後、食堂で無表情のまま資材を口に運ぶ艦娘たち、対照的に俺が作ったカレーを美味しいと言いながら食べる雪風。

 

 

 その翌日、好きなモノを作ってやると言われて喜ぶ雪風。演習場で成績優秀者に間宮アイス券を進呈すると言った時に沸いた艦娘たち。

 

 

 営倉で雪風のカレーに毒づきながらもがっつくように掻き込む曙。その横でカレーの完成度の低さに落ち込む雪風。

 

 

 そんな姿を見てきたのだ。雪風や天龍、曙の姿、そして『補給』の時は無表情だった他の艦娘たちが、三人と同じように顔を綻ばせる姿を見てきたのだ。

 

 食事とは、本来空腹を満たすためのものであるが、同時に満足感を得たりストレス緩和の効果がある。つまり、食事は『身』だけではなく『心』にも影響を与える、『心身』を満たしてくれるモノ。

 

 そして、この鎮守府は『心』をずっと無視し続けてきた。後に判明したことだが、曙のように『心』のせいで身体に支障をきたすこともある。それ程までに、艦娘にとって『心』は重要なのだ。なのにそれを無視し続けてきた。いや、彼女たちからすれば無視せざるを得なかったのだろう。

 

 

 だからこそ、それを受け止める場所が必要だと感じた。

 

 

 ただ空腹を満たすだけの『補給』じゃない成し得ない、空腹と同時に『心』も受け止め、十分に満たしてくれる『食事(ばしょ)』が必要だと。

 

 

「だから、安定した供給を得るために大本営に資材と一緒に食材の支援を頼んだ。勿論、俺の食い扶持確保のためもあったけどな。ただその時(・・・)は料理に資材を入れようと考えていた。それは――」

 

「艦娘たちの反発を少しでも緩和するため、ってところか? これは『食事』じゃなくて、あくまで『補給』だからって言い張るためにって具合に」

 

 

 俺の言葉に直ぐ様答えを返してくる龍驤。それに思わず面を食らった顔になる。

 

 

「ちゃうんか? ウチらは資材以外を口にすることを拒否していたけど、資材が入った食い物なら嫌々ながらも食べるだろうって見越してたんやろ?」

 

「ま……全く持ってその通りだよ」

 

 

 艦娘たちは初代から今まで資材だけしか口に出来ない状態。そして何故か艦娘たちはそれに反発せずに黙って従っていた。本来なら思うところがある筈なのに誰も何もしなかった。更に言えば、昨日の隼鷹の様に今の体制のままでいいと言い張る者も居たほどだ。

 

 恐らく、ここの艦娘たちには何か従うべき理由があったのだろう。案の定、それは初代に存在そのものを否定されたことだったが、当時の俺はそれを知らなかった。知っていたのは、彼女たちは『人間』と言う存在を、そして提督と言う存在を極端に嫌っているということだ。

 

 そんな彼女たちに、先日着任してきたばかりの(ていとく)がいきなり『補給』じゃなくて『食事』を食え!! なんて言っても、先ず受け入れられる訳がない。更に言えば、「提督憎し」の思想がまかり通る鎮守府で、周りが『補給』を続けている中で自分だけ『食事』を取ろうと考える奴が居るだろうか? 提督の言葉に従うこと、それはつまり『裏切り』に等しい、なんて思われていそうな中で。 

 

 

 ……あ、雪風(ひとり)居たわ。

 

 まぁ、アイツは俺が居るときしか食ってないから似たようなもんか。ともかく、鎮守府という集団の中で長年暮らしてきた彼女たちが何の前触れもなく違うことを、しかも周りが誰もやっていないようなことを積極的にやるハズがない。

 

 だから、彼女たちが料理を食べるための『理由』として資材を入れようと考えた。資材が入っているから、人間は食べることが出来ないから、これは『補給』だって言い張れる。そんな苦し紛れの理由を掲げて、少しでも受け入れてもらうようにするためだ。

 

 まぁ、雪風や曙は普通に食べていたから全員が反発することは考えておらず、主に警戒していたのは金剛だったが。それでも少なくない反発を考慮した安全策を打ちたかったのだ。

 

 

 っと、話が脱線したな。

 

 

「話を戻すぞ。えっと、試食会を開いた理由だな。もう1つはその反発するであろうと思っていた『金剛』、アイツを『提督代理』から解任するためだ」

 

 

