新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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言動の不一致

 大分傾いている夕日をバックに、ほぉーっと口を開ける俺の前には古ぼけた門が鎮座していた。

 

 俺は今、鎮守府の門の前に立っている。

 

 上が寄こした地図が何分曖昧だったために道に迷ってしまい、日が暮れる前に何とか鎮守府に着くことが出来た。左遷と言ってもこれは酷いぞ。軍部にはこれを餌に揺さぶりでもかけてやろうか。

 

 と、馬鹿なことは置いておいて、目の前にある門を見て思ったんだが、随分年期の入った鎮守府だな~。

 

 鎮守府の名前が書かれているであろう鉄のプレートは、長年海風に晒されてか錆び付いてよく読めない。その向こうには雑木林が広がっている。軍事機密故、人工的に植えられたのかもしれない。

 

 しかし、鎮守府の看板とも言える門をここまで蔑ろにしてる辺り、問題と言われる臭いを感じるな。

 

 まぁ、それもここの艦娘に聞けば分かるか。そんなことを思いながら古ぼけた門をくぐり、雑木林の中をのんびり歩く。少し歩くと、開けた場所が見える。

 

 それを目指して雑木林を抜けると、古ぼけながらも重厚感溢れるレンガ造りの建物、懐かしい暖かみを感じる木造の建物などが悠然と佇んでいる鎮守府が広がっていた。

 

 海に近いこともあり、空気には磯の香りが混じっている。田舎の鎮守府だからか、敷地内に探検するには持ってこいの森が広がっており、建物の近くには人工的ではない小川が流れている。普通の鎮守府は入り口から閉塞感が漂ってくるものだと言われるが、ここはそのようなものが一切感じられない。

 

 ここが前線なのかと疑問に思うほど、粛々とした雰囲気が辺りを包んでいた。

 

「―――は、―――――せよ」

 

 遠くの方から人の声が聞こえる。一人の声と後に続く複数の声から察するに、今艦娘たちは訓練中なのかもしれない。レンガ造りの建物からは金属音が絶え間なく聞こえているし、あそこは工厰なのかもしれないな。

 

 何だろ、軍内では黒い噂が絶えない鎮守府と聞いていたせいか、ここまで戦争を感じさせない空気に拍子抜け、と言うのが正直な感想だ。

 

 まぁ、俺自身かたっくるしいのは嫌いだし、ちょうどいいか。っと、こんなところで呆けてる場合じゃねぇ。早く荷物を執務室に持っていかないと。

 

 そう頭の中を切り替えて中へ足を踏み入れた。

 

 門を抜けて一番近くにあった工厰らしき建物の脇を通り、学校のグラウンドのような広場を横目に本部らしき木造の建物へと向かう。

 

 途中、遠目に艦娘らしき少女たちを見つけたが、訓練中に話しかけるのも邪魔だと思い遠巻きに見るだけで留めた。その中に、小学生ぐらいの少女たちが隊列を組んでランニングしているのを目にすると、一瞬ここが学校なのかと錯覚しちまったけど。

 

 別に他意があって見ていた訳じゃないからな。俺はノーマルだ。

 

 しかし、本当に小学生ぐらいの子まで軍人として配属されているんだな。しかも、俺より年下の子でも実際に戦場に出て命のやり取りをしていると考えると、年上として、男として申し訳なくなる。

 

「あっ」

 

 そんな艦娘たちの訓練を眺めながら歩いていると、目的の建物から良く在りそうなセーラー服に身を包み、長い髪を花の形をした髪留めで横に垂らした一人の少女が出てきた。彼女は俺に気づいたのか、信じられないようなものを見る目て、固まってしまった。

 

「こんにちは。執務室はこの建物にあるかな?」

 

 なるべく怖がられないよう、柔らかい物腰で話し掛ける。しかし、声をかけられた少女はビクッと身を震わして後退りする。怯えているのがまる分かりだな。

 

「……俺、今日から――」

 

「ち、近寄んな!! このクソ提督!!」

 

 再度話し掛けようと目線を同じぐらいにした瞬間、少女の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。

 

「へっ?」

 

「に、二度と近づくなァァァ!!」

 

 突然の言葉に反応できないでいると、少女は鬼の形相で更なる暴言を叫びながら 一目散に何処かへ走り去ってしまった。

 

 ……あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。

 

 鎮守府に到着して、その戦争を感じさせない空気に驚きを隠せないでいたら艦娘らしき少女と遭遇。

 

 彼女に執務室の場所を聞いたらいきなり罵倒され、突然のことに固まっていたら更なる罵倒を喰らって逃げられたんだぜ。

 

 ……うん、突然のことに気が動転しちまったな。取り敢えず落ち着こう、俺。

 

 少女が出てきた建物の前で軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。よし、だいぶ落ち着いたか。

 

 にしても、開口一番に罵倒されるとは思わなかった。

 

 まぁ問題ありと聞いているし、他の鎮守府ではこれが日常茶飯事かもしれないしな。一々小学生に罵倒されたくらいで騒いでも大人げないだけだな。

 

 そう割りきって、地面に落とした荷物を拾い上げる。あの子が出てきたってことは、他の艦娘もここにいるということだよな。

 

 そう頭で結論付け、目の前の本部らしき建物に入っていった。

 

 中は、随分年季が入っているものの掃除が行き届いているせいか埃っぽさは一切感じなかった。軍学校は掃除なんて概念がなかったようなモノなので、わりと驚いていたりする。まぁここに配属された人員の殆どが女性だし、当たり前と言えば当たり前か。