 そう言った途端、今まで怪訝な顔だった龍驤の目が鋭く光る。俺が今言ったのは現トップを失脚させると言っているようなモノ、いわば下剋上だ。まぁ、本来俺がトップなんだけどさ。

 

 

「勘違いしないでくれ。これは俺が発案じゃなくて、アイツ――――『吹雪』に頼まれたんだよ」

 

「吹雪が?」

 

 

 俺の言葉に龍驤は先ほどみたいな間抜けな声を上げる。それもそうか。何せ、彼女は俺と初めて出会った時に吹雪の土下座を目の当たりにしているのだ。多分、それ以前にも金剛を庇うことをしていたのかもしれない。

 

 そんな彼女が、今まで必死に守ろうとしていた金剛を『提督代理』から解任させる、彼女の言葉をそっくりそのまま使えばその地位から『引きずり降ろそう』としている、なんて言われればそんな顔にもなるだろう。

 

 

「……理由はなんや? ウチにはあの子がそんなことを言うとは思えんのやけど」

 

「『自分は金剛が敷いてる体制に心底辟易している。でも、ただの駆逐艦である自分じゃ周りを動かす発言力も、考えを改めさせる影響力も無い。俺は今までとは違う、きっとより良い体制を作り上げると信じている。だから、事実上のトップである俺が金剛に取って代わり、新しくもっと生活しやすい体制を作り上げて欲しい』だとさ」

 

 

 龍驤の問いに、俺は吹雪に言われた言葉を殆ど言い換えることなく伝える。それを聞いた彼女はますます顔をしかめて考え込む。まぁ、今までの吹雪を見てきたのなら想像もつかないだろうな。でも、俺は嘘をついていない。本当に彼女はそう言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「今にも泣きそうな顔で、そう言ったよ」

 

 

 それはあの日、自室で榛名に『初夜』と言う名目で襲われそうになったところを曙に助けられ、吹雪と入れ替わりに彼女が出て行った後。敬礼を崩さずに力強い口調で金剛の失脚を願い出た時だ。

 

 

『……ごめん、なんて言った?』

 

『ですから、金剛さんを失脚させて欲しいんですよ』

 

 

 はじめ、俺は自分の耳を疑い間違いかと思って吹雪に聞き返した。しかし帰ってきたのは同じ言葉、幾分か乱暴な言い方に変わっていたが、それでもその意味は少しも違えていなかった。だから、俺はそれを認識した上でその理由を聞いた。

 

 

『私、金剛さんが敷いている鎮守府の体制に心底辟易してるんですよ。休みもありませんし、ご飯も『補給』だけ、それすらも無い時もあります。せっかく初代司令官が居なくなって自由に出来るのに、昔と変わらないなんておかしいです。だから、私は今の体制を変えたいです、変えるために金剛さんを失脚させたいんです。でも、私には周りを動かす発言力も、考え方を変える影響力もありません。だから司令官、金剛さんととってかわって下さい。司令官は今までの人とは違う、きっと金剛さんとは違う体制を敷いてくれるって信じています。だからお願いします、金剛さんを失脚させ、新しい体制を敷いてください』

 

 

 そう言って、吹雪は頭を下げてきた。今にも泣きそうな顔で。勿論、初めから泣きそうだった訳じゃない。最初は真剣な顔であったが、金剛の名前を溢口にする毎に表情が崩れ、頭を下げる頃には泣きそうな顔になっていった。

 

 

 その言葉が『本心』ではないことは分かり切っていた。

 

 

 でも、それを指摘すれば吹雪はどうなる。必死に取り繕っている、触れただけで壊れてしまいそうなほど脆い虚勢を必死に張っている。頬を引きつらせて、瞬きで涙を消そうとしながら、へたくそな作り笑いを浮かべて。

 

 艦娘と言えども、年齢的には見た目通り。本来なら、安全な場所で平和に暮らしている歳だ。なのに彼女は戦場に立ち、一回りも歳の違うであろう金剛を己の身と引き換えに庇おうとした。そして今度は陥れようとしているのだ。

 

 その心中は如何なモノか。

 

 少なくとも、それは彼女が抱えるには大き過ぎる、そして一度決壊してしまえば元には戻れないことが分かった。だから、理由について追及することが出来なかった。

 

 

「それで、君はその提案を受け入れたと」

 

「……正直、今でもその選択が合っていたかどうか不安だが」

 

 俺の言葉に、龍驤は何か言いたげに顔を向けて口を開く。しかし、彼女はすぐ口を噤み、代わりに眉を潜めた。

 

 

 

 

「……そう言えば、試食会(あの)の料理には『資材』が入ってなかったなぁ?」

 

「あぁ、それか」

 

 

 ポツリと漏れた龍驤の言葉。何の変哲もない、今までの話と彼女が現場で見たモノを比べれば出てくる疑問だ。しかし、それを聞いた瞬間、俺の中の体温が一気に下がるのを感じた。龍驤に睨まれた時よりも、更に低く、更に重く。

 

 

 しかし、俺はその理由は知っている。

 

 

 話を戻そう。俺は当初、料理に資材を入れようとしていた。その理由は、艦娘たちが口にしてくれる可能性を少しでも上げるためだ。

 

 そのことで、この計画を練っていた間宮、そして金剛の失脚を提案した吹雪、そして渡したレシピを見た曙の口から否定的な言葉が出てきた。資材を料理に入れるなんてことして本当に大丈夫なのか、明らかに必要でもないのに何故資材を入れるのか、その理由を問い詰められた。

 

 曙の時、俺はそれっぽい理由と吹雪のアシストで抑え込んだ。その吹雪を含めた間宮たちに関しては理由が思いつかず、『艦娘たちが食べてくれるにはそれしか方法がない』と力説……もとい、頼み込む形で何とか納得してもらえた。吹雪に関しては、彼女のお願いを達成するためには必要不可欠であると。それを人質(・・)に。

 

 あの時、俺はただ艦娘たちが食事を『口にする』ことだけを考えていた。それが到底『食事』とは呼べない補給擬き(・・・・)だったとしても、先ずは資材以外のものを口にすることが大事だと思っていた。

 

 

「君……」

 

 不意に龍驤の声色が変わる。重圧を与えてくる低いモノから、予想外のことを目の当たりにしたような上擦ったモノに。今、龍驤の顔に浮かんでいるのはどんな表情か。いや、先ずは話さなければいけない。

 

 

「途中で気が変わったんだ。最初は曙に問い詰められた時、そしてイムヤに『補給』以外の食事を禁止された理由を聞いたのを皮切りに、180°変わったんだよ」

 

 

 さっきも言った通り、艦娘たちが『補給』を続けている理由は初代に人間として、『生き物』として否定されたからだ。艦娘は『生き物』ではなく『兵器』、『生きる』のではなく『動く』のだ。『兵器』は資材さえあれば『動ける』が、『生き物』は食べなければ『生きられない』。

 

 それはつまり、艦娘は『生き物』ですらない。だから、彼女たちに『食事』や『生きる』と言う言葉は必要ない。そう、初代は彼女たちに言い放った。

 

 

 もう一度言おう。

 

 

 初代は資材だけあれば『動ける』艦娘は、『生き物』ではなく『兵器』。裏を返せば、艦娘が『兵器』である条件は資材だけあれば、もっと言えば資材を食べる(・・・・・・)ことが出来る、だ。

 

 そして、当初俺は何をしようとしていた。『食事』を受け入れてもらうために料理に『資材』を入れようとした。艦娘が口にする(・・・・)であろう、料理にだ。

 

 

 

 

 

 

 

「それってよ、俺も初代と同じ(・・)をすることになるよな?」

 

 

 目的がどうあれ、当初の俺は艦娘たちに『資材』を食べさせようとしていた。つまり、結果的に俺も『資材を口にすること』を強要(・・)していたことになる。「艦娘は『人間』だ!!」って言い張った俺が、初代と同じように艦娘たちを『兵器』扱いしていた。彼女たちを『兵器』として見ていたことになるんだよ。

 

 

 だから、資材の使用を取り止めた。初代と同じことをしようとしていることに気が付いたから慌てて止めた。理由は単純、初代と『同等』になりたくなかったから。この鎮守府をここまで陥れ、艦娘たちに深い傷を負わせた、クソ初代と同じ轍を踏むことを避けたからだ。

 

 

 だから、これは『我が儘』だ。俺が、『初代』との決別(・・)を示すための、本当の『我が儘』。

 

 

 それを口走った時、吹雪はどう思っただろうか。あれだけ頑なに譲らなかったことを、しかも直前に撤回したことを。彼女の願いをかなえるために必要不可欠だと言ったものを撤回した、それはつまり彼女の提案を叶えることを放棄したのだ。

 

 