 

 そんな若干失礼なことを思いながら、執務室を探して建物内をうろつく。途中、艦娘らしき少女たちに出会うも、話し掛ける前に脱兎のごとく逃げられてしまうので、見つけても気付かないフリに徹した。

 

 いや、目があった瞬間逃げられるってけっこう心にくるんだぜ。そんなことを繰り返されたらこっちのメンタルが持ったものじゃない。

 

 そんなことを繰り返しながら建物内をうろついていると、ようやく執務室と書かれた部屋にたどり着いた。

 

 しかし、その部屋に続く扉のノブが、所々凹んでいるのが気になる。

 

 相当な握力で掴まれたのか? 人間じゃねぇな。多分艦娘だろう。

 

 あれか? 他の鎮守府では、艦娘に好意を持たれたせいで日々襲われる恐怖と戦っていると聞く。前任もそれに耐え兼ねて逃げ出した、なんて感じか。

 

 そんな風にならないよう、気を付けないとな。そう心の中で決意しながら、凹んだドアノブを回して執務室に入った。

 

 

 

 

「はぁ?」

 

 執務室を見回した感想がこれだ。

 

 というのも、そこは執務室と呼ぶには難色を示すほど荒れに荒れていたのだ。

 

 重要な書物が収まっていたであろう本棚は全て倒れており、床一面に書物がぶちまけられている。その中には、焼け焦げたものまである始末。砲撃でも行ったのか?

 

 提督が常に座っていただろう机は乱暴に押し倒され、その上にまとまって置かれていた羽ペンやこの地域の海図、コンパス等は本棚に押し潰されて粉々になっていた。インクが辺りに飛び散っているのが、その壮絶さを物語っている。

 

 窓も全て割れており、カーテンも引き裂かれているものや焼け焦げているものが痛々しく残されている。

 

 取り敢えずまとめると、到底執務室とは呼べない状況であった。

 

「んだよ、この有り様は……」

 

 部屋に入ると、埃っぽい匂いが鼻をくすぐる。この状況で大分放置されてるな。飛び散った書類やインクも変色している辺り、数ヶ月じゃ短すぎるか。

 

 そんな中、ぶちまけられた書類の中に写真が貼り付けられたモノがあるのを見つけた。

 

 周りのガラクタを崩さないよう、その書類だけを引き抜いて読みやすいよう皺を伸ばした。

 

「駆逐艦、電……?」

 

 どうやら配属された艦娘の資料みたいだな。写真は緊張で顔がカチコチの少女が写っている。この子が電か。

 

 お、戦果も書いてあるじゃん。どれどれ……。

 

「fire!!」

 

 突如、後ろから怒号が聞こえてきた。思わず振り返ろうとした瞬間、埃の中に微かに混じる火薬の匂いを感じた。それを感知したら、軍学校時代に鍛え上げられた身体が反射的に横に飛んでいた。

 

 ドゴン!! と言う腹の底から響く音と、つま先の近くを熱いものが通りすぎるのを感じた。次の瞬間、後ろの机が爆発。その破片が咄嗟に頭を庇った俺の身体を容赦なく叩く。

 

「んだ!? 敵襲か!?」

 

 突然のことにパニックになるが、危機察知に特化した身体は身を守ろうと、埃で視界が塞がれた場所から這い出し、近くにあった本棚の後ろに転がり込んだ。

 

「そこにいるのは分かってマース。出てこなければ、執務室ごと粉々に吹き飛ばしますヨ?」

 

 扉の方からドスの効いた声が聞こえてきた。声色と先ほどの凄い音から察するに、俺を不審者と勘違いした艦娘が砲撃してきたってことだよな。

 

 ……って、冷静に分析してるけどここ建物内だぞ!! 何砲撃してんだよ!!

 

「たた、建物内で砲撃してくるんじゃねぇ!!」

 

「shut up!! 駆逐艦の子から怪しい人物が居るとの報告があるネ!! 機密保護により排除しマース!!」

 

 敵国のスパイとでも思われてんのか!? 不審者を即刻排除しようと言うその姿勢は認めるが、勘違いだった場合にどうすんだよ!!

 

「お、俺は本日付けでこの鎮守府に着任した明原だ!! ほ、ほら!! 証拠もあるぞ!!」

 

 そう叫びながら鞄の中を引っ掻き回し、上官から貰った報告書と資料を扉の方に投げつける。本当は姿を見せて手で渡したかったんだが、見せた瞬間砲撃されるなんてまっぴらごめんだ!!

 

「……そうでしたカ」

 

 声色が若干和らいだ。どうやら勘違いだと分かってくれたようだ。とはいってもまだ怖いから、警戒を解く気はない。本棚の陰からソロリソロリと立ち上がり、声の主を見据えた。

 

 声の主は和服姿の女性であった。

 

 頭に特殊な形のカチューシャらしきものを付け、和服としては少々露出度の高い服を着ている。その隙間から見える脇や妙に短いスカートなどが、割と出るとこ出た彼女の姿は魅力的だなと思う。

 

 ただ、こちらを見つめる目に一切の感情が籠っていないのと、頑なに向けられる砲門が無ければ……な。

 

 そんな歓迎ムードを一切感じられない彼女は、砲門を向けたまま口角だけを上げてこう言った。

 

 

「Hey、テートク。ワタシ、この鎮守府でテートク代理をしている金剛デース。よろしくお願いしマース」


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