『今まで一緒に(・・・)決めてきたことを、ここで引っくり返しちゃうんですか? それも貴方の『我が儘』で、いともたやすく白紙に戻しちゃうんですか? その程度のことだったんですか? 提督、言ってましたよねぇ? 『これしか方法がない』って、言ってましたよねぇ? やるしかないって、言ってましたよねぇ!!』

 

 

 それは、彼女の『本心』だっただろう。怒りで紅潮した頬も、勢いよく殴りかかってきた拳も、雪風に阻まれてから向けてきた『失望』の目も。全部、彼女の『本心』だったのだろう。

 

 

「そんな奴が昨日説教染みたこと言ったんだぜ? 自分も同じ()を犯したばかりなのに、それを棚に上げて偉そうにさ……笑えるよな?」

 

 

 俺の問いかけに応える声は無かった。何となく視線を上げると眉間にシワを寄せる龍驤。恐らく、俺の話がアホらしくて呆れているのだろう。当たり前か、俺だってこんな話を聞かされたらそんな顔になるわ。

 

 

「それに、昨日はお前や曙のお蔭で乗り切ったものだ。お前らがいなければあそこで終わっていたよ」

 

 

 昨日、吹雪の怒りを目の当たりにしてから、俺は胸を締め付けられるような圧迫感、足は鉛のように重く、腕は棒のように固く、頭は重油が詰まる圧迫を感じた。その胸中にあったのは一つ、沸々とした自責の念だった。

 

 

 何故、資材を入れようとしたのか。何故、周りの意見に耳を傾けなかったのか。何故、自身の意見を押し付けてしまったのか。何故、吹雪や艦娘たちを傷付けてしまったのか。何故、もっといい方法を考え付かなかったのか。そんな後悔と罪悪感が胸にのしかかり、それは艦娘たちの前を行き来するうちにどんどん大きくなっていった。

 

 

 

 そして、艦娘を前にして話し始めた時、それはピークに達した。

 

 

 すぐにでも逃げたかった。彼女たちの前で無様に泣き叫びたかった。周りに見境なく当たり散らしたかった。胸の内のモノを全て吐き出したかった。すぐにでも楽になりたかった。

 

 

 何処かで、終わって欲しい(・・・・・・・)と思っていたのだ。

 

 

 それを堪えながら話を続けたが、途中で隼鷹が出て行こうとしてしまう。傍から見れば計画が破綻する一歩手前だったのに、その時俺は肩の荷が降りるのを、そのせいで顔が緩むのを感じた。これで終わった、楽になると、そんな思いと共にホッとしてしまったのだ。

 

 

 でも、その後に進み出た曙が、大声を上げて俺を擁護してくれた。

 

 

 そして、泣きながらも夕立が前に進み出てきてくれた。

 

 

 次に、龍驤が進み出て、料理を食べてくれた。

 

 

 それに続くように長門、天龍、龍田、北上が前に進み出てきてくれた。

 

 

 あの場で、前に進み出るのにどれほどの勇気が必要だっただろうか。それも、まだ出会って一週間ほどしかたってない、夕立に関しては初めて言葉を交わす場で、どれほどの勇気が必要だっただろうか。

 

 

 その姿を見て、俺は何とか踏みとどまれた。喉元まで出掛かった胸のモノを飲み込み、鉛のように重い足を前に踏み出し、棒のように固まった腕で彼女を抱きしめ、重油の詰まった頭がひねり出した言葉を零した。

 

 

 

 艦娘は『動いている』のではなく、『生きている』と。それは今も昔も、そしてこれからも変わらない『事実』、そんな当たり前のことだと。それに彼女たちを『人間』か『兵器』と決めつけることはない。

 

 

 何故なら、艦娘は『生き物』だ。『人間』でも『兵器』でもない、『艦娘』と言う名の生き物であると。それでいいじゃないか。彼女たちと言う存在を表すなら、『艦娘』と言う言葉だけでいい。少なくとも、今はそれで十分だ。

 

 

 そして、それを決めるのは人間(おれたち)じゃない、艦娘(かのじょたち)だ。

 

 

 なのに、俺はそれを棚に上げて彼女たちに価値観を押し付けた。無理矢理、自分の思想の枠組みに入れようとした。自分の我が儘で周りを振り回し、結局尻拭いをさせてしまった。なのに、そんな俺にたくさんの艦娘が手を差し伸べてくれた。

 

 計画に乗ってくれた吹雪や間宮、手伝いをしてくれた榛名や潜水艦たち、俺の考えを真っ向から批判し、責められた時に庇ってくれた曙や雪風、前に進み出てくれた夕立や龍驤、長門、天龍、龍田、北上。

 

 

 

 だから思う。俺は、彼女たちが手を差し伸べてくれるほどの価値(・・)があるのか。

 

 

 

「何で俺は――――」

 

 

「アカン」

 

 

 

 次の言葉を、龍驤が遮った。同時に両肩を掴まれ、目線を無理やり上げられる。そこには、真剣な表情で俺を見つめる彼女の顔が。しかし、俺はそれを前にしても動く口を止められなかった。

 

 

 

 今までずっと溜め込んでいた胸の内にあるモノ(・・・・・・・・)を、全て吐き出したかったからだ。

 

 

 

 

「俺なんか――――」

 

 

「それ以上はアカン」

 

 

 目線を逸らし再度口を動かすと、先ほどよりも強い語気で龍驤が言ってくる。同時に肩を強く握りしめられ、痛みに顔をしかめるも、口は吐き出そうとした。しかし、それも次に聞こえた龍驤の言葉によって掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それ以上言うと、ウチは君を『捨てる』ことになる」

 

 

 温度を感じさせない、淡々とした龍驤の言葉。それを聞いて、俺は吐き出そうとした言葉を飲み込んで視線を上げた。

 

 

 そこに、何故か悲痛な顔の龍驤がいた。

 

 

 

 

 

「君が何を言おうとしたのかは分かってる。言いたくて言いたくてたまらないことも、我慢するのがしんどいことも痛いほど分かる。でも、それを言ってしまうと君は同じになってまう、『今まで』のと同じになってまうんや。だから、言わんといてくれ」

 

 

 絞り出す様な龍驤の声に、俺はその姿をただ目を丸くして見つめることしか出来なかった。胸の内にあるモノが相変わらず渦巻いているも、不思議と抑え込むことが出来た。

 

 

「3つ、君に言っておかなアカンことがある。ええか?」

 

 

 ポツリ、と龍驤が言う。俺はその言葉に特に考えもせず頷いた。

 

 

 

「1つ、新米だろうがなんだろうが君は提督、ウチら(・・・)の提督や。提督の役目は、部下の統括、鎮守府の運営、戦線指揮、海域の防衛、維持、って具合にたくさんあるけど、一番大切なのは『責任を負う』ことや。部下の失敗だろうが赤の他人の失敗だろうが、ここで起きたことは全部君に降りかかってくる。大本営に召集されたのがその証拠や。だから、君には責任を負うこと、正確には責任を負う『覚悟』を持って欲しいんや。例えそれがどんな些細なことでも、誰かが傷つくことになろうとも、誰かを斬り捨てることになろうとも、それを背負う『覚悟』を持って欲しいんや。『責任の放棄』、『押し付け』は絶対にやめてや」

 

 

 そこで言葉を切った龍驤は確かめるようにこちらを覗き込んでくる。一瞬目が合うも、すぐに逸らされた。

 

 

「2つ、君は確かに色々と足りない部分、未熟な部分が多々ある。でも、今君には何人かの艦娘たちが慕っている。提督としてまだまだ未熟な君に、ついてきてくれる子達がちゃんとおるんや。自分自身を卑下することは、同時に君を慕ってついてきてくれる子達を馬鹿にしていることになる。だから、君が君自身を卑下すること、そしてあの子達を馬鹿にするのはやめてや」

 

 

 再び沈黙、それに何となく顔を上げる。そこには笑みを浮かべた龍驤。柔和で小馬鹿にしたような、人を試す様な笑みではなく、穏やかな、安心感を与えてくれる笑みを浮かべて。

 

 

「最後、君はこれから目一杯考えて、たくさんの判断や決断をしていかなくちゃアカン。多分、君は自分の判断があっているかどうか不安になるやろう。だからこそ、君は君自身の判断に自信を持って欲しいんや。君が自信を持って判断してくれるだけで、ウチらは安心して動ける。ウチらは提督(きみ)と言う道しるべがいるからこそ、安心して前に進めるんや。だから、君は自らの判断に、君自身に自信を持って欲しいんや」

 

 

 そこで話を切った龍驤は、掴んでいた俺の肩から手を離す。未だに痛みが感じるも、それが気にならない程俺の目は龍驤に釘付けであった。

 

 

 

「多分、今も潰れそうな程しんどいやろう。なのに、更に今言ったことをやれってのは酷やと思う。でも、そうしないと君は『今まで』と同じになってしまうんや。だから、しんどいかもしれんが我慢してやって欲しい。こればかりはウチや他の子も手を差し伸べることが出来へん、君だけで立ち向かわなくちゃいけない。それがどれだけしんどいかは正直分からん。でも君が進む後ろには、必ずあの子たちがついてくる。進めば進むほどその数は増えていく筈や。それは分かる。だから、やって欲しいんや」

 

「……あぁ、分かった」

 

 俺の返答に、笑みを浮かべた龍驤は俺から視線を外し、周りを見渡しながら手を上げる。その瞬間、複数の金属音が鳴り響く。咄嗟に身構えるも、一向に銃声は聞こえてこない。

 

 恐る恐る周りを見まわすと、銃火器を手にしていた妖精がそれらを担ぎ、あるいは片付けていそいそと艦載機に戻っていくのが見えた。

 

 

 

「……助かったのか?」

 

「なんや言い方が気になるなぁ……まぁそんなところや」

 

 

 ポツリと漏れた言葉に、少し不満げな龍驤の声が聞こえる。彼女は服に付いた埃を払い落とすと、クルリとドアの方を向いて歩き出した。

 

 

「これで、ウチの話はお終いや。執務中に付き合わせて悪かったな。お詫びになんか一つ、質問に答えるで。さっきの質疑応答とは関係なしや。何でも言ってみ」

 

 ドアノブに手を掛けた時、龍驤がそんなことを言ってくる。さっきに質疑応答で質問権を放棄したのに気を使ってくれたのか。その言葉を受けて、俺は口に手を当てて考える。

 

 

 そして、思いついた疑問を口に出した。

 

 

 

 

 

 

「何か、困っていることとか、変えて欲しいこととかあるか?」

 

 

「ないな」

 

 

 いろいろ考えて絞った質問を、龍驤はあっさり返してきた。あまりのことに目を丸くする俺を尻目に、彼女は顎に手を当てて考える。

 

 

「不満って言っても、『出撃』や『補給』ぐらいやったからな。それも君のお蔭で改善されたし、他にこれと言って不満かぁ……。まぁ、そんなところや」

 

 

 ぼやくようにつぶやく龍驤に、思わずため息が零れる。先ほどまで、空気を張りつめさせていた人物とは思えない能天気な顔で彼女はドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、強いて言えば、『何もないから』こそ、『周りがよう見えてしまう』ことやな」

 

 

 ポツリと聞こえた龍驤の声。その方を振り向くも、見えたのはドアの向こうに消える赤装束の袖。それも、一瞬にして消えてしまった。

 

 

 一人、残された俺は、龍驤が消えていったドアをずっと見つめる。訝し気に見つめる妖精たちの視線をひしひし感じながら見続けていたが、遂に一つ溜め息を溢した。

 

 

「帰るか」

 

 

 そう呟いて部屋を出た。いや、正確には出ようとした。何故なら、俺はドアに近付く途中でその前に誰かがいることに気が付いたからだ。

 

 

 

 

 

「雪風?」

 

「お疲れ様です!!」

 

 俺が声をかけるドアの陰に隠れるように立っている雪風。彼女は俺の声を聞くと、こっちを振り向いて元気よく挨拶をしてきた。

 

 

 

 ただ、俺が声をかける前、一瞬だけ見えた彼女の顔は、一切の『感情』が抜け落ちていたような気がした。

 

 

 

「何してるんだ?」

 

 

「いえ、たまたまここを通りかかっただけです。そしたらここからいきなり龍驤さんが出てきて走っていくもんですから、誰かいるのか気になって……そしたらしれぇが出てきたんです。ちょっとびっくりしましたよぉ」

 

 

 俺の問いに、ちょっと頬を膨らませる雪風。なるほど、たまたま通りがかっただけか。まぁ、近づいたドアがいきなり開いたらびっくりするよな。何か、悪いことをしたな。

 

 

「びっくりさせて悪かったな」

 

「まぁ、今回は許してあげます。では、雪風は失礼しますね」

 

 

 雪風はそう言ってぺこりと頭を下げた後、クルリと向きを慌ただしく走って行く。方向的に工廠だろうか、装備の手入れでもしにいくのかな。

 

 

 でも、雪風がクルリと向きを変えた時、一瞬見えたその顔から『表情』が抜け落ちていたのは気のせいだろうか。


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